第拾話 【2】 何も出来なかった
次々とコンテナの中を調べていく透君は、盗みを何回もしていたからか、とても慣れた動きをしていて、今の所軍人には見つかっていません。
だけど、透君が望んでいる食糧とかは出て来ていないです。これまでに出て来たのは、弾薬や防弾チョッキ等で、武器などは無いけれど、武装するのに必要な物が沢山ありました。
「これでもない。くそっ……!」
それと、暇つぶしをする為の物なのか、現地の人に配る物なのか、大量のトランプが出て来たり、避妊具まで出て来ました。
どれも箱に入っていたけれど、透君が中身を取り出して確認していたから、見えちゃいましたよ……。
「ちっ……こいつらは俺達が大変な時でも、いつも通りの生活をしているのか? 本当に、同じ人間か? いや、違う。こいつらは人間じゃない。だから別に良いんだ」
今度は居住スペースの方を見ながら、透君がそう呟きます。
その先には、アメリカ軍の人達が、楽しそうに笑いながら食事を取っている姿がありました。
透君達からして見れば「ここの人達だけ、何の不自由も無く生活しているなんて許せない」といった所でしょうね。
そしてそれは、他の人達も同じだったみたいです。だって、アメリカ軍の人達を見る目が、皆怖かったからね。
この街をこんな風にして、自分達を苦しませておいて、それなのに堂々と街を歩き、こうやってお腹いっぱいご飯を食べている。
それは、殺気がみなぎる程の怒りを湧かすには、十分過ぎました。
例えそれが、日本から先に手を出した結果だとしても、国民からすれば、自分達は何もしていないのに、こんな事になったって感じです。
同じ人間だけど、ここまで憎しみ合ったものを見るのは、僕は初めてです。
「んっ? なんだこれは?」
すると、透君が別のコンテナにある箱から、何かおかしな物を見つけました。
それな、何かの部品の様な物で、基盤みたいな形でーーって、それってパソコンとかの部品? えっ? この時代にそんなのあったっけ?
だけど、誰よりも顔を真っ青にさせていたのは、八坂さんでした。
「透。今すぐここから出るんだ……それは、見つけてはいけないものだ」
「これが? これがいったいなんのーー」
「良いから、今すぐそれを元に戻せ。何故それがここにあるかは分からんが、この沢山の入れ物と大量の札は、全てそれを隠す為の物だったんだ」
「へぇ、そんなに良い物なのか? しょうがない。食糧はあいつ等の近くにありそうだし、近付くのは危険だからな。それなら、こいつを売ってーー」
「止めんか! それだけはやってはならん!」
「なんだよ……そんなにかよ。そんなに危険な物かよ」
「そうだ……」
八坂さんが凄い形相で、透君に向かってそう叫びます。それを見た透君も、少したじろいでいて、そして八坂さんの言う通り、それを戻そうとしたーーその時。
「Hold up!!」
透君の後ろから、アメリカ軍の人達が銃を突きつけ、そう叫んできました。遂にバレた!
「なっ?! くそ!!」
「Freeze!!」
これもしかして、アメリカ軍の人達は、手を上げろとか、制止を促しているんじゃ……もし、その言う事を聞かなかったらーー直ぐに撃たれる!
