第伍話 【1】 キレた椿の猛攻

 僕は、湯口先輩が砂みたいになって霧散するまで、口づけをしました。先輩は、多少意識はあったはずです。ちょっとだけ、唇が動いていたからね。


 そして僕は、その場に座り込んだまま、色々な事が頭の中を駆け巡ります。


 誰が1番悪いの?


 こんな事になるのを止められなかった、自分の弱さのせい? 甘さのせい?


 でも何よりも、先輩をこんな姿にした張本人達です!


 すると、僕がゆっくり立ち上がると同時に、辺り一面に広がっていて、周りの景色を消していた白い霧が一気に張れていきました。

 どうやら、先輩の妖気とリンクさせていたようですね。厄介な合成妖魔に捕まったものです。


『おぉ!? 椿よ、無事じゃったか!』


『良かった、お前だけでも無事で……!』


 そして今度は、白狐さん黒狐さんの声が聞こえてきます。もちろん、ヤコちゃんとコンちゃんの声も。

 だけどもう一つ、ある者の声も聞こえてきました。やっぱり、お前はこっちに居たんですね。


「まさか、空魔が……我が息子が、やられたのか?!」


「玄空……!!」


 先輩をあんな姿にした張本人。お前だけは、僕の手で倒さないと気が済みません。


 それと、白狐さん黒狐さんも地面に倒れ伏しています。

 僕の大事なものを、どれだけ傷つけるんですか? どれだけ奪うつもりなんですか? 


 もうーーお前は許さない。


『つば……き?』


『何だか殺気立っているような。もしかして、靖は……』


 白狐さん黒狐さんが震えた声を出しているけれど、今集中したいのは、その隣で優越感に浸っている玄空です。

 そして僕は、右手に持った御剱を強く握り締め、玄空を睨み付けます。


「お姉様が……」


「……恐い」


 ヤコちゃんとコンちゃんも、なんだか恐がっているけれど、僕はもうそれどころじゃないです。


 怒りで力が暴走しそう。


 だけど……力は抑えるんです、僕。そして、玄空だけを見るんです。


 こいつには、慈悲なんて与えません。助けたいとも思わない。僕はそんなに聖者なんかじゃないですから。


 大切な者を奪われたり、傷つけられたら怒る。ごく普通の妖狐です。


「ふっ……息子を倒したとしても、この俺にはーー」


黒槌岩壊こくついがんかい


「ぐぉっ?!」


 何か喋ろうとしていたみたいだけど、その前に懐に飛び込んで、ハンマーみたいにした尻尾で思い切り、相手のお腹を叩いて吹き飛ばせば、何も出来ないよね?


「ちっ……!! 流石に多少は強ーー」


「多少はーーなに?」


「なっ?! いつのまーーぐはっ!!」


 やっぱり、お腹を叩きつけて吹き飛ばしただけじゃあ、倒れないですか。


 玄空は地面に着地して、直ぐに体勢を立て直してきたけれど、その時には既に、僕は玄空の後ろに移動していて、またハンマーみたいな尻尾で追撃しておきました。今度は頭です。


 だけどそれでも、玄空は一切倒れず、後ろの僕に向かって、思い切り腕を振ってきました。まぁ、受け止めますけど。


「なにっ?!」


 そして、僕が玄空の攻撃を受け止めた瞬間、もの凄い風が吹き抜けました。

 その後に、後ろの建物が凄い音を立てて弾けたと思ったら、そのまま崩れていきます。


「バ、バカな……最大限の力を込めたんだぞ……」


「へぇ。これで最大限ですか。この程度の力で、人の人生を動かそうとしないで下さい!」


「ぐがっ!!」


 僕はそう叫んだ後、左手で受け止めた相手の腕を、思い切り地面に叩きつけます。玄空の体と一緒にね。その後僕は、新たな影の妖術を発動します。


「影の操、鬼影きえいむくろ!」


 そう叫ぶと、僕の影が一気に膨れあがり、徐々に大きくなっていき、1体の鬼の形になりました。


『やはり……椿よ、お主』


『冷静にキレているのか』


 そうですね。これは、今の僕の感情をそのまま表しています。僕はあの時と同じように、キレています。


 だけど、あの時みたいに無駄な暴走はしていません。

 天照大神の力が溢れ出しそうにはなっているけれど、なんとか理性で抑え、制御をしています。


 だから、今の僕の毛色は白金色です。そしてその尾は、2つに分かれています。

 それでも正直に言うと、自我を保つのも難しいです。だけど、先輩を助けられなかった後悔と悲しみ、そしてそんな事の原因になった、この玄空への怒りと憎しみで、まだ何とか自我を保っています。


