第肆話 【1】 先輩のバカ!

 異空間に姿を消した空魔は、ちょこちょこと姿を現しては、妖気を僕に察知させ、惑わそうとしてきます。だけど、その手には乗らないですよ。


 本当に攻撃をして来るその一瞬、それを見計らってこっちも攻撃をすれば良いからね。


「まぁ……酒呑童子さんが死角から気配を消して、僕に攻撃してくれていたからね。そう思っていればーーそこっ!」


「くっ……!」


 惜しい。今一瞬殺気があったから、そっちに向かって御剱を振り抜いてみたけれど、腕を掠めただけでしたね。

 おかげで、相手に僕の行動を悟らせてしまったけれど、それでもこの方法しかないのです。


 妖具生成で何か玩具を出しても良いけれど、どれも有効的じゃないような……と思ったけれど、玩具には色々ありましたね。


「こういうのどうだろう?」


 そして僕は、手のひらに何十個かのスーパーボールを出現させます。これ、凄く跳ねて面白いんですよ。

 それを僕の能力で、バウンドする度に爆発させたり、バウンドさせればさせるほど威力が上がったり、空間を割る程までにさせたら……うん、やってみる価値はありますね。


「てぃ!!」


 そのまま僕は、手に持ったスーパーボールを地面に向かって強く投げつけます。


「うわっ!?」


 ただ、爆発させる物も何個か用意していたから、地面にバウンドした瞬間に爆発してしまって、ちょっと危なかったです。もうちょっと、投げる方向を考えないといけませんでした。


 それでも、その爆発の勢いに乗って、他のスーパーボールが加速をし、更に凄い勢いで次々とバウンドしていきます。

 ここは外だと思うでしょうけど、あの何体も混ざった妖魔の力で、この異空間に僕は閉じ込められているんです。つまり、そう簡単には脱出させようとしないでしょう。


 そんな僕の予想通りで、ここに閉じ込める為の、見えない壁の様な結界にスーパーボールが当たり、更にスピードを増して跳ね返ります。


「ん~結構広めに作ってますね~」


 そして、凄いスピードで跳ね回るスーパーボールを見て、ここの広さも確認します。

 僕はだいたい、マンションの一部屋くらいの広さかなと、そう予想をしていたけれど、これは会議室くらいの広さはありそうですね。


「…………」


 そしてこうなってから、相手が一切姿を見せなくなりました。

 当然ですね。爆発するスーパーボールも、爆発する度に吹き飛んで、見えない壁に当たったり地面に当たったりして、そこでまた爆発する。

 こんな危険な所に出て来たら、下手したらやられてしまうよね。


 僕の方は、ひょいひょいとボールを避けているから大丈夫です。

 こんなの、酒呑童子さんに受けたあの修行だと思えば、簡単なんです。


「もうそろそろかなぁ……」


 そして、もう一つのスーパーボールは、跳ね返るごとに威力を増すものです。

 これを使って、空魔が隠れている異空間を壊そうという算段なんだけど、それまでどれだけバウンドさせれば良いんだろう? 避け続ける方が大変でしたね。


 すると……。


「おっと!」


「ぐわっ?! くそ!!」


 また僕の後ろから、殺気が放たれていました。何とか避けたけどね。


 そして空魔の腕に、飛んで来たスーパーボールが見事に命中し、その瞬間に爆発しました。

 僕は咄嗟に身を捻り、その爆風から逃れ、体勢を立て直すと、再度スーパーボールを交わし続けます。


 空魔の姿は……また見えなくなりましたね。

 でも、このスーパーボールを見て、相手も焦っているのかも知れません。


 そして、そんな事を続けて数十分後ーー


「うぐぁぁっ!!」


 遂に、飛び交うスーパーボールの一個が、相手が逃げ込む空間にヒビを入れ、そこに別のスーパボールが当たり、その空間が割れました。

 その瞬間に、もう一個スーパーボールが飛んで来て、中に入ったと思ったら、空魔の悲鳴が聞こえてきました。


 いやぁ、ボールとボールが当たり始めて、乱雑に飛び交い始めた時にはどうしようかと思ったけれど、結果的に早めに空間を割ることが出来ましたね。


 それでも、僕が閉じ込められているこの空間からは、まだ出られません。


 いったいどうなっているんですか……まだ避け続けないとね。


「……っ、早く出て来たらどうですか?」


 その後、しばらくそうやって様子を見ていたけれど、何故かまだ空魔が出て来ないのです。


 まさか、まだこの状態で戦えると思ってる?

