第拾弐話 【2】 決戦の地 裏稲荷山一ノ峰
その後、お父さんとお母さんも僕から離れて、天狐様達の方に向かって行きます。
それを見た後、今度は白狐さんと黒狐さんが近付いて来ました。
「椿よ、大丈夫なのか?」
「その状態、かなり無理しているんじゃないのか?」
そして僕の姿を見ながら、心配そうな顔を向けて、そう言ってきます。
2人は相変わらずですね。肉体が戻って、記憶も蘇ったのに、僕への態度は全く変わりません。
「白狐さん黒狐さんは心配症ですね。大丈夫ですよ。僕はちゃんと、僕でいるから。力に飲まれたりはしていません」
「そうか。それなら我等は、お前の帰る場所を守っておかないとな。守護者らしく」
「くそ……! 先に言われた。椿の心を一方的に持っていこうとしやがって!」
「あのね……黒狐さん。僕をフったくせに……」
「ん? フってないぞ?」
「はえっ?」
相変わらず僕を狙う黒狐さんに、僕はしっかりとそう言ったけれど、意外な言葉が返ってきただけでした。
フっていない? えっ、でも……僕の告白の後、妲己さんとーーあっ、確かに返事されてなかったです。
もしかして……さっきのすまないって、そう言う事?! 僕の告白の返事もせずに、妲己さんに抱きついたから、それで謝ったって事? いやいや。でも、僕はもう……。
「良いか、椿。俺は絶対に、お前の事も手放さないからな!」
いや、手放してよ……妖狐だからですか? 人間じゃないからって事ですか? 僕の中の人間のルールなんて、簡単に無視してきますよ。
でもそれが、逆に辛いんです。僕が普通じゃないんだって、そう思っちゃうよ!
「黒狐さん……とりあえずそれは、一旦僕の胸にしまわせて下さい。黒狐さんがそう言ってくれて嬉しいけれど、まだ僕は、そこまで割り切れないです。だから、先ずはこっちに集中させて下さい」
僕はそう言いながら、裏稲荷山の頂上を見ます。
ごめんなさい……黒狐さん。この答えは、今すぐには出そうにないです。
「分かった。その代わり椿、ちゃんと帰って来いよ」
「そうじゃな。夫の我の元にな」
いや、また睨み合わないで下さいよ、2人とも。結局僕を取り合っていたんじゃ、何の進展にもなっていないじゃないですか!
「仕方ない。それなら……」
「そうじゃな、黒狐よ。どちらが多く選定者を倒せるか、勝負といこうか」
「ふっ……負けんぞ、白狐!」
「ぬかせ。我に敵うと思うなよ、黒狐!」
そう言って、白狐さんと黒狐さんはそのまま走って行きました。
何やっているんですか……? 僕とはあれだけで良かったんですか? もしかしたら、これが最後になるかも知れないのに。
「ふふ。信頼されているわね、椿。それじゃあ、お母さん達もあなたを信じて、人間界の選定者を止めておくわね」
「えっ……? 信頼って……」
すると、白狐さん黒狐さんの様子を見て、お母さんがまたこっちに来て、そう言ってきました。
信頼って……僕を信じているから、言葉はそんなに必要ないってこと?
だけど、これでも僕は、ちょっとだけ緊張しているんですよ。それなのに、かけてくれた言葉があれだけって……。
「全く、しょうが無い奴等だ。椿。男ってのはな、言葉よりも行動で証明しようとする生き物なんだよ。だからあいつらは、必ず椿が帰って来ると信じて、いつも通りの行動をしたんだ。椿の帰る場所を守るためにな」
「んっ……でも、もうちょっとちゃんと言葉にして欲しいです」
見かねたお父さんがそう言ってきたけれど、何だろう……それはなんとなく分かるんだけど、でも僕は、やっぱり女の子なんです。完全に男の子になっていたから、そう言うのも多少は分かります……だけどね、やっぱり言葉にして欲しい、そう思います。
「まぁ文句があるなら、ちゃんと生きて戻って、説教でもしてやれ。さて、俺達もそろそろ行くぞ」
そう言うと、また戻って来ていたお父さんも後ろを向いて、そのまま白狐さん黒狐さんの後を追って行きました。
そして、その後を天狐様が着いて行っているけれど、何かブツブツ呟いていますよ。不満そうにしながら「俺の方が上なのに……」って。
「ふふ。椿、今度こそ行ってらっしゃい」
そしてお母さんは、ずっと僕を結界の外から見ていました。このまま、僕を見送るつもりなのかな。
だって、僕の後ろには既に、黒いもやのようなものが発生していました。
多分ここに飛び込めば、八坂さんの所に瞬時に行けるんじゃないでしょうか?
