第弐拾玖話 【2】 選定者達
その後に僕達は、皆からの質問攻めです。
茨木童子との決着も、酒呑童子さんがしんみりとしてしまっていて、とても話が出来る状態じゃなかったので、僕達がしました。
「むぅ……いかん。これは本当にいかんぞ」
そして、僕達が全部話し終わった後、おじいちゃんがそう唸ってきます。
「良いか。反転鏡と転換鏡はな……使う者の妖気が強ければ強いほど、より広い範囲でその効果を及ぼす事が出来るのじゃ。それでじゃ、椿よ……あの伏見稲荷の結界は、どういうものじゃった?」
「えっと……あれは結界じゃなくて、妖界と人間の狭間に、裏稲荷山が閉じ込められ……てーーって、まさかそれを、転換鏡で?!」
転換鏡は、映し出した対象を、様々なものに転換する事が出来ます。
それが生物なら、別の生き物に変えたり、別の場所に移したり。それ以外なら、その性質が変わったりします。
だけど、狭間になった空間の性質を、元の空間に転換するには、相当な妖気が必要になります。
「あやつ自身、白面金毛九尾の狐の妖気を持っておるし、妖具もしこたま集めておった。もしかしたらその中に、妖気を溜める事が出来る、何らかの壺の妖具があったのかも知れん。椿を連れ去ろうとしたのも、記憶以外に、その力を抜き取る事もあったかも知れんの。妖気は多い方が良い。どちらにせよ、反転鏡で結界を有から無に反転させられ、更に転換鏡で、裏稲荷山を元の世界に戻したのじゃ」
つまり、華陽の最大の目的である妲己さんの体と、残り半分の殺生石。それを、手に入れられてしまうという事になります。
しかもそこには、僕のお父さんとお母さんも……。
『椿よ、なに嬉しそうな顔をしとるんじゃ?』
「えっ?」
白狐さんに言われ、僕は自分の顔を触ってみると、ちょっと頬が緩んでいました。
すいません。これでお父さんとお母さんを助けられると、そう思っちゃいましたよ。
「全くお前さんは。とにかく急いでーー」
「報告です!!」
「今度はなんじゃ?!」
すると今度は、おじいちゃんの部下の黒羽さんが、僕達の近くに舞い降りて来て、そう言ってきました。次から次へとなんでしょう?
「京都市内全域で、大量のもののけ達が暴れています!」
「もののけじゃと?!」
「はい。正体は不明ですが、姿は人型で、一様に体が真っ黒で、顔には口だけしか無い化け物です。妖怪、半妖、更には人間関係無く、いきなり襲って食べているんです!」
「なっ?! 次から次へと、何なんじゃいったい!!」
おじいちゃん。それ以上は、血圧が上がってしまいますよ。顔も真っ赤だしーーって、天狗でした。
『いかん! 人々にまで襲っているとなると、そちらも放ってはおけん。翁よ、ここは分担してーー』
「白狐さん。どっちにしても僕は、こっちの伏見稲荷に行かないと行けません。あの人も……居る」
皆慌てながら、現状を把握しようとしているけれど、どういうわけか僕だけは、冷静にこの事態を見ています。
だってついさっき、僕の頭の中に流れて来ましたから。突然何かが解き放たれた様になって、僕の頭の中に流れて来たのです。
京都市内を襲っている者の正体が……。
「あれは、恐らく選定者達です」
『椿、お主何を言って……』
「選んでいるんです。この世界で生きるのは、人間か妖怪か、それともその両方の性質を持つ半妖か。生きるに値しないと判断されたら、その場で食べられちゃいますね」
『椿……』
何を言ってるんだろう、僕は……。
だけど、分かるんです。話しかけてくるんです。頭の中で、僕に話しかけてくるこの声はーー
あの、狐のお面を付けた子供達です。
『さぁ……いよいよだよ』
『世界はここから、選定される』
『ここ京都には、誰も知らないある陣が張られていたんだよ」
『それはずっとずっと昔。この島が出来た時に作られたーー』
『神の選定陣』
そんな物が京都に?
だけど確かに京都は、何かに守られるかのようにして、災害や色んなものから守られている。そんな気がします。
『そして、その神の選定陣を起動して、最終的な決定を出すのはーー君だよ、椿』
「…………」
だから僕は、選定者が暴れていても、何故か心がざわつかなかったのですね。
僕は……僕の心は、何かに囚われてしまったのかな?