「フゥゥ!」


「ぐっ……くぅ。これ程とは……だが、甘い! こちらには強力な妖具がーーあっ?!」


 あぁ、その手に持っている鏡みたいなやつですね。そんな物は、影の鬼を操って没収して、そのまま握り潰しておきます。


「……ふっ。妖具はまだーーぬぉ!」


 確かに、ズボンをゴソゴソ探っていますね。

 それに、玄空の姿を良く見たら、上半身は裸だし、なんだか角みたいなものが、その体から何本も生えているけれど、もう僕には関係ないです。


 だから影の鬼を使って、玄空の足を掴んで宙吊りにすると、そのまま下に振ります。すると次々に、ズボンから妖具が落ちてきました。

 どれだけ入るんですか? そのズボン。それも妖具か何かなのかな?


「うぉぉっ! 離せぇ!!」


 玄空の方は、影の鬼に向かってパンチを打ち、空気砲みたいなものを飛ばしているけれど、そんなものが、影の鬼に効くわけないでしょう? ちょっと焦っているみたいですね。


 それでも、僕はもう遠慮なんかしません。徹底的にいきます。


「ぐぉっ?! がっ!! あがっ!?」


 玄空を掴んだまま、そのまま右に大きく弧を描くようにして振り、地面に思い切り叩きつける。その後に、今度は同じようにして左に振って、地面に叩きつけます。


 まるでメトロノームみたいだけど、この程度じゃ僕の気が晴れませんね。


「ちっ……!! 調子に、乗るなぁ! はぁっ!!」


「術式吸収……強化解放」


「がふっ!!」


 今度はこっちに打ってきましたか。左右に振られているのに、よく僕を狙えましたね。

 でも、残念。術式吸収で、その空気砲を吸収し、強化して返しました。そのまま綺麗に当たりましたね。左右に振ったままだけど、僕もそこそこ命中率は良い方だよ。


「しょうがない。これ以上はもう、対処が出来ないでしょうから、これでトドメです。せめて先輩が受けたのと同じくらい、痛みと苦しみを受けて欲しかったけれど、痛みくらいではお前は後悔しないみたいだね。それなら……」


 そして僕は、玄空を掴んだまま、影の鬼の右腕で玄空を殴りつけ、そのまま地面に叩きつけて押し潰します。


「ぐぅぅぉぉああ!!」


 地面が割れる音と同時に、玄空の叫び声も聞こえるけれど、この程度で、玄空がしてきた事への罰にはなりません。玄空のプライドを、その何もかもをもたたき折らないと。


「この……図に、乗るなぁぁ!!」


 すると、玄空が影の鬼の腕からすり抜け、そのまま僕に向かって突進してきました。

 普通は全身の骨が折れて、動く事すら出来ないのに、そこは流石妖魔人ってところですね。割れた地面の隙間から抜け出してきましたか。


「俺は……どんな手を使ってでも、あいつの元へ……この世界を、我が妻の物にぃ! 貴様はその為の、駒だぁ!! いい加減、大人しくしていろぉぉ!!」


「そうですか。そんなの、僕には関係ありません。御剱、神威神斬かむいしんざん


「がっ……?! バ、カな……全力の妖気を身に纏っていたのに、呆気なく……」


 はい。呆気なく、上半身と下半身が生き別れです。


 確かに凄い妖気だし、凄いスピードでしたよ。普通の妖怪なら、全く歯が立たなかったと思います。


 でもやっぱり、僕にはそれだけの力がありますからね。これで実感しました。ちゃんと扱えれば、華陽も簡単に倒せる。


 待っていて下さい、華陽。こうやってあなたも、そのプライドを徹底的に折って上げます。


 そして、惨めに命乞いをさせてみせます。


「うふ、うふふふふ……」


『白狐……』


『う、うむ……』


『椿を怒らせるのもキレさせるのも、出来るだけさせないようにしよう』


『同感じゃ……』


 白狐さん黒狐さんがなにかブツブツ言っているけれど、どうせいつもの事です。僕のこの状態を見て、恐くなっているんでしょうね。


「白狐さん黒狐さん。早く先に行こう。じゃないと僕、暴走しちゃうよ」


『うぉ?! わ、分かったが……! まず我等の治癒と、そいつを完全に浄化するんじゃ!』


「えっ……?」


 白狐さんが指差した方で、玄空が上半身を必死に動かして、この場から逃げようとしていました。


 御剱で斬ったのに、まだ浄化出来ていないなんて、どんな強力な寄生妖魔なんですか?

 それとも、それだけ長い時間寄生されていたからですか? だけど、自我というか、その残留思念は残っているみたいです。


 今だって、誰かの名前を呟きながら、必死に逃げようとしています。本当に惨めですね。こんな奴に、先輩が……。


 そう思うと、また無性に腹が立ってきました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る