最終章 妖狐婚礼 ~狐の嫁入り~
第壱話 【1】 変貌した八坂
妖界の伏見稲荷大社、裏稲荷山の頂上、一ノ峰。
たまに、四つ辻の展望台が頂上だと思って、そこでUターンしちゃう人もいるけれど、本当はその先にも道があって、20分くらい歩いたらここに着きます。
僕はこの2人の力で、ここまで連れて来られたけれど、今考えたらめちゃくちゃ危なかったですね……。
黒いもやの中で、僕の力を封じたりする事も出来たはずなんです。ちょっと迂闊でした。
「やぁ、椿ちゃん。どうやら君は、本当の君になれたようだね」
すると中央にある、末広大神を祀っている社の前から、扇子を広げながら、不気味な笑顔を向ける八坂さんが、僕にそう言ってきました。
雰囲気は前と同じ青年風だけど、目つきが完全に人を見下す目をしています。しかも、僕を見ているようで、僕を見ていないですね。僕の中の力、天照大神の力だけしか見ていません。
天津甕星の脱神と一緒に居たから、その邪気に当てられてしまい、精神がおかしくなっちゃっているのかな? 着ている服も、なんだか禍々しい物になっちゃっています。
その服は、
そしてその後ろには、天津甕星の脱神が、朽ちそうになっている賽銭箱の上に、膝を組んで座わりました。しかも、その組んだ方の足を水平にして、そこに肘を突き、手の上に顎を乗せています。
どこの悪い王様ですか? って、感じになっちゃっていますよ。
相変わらず目は真っ黒で、瞳の無い目です。当然、体も真っ黒。そして、赤いラインが無規律に入っています。
だけどその体格は、以前とは大きく違っていて、ただ人型を取っているだけじゃなく、筋骨隆々に変わっていて、頭にも真っ白な髪の毛が生えていました。前は生えていなかったのに…更には、口も出来ていますよ。
信じられないけれど、より人に近くなっています。
「八坂。分かっておるな?」
「はい。天津甕星さーーっ?!」
「馬鹿者。余は、天津甕星ではない。生まれ変わり、邪神となった。邪凶大神だ」
「ぷっ……!」
あっ、しまった…あまりにも中二病っぽい名前にしてたから、つい吹き出しちゃいました。ただ、その僕の反応に苛ついたのか、脱神が僕を睨みつけています。
問題なのが、八坂さんが天津甕星と言おうとした瞬間、見えない力で殴られたみたいになって、大の字で地面にめり込んだ事ですね。ナニあれ……。
「八坂、起きろ。今すぐ奴を殺せ。余を侮辱したぞ」
「はっ。分かりました」
すると、八坂さんは何事も無かったかのようにして起き上がり、僕に近付いて来ます。
何だろう……以前は、正体不明な不気味な存在で、しかもとんでもない力を持っていたからか、凄く怖かったんだけれど、今は威圧感を出されて近付かれても、何故かあんまり怖くないです。
そして、僕の直ぐ前に立つと、僕を見下ろしてきました。これは、身長差があるからしょうが無いけれど、僕も八坂さんを見上げ、思い切り睨みつけます。
「八坂さん。あなたも、僕と同じなんでしょう? 天照大神の分魂。それなのに、なんでこんな事を……?」
「何で? そんなものは、あなたの傍にずっと居た、その天照大神の精神体にでも聞いてみて下さい。まさか、そんな弱々しい霊狐の姿をとっていたなんて、思いもしなかったですけどね……」
そう言いながら八坂さんは、天照大神様の精神体に、つまりレイちゃんに視線を移します。
すると、それを見た天照大神様が、八坂さんに向かってこう言ってきます。
「八坂。私の分魂の中でも、1番の問題児」
「黙りなさい……」
えっ……? あの、いつもへらへらしておちゃらけていて、正体を現した後も、余裕の表情を取っていた八坂さんが、怒りに満ちあふれた顔をしていますよ。
「私は遥か昔、ひたすらあなたの指示に従い、様々な神を、その住まいである社を守ってきました。それに対し、あなたは何を言いましたか!」
「私はただ……」
「あなたは私の事を、無用の長物と言ったのです」
