第弐話 【1】 神様とは
八坂さんの新たな扇子のせいで、また僕は操られてしまっています。だけどそう簡単に、何度も何度もやられはしませんよ。
「ぬっ……ぐぅ!」
「おやおや。この
呪禍? 呪いですか? それなら、僕の浄化の力で吹き飛ばせますね。
「あんまり僕を、舐めないで下さい!」
「くっ……!」
そして僕は、思い切り力を込めて、八坂さんの扇子の力を吹き飛ばします。
そのまま急いで立ち上がり、光り輝く御剱を、相手へと突きつけました。
「八坂さん。本気を出さないと、僕には勝てないよ。小手先だけじゃなく、あなた自身の力をーー」
「そんなもの、私には無いですよ」
「えっ……?」
無いって……そう言われても、八坂さん自身もの凄い体術がーーあ、体術だけでした。他は全部、何かの力を借りているだけ……?
今は邪神となった、天津甕星の力を使っているだけ?
「私達は、基本的にそうなんですよ。なんの力も持ってはいない。その魂だけが、天照大神の分かれた魂だという事だけで、特別な力を持ったのは……そう、椿ちゃん。君だけなんだよ」
「でも、僕達には選定という役割が……」
「それも、君だけだ。私達はただ、君を選定に向けて誘導し、育てるだけの存在なんだよ」
八坂さんはそう言うと、くるりと後ろを向き、ゆっくりと天津甕星の所に歩いて行きます。それから、まるで教えを請う様にしながら、両手を広げています。
「あぁ、邪凶様……こんなのが、日本の最大神で良いのでしょうか? 生み出した者に、人間以外に、なんの意味を持たせず、ただ存在だけさせて放っておく。使命を与える奴には与える。なにも平等ではない。それで神だと言って、良いのでしょうか?」
「ふん。ならぬ」
「今も人間界では、人間達が苦しんでいるというのに、この最大神は、いや……他の神々すら、何もしないではないですか。そんな力もないのなら、神などと名乗るな。人を、導くな。ですよね?」
「そうだ、八坂よ。許すな。神を」
八坂さんの目が、危ない宗教に陶酔している目になってしまっています。止めないと……これはもう、八坂さんじゃない。
「八坂、黙りなさい。私達は……!」
「レ……じゃなかった。天照大神様、大丈夫です。この2人は、僕が止めます」
天照大神様は、天津甕星を止めるのに精一杯だし、何より八坂さんは勘違いをしています。
そこの邪神となった天津甕星も、天照大神様も、生み出された原因はーー
人間なのです。
「八坂さん。あなたは、自分の使命を前にして、その長い長い期間に耐えきれなくなったんですね」
「何を……」
「……そして、自分を生み出した天照大神様を、信じられなくなった」
すると八坂さんは、また僕の方に体を向け、そしていつもとは違う、天津甕星に陶酔しきってしまった目を、僕に向けてきます。
「それも、あるでしょう。ですが1番の原因は、その長い時間見てきた、人間と妖怪の、汚い汚い部分ですよ。どれだけ綺麗事を並べても、いざとなると、その綺麗事を容易く覆し、仲間を陥れる。そして自然を汚していき、大地を汚し、海を汚し、緑を壊し、更にこの星をも壊している」
八坂さんはそう言いながら、ゆっくりと僕に近付いて来ます。たっぷりと威圧感を出しながら。だけど、僕は怯まないですよ。
「そんな人々を罰しようともせず、救おうともしない。そんな神を、どう信じーー」
「そんなのは、八坂さんが自分勝手に、都合よく解釈しているだけです!」
「ぬっ……」
だから今度は、僕の方から八坂さんに近付いて行きます。
「良いですか。この世界に、本当の神様なんていないんです!」
「ほぉ……言いますね。では、あなたの目の前にいるあの狐は、ただの霊狐だと? 社の前に座っていらっしゃる邪神様は、銅像……いや、幻だとでも?」
そういう事を言っているんじゃないけれど、まぁ良いです。言わないと分からないですからね。
「あのね。天照大神様も、天津甕星も、神話の中の神様なんです。それじゃあ、その神話って誰が作ったの?」
「それは、当然……」
「人間ですよね。人間の信仰心が作ったんです。つまり、天照大神様も天津甕星も、僕達妖怪と一緒。人間の恐怖心から妖怪が生まれたなら、人間の信仰心で生まれたのが、神様なんでしょう?!」
「つっ……! 屁理屈を……」
屁理屈でもなんでもいいです。だって八坂さん、あなたは僕のこの言葉だけで、既に揺れているでしょう? 顔が引きつっていますよ。
「八坂よ。うぬはそれだけで、余を疑うか? 余はここから絶対神となり、世界を変える。その為に先ずは、不要な人間を選定せねばな」
「ちょっと黙っていて下さい。そういうのは、神様が決めるもんじゃないんです。生きている人達、妖怪達、生物、その皆で決める事なんです!」
いちいち八坂さんの心を乱そうとしてくるんですね。八坂さんはただ、世の中を憂いて、そしてこんな事をしているだけ。
それでも酷い事をしているのには変わらないです。
だけど、なんの悩みも無く人を殺しているあなたより、悩んでいるだけまだマシです。
「八坂さん……分かっているんでしょう? 神様は、あくまで人間達の心の拠り所であって、神様に世の中をなんとか出来る力なんて無いんですよ」
「ふふ……ふふふふ。だから人間は、勝手をするのです。なんの抑止力にもならない者は、神では無い。そして本当の神は、私が作る!」
そう叫ぶと、八坂さんは大鎌を強く握り締め、それを僕に向かって振りかざしてきます。
「八坂さん……!? 全部分かっていて、それでもこんな事を?!」
僕はなんとかその大鎌を、御剱で受け止め、そして八坂さんに向かって叫びます。
「えぇ、そうですよ。神は人間の偶像に過ぎない。それなら、私が真の神を作り、それで世の中を本当に素晴らしい世界にしてあげますよ! 真の神なら、新たに正しい人間と正しい妖怪を生み出せますからね」
そう言って笑う八坂さんの笑みはとても歪んでいて、その目も僕を見ていなくて、もう本当に怖いです。
歪んだ欲望。抑え込んでいた天照大神様への、とてつもない怒りと憎しみ。新たな神への強い羨望。もう八坂さんは、おかしくなっていました。
こんな人が……その本性を隠して、学校の校長をしていたなんて……そして僕は、そんな人にいいように動かされて……。
そう思うと、なんだか自分にムカついてきました。
「さぁ……今の状態でも選定は出来ますが、やはり『神の選定陣』で選定をした方が、早いんですよね」
「あれ……? その選定陣で選定出来るのは、僕だけって言っていたような……」
「えぇ、そうですよ。ですが私は、せっせと邪神様に力を与えていたんです。あの学校で、君から抽出した力をね。だから、邪神様は『神の選定陣』で選定が出来ます」
「えっ……?」
僕があの学校に通っている間に、そんな事をしていたんですか? だけど、いったいどうやって……。
「ふふ。この扇子、私はいつから持っていたでしょう?」
八坂さんはそう言いながら、黒い扇子を僕に見せてきます。
そう言えば、今手に入れたような感じではなかったし、邪神から貰ったとも言っていないし……あっ、まさか! あの学校にいた時から、もう既に?!
「そしてこの扇子は、こんな事も出来ちゃいます」
「あぅっ?!」
すると八坂さんは、再び呪禍の扇子を広げてきます。その扇子に、今度は『抽出』なんて文字が書かれていました。
それと同時に、僕の体から何か力が抜けていく様な感じがして、八坂さんの攻撃に押されそうになっちゃいました。だけど、これくらいならまだ踏ん張れます!
そうですか。そうやって、僕に気付かれないようにしながら、僕の封印されていた神妖の妖気を、無理やり捻り出していたんですね。
あぁ、どうりで……思い返すと、あの時の僕は無気力で、ちょっと体を動かしても、すぐ疲れちゃっていました。原因は、八坂さんーーという訳でもないかも。精神状態だって悪かったからね。でも多少は、八坂さんのそのせいなのかも知れない。
とにかく僕は、更に脚に力を入れて、八坂さんの大鎌を押し返していきます。
「なっ……!? そんな!」
「八坂さん……あなたは最初から、そうだったんですね」
「ぐっ……ぐぐ……!!」
「そんなあなたに、一時でも心を開きそうになっていたなんて、自分が情けないです。とにかく、僕の心を弄んだ罪、償って貰うよ!」
そして僕は、御剱に沢山の妖気を流し込み、そのまま八坂さんの大鎌を押し返します。
「くぅっ! そんな馬鹿なっ……!」
「御剱、
そう叫びながら僕は、両手で握り締めた御剱で、八坂さんの大鎌を壊し、その勢いのまま、八坂さんを斬りつけました。
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