第弐拾捌話 【1】 激突する悪意と想い

 わら子ちゃんの舞いで、祟り神は動かなくなりました。というか、干からびたような……どうなっているんだろう?


「くっ……うっ……」


「わら子ちゃん!!」


 すると、扇子を畳んで袖の中に入れたわら子ちゃんが、そのまま膝を突き、倒れそうになります。

 それを見て、僕は慌てて落とし穴から飛び出し、わら子ちゃんの元に走って行き、わら子ちゃんを支えました。


「わら子ちゃん……こんなに頑張ってくれたから、ほっぺにキーーって、ちょっと黙ってて下さいカナちゃん!!」


 まだ僕の中には、カナちゃんが憑依中でした……早く僕の体から出さないと、カナちゃんの悪ふざけがヒートアップしそうです。


 それよりも、僕はちょっと気になる事があるんです。


「わら子ちゃん、あの……いったい何で勝ったんですか?」


 わら子ちゃんの幸運の気が強くて勝っただけじゃ、あんな事にはならないはずです。

 僕は、まるで母親のお腹の中にいる、胎児の様な格好をした祟り神を見ます。と言うか、これはそのまんま胎児ですよ。胎児のミイラです。


「ふふ、祟り神ってのはね……人身御供にされた赤ん坊を、媒体にしているのよ。それで、力を使い果たしたせいで、こんな風に元の媒体に戻ったわけ。赤ん坊って、まだ人格も出来ていない、すっからかんの状態だから、こういう媒体にはもってこいってわけなの」


 すると今度は、僕の後ろから華陽の声が聞こえてきます。

 しまった……祟り神がやられ、わら子ちゃんもこんな風に倒れているから、安全になったんだ。


「さぁて……一部予定外だったけれど、まぁ良いわ。私はこれでーー」


「逃がさないよ」


 そのまま僕は、影の妖術を発動して、華陽の足を再び掴みます。

 だけど、妖術を発動したのは確かに僕だけど、喋ったのはカナちゃんです。お陰で僕は、妖術の方に集中出来ました。


「ちょっと……! さっきよりも強いわね~」


 当然です。妖術の方に集中出来たからね。その分、妖気を練り込めているから、何時より強力になり、今度はそう簡単には抜け出せないようになっていますよ。


 それから僕は、分け身を生み出し、その僕にわら子ちゃんを渡します。

 すると今度は、勝手に僕の体が動いて、立ち上がってしまいました。


 これは、カナちゃんですか? 何をする気?


「ふふふふ、悪は絶対に許さない。正義の妖狐、椿ちゃーーそれは言わせないよ!!」


 自分で自分を「ちゃん」付けなんて、割りと痛い子だからね! やっぱり、カナちゃんに喋るのを任せるのは不安です。


「あらあら。やる気? 親友に憑依されて、それに身を任せるのもどうかと思っーーきゃっ!」


「あれ~? どうしたの? 目の前に敵がいるのに、のんびりお話出来るんだ~」


「このガキ……くっ!?」


 カナちゃんカナちゃん。喋り方が君になっているよ。僕はそんな風には喋らないって。

 まぁ、皆カナちゃんが憑依しているって分かっているし、僕のふりをしても意味がないんだけどね。


 とにかく僕は、また妖術を発動し、華陽を捕まえる事に集中します。動けなくしても、華楊も攻撃の方はしてくるから、その攻撃を避けるのはお願ーー


「きゃあっ?!」


 ーーいしない方が良かったかも知れないです。華陽の影の妖術に掴まっちゃいました。

 カナちゃんは戦闘経験があんまりないから、敵の攻撃の予測は不慣れでしたね。


 それなら、攻撃と回避も僕がやるだけです。でもそれって、結局いつも通り……。


「御剱、神威斬!」


 そして僕は、巾着袋から御剱を取り出し、それで華陽の影の妖術を斬り、そのまま相手に目がけて斬撃を飛ばします。


「ふん、甘いわよ。この程度で……」


「か~らの~ーーって、ちょっとカナちゃん! 何やっているんですか! 相手の攻撃に備えて、一旦防御をーー椿ちゃんスラッシュ!!ーー本当に何しているんですか!!」


 全部僕が喋っているから、何がなんだか分からない事になっていますよ!


 とにかく、僕が振り抜いた後に、自分の体が勝手に動いて、御剱を両手で握り締めると、それを振り上げて、更に沢山の斬撃を出してしまいました。

 憑依したカナちゃんがやったんだけどね……勝手に色々と何をやっているんですか!