当然だけど、アメリカ軍の人達は、八坂さんの姿は見えていないですよね。
「透、動くな。とにかく、見つかってしまった以上……」
「どうなるんだ?」
「尋問を受け、下手したら数日か数週間は閉じ込められる。なにせお前が見つけたのは、最重要軍事機密の物だからな」
そして八坂さんは、透君にそう言います。
透君が見つけた物が何かは詳しくは分からないけれど、とんでもない物であるということは分かりました。
そんな物が、なんでここにあるの? 隠すようにしているということは、他国から隠す為に、ここに持って来たのかもしれません。ということは、そんな物を見つけてしまった透君の状況は、本当にヤバいかも……。
だけど、透君は険しい顔付きになると、前方のアメリカ軍達を睨みつけます。
「駄目だ。それじゃあ佐知子を助けられない。そんな長い時間捕まっていたら、佐知子は……!」
「いかん。透、落ち着け!」
「うるさい! 俺は、こんな所では死なない!! 佐知子を助けるんだ!」
そう叫ぶと透君は、八坂さんの制止も、アメリカ軍の制止も聞かず、そのまま一直線に駆け出して行きます。
そしてなんと、アメリカ軍の人達の隙間を縫うようにして、あっという間にすり抜けて行きました。
幸い今来ていたのは、だいたい2~3人位だったから、透君でもなんとか突破出来たみたいだけど、後ろからアメリカ軍の人達が凄い叫んでいますよ。
「Hey!! wait!!」
これは絶対、待てって言われていますよね。しかも既に、透君に向かって何発か発砲しています。
だけど透君は、ただひたすらに真っ直ぐと走り抜け、そのまま急いで柵をよじ登り、駐留所から脱出しました。
「はぁ、はぁ……ちくしょう!!」
だけど脱出した後に、透君は片手で、反対側の肩を押さえています。そしてそこから、ポタポタと血が……まさか、銃弾を受けちゃったのですか?
それでも透君は、急いでそこから逃げています。
だって、さっきの駐留所が慌ただしくなり始めたからね。多分、透君を探し始めたのだと思います。
その様子を見て、後ろから着いて来ていた八坂さんが、透君に声をかけます。
「全く……なんて危険な事を。とにかく、急いでここから離れるんだ」
「あぁ、分かってーー」
だけど、その透君の目の前に、誰かが近付いて来ました。まさか、もう回り込まれていたの?
「お兄ちゃん……こんな所にいたの? 何やってるの……?」
「菜々子?!」
違いました。佐知子ちゃんを抱えた菜々子ちゃんでした。だけど、佐知子ちゃんはグッタリとしていして、ピクリとも動かない。
雨は強くなっていて、菜々子ちゃんもびしょ濡れで、目からは水が落ちているけれど、涙なのか雨なのかは分からない。
これは、僕でも分かります。佐知子ちゃんはもう……。
「何をしているんだ。佐知子を外に連れ出したら、風邪をーー」
「死んだわ。佐知子が……死んだ。何やっていたの? お兄ちゃん……佐知子は、ずっと呼んでたよ。お兄ちゃんを」
「えっ……? 嘘……だろ? 佐知……子?」
その言葉を聞いて、透君はよろよろと佐知子ちゃんに近付いて行きます。そして、しっかりとその顔を見ます。
青ざめた顔だけど、とっても綺麗な寝顔で、死んだなんて嘘みたいです。いきなり目を開けて、おどけてきそうな、そんな感じがします。
だけど、透君は佐知子ちゃんの胸に耳を当て、そして口元にも手を当てています。確認しているんだ……。
そして絶望した顔で、そのまま後退ります。
「あぁ……嘘だ、嘘だ……佐知子ぉぉぉお!!!!」
やっぱり、死んでいる。そうじゃないと、こんな叫び声なんか出ない。だけど、今ここは危ないんですよ。早く離れないと。
「透。今はとにかく、ここから離れるんだ!」
そして八坂さんも、透君に逃げるようにと催促しているけれど、透君はその場に座り込んでしまい、呆然としてしまっています。
「ねぇ、何やっていたの? お兄ちゃん。佐知子はね、ずっとお兄ちゃんを待っていたよ。それなのに……騒ぎの起こっている場所に来たら、お兄ちゃんがいて、それーー」
だけど次の瞬間、更にとんでもない事が起きました。
「ーーで……っ!!」
「……なーー菜々子~!!!!」
突然銃声が響き、駐留所から飛んできた銃弾が、菜々子ちゃんの額を撃ち抜きました。
嘘でしょう……丁度、透君が立っている場所に飛んで来たけれど、透君が座り込んでから、結構時間が経っていますよ。なんで、こんなタイミングで?