 次から次へとスーパーボールが、空魔の隠れている空間に飛び込んでいます。多分、その中は大変な事になっているんじゃないんですか? こっちはだいぶ数が減ってきたからね。


「ちっ……!!」


 するとようやく、空魔が割れた空間から出て来ました。もう既に、僕の後ろを取ろうという考えすらなかったのですか。それだけ必死だったみたいだね。


「痛かった?」


「ふん……こんなもの」


「結構汚れとか傷があるんだけど?」


「黙れ……ぐっ!!」


 それでもこの場所にも、まだ何個かスーパーボールが残っていますよ。油断すると、頭に当たっちゃいますよ。今のは爆発するやつだったから、空魔が前につんのめっています。


「痛かったら、先輩に体を返して下さい」


「……お前はバカか? こんなのものでーー」


「神風の禊!」


「ちっ……! そう簡単に、この俺がやられると思うか?」


 残念。話をして油断をさせようとしたけれど、やっぱり防がれました。つまりこれくらいじゃあ、まだ先輩の自我は取り戻せない。


「しかし、小細工が通じないなら……ぐわっ!」


 あっ、まだスーパーボールが残っていました。後ろからヒットしていますね。今のは、威力が上がるやつかな? 空間を割るほどの威力のはずですよ。

 首が飛ぶかと思ったら、これも前につんのめっただけです。だけど、だいたいその予想はしていました。ただ、予想に過ぎなかったので、先輩の首が飛ばなくて良かったです。


「つぅ……つば、き……油断、するな……いや、手を……抜くな……もう、俺は……戻れない」


「先輩?! やっぱり自我が!」


 すると、顔を俯かせたまま、空魔がそう言ってきます。

 いや……これは湯口先輩です。やっぱり、先輩はまだ自我が残っていた。


「先輩! 今すぐ元に……!」


「やめ……ろ……もう……俺は、普通の妖魔人じゃ……ない。この、寄生妖魔が、普通じゃ、ない……これは、この妖魔人は……ぐぅ!!」


「先輩……」


 何で、何でそんなに弱気なんですか?


 先輩はそんなに弱くないでしょう!

 いつもいつも、いじめられている僕を助けようと、その身を犠牲にしてでも、色々と訴えてきた。


 知っているんだよ。先輩が、学校でどういう扱いを受けていたのか。

 皆から迷惑がられて、先生にすら見放され、学校ではたった1人で過ごしていたでしょう。


 だから僕は、先輩にキツく当たっていたのです。


 助けようとしても、その人すら巻き込んでしまう。当時僕が受けていた「いじめ」は、それだけのものだったんです。

 しかもそれをけしかけたのが、その時校長だった八坂さんだもん。そりゃいくら頑張っても勝てないよ。


 それなのに先輩は、ただがむしゃらに僕を助けようとした。どんな相手でも、そうやって立ち向かっていた先輩に、僕は内心憧れていました。


 でも、それじゃあダメだから、僕は無理やり自分に言い聞かせていました。鬱陶うっとうしい存在だって。


 だけど、今は後悔しています。

 あの時ちゃんと、先輩を見ていたらって……ちゃんと先輩と仲良くしていれば、こんな事にはならなかったのにって……。


 だから、弱気な先輩を見ちゃうと、そんな弱い僕が出て来ちゃいます。


「ぐっ……くっ、ふふ。また俺の演技に……」


「もう、良いです……そんなのもう良い。弱い先輩なんか見たくない。だから、僕が助けます。自分から助かろうとしないなら、あの時の先輩みたいに、無理やりにでも、僕が助けてあげます!」


 そして僕は、御剱を空魔に突き出し、そう叫びます。


「何を言っている? 俺こそ、湯口靖。そして今は空魔。妖魔人……いや、妖魔王となった、最強の妖魔さ!」


「だから、そういうの、もう良いです。お前はとっとと、先輩の体から出ていって下さい!」


 こんなにも感情が荒ぶるのは初めてです。


 だけど、弱い先輩を見てしまって、僕は自分の感情が押さえられなくなっている。


 僕は何の為に頑張ってきたの?


 茨木童子と決着を着ける為、華陽と決着を着ける為、そして何よりも、先輩を助ける為に、僕は頑張ってきたのです。それなのに先輩は、それを拒否するんですね。


 それなら僕は、何度でもこう言うよ。


「本当に……先輩のーーバカ!」

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