第参話 【2】 究極の負の存在

「天照大神様、そっちの様子は?」


「動いていません……というか、わざと動いていないとしか……」


 八坂さんと天津甕星の様子が気になった僕は、天照大神様にその様子を聞いてみました。だけど動いていないのなら、何かしようとしている訳ではない?


 すると、硬質化した僕の尻尾に貫かれた八坂さんが、怪しい含み笑いをした後、僕に話しかけてきます。


「ふふ……ふふふふ。やはりまだまだ甘いですね、君は。だから期待外れなんですよ」


 これは挑発かな? だけど、別にそれくらいでは何も感じないですよ。今は、僕の方が圧倒的に有利ですからね。だけど、油断はしません。


「八坂さん。悪いけれど、このままあなたの負の感情を浄化しますね。殺す覚悟なんて言っても、これが僕の与える罰なんですよ」


「だから、それがーー甘いと言っているのです!」


 すると、八坂さんのその言葉と同時に、社の方で何かが割れる音がしました。


「す、すいません、椿。私の結界が!」


「くっ……!」


 なんと、天照大神様の結界で、社の前から動かなかった天津甕星が、その結界を楽々と破り、そして体を霧状に変えて、八坂さんの方に飛んで行っています。


「えっ、なにを?!」


 その後、霧になった天津甕星は、そのまま八坂さんの体の中に入っていきました。


 なんで? アレに実体なんて無かったの? いや、力を抜かれた脱神なら、体だけが残った状態のはず。こんな風に霧状になって、他の人の体に入るなんて……だけど、脱神じゃなくて本当に邪神となっていて、体を霧状に変えられるようになっていたら?


「ふふふふ……世に溢れる人々の負の感情。それをひたすらに集め、天津甕星様に与えていたのさ。私達が操作しなくても、人々は勝手に争い、欲深い事をしていたからね! そして天津甕星様は、強力な邪神となり、体の概念などはとうに捨て、その存在を昇華されたのさ!」


 つまり、自在に形を変えられるようになって、人の体を使う事も可能になったという事ですか。


「椿! 浄化の力を!」


「とっくにやっています!」


 それを見て、天照大神様が叫んでくるけれど、八坂さんに天津甕星が向かった瞬間から、僕は浄化の力を八坂さんに流し続けているし、白金色の炎を使って、更に浄化をしようとしています。


 それなのに……。


「うぁっ!! くっ……! ダメです。これ以上刺していると、僕の方が闇に引きずり込まれちゃう!」


 突き刺した自分の尻尾から、おびただしい程の負の感情が流れてきて、僕の中に殺意や憎しみ、嫉妬や怒りなどが流されてきました。

 最後のは、耐えようと思ったら耐えられたけれど、他にも沢山の感情が流れてきたから、慌てて八坂さんから尻尾を抜きました。


「ふふ。そして私はね、この身に宿した神の能力を、極限にまで高める事が出来るんですよ」


 そして黒い霧が、八坂さんの体を全て覆い、その腕が人の腕から、禍々しい模様の入った邪悪な感じのする獣みたいな腕に変わり、顔付きも別人のように険しくなっていきます。


 もうこれは、八坂さんじゃない。そして、天津甕星でもない。

 これは、人々の負の塊です。こんなもの、神でもなんでもないです。


「かあっ!!」


「ぐっ!!」


 だけどその力は、想像以上でした。


 相手がちょっと威圧してきただけで、僕の体は謎の衝撃を受け、そのまま後ろに吹き飛んでしまいました。


「椿!!」


 すると、僕が石の灯籠に激突する前に、天照大神様が背後に回って来て、僕の体を受け止めてくれました。


「うぅ……ありがとうございます、天照大神様」


「レイちゃんで良いですよ。いちいちフルネームで言っていたら、面倒くさいでしょう?」


「えっ、でも……」


「それと、私が気に入っているので」


 あんな呼び方、失礼かと思っていたけれど、本人が気に入っちゃっているのなら、しょうがないですね。


「とにかく椿。あれはもう、ただの化け物です。手を抜いてはいけません」


「そうみたいですね……」


 もう闇の象徴、もしくは負の象徴とも言うべき存在になっちゃっています。


 その体の周りは黒い霧が舞い、狩衣も、既に狩衣なんて呼べない程に、禍々しい物になっています。

 凶悪そうな両腕は全部露出していて、更に膨れあがり、普通の腕の倍くらいになっちゃっています。


「さぁ。ここらは、余の時代だ。正義だなんだと空虚な事を述べる奴等は皆ーー余が滅ぼしてやろう」


 口調まで、邪神になった天津甕星みたいになっちゃっています。

 というか、天津甕星が八坂さんの体を使っていて、喋っているのも天津甕星なんですね。つまり八坂さんは、もう意識がないのかも。


「先ずは、目の前の子狐よ。負邪亡現ふじゃぼうげん!」


 すると天津甕星は、獣みたいな凶悪になった腕を振り、その腕から亡霊達を放ってきます。

 