「菜々子!! 菜々子!! しっかり……」
だけど、佐知子ちゃんを抱えたまま地面に倒れた菜々子ちゃんの額からは、血が止まることなく流れています。それに、何かが飛び散って……うっ、これはもう、見たくないです。こんな事って、あるんですか?
八坂さんも、あまりの出来事に呆然としてしまっています。
とにかく、撃ったのは誰なんですか? それだけでも確認して、戻ったら調べ出して、僕が親族にーーいや、駄目です。怒りで我を忘れていました。これはもう、終わった出来事。今更どうにかしようにも、もうどうにも出来ない事実なんです。
「菜々子……嘘だろう……? 目を開けてくれ、おい! なぁ!!」
恐らく、菜々子ちゃんは即死です。
だけど、駐留所の方でも騒ぎが起きていました。
銃を撃ったアメリカ軍の兵士の1人が、仲間に取り押さえられていたのです。だけどそいつは、何故かせせら笑っています。
そして良く見ると、右目と左目が別々の方向に動き、舌も長く伸びていました。もしかしてあれは、何かの妖怪? それならいったい、なんの為にこんな……。
「なぁ、あんた……これは、天罰なのか?」
「透……いや、それの呪いだ。だから言っただろうが……」
そう言いながら八坂さんは、菜々子ちゃんの手から滑り落ちた、真っ黒になった白蛇の鱗を指差します。
「そうか……これか。これの呪いか……だったら……」
「待て。何をする、透!!」
すると透君は、よろめきながら立ち上がり、地面に落ちている真っ黒になった鱗を拾いました。
「俺は、俺は……あんたらも神も、何もかも……全ての奴等を呪ってやる!!!!」
「いかん! 透!!」
そう叫ぶと透君は、白蛇の鱗を力いっぱい握り締めます。でもそれだけで、言っているように呪えるのかな……と思った瞬間、透君の姿が見る見るうちに変わっていきます。
体が大きくなっていって、筋肉も一気に盛り上がり、怒りに満ちた顔が、一瞬で鬼のようになっていきます。しかも、額に角まで……これは、もうどう考えても鬼です。透君が、大きな鬼になっちゃった?!
「グゥォォォオ!!」
「と、透……」
そして八坂さんは、ただそれを見ているだけしか出来なかった。八坂さんはこの時まだ、そこまでの力を持っていなかったんだ。
ただ邪なものを防ぐ。そんな力しかなかったんです。そして八坂さんは、その力を常に使っていました。だけど、全く効果がなかった。
「くそっ!! 俺の無力さを恨むぞ!! いったい、どんな神がこんな事を!」
すると、今度は上空から、鬼となった透君の元に、何かがやって来ました。
「良し! 上手くいったようだな。早く連れて行け!」
「なっ?! 烏天狗ども?! 待て、何をする気だ!?」
それは、沢山の烏天狗達でした。しかも、今成功って言いました? この事態に、妖怪達が関わっているの?!
「知れたこと。妖怪の戦力増強の為、新たな仲間を増やしているんだ。そこに、邪神の贈り物を拾ったこいつを見つけた。これは必ず何か起こると思ってな、観察していたのさ。中々に素晴らしい成果だったぞ、八坂。おい、そいつを連れて撤退するぞ!」
そう言うと烏天狗達は、駐留所にいたアメリカ軍に扮した妖怪と、大きな鬼と化した透君の元に降り立ちます。
やっぱりさっきのは、この妖怪達の仕業?
