第参拾話 大きな嘘

 僕を睨みつけ、そこから動かない美亜ちゃんと雪ちゃん。そして、里子ちゃんとわら子ちゃんに楓ちゃんは、ゆっくりと僕に近づいて来ます。


「椿。あんた……死ぬ気?」


「何の事ですか、美亜ちゃん」


「…………」


 すると美亜ちゃんは、黙ったまま更に僕に近づいて来ます。しかも俯いているから、表情が良く分からないです。もしかして、怒ってる?


「いっ……?!」


「嘘つき。あんた、私達とどれだけ一緒に居たか、分かってるの?」


「ひだだだだ……!!!!」


 結構強めに、僕のほっぺをつねってきていますね、美亜ちゃん! やっぱり怒っていました!


 それと、どれだけ一緒にって言われても、1年も一緒に居てないと思いますよ。

 そんな短い間で、僕が嘘をついているかどうかなんて、見抜けるわけないでしょう?


 すると美亜ちゃんは、僕のほっぺから手を離して、そのまま後ろを向きます。

 だけどほんの一瞬、美亜ちゃんが泣いているのが見えました。嘘でしょう?


「椿。あんまり妖怪を甘く見ない方が良いわよ。たった数ヶ月でも、相手が嘘をついているかついていないかなんて、分かるんだから。妖怪の絆、舐めないでよね」


「……美亜ちゃん」


 そして、その美亜ちゃんに続くようにして、皆も僕を見ながら口々に言ってきます。


「姉さん。全部1人で背負いすぎっす! いつもいつも、見てて危なっかしいです。だから、この街を速攻で守って、姉さんの増援に行きますからね!」


「楓の言う通り。最近の椿は、か弱くない。でも、それは逆に、危ない。無茶している証拠。だから私も、無茶をする。椿は、あの家に居るのが、1番幸せなんだから」


「椿ちゃん。私言ったよね? ちゃんと、私のご飯を食べさせるって。そうじゃないと許さないって。だから絶対に、椿ちゃんの加勢に行って、引きずってでも連れ帰って、あの家の食卓につかせるんだから!」


 なんだか皆……別の意味で怒っていませんか? あれ?


 僕がまた、勝手な事をしそうだから、それで怒っているんじゃなくて、皆の元に戻ろうとしないから怒ってる?


「あの……皆ーーいてっ!」


 すると今度は、僕の後頭部に、誰かが何かで叩いてきました。びっくりしてそっちを向くと、わら子ちゃんがいつの間にか僕の後ろにいて、扇子で僕の頭を叩いていました。


「何だか、椿ちゃんまた無茶しそうだし。結局、皆の言うことを聞かないから、私が代わりに叩いといたの。はい」


「わら子ちゃん、これは?」


「私が作ったお守りと、秘密兵器だよ。私の幸運の気が混ざっているから、役に立つはず。お守りの方は、今急いで作ったから、ちょっと効果は薄いと思うけど、無いよりかはね」


 わら子ちゃんも、治癒妖術で何とか回復していたけれど、その直後に僕の為にってこれを……皆、なんでこんな僕を信じるんですか。


 僕は、ただの妖狐じゃないのに……普通の妖怪じゃないのに。それなのに、なんでこんなにも……。


『椿よ。正直に、全て話してくれんか? その方が、皆も安心して街を守れるじゃろう』


「白狐さん……」


 すると、僕の横にいた白狐さんが、僕の頭を撫でてきました。

 もう涙腺緩んじゃって、大変です。泣きそうです。堪えるけどね。


「ありがとう……でも、ごめんなさい。僕も自信が無いんです。多分、僕はこうじゃないのかなって、そう頭に湧いてきただけで、確認を取らないといけないんです。お父さんお母さんに、もしくは……八坂さんかな」


 これも、まだ自信はない。八坂さんの正体。

 それも頭に湧いてきたけれど、確認しないと確信が持てないんです。それだけ、あり得ない事なんですよ、これは。


「だから、僕は行かないと。全てが封じられている、裏稲荷山に」


 そして僕は、皆が睨んでいる中で、ハッキリとそう言います。その後に、皆の顔をしっかりと見ます。

 心配してくれているのは分かっているし、僕の為に、皆頑張ってくれているのも嬉しいです。こんなの、昔の僕ではあり得なかった事です。だから……。


「それから僕は、僕自身の事にも、決着を着けてきます。そうしないと、皆と一緒に未来を生きられないよ」


 そんな僕の言葉を聞いて、美亜ちゃん達は観念したのか、さっきまでの恐い顔から、少し呆れたような表情をしてきました。


「しょうがないわね……あんたがそんなに強くなってくれたのは嬉しいけれど、ちゃんと帰って来てよね」


「美亜ちゃん、それは……」


 すると、白狐さんと同じようにして、黒狐さんも僕の頭に手を置いてきます。

 何をするんですか? これ、子供扱いされてるみたいなんですけど。


『心配をするな』


『椿は、俺達がしっかりと連れ帰る』


「いや……でも、その……」


『例え話せなくても、お主が何をしようとしているのかは、だいたい予測出来る。だからな、どんな事をしても、お主を死なせたりはしないぞ』


『もちろん、俺達も死ぬような事はせずにだ』


 それは、凄く欲深すぎです。神社の守り神が、そんなので良いんですか?


