第肆話 【2】 憑依妖魔

 妖魔王とか名乗りだした空魔は、僕の言葉に対して何も驚きもせず、ただせせら笑っています。


「愚かな妖狐だ。もう、湯口靖という人間はいないのにな」


「ううん。まだ先輩の自我は残っている。そうやって必死に誤魔化そうとしている所を見ると、先輩の自我に抵抗されたら、上手く体が動かせないんでしょう!」


「…………」


「黙秘は肯定にしますよ。だからこうやって、お前を浄化の力で攻撃すれば……!」


「ちっ。この野郎が……!」


 すると、毛色を金色に変え、浄化の炎を出そうとした僕に向かって、突然空魔が飛び込んで来て、七妖剣を振りかざしてきました。

 だけど、僕はしっかりと空魔を見ていたから、その動きは読めましたよ。


「おっと……!」


 御剱を使って、振り下ろしてきた相手の七妖剣を受け止め、神妖の妖気を少しだけ解放します。


「金華浄焔!」


「ぐっ……!? くそ!」


 そして空いている左手から、金色の炎を相手に向かって放ちます。だけど、空魔は瞬時に後退って、上手く避けました。


 因みに、僕自身の方もちょっと危なかったです。

 感情の高ぶりからか、力が止めどなく溢れてきそうになってしまい、慌てて妖気を抑えました。それもあって、ギリギリで相手に届かなかったんです。


「うぅ……! もう……!! 何なんですか、僕のこの力は……」


 頭を押さえて、自分の中からわき上がってくる、この恐ろしい力を何とかしようとするけれど、それをチャンスと捉えたのか、また空魔が襲いかかってきます。


「なんだ。もう限界か? 妖気が減っているようだな!」


 いや、むしろ逆なんです。だけど、他の妖怪はともかく、妖魔は妖気の感知なんて出来ないらしく、僕達が隠れてしまうと見失うらしいのです。


 それは、妖魔人も一緒なのかな?

 僕の様子を見て妖気が減っているなんて、そんな勘違いをしてきました。

 それでも、僕のピンチには変わりないですね。相手に対抗しようものなら、力が暴走しちゃうかも知れません。


「はぁ……はぁ……! もう……勘違いを、しないで下さい!」


 とにかく、神妖の妖気は使わないように、自身の妖気もなるべく使わないようにして、黒狐さんから貰った妖気でーーって、あれ? 最初に白狐さん黒狐さんから貰った妖気が……無くなっている?!

 あっ、違う……これは、奥の方に追いやられてしまっていて、簡単には使えなくなってしまっているんだ。


 そういえば最近は、自分自身の妖気を中心に使ってきたし、体の中にそんなに何種類もの妖気があったら、妖怪としての存在が保てなくなるそうなんです。


 だから僕自身の妖気が、白狐さんと黒狐さんの妖気を使えないようにして、奥へと押し込めちゃったんですね。

 それならそれで、返して上げれば良かったです。そもそも、返せるかも分からなかったですね。


「ふん!!」


「うわっ!?」


 ーーって、そんな事を考えている場合じゃなかったです!


 空魔が、またソニックブームを生み出して、僕に放ってきていました。

 これは何とか避けられたけれど、やっぱりちょっと、耳が聞こえづらくなっています。剣を振る音が聞こえなかったよ。


 とにかく、不安になっていてもしょうがないです。自分の妖気を使ってやってみます。

 白狐さん黒狐さんの妖気から生み出された、僕特有の妖術はあるから、僕の妖気を使っても、それを使えば暴走はないと思います。


「黒焔狐火!!」


「またこれか……はぁっ!!」


 ソニックブームで消し飛ばされました。だけど、これは実体のないもの。つまり……。


「黒羽の矢!」


 これで、ソニックブーム自体を射貫ーー


「きゃわぁぁ!!」


 ーーけませんでした。相手の妖気の方が上でした。


 こいつは、普通の妖魔人じゃない。十極地獄の鬼達よりも、茨木童子なんかよりも強い。本気にならないと、勝てない。


「そろそろお遊びは終わりだ。そのちょこまか動く足、止めてやる」


「そうですか」


 どうしよう。いったいどうすれば、先輩を助けられるの?

 とにかく感情の高ぶりを抑えて、神妖の妖気を使って浄化していくしかないです。


 それから、僕はゆっくりと立ち上がり、空魔を睨みつけます。


「そっちが本気を出すなら、僕だって……」


 先輩を助けたい。その気持ちを持ったまま、こいつへの怒りは抑えておきます。それだけでも、多少は神妖の妖気を使えるはずです。


「さぁ、跪け! この妖魔王、空魔様にな!」


 すると空魔は、身を低くして、凄いスピードで僕に向かって来ました。

 狙っているのは……言ったように足か腕でしょうね。だから僕は、こうするだけです。


「ぴょんっ、と」


「んっ?!」


 軽く飛び上がった僕は、丁度良い高さの所で止まります。

 力の調整、ちょっとくらいは出来るようになったかな?


