第参話 【1】 いくら傷ついてもいい

 それから僕はひたすらに、八坂さんが地面から出してくる岩の人形を、叩いて叩いて叩き続けて、そしてようやく八坂さんは諦めました。

 これがゲームセンターにあるモグラ叩きだったら、僕はハイスコアを出しているでしょうね。


「やれやれ。なんともしつこい子になりましたね」


「今更校長ぶらないで下さい。八坂さん」


 もう校長なんかじゃないのに、黒い扇子を口元に当てて、わざとらしく思案顔をしています。

 そういう事をされると、ふざけていると思っちゃいます。だって本当の八坂さんは、こんなんじゃないだろうしね。


「おや。ふざけていると思っていますか? 残念ながら、さっきあなたにモグラ叩きをさせている間に、もう1つ術を仕掛けていたんですよ」


「奇遇ですね、僕もです」


 それに気付かない僕じゃないよ。変な力が、僕の足下に集まっていたからね。何かしていたのは、とっくに気付いていました。

 だから僕も、既に準備をしていたんです。右腕に妖気を集め、そして少しずつ、相手にバレないようにしながら、火車輪に流していました。


 そして、八坂さんがそう言った瞬間に、僕も火車輪を展開して、それを白金色の炎の輪に変えます。


「狐狼拳、煉獄環ーー」


 更に僕は、その白金色の炎の輪から、次々と同じような炎の輪を生み出して、そして16本の尻尾に通します。

 その尻尾は、全て拳の形に変えているし、硬質化もしています。つまり……。


百式連拳ひゃくしきれんけん!!」


 その大量の拳で、連続攻撃が出来るんです!


怨羅爆陣えんらばくじん!」


 だけどそれと同時に、八坂さんまで術を発動してきました。

 これは僕の妖術よりも、八坂さんの呪術に近いこの術の方が、早く敵に当たりますね。だって、僕の足下に展開されているんだもん。


 そして、僕の足下が爆発した瞬間、体中に激痛が走ります。爆発で体の外側にダメージを与えて、更に呪術で体の中にまでダメージを与えますか。


「ぐぅっ……!!」


 だけど僕は、白狐さんの能力で防御力を上げて、爆発によるダメージは効かないようにします。だけど、呪術の方は……これは、術式吸収で術を吸収したいけれど、今は僕も妖術で攻撃中なんです。同時には出来ないから、こっちは吸収が出来ない……。


「うぐぅぅ……あぁぁぁぁっーー」


 だから、我慢するしかないです!


 そして僕は、体中を巡る激痛を堪えながら、自分の攻撃を止めず、八坂さんに大量の拳を打ち込みます。


「ーーぁぁ、うあぁぁっ!!」


「なっ……?!」


 この展開を、八坂さんは予想していなかったのだろうね。驚いた顔をした後、そのまま僕の拳を全て受けてしまっていました。

 そして、ひたすらに僕は拳を打ち続け、炎の煙と土煙で、八坂さんの姿が見えなくなっていくまで、攻撃を続けました。


 それよりも、八坂さんは何かの理由で、体が動かせていない感じがしました。避ける素振りすらしなかったからね。

 もしかして……僕に対して使った術って、リスクがあったのでしょうか?


「はぁ、はぁ……八坂さん。この術、リスクがあったんですか?」


 十分に手応えを感じた僕は、攻撃の手を止め、八坂さんの意識があるかどうかの確認も兼ねて、そう質問します。


「ふっ……ふふ、そうですよ。ちょっと体が硬直しちゃうんです」


 残念、意識がありました。だけど、近付いて来ないところを見ると、倒れているか、もしくは座り込んでいるかのどっちかですね。


「だけど、それだけのものですからね、あの術は。つまり君も、ダメージはある」


「あっ……ぐっ!?」


 八坂さんがそう言った後、僕はまた体中に激痛が走りました。


 胸? お腹? とにかくその辺りが急に痛くなってきて、そして何かを吐き出しそうになっちゃっています。

 我慢したいけれど、これは駄目です。出さないと、余計に気持ち悪くなるよ。


「げほっ!! けほっ、けほっ……」


 あっ、血だ。吐血した? まさか、八坂さんのさっきの攻撃で?

