第拾伍章 真剣勝負 ~過去との決着~

第壱話 【1】 稲荷修行中の妖狐姉妹

 それから僕達は、妖界をいつもの雲の妖怪さんで移動して、この世界の伏見稲荷前までやってきました。


 やっぱりボロボロです。しめ縄なんて緩んで落ちそうだし、鳥居の真っ赤な色も、所々はげちゃっているよ。


 その鳥居の奥の社も、朽ちてしまったかのようになっていて、屋根とか壁とか、今にも崩れ落ちそうになっています。


 これで屋根にカラスなんて止まっていたら、完璧に心霊スポットじゃないですか。


「カァーカァー」


 と思っていたら止まっていました……鳥居の所に。でもあれ、足が3本あるんですけど?


『全く。八咫烏がお出迎えとは、いったい誰の使いじゃ?』


「…………」


 だけどそのカラスは、白狐さんの言葉には反応せず、そのまま鳥居を飛び立ち、その奥の山に向けて飛んで行きます。


 八咫烏って確か……。


『ふん。神武天皇の時のように、俺達の道案内をする気か?』


 その様子を見て、黒狐さんがそう言ってきました。


 八咫烏は、神武天皇を大和国まで案内したという、伝承の生き物ですね。

 僕達妖怪がいたんだから、伝承の生き物もいるでしょうね。それじゃあ、日本神話の中には、本当の事もあるのでしょうか?


『とにかく行くぞ、椿』


「あっ、待って下さい……! 危なーー」


 実は僕、ここに入るのを躊躇っていました。それは、この神社の中が、変な気配で満ちていたからなんです。


 だから、様子を見ながら行こうとしていたんだけれど……遅かったです。

 既に2人が神社の中に進んで行ってしまって、途中にあったお稲荷さんの石像から、何かが飛び出してきました。


『ぬっ! 何者じゃ?!』


 それを白狐さんがいなそうとしたけれど、石像から飛び出して来た何かは、弧を描くようにしながら、白狐さんの頭に飛び付きます。


『ぐわっ!』


『ぬっ、白狐?! お前の死はーーぐぉ!!』


 ついでに、もう1体の石像からも飛び出して来て、黒狐さんの頭に飛び付きました。

 その前に黒狐さん、何か物騒な事を言いそうになりませんでした?


「白狐さん、黒狐さん!」


 こんな所に、味方はいないはず。

 だから僕は、慌てて巾着袋から御剱を取り出すけれど……それと同時に、泣き声の様な声が聞こえてきました。


 もしかして、白狐さん黒狐さん? いや、違いますね。小さな女の子の泣き声でした。


「白狐様ぁ!! 黒狐様ぁ!!」


「大変長くお待ちしておりましたぁ!!」


『ぬぉっ! 離れんか!!』


『誰だ誰だ、お前達は!?』


 良く考えたら、お稲荷さんの石像から飛び出してきたんだった。

 そしてその石像には、修行中のお稲荷さんが籠もっているって、過去の記憶から思い出したんだった。

 ということは、白狐さん黒狐さんに飛び付いてきたのは……。


「あっ、申し訳ありませんでした。あまりにも嬉しくて、つい……」


「もう、コンったら……でも、それだけ私達は、お二人のお帰りをお待ちしていたんです」


 顔立ちが似ている、女の子の妖狐達でした。しかも2人。


 狐の耳と尻尾が見えたし、毛色も狐色だったから、同じ妖狐だって、直ぐに分かりました。

 それにしても、2人ともまだ若そうに見えます。10歳くらい?