 とにかく、相手は足を狙っていたのか、目標がいきなり上に消えたから、ちょっと面食らっていますね。だから今の内に……。


「よっ、と。てぇいっ!!」


 僕は空中から前転で一回転して、元の体勢に戻る瞬間、尻尾をハンマーに変化させ、回転した勢いに乗ったまま、空魔に向かって勢いよく打ちつけました。


「ちっ!」


 だけど、空魔の反射能力は凄かったです。

 一瞬の隙があったから、避けられないと思ったんだけれど、避けられちゃいました。


 でも、まだですよ。


「たぁっ!!」


「くっ……」


 そのまま今度は、空中から相手に向かって、御剱を振り下ろすけれど、それも七妖剣で受け止められてしまいました。


「くらえ」


 すると今度は、相手の七妖剣に妖気が集中していきます。何かする気ですね。


醜音斬しゅうおんざん!」


「うっ……! なにこの、不快な音のオンパレードは……!!」


 妖気が込められているから、それを吸収しようと思い、僕は交えた剣を支えにして、後ろに飛び退いたけれど、その瞬間、相手が真空の刃と化したソニックブームを放ちました。


 そのソニックブームからは、聞いたら寒気がするほどの、とても不快な音が沢山入り混じっていて、吸収するどころじゃなかったです。というか、こんなの吸収したくもないです。

 黒板を引っ掻くような音から、うめき声のような音、壊れかけの家電のモーター音など、そんな音が混ざるともう……不快感は頂点に達してしまいますよ。


 だから僕は、この攻撃を避けるしか無かったけれど、もう一発飛んできました。

 マズい……これなら吸収出来ないって分かってやってる。


「ほう、良く避けるな。しかし、いつまでーーぬぐっ……!!」


「あんまり僕を甘く見ないで下さい。影の操」


 やっと捕まえました。


 実は逃げ回っている間にも、僕はずっと自分の影を操っていて、相手の影を掴もうとしたり、相手の影を操って、その体を掴もうとしていたけれど……相手は僕の妖術を殆ど把握していたからか、結構避けられていたのです。

 多分先輩の記憶から、僕の妖術を殆ど把握していたんでしょう。だからさっきからずっと、僕の妖術が効かなかったんです。


「ふっ……油断した。しかしーー」


「分かっています。妖気の強い方が、相手の妖術に打ち勝てる。だからその影の妖術には、多めに妖気を込めています」


「そうか……ふん!!」


「くっ!」


 すると空魔は、力任せに体を動かし、手に持っている七妖剣を、僕が操っている自分の影に突き刺しました。その瞬間、その影から僕の妖気が噴出していきます。

 風船じゃないんだから、そんなので僕の妖気を抜かないで下さい。


「ちっ……! まだ掴むか」


「当然です。そしてこのまま……金華浄焔!」


「ぬっ……?! ぐぅ!!」


 それでも、相手の動きが鈍くなっている今がチャンスなんです。だから僕は、空いている手で浄化の炎を放ちます。


 妖魔人の体は、そうそう燃える事はないけれど、この僕の浄化する力で、寄生妖魔自体を弱らせる事は出来ます。


 だからこのまま、先輩の自我が戻ってくれれば、先輩が寄生妖魔を追い出そうとしてくれたら、先輩を元に戻せるんです。


 分かっていますよね、先輩。

 僕の想い。助かって欲しいという気持ちを、無下にしないで下さい!


「ぬぅ……! ぐっ、くそ……がぁ! あぐっ、うっ……くそ、またか……この野郎、出るな、出てくるなぁぁ!!」


「先輩? 先輩! お願いです、そのまま寄生妖魔をーー」


「ーーぁ、あぐっ……つ、ばき……頼む、から……俺を、助けようとするな」


 また? またそんな事を言うんですか? なんで、なんでそんな……。


「俺はもう、助からない……もう、死んでいるんだ! だから……」


「死んでいません! 先輩はまだ、死んでなんかいません!」


「ちが……う、こいつは、この寄生妖魔は……寄生妖魔なんかじゃ、ない」


「へっ?」


「魂に、まで取り憑く、憑依妖魔……なんだ」


 なんですか、それ? えっ? 寄生妖魔じゃないんですか?

 憑依? なにそれ? 全く別の、根本的に寄生の仕方が違うんですか?


 そんなの、それでも……やることは変わらなーー


「だから……こいつに実体はない!!」


「……えっ」


 実体が無いって……? ちょっと待って下さい……それって幽霊とか、そんな類のものなんですか?


「だから、殺せ。これは、俺なんだ。俺そのものなんだ! 殺せ、椿!」


 そうやって頭を抱えながら、必死に叫んでいる先輩の両目からは、右に真っ赤な血の涙を、左は真っ黒な涙がこぼれ落ちてきました。


 もう、先輩は人間じゃない……それじゃあ、どうすれば……どうやったら、先輩を助けられるの? レイちゃんなら、助けられる? でも、今はここにはいない。


 僕がなんとかしないと、僕がなんとかしないと!

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