第伍話 【2】 復讐は空しいだけ
必死に上半身を引きずりながら、玄空はどこかに行こうとしている。華陽の所? 体を復活させる気なんでしょうか?
元が人間の体なら、復活はもう無理だと思うし、それに何より僕が逃がしません。
それと、切り口からミミズみたいな虫がウヨウヨと湧き出ていますよ。気持ち悪い……。
「どこに行くんですか?」
「はぁ、はぁ……
無視ですか。しかも、誰かの名前をずっと呟いているけれど、玄空の大切な人でしょうか?
「大切な人の為とは言え、それで他の人の人生を、めちゃくちゃにしていい理由にはなりません!」
「はぁ、はぁ、はぁ……鹿ノ子、お前がいないと……お前の為の国を作れば……お前は、帰ってくる」
僕の言葉が聞こえていない玄空は、ひたすらそう呟き続けます。
その目はもう、焦点が合っていなくて、いったいどこを見ているのか分からないです。
「御剱……」
「ぎゃあっ!!」
もう、これ以上見ていられなかった僕は、手にした御剱で、相手の胸元を背中から突き刺します。そしてそのまま、浄化の力を御剱に流しました。
「あっ……ぁぁ。鹿ノ……子……そんな、所に……」
「…………」
玄空は、湯口先輩と同じようにして、体が砂のように崩れていき、そして霧散していったけれど、最後にそんな言葉を漏らしていきました。
最後の最後に、会えたんですか? 愛しい人に。涙を流しながら、満足そうな顔をしていました。
「…………」
『椿よ、空しいだろう?』
「……白狐さん」
そうですね。最後の……玄空のあの顔が無ければ、いくらかスッキリしたと思います。
でも、だけど……あんな顔を見ちゃったら。先輩の復讐をしたとは、とても思えない。
「うっ……くっ……なんで、なんであんな顔を……それなら、先輩が犠牲になる必要なんて、無かったじゃないですか!」
『椿……あいつは恐らく、華陽の言葉に惑わせれたのだろう。あの言葉からして、おおかたお前の理想の国を作ってやると、そう言われたのだろう。全く……誘惑する希代の大妖とも知らずに、その言葉に惑わされ、良いように操られていたか』
「黒狐さん。それなら、1番悪いのはやっぱり……」
『そう、華陽だな。だから、華陽を倒すまでは涙は取っておけ』
そう言うと黒狐さんは、僕の涙を拭ってきます。因みに白狐さんはというと、僕を後ろから抱き締めています。
そのお陰で、少しだけ怒りも収まり、冷静になれました。だからもう、尻尾の数と毛色は、元に戻っています。力も溢れ出る様子もなく、落ち着いている。
するとそこに、ヤコちゃんとコンちゃんの2人が近付いてきます。
さっきまで恐がっていて、白狐さん黒狐さんの陰に隠れていたけれど、今は心配そうな顔を僕に向けています。
「お姉様……落ち着きましたか?」
「ヤコちゃん……うん、ごめんね。恐がらせて」
「大丈夫です。それだけ大切な人を失ったんですよね? 怒るのは当然ですよ。お姉様」
コンちゃんまでそんな事を……2人とも、それ以上優しい言葉をかけられたら、僕泣いちゃうよ?