 だけど、あの石像に籠もっていたと言うことは、もう何十年も生きているはずですよね。


『というか、少し離れてくれんか? それに我等には、ここに居た頃の記憶が無い。お主達はいったい……』


 そんな白狐さんの言葉に、2人の妖狐の女の子達は、泣きそうな顔をします。

 あ~あ、泣かせちゃった? だけど、しょうがないと思うよ。


『うぉぉ! ちょっと待て、今思い出す!』


 そして慌てすぎです、黒狐さん。それに、思い出そうとしても無理でしょ。


「あのね、白狐さん黒狐さんはーー」


「知っています。“あなたのせい”で、記憶を失ったって」


 すると2人は、突然に表情を戻して、僕に向かってそう返して来たけれど、気のせいかな? 僕のせいという所だけ、やけに強く言われたような……。


「それでも私達に会ったら、その刺激で思い出してくれるかと思っていたんですが、駄目でしたね。悲しいですが、自己紹介します」


 すると、一番最初に白狐さんに飛び付いた子が、丁寧に挨拶をしてきます。


「私はコン。稲荷見習いです。まだまだ修行中ですが、伏見稲荷奪還の為、お力添えさせていただきます」


 そう言った後にその子は、ゆっくりと頭を下げてきました。


 その子はおさげ髪で、肌もきめ細かく整っています。

 それに何よりも目が大きくて、僕と同じ巫女服だというのに、本当の巫女さんみたいに綺麗です。僕より年下っぽいのに、胸も僕よりある……。


「私はヤコ。コンの姉にあたります。白狐様黒狐様のお身体の事も、存じております。なので、先ずはお身体を戻す方が先かと……」


 その後、肩よりも少し上くらい、僕とおなじくらいの髪の長さをした子も、丁寧に挨拶をします。

 こっちも巫女服で、コンちゃんと同じくらい綺麗です。ただ、コンちゃんよりも胸が小さいし、もしかしたら僕よりも……それと、ちょっとだけつり目で、何だか気が強そうな雰囲気がします。


『ぬっ……しかしじゃな』


 そんな2人の言葉に、白狐さん黒狐さんもたじろいでいます。というかですね……。


「いい加減離れて下さい!」


 さっきから、ずっと2人の腕に引っ付いていますよ!


「なんですか? おばさん」


「おばっ……?!」


 すると、姉のヤコちゃんの方が、僕を一瞥した後にそう言ってきました。

 あれ……? この言葉って、こんなにも傷つく言葉なんですね。


 というか、僕はおばさんじゃないです!


「あのね。これでも僕は、まだ100年も生きていないですよ。だいたい60年くらいです」


「嘘! 私達よりちょっと下?!」


「あれ?! あっ、そっか!!」


 ここは今まで、結界で出入りが出来なくなっていたし、ここで起きた事件の後、お稲荷さんのこの修行は、出来なくなっていたはずです。


 つまりこの子達は、あの事件が起こった時、既にこの石像に籠もっていた。その時から容姿が変わってないのなら、その当時この人達よりも幼かった僕は、この子達よりも年下って事になります!


「それなら尚更です。なんでこの方達と一緒に居るの?」


 すると続けて、ヤコちゃんがそう言ってきました。

 しかも、かなりキツめの態度で、幼い体なのにかなり年上の様な態度をとってきています。年上なんだけどね。


「それは……」


「許嫁だから当たり前。何て事は言いませんよね?」


 今度は、コンちゃんがそう言ってきました。

 駄目です。外見上どうしても、ちゃん付けになっちゃう……でも、この子達の言いたい事も分かります。


 だから……。


「それならあなた達2人が、白狐さん黒狐さんを守ったらどうですか?」


「うっ……」


「そ、そんなの……」


「出来ないですよね? 修行中だから。僕みたいな力は、まだないよね?」


 言い返した僕の言葉に、コンちゃんもヤコちゃんもたじろいでいます。

 だって僕の言う通り、2人の妖気はまだまだ半人前なんです。今の楓ちゃんと同じくらいか、それよりもちょっと低いかなって感じです。


「でも……あなただって……」


「うん、守れなかったよ。逆に守られて、そして不安定な事になっちゃった。だけど、それだけの相手だって事なんだよ。この稲荷山に向かった妖狐は。守れるの? 君達に」


「うっ……くっ、でも。でも……!」


「うぅ……」


 すると、2人が顔をくしゃくしゃにし出して、今にも泣きそうになっていきます。

 ちょっと威圧しすぎたかな? だって、ずっと白狐さん黒狐さんにしがみついているんだもん!


「ふぇぇ~ん!!」


「あの妖狐こわ~い!!」


 そして遂に、2人は泣き出しちゃいました。

 だけど君達は、僕よりも年上だよね? それなのに、精神的には10歳位の人間の子と、そんなに変わらないように感じるよ。


『むっ……椿よ。今のは流石にーーはっ!』


『白狐よ。爆弾を落としたな。まぁ、早くこの2人を引き離さなかった、俺達も悪いな』


「くっ……うぅ~そう思っているなら、早く離して下さいよ! その2人の頭なんか撫でてないで! 僕も泣くよ!」


 最大の敵が、この稲荷山に居るというのに、厄介な敵も居るというのに、その手前でもっと厄介な妖狐達がいました。


「わぁあ~ん!! 白狐様~!」


「わぁあ~ん!! 黒狐様~!」


「2人とも! 白狐さん黒狐さんから離れて! その2人は僕のなんだってば!! うぅぅ……白狐さん黒狐さんのバカぁぁ!!」


『白狐……これは、どうすれば良いんだ!』


『ええい! とにかく3人とも、泣き止んでくれ!!』


 2人のせいなんだから、もう知りません!

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