それはちょっと酷いですね。だけど天照大神様も、何か理由があって、そんな事をーー
「あなたはやり過ぎたのです。神を守る為にと、社を守る為と、何故人を殺めたのです?」
八坂さんの逆ギレでしたね……。
守る為と言いながら、それで人を殺してしまうのはやり過ぎです。それは完全に、八坂さんが悪いですね。
「何故ですか? 人はいつもいつも、自分の事しか考えず、都合が悪くなれば神頼み。挙げ句の果てには、自分達のせいなのに神のせいにする。神への貢ぎ物を、勝手に奪い取る。いったいどこに、こいつらを守る必要性がある! 妖怪も然りだ!」
脱神と長く一緒にいたからなのか、八坂さんはもう、以前の八坂さんじゃなくなっています。
感情を剥き出しにし、何もかもをも見下すその目は、ただただひたすらに、自分の目的を達成する事しか見ていない。
人と妖怪を滅ぼす。
そんな八坂さんを見て、僕はちょっとだけ、悲しい人だなって思っちゃいました。
人じゃないけれど、八坂さんは分魂の中でも、人間に近い感じです。因みに僕は、分魂の中では妖怪に近い方です。
だって他の分魂達は、あの子達だからね。
たまに僕が見る、あの白い空間。そこに居る子達です。僕が舞を舞う時にも現れる、狐のお面を付けたあの子供達。なんの感情も無さそうな子供達。あの子達も、天照大神の分魂だったんです。
それに比べたら、僕達2人は、他の分魂とは違うみたいです。だから、最終的に選定する者として、選ばれたのかも知れません。
「八坂さん。例えどれだけ叫んでも、僕はあなたを止める為に、後ろの脱神を止める為に、ここに来ました。もう今更、あなたの言葉ではぶれません」
「えぇ、そうでしょうね。以前とは目つきが違います。もうこの扇子も、意味を成さないでしょう」
そう言うと八坂さんは、手に持っていた扇子を、地面に落とします。
するとその瞬間、僕達のいる一ノ峰が一気に広がっていき、戦うには少し窮屈だった場所が、まるで別世界にでも来たかの様な広さにまで広がっていきました。
「なっ?!」
「あんな人2人がようやく通れるような狭い場所で、戦えるとでも思いますか? それに既に、この場所は選定陣の上です。つまり私達はもう、人間や妖怪を滅ぼすと、そう選定したのですよ」
この場所が、選定陣。あれ? でも……何だかおかしいです。
だけど、それを気にしている場合じゃなかったです。目の前の八坂さんが、僕に向かって大きな鎌を振りかざしてきました。それ、いつの間に出したんですか?!
とにかく僕は、自分の尻尾を硬質化させて、それを受け止めたけれど、この大鎌、多分神器か何かだよね? 凄い力を感じるし、装飾も煌びやかで、かなり特別な物だって分かります。
「ふむ。咄嗟の判断、そして力も申し分ない。なるほど、確かに君は本当の椿ちゃんーーにぃっ?!」
「いい加減に僕を『椿ちゃん』って呼ぶのは、止めた方が良いですよ。僕はもう、あなたの学校の生徒じゃ無いのです。気弱なダメ妖狐でもないです。あなたの目的を踏みつぶす、強敵なんですよ!」
そして僕は、八坂さんが喋っている途中で、9本ある尻尾の内の1本を、拳の形に変え、それで殴りつけました。
何だかまだ、僕を舐めている様子なので、ちょっと煽ってみたけれど、やっぱりそれでも八坂さんは、僕を見下してきます。よっぽどの自信があるんですね。気を引き締めないと……。
そして僕は、自らの妖気を右手に集め、その手に握っている御剱に流していきます。
その瞬間御剱は、その姿を変えていきます。刀身の中央には線が入り、そこがゆっくりと開き、隙間が出来ていくと、その部分が強く光り輝きました。更にその刀身には、草書体の文字の様な模様まで入っていきます。
僕はそれをしっかりと握り締め、尻尾の拳で後退った八坂さんに向かって斬りつけます。
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