「んっ……ありがとう。僕はもう大丈夫です。だから先にーーって白狐さん、離してくれませんか?」
治癒が終わったのか、2人とも取りあえず動けるまでにはなっています。それでも、妖気がギリギリですね。
レイちゃんが回復してくれているけれど、それでもやっぱり、この先は危なそうです。
それなのに白狐さんは、僕の後ろから抱き締めたまま離れません。
「あの~僕も妖気を回復させたいので、いなり寿司を……」
『どれ、食わしてやる』
「いや、あの……ヤコちゃんとコンちゃんが見ているし、それに恥ずかしいです」
『そうか。それなら俺がーー』
「一緒です! 黒狐さん!」
2人は相変わらずでした。
ーー ーー ーー
その後僕は、妖怪食のいなり寿司を食べながら、先に進みます。
ボロボロの千本鳥居が、怪しい雰囲気を出しているけれど、1度は来た事がある記憶が戻ったからか、緊張は無いですね。
「ところで白狐さん……僕はいつまで、こうされていれば良いんですか?」
『無論、目的地に着くまでじゃ』
「そうですか……」
もう良いです、色々と慣れちゃったし。今更、お姫様だっこされても慌てません。
ヤコちゃんとコンちゃんが羨ましそうに見ていても、もう動じませんから。
『くっ……まさかあそこで、2回連続グーとは……』
問題なのが、黒狐さんが悔しそうな顔をして、ブツブツと呟きながら着いて来ている事です。ちゃんと着いて来てはいるけれど、自分の手と睨めっこしていたら危ないですよ。
まさか僕を抱っこするのを、じゃんけんで決められるとは思いませんでした。そして案の定、黒狐さんは負けました。
でもね……僕、だっこされる程消耗していないから。それなのに、こうやって僕を抱っこしていると、白狐さんの妖気の回復が早いんです……。
レイちゃんから貰っている妖気が、スムーズに沢山取り込まれています。
それって、精神状態にも左右されるんでしょうか? そうだとしたら、後で黒狐さんにもお姫様だっこされておこうかな……。
『しかし椿よ。その天狐様への社に続く道は、いったいどこからなのじゃ?』
「白狐様、それは私達が教えますから!」
「そうです! そうじゃないと、私達が何の為に着いて来ているのか分からないよ!」
そうでした。ヤコちゃんとコンちゃんは、この先の案内をする為に、僕達に着いて来ているんでした。僕も覚えているんですけどね……。
「えっと……あと半分くらいだっけ?」
そして今は、ひたすら山道を歩いています。
ここまで来ていたら、天狐様の社への道まで、あと半分くらいだった記憶が……。
「お姉様……酷い」
すると、ヤコちゃんがそう言いながら項垂れました。コンちゃんも一緒にね。
それよりも、もう半分ですか。ちょっと名残り惜しいけれど、このまま黒狐さんが落ち込んだままだと、この先に戦闘があった時、黒狐さんが危ないです。だから……。
「よっ、と。白狐さん、ごめん」
『ぬっ? うぉっ、椿?!』
そして僕は、白狐さんの首に腕を回し、足を顔に当たらないようにして上げると、白狐さんの肩に手を置いたまま力を入れ、そのまバク転するようにして、黒狐さんに向かって跳びます。
『んっ? あぶっ……?!』
「もう……ちゃんとキャッチして下さい。黒狐さん」
『あぁ……悪い。だが、なぜ?』
「えっ? 半分までで交代でしょ? それで、先にどっちが抱っこするかのじゃんけんだったんじゃないの?」
これは僕のでまかせだけどね。いくらなんでも落ち込み過ぎだし、いつもの絡みがないんです。
多分だけど、妲己さんの事でも考えていたんだと思う。記憶を失っている以上、どれだけ考えても無駄ですよ。
「黒狐さん。僕は、黒狐さんを信じていますよ」
『椿……あぁ、分かった。悪かったな。らしくないところを見せまいと思って……』
「ってい……!」
『ふがっ?! って、何をする』
さっきから黒狐さんが大人しいし、何だか気持ち悪いので、黒狐さんの鼻の穴に指を突っ込んでおきます。こうでもしないと、いつもの黒狐さんに戻りそうにないです。
「黒狐さん。無理していたって、僕には分かりますよ。行動や反応に、いつものキレがないです」
『……そうか。分かっていたか』
「あ~もう……! あのね、妲己さんを助けたいのは僕も一緒です。それとあの妲己さんが、そう簡単に敵の思い通りにさせると思いますか?」
『……ふふ、はは。あぁ、そうだな。俺には過去の記憶はないが、今までの妲己を見ていても、十分に分かる。あの性悪な妖狐が、そう簡単に諦めるわけなかったな』
「そうですよ。僕達は、それの手助けをしにいくだけです」
『そうか……そうだな。よし! それならば急ぐぞ、椿!』
「はい! って、スキップになっていますよ! 黒狐さん!」
本当に黒狐さんって、単純ですね。でも、階段をスキップで行くのは危ないから、止めて下さいね。
『白狐! というわけだ、椿は渡さんからな!』
『いや、待て! お主! 今の流れからしたら、妲己に情が移ったと思うだろう!』
『誰が移るか!』
そう言いながら2人は、千本鳥居の階段を走って上っていきます。
その後を、ヤコちゃんとコンちゃんが着いて来ているけれど……良く見たら浮いている?! 2人とも、凄い妖術を使ってる!
あっ、それと……白狐さん黒狐さん、行き過ぎましたよ!
天狐様の元に向かう道、その分かれ道の目印になっている、お稲荷さんの石像を華麗にスルーしました!
「白狐様! 黒狐様! お戻り下さい!」
「お姉様! 2人を止めて!」
「ちょっと! 白狐さん黒狐さん、一旦戻って!!」
そしてこの後、僕が2人に説教をしたのは言うまでもありません。
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