「あの……」


『好きな者の為には、欲深くなる。それは、守り神だろうと関係ないぞ?』


 言い返そうとする前に、そう言われちゃいました。これじゃあ言い返せないや。もう……白狐さんのバカ。


「あ~もう。知らないです」


 だから僕は、わざと白狐さん黒狐さんに背を向けて、伏見稲荷の方に顔を向けました。


 そこにはもう、黒い球体は無くなっていて、なんの変哲も無いように見えます。

 だけど、多分あそこには、僕が決着を着けないといけない、全ての妖怪達がいるんです。


「美亜ちゃん、雪ちゃん、里子ちゃん、わら子ちゃん、楓ちゃん。ちょっと、わがままを言いますね。僕が戻るまで、ずっと京都を守って下さい。僕は、白狐さん黒狐さんだけでいいです。それと、レイちゃんとね。僕を助けようとして無茶なんかしたら、それこそ死んじゃいますよ。相手は、それだけの力を持っているんです」


「ムキュッ!」


 レイちゃん、君の事もちゃんと連れて行くよ。だって君も、僕の力と関係があるもんね。だからさ、僕の首を絞めないで。大丈夫、忘れていないから。


「あ~もう……分かったわよ。だけど良い? 何回も言うけれど、絶対に戻って来るのよ」


「うん、分かってるよ」


 僕が美亜ちゃんにそう返すと、皆は急いで龍花さん達の後を追って行きました。

 その前に、皆僕の方を見て、強い眼差しを向けていましたよ。


 死なないでね、皆。選定者達は、それだけ強いんです。真剣に戦わないと、多分五分にもならない程です。それでも、龍花さん達が居るから、ある程度は戦えるはずです。


 だから早く終わらせて、僕の増援に行こうって焦っていると、多分やられちゃう。だから、京都を守る事だけに集中して欲しかった。


『椿よ。相変わらず、お主と言うやつは……』


「ごめんなさい。でも僕は、皆に無茶をして欲しくなかったの……」


『だがな、こっちはこっちで、もっと強敵なんだろう? なにせ……』


「分かっていますよ、黒狐さん」


 だって、1番戦いたくない相手もいるからね。


 僕が弱かったせいで、妖魔人になってしまった湯口先輩。


 だけど僕の中の、混ざってしまった神妖の妖気を使えば、もしかしたら助けられるかも知れない……まだ、憶測でしかないけどね。


 そして僕達は、伏見稲荷に向かって歩き出します。


 それと皆、ごめんなさい。


 僕は大きな嘘をつきました。


 白狐さん黒狐さんは気付いているみたいだけど、僕にしか起動出来ない陣で、この世界の選定を行うというのは、僕の現存する妖気を、全て使い果たさなければならないんです。


 つまり僕は、この体ではもう、生きて皆の元には戻れないのです。


 皆はそれを敏感に感じていて、僕に無理やりあんな約束をさせて来たけれど、ごめんなさい……やっぱり無理です。


 だって僕は、天照大神のーーううん。これはまだ、僕の内に秘めておいた方が良いですね。


「白狐さん黒狐さん……何があっても、僕を信じて下さいね」


『んっ? 当たり前じゃ』


『今更何を言うんだ、椿』


 妖界の伏見稲荷に向かって歩き始めた時、僕は急に不安になってしまって、白狐さん黒狐さんにそう言っちゃいました。それに応えるようにして、また僕の頭を撫でてきています。2人同時に。


 あぁ、そっか……ごめんなさい、白狐さん黒狐さん。2人との約束も、守れそうにないです。カナちゃんとの約束も……。


 僕、約束を破ってばっかりですね。本当に僕は、悪い妖狐です。


「とりあえずは、なんとかなりそうだな」


 するとその時、茨木童子を抱えたままの酒呑童子さんが、僕にそう言ってきました。


 そういえば、ずっと無言でしたね。

 しかも、ちょっとだけ着いて来ていました。ほんの数歩だけどね。そこで声かけてよ。


「酒呑童子さん……」


「悪いが。俺はもう、自分の目的は果たしている。選定とかにも興味はねぇし、今はどうでも良い。悪いが、俺は抜けるぜ」


 そう言うと酒呑童子さんは、僕達に背を向け、皆が向かった方とは反対側の方へと向かって行きます。


「……ちゃんと、おじいちゃんの家に帰って来て下さいね」


「あぁ、分かっている。椿。お前はもう、自分が何をすべきか分かってんだろう。だから、俺の手助けは必要ないな」


 本当は手伝って欲しいけれど、茨木童子を埋めたいだろうし、色んな想いが巡っているんだと思う。

 酒呑童子さんらしくないけれど、助けられなかったという悲しみが、その背中からヒシヒシと伝わってきます。


 だから僕は、何も言えなかった。

 何も言わず、ただ酒呑童子さんの背中を見ているしか出来なかったです。


 重みが違う。過ごした時間が違う。

 僕なんかの言葉じゃ、酒呑童子さんは救えない。だから……見送るしかなかったです。


 それでも僕は、ちゃんとあの家に帰って来るって、そう信じているからね。酒呑童子さん。

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