 ん? だけど、亡霊を出した所ですり抜けーー


「避けなさい! 椿!!」


「へっ? わあぁぁぁ!!」


 亡霊に掴まれた?! えっ、ちょっと! こいつら、実体があるんですか?!


「はぁっ!」


 すると、レイちゃんがその身を捻り、自身の尻尾で僕を掴んでいる亡霊を叩きました。その瞬間、その亡霊が霧散していきます。

 そうか。亡霊なら、浄化の力が効くんでした。いきなり掴まれた事で、慌ててしまっていました。


「白金の浄化槍!」


 僕はまた、15本にした尻尾を硬質化して、槍のようにすると、それで襲って来た亡霊達を貫いていきます。


「遅いわ」


「えっ? 後ろ?! あぐっ!!」


 だけど、僕の直ぐ後ろに天津甕星が現れて、その大きな腕で僕を掴んできました。

 そのもの凄い邪念の混じった腕に、僕の肌は焼かれるような痛みに襲われます。


「ぁぁぁあ!!」


「どうだ? これが、人々の負の塊よ。人は変わらぬ。何年、何十年、何百年経ってもな! この腕が、その証拠よ!」


「うぅ……」


 正直、痛いし苦しいし、凄く怖いです。でも、僕は自分で決めたんです。そして自分で決めた事は、もう覆さない。ずっとずっと逃げていたから、もう逃げないって、そう決めたんです。


 僕にしか出来ない事なら、逃げる訳にはいきませんからね。


「これでもまだ、人を信じるか? 人を救うか? どこにそんな価値がーー」


「……うるさいです。価値とかそんなの、どうでも良いんです。人間がどれだけ間違えようと、同じ事を繰り返そうと、そんなのは関係ないです! 僕はあなたを倒します! 僕の日常の為にね! そして、そこに人間が必要なら、全部救います! また同じ事をしても、僕が叱ってやるんです! お稲荷さんとして!」


「哀れな」


 すると僕の言葉を聞いて、天津甕星は急に僕を投げ飛ばしました。何かしゃくに障る事でも言ったかな?


負邪剣刃ふじゃけんじん!!」


「へっ? あぐぅ!!」


 違った……腕から気の刃の様な物を無数に飛ばしてきて、僕を切り刻もうとしてきました。

 なんとか硬質化した尻尾で防いだけれど、今度は上から邪悪な気配が……まさか!


「邪星よ、この正なる者を討て」


「御剱、神威浄化斬かむいじょうかざん!!」


 僕の上から、天津甕星が何かをしようとしてきていたので、僕は急いで地面に着地し、御剱を取り出して、相手に向かって刃にした浄化の炎を飛ばします。だけど……。


凶神星禍きょうじんせいか!」


 天津甕星がそう言った瞬間、その頭上の空間が割れて、そこから無数の小さな星が、まるでマシンガンの様になって、僕に向かって来ました。僕の浄化の刃をも霧散させて……。


「嘘?! わぁぁぁぁっ!!」


「椿!!」


 その後同じ所から、巨大に輝く星が現れて、僕に向かって降ってきます。

 あっ、ダメだ……これは避けられない。まだ無数の星が、僕を攻撃し続けているし、なにより白狐さんの能力でも、このダメージを防ぎきれない。


 レイちゃんは僕を助ける為に、降り注ぐ星の中を進もうとしています。だけど、その綺麗な尻尾が焼けてしまって、縮れているじゃないですか。

 天照大神だとはいえ、霊狐の体では、思うように力が出ないようですね。中々先に進めていません。


 そんなレイちゃんの様子を見た直後、僕の体に大きな衝撃と激痛が走り、敵の攻撃を受けてしまったんだと実感しました。


 自信はあったんだけど、過信はしていなかったし、油断もしていなかった……それなのに、なんでこんな事に……。

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