第捌話 【2】 ある兄妹達

 菜々子ちゃん達のお兄ちゃんに近付く人影は、紛れもない、青年の姿をした八坂さんでした。

 狩衣を着ているから、この場所では凄く違和感があって、かなり目立っちゃっています。


 だけど他の人は、八坂さんが見えていないみたいです。


「全く……分からない。何故こうまでして生きようと? こいつは何故、こうなるまで必死に……」


 そして八坂さんは、そのお兄さんを見下ろしながら、そう呟いています。


「これは、神々が人に与える試練……なのか?」


 すると、そんな八坂さんの呟きが聞こえたのか、仰向けで倒れていたその子が、ゆっくりと目を開けていきます。


「うっ……つっ、しまった……気を失ーーって……」


 あれ? 八坂さんと目が合っているみたいなんだけど? もしかして見えている?


「うわぁぁぁぁああ!!!! な、なんだ! 何だお前!!」


 見えていたみたいです。

 殴られ過ぎた事で、一時的にでも、八坂さんの姿が見えるようになったのかな?

 どっちにしても、狩衣姿だとびっくりされるのは当然です。もの凄い勢いで後退っていますよ。


 だけど、この時の八坂さんって、普段は何をしていたんでしょうか?


「私が、見えるのか?」


「はっ? あ、あんた何言って……」


 それを冷静に返す八坂さんは、表情を変えていません。まさか、この時の八坂さんには感情がないの? それになんだか、雰囲気も違う……。


「……殴られた事での衝撃か。丁度良い。お前に少し、聞きたかったのだ。何故そうまでして、生きようとする」


「は、はぁ? あっ、でも……あんた、着ている服が神々しいよな、まさか……神様とか?」


「神様なら、今のこの状況をなんとかしているだろう。私は違う。ただの、厳島神社の防人さきもりだ」


「……そっか、防人か。へぇ……防人なのに、俺達を守ってくれなかったんだな」


 そっか……八坂さんはこの時、厳島神社の防人だったんですね。そして、広島の原爆を見た。

 だけどこの子、神社の神様関係かも知れない八坂さんに対して、初対面で凄い事を言いますね。


「ふっ、勘違いするな。防人と言っても、神社の防人だ。人々を守る為の防人ではない」


「ははっ、そうか……それで? そんなあんたが、なんでここに?」


「それは、先程の私の問いかけに関係している。この現状を見て、私は人々が絶望していると思った。まぁ、絶望している者も沢山いたが、中にはお前のように、生きるのを諦めず、未来への希望を持って生きている奴もいる。それが私には不思議なのだ。ただそれを知りたくてここに来た。さぁ、答えろ。何故そうまでして生きようとする」


 すると、菜々子ちゃん達のお兄ちゃんは、ゆっくりと立ち上がり、力強い目を向けて、八坂さんに返します。


「そんなの、妹達の為だ」


「……ん? それだけか?!」


「それだけだ。何か文句でもあるのか?」


「…………」


 絶句しちゃっていますね、八坂さん。

 僕はこの子の言っている事、少しは分かるよ。誰かの為に生きるって、そう決めた人は強いからね。


 だけど、こんな厳しい状況だと、余程の事がない限りは、打開する事が出来ないかも。


 すると、菜々子ちゃん達のお兄ちゃんは、八坂さんに背を向けると、そのまま歩き出します。


「……待て。まだ私の納得のいく答えは聞けていない。今までこんな事態は起きた事がない。この状況で人はどうなるのか、興味がある」


「あんた変わってんな。神社、守らなくて良いのか? 奴等が占拠するかも知れないぞ」


「なに、そこは頼もしい奴等がいるからな。神社は大丈夫だ」


 それって、妖怪達の事かな? でもこれは、八坂さんの見せている映像。神社に妖気があるかどうかは分からないです。


 そして八坂さんは、そのお兄ちゃんの後を着いて行きます。


「お前、名はなんという?」


とおるだよ……着いて来るなら、せめて飯くれよ」


「ふむ……」


 そんな事を言いながら、2人は崩壊した街の中を歩いて行きました。


 ーー ーー ーー


 2人はしばらく歩いた後に、廃墟となった家に辿り着き、透君はその中に入って行きました。と言っても、屋根なんか無いし、壁は辛うじて四方が残っている状態です。

 そしてもちろん、この家はこの子達の家じゃないと思う。知らない誰かの家だった所を、勝手に使っているだけです。


 でも、周りも皆そんな感じで、自分の家じゃない、誰かの家の跡を使っていました。


「お兄ちゃん! お帰りなさい!」


あんちゃん! 今日のご飯は?!」


「ふっふっ。喜べお前等、今日はお米が手に入ったぞ! しかも、真っ白の白米だ!」


「うわ~!! 凄い!!」


 そして、透君が家に入った瞬間、そこで待っていた2人の妹が、満面の笑みで出迎えてきました。

 こんな妹達が居たら、そりゃなんとか頑張らないとって、そう思うよね。自分しか、ご飯を調達する事が出来ないってなったら尚更ね。


「お兄ちゃん、こんな高価な物。いったいどうやって?」


「ちょっと落ちていた時計を拾ってさ。それで交換して貰ったんだ」


 そうそう、思い出しました。この時の日本は、世界からの信用を失っていて、国内でのお金の価値も大暴落していたのです。分厚い札束を用意しても、ようやく雑炊一杯くらい食べられるかどうかだったらしいのです。


 それなら、どうやって生活をしていたのかと言うと、物々交換だったんです。

 着物や古着、そういった物を農家の人と交換して、食料を得ていたんです。そしてこの時の農家は、そういう人達が殺到していたらしいけれど、農家は農家で、自分達の食べる分を確保しないといけないので、相当価値のある物じゃないと、お米や野菜なんかは出さなかったらしいのです。あと、畑泥棒も頻繁だったらしいです。


 だから、着物なんかは超高価な物で、食料を得る為の最後の手段として使われていたみたいです。


 もちろん、透君が盗んだあのアメリカ軍の時計なんかは、更に高級な物だろうから、米俵を手に入れ、妹達の元に持って帰る事が出来たという訳です。高校生なのに、根性で米俵を担いで帰るなんて……。


「拾った……? それにしては、お兄ちゃん怪我していない?」


「いや~ちょっと転んでさ。その時たまたま、手元にこの時計があってな。幸運だったよ」


「転んだだけで……こんなに青あざが?」


「いてっ! 長い階段から転げ落ちたんだよ!」


 妹の菜々子ちゃんは、傷だらけの兄を見て、目を細めながら問い詰めています。当然ですよね。怪しすぎます。


 それよりも、この妹2人には、八坂さんの姿は見えていないのですね。


「それとお兄ちゃん……家の外にいる人は、どなた?」


 見えていましたね。なんで?


「えっ……? お前も見えるのか?」


「えっ、う、うん。あれ? なんだか変わった服装を……」


「私は、厳島神社の防人だ。お前達の状況を見る為にやって来た。少し、邪魔をする。なに、飯を取ったりはしない。むしろ……」


 すると八坂さんは、懐から缶に入ったドロップ飴を差し出しました。


「これは、お前達を観察する間の礼だ。足りなければ、また用意する。飯の方もな……」


 だけど、そんな八坂さんの言葉に、菜々子ちゃんが険しい顔をしながら、ドロップ飴を押し返しました。


「これは、受け取れません。私達なんかより、もっと貧しくてひもじい思いをしている人の所に上げて下さい。ご飯も、その人達の所に上げて下さい」


「菜々子?!」


「お兄ちゃん。お母さん言ってたよね? 神様の助けを受けてしまったら、人は堕落しちゃうって。だから、人として生きる為には、自分達の力でなんとかしなくちゃいけないんだよ」


「菜々子……」


 菜々子ちゃん。君は、どれだけしっかりした子なんですか? 年中僕の尻尾を追いかけ回している誰かさんに、これを見せて上げたいです。


「ふむ……なるほどな。しかし、既にこの子が受け取ったが?」


「お姉ちゃん、兄ちゃん。これ美味しいよ~」


「「佐知子?!」」


 あ~あ。佐知子ちゃんが台無しにしちゃったよ。

 だけど、八坂さんがドロップ飴を出した瞬間から、佐知子ちゃんが食い入るようにしながら見ていたから、絶対に受け取ると思っていました。


 こんな悲惨な状況でも、必死に生きようとするこの兄妹達に、なんだか僕も、少しだけ興味が出て来ました。


 この後、この兄妹達はどうなるの?


 八坂さんがあんな風になった理由が、この子達にあると言うなら、この子達に待っているのは……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る