ううん、違います。信じているんです。皆はーー人は、そんなに弱くないって。
『椿……?』
「椿! お前さん、さっきからどうしたんじゃ?!」
あっ、あまりにも僕がずっと黙っていたから、皆僕の顔を覗き込んでいて、凄く心配そうにしていました。それどころじゃないのに。
「おじいちゃん……人間界の方の京都市内は、任せますね。僕は華陽を止めてきます。そして、選定者達を出現させた、八坂さんもね」
「なに?! 八坂じゃと!」
「うん、裏稲荷山に居ます。今なら分かるよ。恐らく既に、結界は抜けていたんだと思う。そしてそこで、華陽が転換鏡を使うのを待っていたんです」
すると、僕の言葉を聞いた後、おじいちゃんはより一層険しい顔をしてきます。
「それなら尚更、この人数でーー」
「おじいちゃん、人数は関係無いよ。むしろ、沢山居られると邪魔です」
「ぬっ……」
ちょっとキツく言い過ぎたかな?
だけどおじいちゃん達には、京都の守護をして貰いたいんです。やっぱり、選定者達に食べられるのだけは、見過ごせないですから。
だから僕は、その守護に1番見合った人達を見ます。
「龍花さん、今ですよ。京都の四大守護神の後継者として、その力を使う時です」
「椿様……」
治癒妖術で4人とも怪我が治り、復活していますからね。それに妖怪食で、妖気の方も補充済み。それなら、選定者達に負けることはないはずです。
「しかし、椿様が……」
「僕は大丈夫です。心強い味方がいますから。ねっ? 白狐さん黒狐さん」
『なぬっ?』
『お、俺達か?』
誰よりもびっくりしないで下さいよ、もう……。
「む~僕を守ってくれないんですか?」
『い、いや、しかし……』
『今の俺達では、そんなに戦えないぞ?』
なんだ、そんな事ですか。それなら言ったでしょう? 当てがあるって。
「もう……あの裏稲荷山に、誰がいると思うんですか?」
『なに?』
『誰……だと?』
それも忘れているの? う~ん。僕から言うのも、なんだか妙な気分です。
「天狐様ですよ。稲荷の最上神。2人の体を作れる妖狐です」
『なっ、天狐様が……?』
『裏稲荷山に居るのか?!』
「妖気を使い果たして、石化してるけどね」
『『おい……!!』』
2人一緒にツッコミを入れないで下さいよ。本当に仲が良いですね。
「それでも僕達には、まだ味方が居るでしょう?」
僕はそう言った後に、自分の肩に乗っている子を撫でて上げます。
『あっ……』
『そうか……妖気を渡せるその霊狐がいたか!』
「それで妖気が回復して、石化が解けるかは分からないけれど、やってみる価値はありますよね?」
僕がそう言った後、明らかに2人の顔付きが変わりました。これで、一緒に行くのは決定です。
ただしその道中には、最悪の敵が居るかも知れない事を、僕は忘れていません。
華陽の側についている湯口先輩と、その父親の玄空です。妖魔人になってから、もう随分経っていますけどね。
だからもう、駄目かも知れないけれど、僕はあれから相当強くなっています。
大丈夫。湯口先輩は絶対に、元に戻します。それだけの力を、僕は持っているのです。
「ふぅ……やれやれ。こうなっては、華陽と八坂はそちらに任せるしかーーとでも言うと思うたか!」
「へっ……?!」
ようやく作戦が纏まろうとしていたのに、突然何を言い出すんですか? おじいちゃん。
「そんな危ない奴等の元に、少人数で行って勝てると思うか! 良いか! 京都市内で暴れとる化け物は、30分以内にカタをつけてやる! 龍花、虎羽、朱雀、玄葉! お前さん達が先陣を切れ! 指示を出せ! 京都の守護神の力を見せつけてやれ!」
「「「「はい!!」」」」
おじいちゃんがそう叫ぶと、龍花さん達は揃ってそう返事をして、そして僕達を見てきました。
「椿様。良いですか、絶対に無茶はいけませんよ」
「分かっています、龍花さん。そっちも、無茶は駄目ですよ。選定者は妖怪じゃないです。だから、妖怪の常識を当てはめたら駄目ですからね」
僕のそんな言葉に、龍花さん達が目を見開いていました。
色々と情報を言い過ぎちゃったかな? だけど、もう僕は、自分が何者なのか分かりました。
この時が来たら、僕は自分の正体が分かるようになっていたんですね。
どういう仕組みかなんて“あれ”がやる事は全部、神がかっていますよ。だから、説明なんて出来ません。
「龍花さん、皆……僕の正体は多分、その内分かると思うよ。だから今は、現状に集中して下さい」
「……そうですか、分かりました。それならその言葉は、無事に帰って来る意味だと、そう捉えておきますからね。さぁ、行きますよ、皆!」
すると龍花さんは、虎羽さん達にそう言って、皆を引き連れていきます。
ズルいなぁ……龍花さん。最後に笑顔を見せてくるなんて。龍花さん達の笑顔なんて、初めてです。
それから僕は振り向いて、後ろにいる白狐さん黒狐さんに、裏稲荷山に行こうと、そう言おうとしたんだけれど……美亜ちゃん達がまだ残っていました。
しかも、白狐さん達と一緒になって、睨みつけています。何かバレちゃった?
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