気が付いたら、駐留所のアメリカ軍の人達も、皆あっという間に倒されていて、菜々子ちゃんを撃った1人だけ、烏天狗に連れられ、上空へと上がっていました。
だけど、そいつはもう1つ目になっていたし、舌も凄く伸びていて、もうどう見ても人間じゃなくて、妖怪になっていました。
そして更に、その場で暴れる透君を、烏天狗の1人が妖術で風を起こし、後ろに転倒させると、他の烏天狗達が一斉に縄を使い、鬼になった透君を縛り上げていきます。
この烏天狗達は、ずっと透君達を見ていたんだ。そしてこの時の八坂さんでは、妖気を感知する力も弱いから、それに気付かなかったんだ。
そして何かきっかけを与えて、妖怪化させようとしたんだ。それが今だと判断して、こんな事を……?
「待て!! そいつを連れて行くな! そいつはまだ……」
八坂さんはそれを見て、烏天狗達を止めてきます。だけど……。
「ただの防人が。我々の邪魔をするな。お前はただ、神社を守っていろ」
「黙れ……! そいつらがそうなったのを、ただ見ているしか出来なかった私だが、これ以上は……!! ぐはっ!!」
「何か言ったか?」
すると、烏天狗の1人が羽団扇を振り、突風を生み出すと、それで八坂さんを軽々と吹き飛ばしちゃいました。やっぱり、この時の八坂さんは弱かったんだ。
「くそっ……!! まだーーぐぉ!」
だけど八坂さんは、再度立ち上がり、また向かって行くけれど、再び吹き飛ばされます。
「まだ……ぐはっ!!」
何度も。
「ぐあっ!!」
何度でも……。
「うぐっ!!」
八坂さんは向かって行きます。どうしてそこまで……。
「いい加減にせよ!!」
そんな八坂さんの行動に苛立ったのか、ずっと八坂さんを吹き飛ばしていた烏天狗が、大きく羽団扇を振り、今までよりも強力な突風を放ちます。
「ぐわぁぁぁあ!!!!」
そして八坂さんは、遠くへと吹き飛んでしまいました。
「全く、しつこい……だが、遠くへと吹き飛ばした、もう向かっては来ないさ」
その後烏天狗達は、縛られて身動きが取れなくなった、鬼となってしまった透君を、数人がかりで空中へと持ち上げ、そのまま飛び去って行きました。
そして後には、2人の女の子の死体だけが道に転がり、雨が強く降り注ぎ、その2人の顔を濡らしていきます。目からこぼれ落ちる雨粒は、まるで泣いているみたいです。
「ぐっ……! く……」
そこにしばらくして、泥だらけになった八坂さんが、足を引きずってやって来ます。いったい、どこに突っ込んだのでしょうか?
そして、横たわっている2人に近付くと、ソッと頬に触れます。
「助けられなかった……ただの防人でも、私の言葉を信じ、真っ直ぐ生きようとするお前達を、助けてやれなかった」
すると、八坂さんの目からも涙が流れ落ちていきます。
「初めてだった……防人だとしても、使命のある者としても、私を異質な者として、誰も言葉など聞いてくれなかった。信じてくれなかった。お前達が初めてだったんだ。素直に私の言葉を聞いて、私の言葉を信じてくれたのは……」
それなのに、八坂さんは何も出来なかった。ただ見ているしか出来なかったんだ。
兄妹達があんな風に言った手前、信じてくれなくなったり、嫌われたらどうしようかと思って、八坂さんは手を出せなかった。
なんだかまるで、子供みたいです。だけどそれでも、八坂さんが闇に堕ちるには、十分過ぎる出来事でした。
「それなのに、なんだこの仕打ちは……これが運命なのか? これが妖怪のする事か? 神のする事か? 人間のする事か?! ならば私は、全てを滅ぼしてやる!! 力を付け、必ず貴様等を滅ぼしてやるからな!!」
そうして怒り叫ぶ八坂さんの声は、雨音にかき消される事なく響き渡り、まさに怒号と呼ぶに相応しいものでした。
そして次の瞬間、僕の目の前は真っ暗になっていました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます