第壱話 【2】 呼ばれた理由

「なるほど……確かに。力も何もかも、全く違っているね」


 そして八坂さんは、僕に殴られた頬を擦りながら、僕の御剱の攻撃を避けていました。その後、また不気味な笑顔を見せてきます。

 この人も長い間生きてきて、様々な事を経験して、力を付けていった。更に今は、邪神となった天津甕星の力も手に入れたのか、体中から邪気が溢れて、八坂さんを包んでいます。


「だけど、私には勝てないよ!」


「くっ……!!」


 その後、大鎌を僕の横から振り抜いて来るけれど、確かさっき、僕の目線の先にあったような……? 速い!


 だけど、何とかそれに反応出来た僕は、尻尾でその大鎌の柄の部分を掴み、止めることが出来ました。


「ふぅ……危ないーーでっ?!」


 この戦い、気を抜いたらダメですね……八坂さんが僕に向かって、手のひらを向けてきたと思ったら、急に僕の顎に衝撃が走り、そのまま仰向けに倒れそうになっちゃいました。もちろん、踏ん張りましたよ。


「いっつぅ……結構痛いですね。もう!」


「ふむ……これじゃあ無理ですか」


 あの……9本の尾で捕まえようとしているのに、簡単に避けないで下さい。


 八坂さんを捕まえようと、自分の尻尾を伸ばしたら、直ぐにそこから消えちゃいました。でも、横に移動したのを確認して、また別の尾を伸ばしたけれど、また消えちゃいます。やっぱり速い。

 僕だって、それなりのスピードで尻尾を動かしているのです。それで掠りもしないとなると、流石にイライラしてきますね。


「椿。この邪神は、私が抑えておきます。ただ、そう長くは無理なので、早く八坂を止めて下さい」


 八坂さんの対応をしていると、僕の頭の上から、天照大神様がそう言ってきて、その尻尾を邪神のいる社まで伸ばし、尻尾の先から、光の壁のようなものを張り巡らせていきます。あれは……結界ですか。


 それよりも、レイちゃんの姿をしているから、ついうっかりレイちゃんって言ってしまいそうです。

 でも、あのレイちゃんが、天照大神様だったんだよね。あの行動も全部、天照大神様が……ってそう考えたら、僕ってばだいぶ失礼な事をしちゃっているよ。


 とにかく、邪神になった天津甕星は、結界が張られても堂々と座ったままですよ。むしろいつでも、こんな結界は簡単に破る事が出来るぞって、そう考えていそうな感じです。


「隙あり」


「……つっ、あっぶない!」


「おや、惜しかったですね」


 危なかったです。ついつい天照大神様の行動を見てしまっていて、八坂さんがその隙を突いて、大鎌で攻撃をしてきていました。


 この動きはなんとか見えたから、その攻撃をガードしようと思ったけれど、僕の尻尾に当たる前に、鎌の軌道を上にずらして来ました。

 ギリギリで避けられたけれど、少し首元を掠めそうになりました……本当に、危なかったです。


 それはそうと。僕は今少し、おかしな事に気付いてしまいました。


「八坂さん。僕達をここに呼んだら、必ず邪魔をされるって分かっていましたよね? 何で呼んだのですか?」


 そうなんです。あの黒いもやは、八坂さんか天津甕星のどちらかの力のはずです。つまり、2人が僕達をここに呼んだ事になります。

 だけどこの2人はもう、僕に用はないはずなんですよ。それなのに、何でわざわざ呼んだのでしょう?


「それは、非常に簡単な事です。私達はここが『神の選定陣』の中心だと思ったのです。ですが実際は、裏稲荷山の山頂にしか展開出来ず、不安定な選定者達しか呼び出せなかった。まぁ、それでも十分ですけどね」


 そう言うと八坂さんは、懐から儀式に使うみたいな鏡を取り出し、その鏡面を光らせてきます。すると、その鏡の前の空間に、ある景色が浮かび上がってきました。


 それは、ここ妖界ではなく、人間界の方にある京都市内の映像です。

 そこには黒い人型の、口しか存在しない化け物から、必死に逃げ惑う人々の姿がありました。それを、妖怪さん達が必死に止めている。


 でも、あぁ……その妖怪さんも人も、両方とも食べられた!


「……酷い」


「これでも十分に、選定は出来ますね。あなたのお仲間も、時間の問題ですよ」


 そう言って、八坂さんが再度鏡を光らせると、空中に映し出されていた京都市内の景色が変わり、今度は僕の良く知っている妖怪さん達が映し出されました。


「美亜ちゃん! 里子ちゃん!」


 2人で背中を合わせ、息も絶え絶えといった感じです。

 おかしい。僕の考えでは、選定者はそこまで強くないはず。修行をした美亜ちゃんと里子ちゃんなら、ここまで苦戦する事は……。


「あっ、危ない! 上です! 美亜ちゃん、里子ちゃん!」


 叫んでも届かないのは分かるけれど、つい叫んじゃいます。だって2人の上から、ライオンの様な姿をした、真っ黒な選定者の姿があったからです。


「あっ……!」


 だけど間一髪で、そのライオンみたいな選定者は斬り刻まれました。


「龍花さん」


 青竜刀を握った龍花さんが、その選定者を倒したんです。そしてその後、2人に注意を促しています。逆にいつも通り過ぎて安心しました。

 だけどその龍花さんも、服がボロボロになっていて、丈の長いスカートで隠れていた綺麗な脚が、半分程見えちゃっています。


 そして更に、その映像からは、心強い増援の姿も映し出されました。


 白狐さんと黒狐さんに天狐様。更には妲己さんに玉藻さん、そして僕のお父さんとお母さんが、次々と選定者達を薙ぎ倒して行きます。


 良かった、間に合ったんだ。これなら向こうは大丈夫そうです。

 だけど、選定者は人型が基本なのに、なんでライオンの姿に? えっ、ゴリラまで……狼に、トラ、ヒョウ、ゾウまで?!


 どうなっているんですか……? 僕の得た情報と違う。


「どうした? 何か不思議か?」


 すると、その様子を見ていた天津甕星が、僕に向かってそう言ってきました。

 その言葉を聞いて、僕は直ぐに分かりました。こいつが何かしたんですね。


「何をしたんですか?」


「なに。少しこの選定陣に、力をやっただけの事」


 そう言うと天津甕星は、人差し指を下に向け、その指先から黒い雫を地面に落とします。

 すると、僕のいるこの一ノ峰の地面に、草書体の文字で出来た陣が浮かび上がります。だけどその陣は、黒く光り輝いている。また何かしたんですか?!


「ほぉ、これは……また面白い事を。流石です」


「えっ……嘘。これって……?!」


 人間界の様子が映し出されているその映像に、新たな選定者の姿が現れました。


 それは、絶滅したはずの動物。恐竜です!


 真っ黒なティラノサウルスに、巨大な角を持ったトリケラトプス。空を舞うプテラノドンに、ケツァルコアトルまで……。

 いや、その……男の子をしていたからね、やっぱり恐竜は好きでしたよ。


 だけど、だからこそ分かるんです。太古の地球で、王者として君臨していた、この生き物達の恐怖を……。

 例え選定者達が、その姿を取っていたとしても、動きまで再現されていたら、白狐さん黒狐さんでも危ういです。


 そして案の定、恐竜の姿をした選定者達が出て来てから、白狐さん達も押され始めました。


 早く僕が何とかしないと! って、しまった!


「焦っているね、椿ちゃん」


「はっ?! ぐっ、ぎゃう!!」


 今のは卑怯ですよ。僕が皆の様子を見て、慌てている所を突くなんて。

 とにかく、八坂さんの大鎌はなんとか受け止めたけれど、その後に飛んできた蹴りは防げませんでした。


「椿。人間界も心配でしょうけど、今はこっちを!」


 分かっているけれど、八坂さんが見せてきて、僕の注意をそっちに向けられてしまいました。

 心配だったのです。人間界で戦っている皆の事がね。


「そうそう……あなたに聞かないとね。天照大神よ『神の選定陣』は、どこですか?」


「そんなもの、あなたに教えるわけないでしょう」


「そうですね。それでしたら、目の前のこの子を殺せば、話してくれますか?」


「くっ……!!」


 そうか。その為に、僕達2人をこの場所に……神の選定陣は別の所で、まだ見つけていなかったんだ。

 この2人が発動したのは、その舞台装置みたいなものかな? 確かに、神の選定陣が完全に起動していたら、もうとっくに終わっているはず。人類は滅んでいますよ。


 とにかく、八坂さんの思い通りにさせてたまるかと、僕は必死に立ち上がろうとするけれど、あれ……? 体が思うように動かない。


「座っておきなさい」


 すると、八坂さんがそう言った瞬間、僕の体が勝手に動き、急に正座をしてしまいました。


 まさかこれって?!


「ふふ。使えないからと言って、何も他の扇子も使えないなんて、言っていないだろう?」


 そう言いながら八坂さんは、別の真っ黒な扇子を取り出してきました。そこには白い文字で、しかも草書体で『座れ』と書かれていました。もう草書体は、ある程度は読めますよ。


 とにかくあの扇子、今までの扇子とは違います。あれは『神言葉の扇子』なんかじゃない。どんな扇子なんですか、あれは!

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