 ちょっと我慢しすぎたようですね。しかも、まだ痛んでいます。どうやら、どこか内蔵をやられちゃったようです。


「つぅ……痛いですね。でも、戦えない程じゃ……」


 それでも、僕は膝を突くことはなく、しっかりと立ち続けます。

 そして、晴れていく土煙の中から、八坂さんの姿も確認しました。


「おや……? おかしいですね。肺か心臓を狙ったはず……その程度ですか?」


「いや……その言葉、僕もですからね。あれだけの攻撃を受けて、その程度なんですか?」


 そっちだって、割と平気な顔をして立っているじゃないですか。しかも、怪我だってほとんど無い。

 さっき近付いて来なかったのは、決着が着いたと思っていたんですね。


「椿……」


 そんな僕の様子を見て、天照大神様が心配そうにしながらそう言ってきます。

 だけど、痛みが引いてきたので、割と大丈夫そうです。本当に、肺か心臓を狙ったのかな?


「あっ、もしかして……」


 そこで僕は、ある事を思い出しました。

 そう言えばわら子ちゃんから、お守りを貰っていましたね。もしかしてこれで、相手の狙いがズレて、胃の辺りに攻撃が移ったんじゃないでしょうか。


「……なるほど。味方を沢山付けている方が、厄介で強いですね。だけど最後は、自らの野望を達成しようとする欲望。その思いの強い方が勝つんですよ。これは教訓です。しっかりと、その身に叩き込んでおきなさい」


 そう言うと八坂さんは、再び大鎌を握り締め、僕に向かって振りかざしてくるけれど……僕のあの攻撃が、全く効いていないのは腑に落ちません。


「ふふ……さぁ、これで!」


 これも、もしかしたら……。


「……つっ?! ぐっ……!! か、体が?!」


「やっぱり、ちゃんと効いているじゃないですか。僕の攻撃。やせ我慢して無理しても、ダメージは消えませんよ」


 八坂さんは、そのまま大鎌を振り下ろそうとしたけれど、急に膝を突き、大鎌を手から落としちゃいました。

 その地面に落ちた大鎌を、僕はすかさず足で押さえつけます。これでもう、直ぐには攻撃出来ません。


「くっ……!! あの程度の攻撃で……」


「痛くなかったんですか?」


「…………」


 無言で目を逸らしたという事は、それなりに痛かったんでしょうね。


「痛いと感じたなら、それは普通、ダメージとして体に残るものですよ。それをダメージと思わず、攻撃を続けようとするのはバカですよね」


「それなら、あなたもバカですよね。私のあの攻撃を、ひたすら耐えて攻撃するなんてね」


「うん。僕はバカですよ」


 言い返そうとしても無駄ですよ、八坂さん。僕は分かっているからね、自分がバカだって事は。


 結局皆に心配をかけちゃうし、また無茶をしちゃう。無理だってしちゃう。皆を助けようとしちゃう。自分が傷ついても、痛みを負っても、それでも僕は、同じ事を繰り返すんだ。だって……。


「いくら傷ついても、僕にはその傷を癒やしてくれる仲間がいるんだもん。八坂さん。あなたには、そんな人居ますか?」


「何を言いますか。神の分身である私に、そんな者ーー」


「だからあなたは、僕に負けるんです。先の事ばかり見ちゃってさ。あなたは、陰から見ていたはずだよね? 僕のこの姿。その力をさ」


 そして僕は、また相手に気付かれない様にしながら、硬質化させた自分の尻尾を、八坂さんの足下の地面から一気に突き出して、槍みたいに変えると、そのまま次々と突き刺していきます。16本の尾を全てね。


「ぐわぁぁぁぁっ!!!!」


「僕の尻尾は無数にありますよ。忘れたんですか?」


「ぐっ……!! ふ、ふふ……甘いですね。両手両足だけですか? 何故、殺さないのです」


 確かに、両手両足しか貫いていないよ。それでも、身動きが取れなくなっている以上、あとは僕の思うがままですよ。

 僕の浄化の力も、尻尾から直接、八坂さんの体内に流し込んでいるから、もう呪術は使えないですよ。


 負で満ちた心と体を持った人には、この状況はキツいはずです。それはまるで、両手両足を骨折した後に、インフルエンザにかかった様なものだからです。つまり、動きたくても動けません。


 それなのに八坂さんは、不気味な笑みを浮かべ、僕を見ています。まだ何か、策でもあるんでしょうか?


 嫌な予感がした僕は、邪神となった天津甕星の方を確認すると、八坂さんと同じ様に、不気味な笑みを浮かべていました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る