呼ばれている……。
「私も女だからね。椿の言いたい事は分かるわ。だから、戻ったら一緒に、お説教をしてあげるわね」
「ありがとう、お――」
「流石に我が娘に対して、あれだけしか言わないなんて、ちょっと酷いからね。もうちょっとねぇ『愛している』とか『大好きだぞ』とか、そういう愛情ある言葉を言って上げないとね~」
「お母さん?」
あの、そっちは別に良いです。十分ですから……。
「さぁ、椿。行ってきなさい」
「あっ、うん。分かりました。行ってきます!」
とにかく、文句を言ったら駄目です。お母さんの笑顔に、ちょっとだけ殺気が籠もっていましたから。まるで「私達の愛情を受け取れないの?」みたいな感じで……。
だから僕は、お母さんの言葉に元気よく返事をして、まるで遠足にでも行って来るかのようにしながら後ろを向き、そして黒いもやに飛び込みます。
「ムキュッ?」
「レイちゃん。あれで良いんです。皆とは、あれで。いつも通りにして、そしていつも通りに帰る。それで良いんです」
皆とのやり取りに疑問を持ったのかな? レイちゃんがこっちを見ながら、首を傾げています。
「ムキュッ。そうですか」
んっ? 耳元から声が。レイちゃん喋った?
「レイちゃん?」
「ムキュ?」
喋らないですね……それじゃあ、今の声はいったい何ですか? どう考えても、位置からしてレイちゃんが喋ったような……。
そんな事を考えながら、黒いもやの中を進んでいる内に、辺りが明るくなってきました。勿論、真っ赤な夕焼けの光ですけどね。
「……着い、た。一ノ峰」
そこは細い通路があって、僕の向いている方向の左手に、人間界にもある建物がボロボロの状態であって、そして右手には、石で出来た鳥居が立っています。その先には石の階段と、その両端には石で出来た灯籠が並んでいます。
階段の一番上にある社は、ちょっとこじんまりとしたものですけど、それでもその周りには、他にも小さな社が沢山あって、かなり密集しているんです。
つまり、色んな神様がここに集まっているんです。でもこれは、人間界でも妖界でも同じみたいです。
建物は今にも朽ちそうな程ボロボロなのに、社だけは全部人間界と同じで、ボロボロじゃなかったのです。
それなのに、そこからは何故か、とても邪悪な気が溢れています。
「レイちゃん。僕から離れないでね……この気を浴びてしまったら、いくらなんでもひとたまりもないですよ」
こんな濃い邪気は、僕の力でも浄化出来ないです。だから、浴びてしまったら最後、闇に堕ちてしまいます。天照大神の分魂の僕だから、まだ何とか耐えられているけどね。
「……大丈夫ですよ、椿」
「……へっ? レイちゃん?!」
すると、また僕の耳元で声が聞こえてきます。今度はハッキリと。しかも、僕の名前まで呼んだ?
驚いた僕が再びレイちゃんを見ると、レイちゃんはしっかりとその2つの目で、僕を見ていました。
あれ? レイちゃんの目は1つだったような……なんで2つになっているんですか?
「あなたはもう、薄々気付いていたでしょう?」
「やっぱり。レイちゃん、君は……天照大神……様?」
「その精神体、ですね。高天原で起こった事件で、私は体を失ってしまったので」
いったい何があったんですか……と聞きたいけれど、莫大な時間がかかりそうな気がするので、今は止めておきましょう。
「今言えるのは、あなたの魂は、私の魂の一部であり、私はこの霊狐の体を借り、あなた達を探していた……そして、何人かいる私の分魂である妖怪、もしくは人妖、または守護神達に選定をして貰い、高めたその力を私の元に戻して頂く。それが私の使命であり、肉体を失った私が復活する為の、唯一の条件だったのです。ただ、人間界に来る時に力を使いすぎてしまい、この霊狐も幼体にまでなってしまった」
そこを僕が拾い、今に至ると言う事ですか……本当に、たまたまって感じなんですね。
「それでも、私は見ていましたよ。ずっと、あなたが選定するに相応しい者かどうかを……」
そう言いながらレイちゃんは……いや、天照大神様は、僕の肩から浮かび上がり、そして僕の前にやって来ます。
「あなたは十分、選定するに相応しい力と器を持っています。だから私も、天照大神として喋れる程に、力が回復したのです」
そういえば、天照大神様が喋り出したのって、僕がこの姿になってからでしたね。
「さぁ、あとは……あなたが正しいのか。それとも、今選定している者が正しいのか。その結論を出すだけです。椿、気を付けなさい。既にあなたは、狙われていますよ」
「分かっています」
言われなくても、ここに着いた時から殺気は捉えています。だから僕は、とっくに御剱を握り締めています。
ここには、御剱社があるからなのかな? 御剱の輝き方が、いつもより違う。それに、力も段違いです。ちょっと妖気を流しただけで、刀身から気のようなものが噴き出してきて、今にも空間を割りそうなんです。ある程度は抑えていないと、結構危ないかも。
とにかく、僕はこれだけ強くなったんです。それに記憶の方も、自分の使命も、何もかも思い出したよ。
だから今度こそ、決着を。あなたを倒します。八坂さん!
そして僕は、中央の石階段の上、社の前に立つ八坂さんと、天津甕星の脱神を睨みつけます。
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