「ちょっと、何これ……斬撃がめちゃくちゃに……! きゃぁぁ!」


 確かに……カナちゃんは剣術なんかやっていないから、斬撃の軌道がめちゃくちゃです。

 でもそのせいなのか、華陽はその攻撃を避ける事が出来ず、見事に直撃したように見えます。

 土煙で見えないから、本当に当たったかは確認が出来ない。でも、それからなんの動きもないです


 嘘でしょう? これが当たるの?

 だけど、あの華陽は何を仕掛けて来るか分からない。油断は出来ません。


「さっすが、椿ちゃんの力!」


 そしてカナちゃんは、僕の体でふんぞり返り、余裕の笑みを浮かべます。

 だけどこの場合、僕が余裕を持っているようになりますからね。あんまり調子に乗らないで下さいね、カナちゃん。


「…………」


 そしてその後、カナちゃんは少し視線を下げ、じっと僕の胸を見つめます。

 端から見たら、自分で自分の胸を確認している感じになっているけれど、何だか嫌な予感……。


「椿ちゃん……ちょっと胸が大っきくなった?」


 案の定、そのまま手を自分の胸に当てようとしてきます。止めて止めて、それ以上は駄目!


「カナちゃん、そんな事をしている場合じゃないってば!!ーー良いじゃん~好きな子の胸くらい触らせてよ!ーーその考えおかしいってば!!」


 僕1人が全部喋っているから、1人漫才やっている感じになっちゃって、凄く恥ずかしいです。

 それよりも、胸は触らせないからね。自分で自分の胸を触るなんて、この体に戻った直後くらいしかやらなかったんだからね!


 それはやっぱり、恥ずかしいというのがあるし、今だってそうです。

 だから必死で、自分の両手を止めているけれど、カナちゃんがそれを動かそうとしてきます。


 負けないからね!


『何やっているんだ、椿! 華陽が逃げるぞ!』


 するとその時、黒狐さんの怒号が飛んできました。


 僕としたことが……カナちゃんの行動を抑制しようとするあまり、華陽を見ていなかったです!


 やっぱり華陽は、あの斬撃を全て避けていました。そしてやられたフリをして、隙を伺っていたんです。

 華陽は僕から離れていて、大きく遠回りをしながら、この地獄の入り口に向かっていました。


「あ~ら、バレてた? でも、本当に良いコンビね、あなた達。良い~感じに足を引っ張りあってくれっちゃって、バッカみたい。それじゃあ、あとはあの入り口に向かって、超スピードーーでぇ?!」


「誰が、バカだって?」


 その華陽の言葉に、僕は何かが切れちゃいました。


 バカ? 僕をバカにするのは良いけれど、カナちゃんをバカにするのは許しませんよ。

 色々とあり得ない事をしても、それは全部僕には出来ない事なんです。それを迷いなく出来るカナちゃんを、僕は尊敬しています。だからーー


 そんなカナちゃんをバカにする人は、絶対に許さない。


「この子は、私の大切な妖狐。いつも安らぎを与えてくれて、傍にいるだけで安心して、でも危なっかしくて、手のかかる子。今だって、考えるより行動した方が良いって、体に教えていたの。本当に、手のかかる子なんだよ。だけど、それをバカって言う人は許さないよ」


 えっ……? カナちゃんのさっきまでの行動には、そんな意味があったんですか?

 いや、それでもちょっとやり過ぎだけどね。本当に君って人は、いつも加減を知らないですよね。


「ふん。素早く移動しようとした私の前に、瞬時に現れるなんて、あんたもやるようになったんだろけど、力はまだまだこっちがーー」


「こっちが……なに? 僕は怒っているんだよ? あなたが逃げようが逃げまいが、もう関係ないよ。ここで潰れちゃえ!」


 そう言うと僕は、自分の両手を組み合わせ、それで拳を作ると、右腕に付けた火車輪を、組み合わせた両手両腕の周りに展開します。

 それから僕の後ろに、火車輪から出した炎で次々と拳を作っていきます。何個も何個もね……。


「へぇ、やるじゃない。でも、私の9本の尻尾の前では、どんな攻撃も意味がないわよ。全部受け止めるから」


「やってみて下さい。カナちゃんの妖気も混ざってるんです。今の僕は、強いよ」


「言うわねぇ~それじゃあお望み通り、串刺しにしてあげるわ!!」


 すると華陽は、尻尾を槍のように変化させ、そして血のような赤黒い炎を纏わせます。

 良く見たら華陽の毛色も、そんな赤黒い毛色になっていました。そして更に、妖気まで倍程に跳ね上がっています。


 だけど、負けませんよ。


「行くよ、カナちゃん!」


「うん!」


 そして僕は、僕自身の妖気を両手に流します。

 それと同時に、カナちゃんの妖気と想いが、僕の両手に流れてきます。


 ありがとう、カナちゃん。


「あはぁっ、血塗れの尾槍びそう血鬼破砕けっきはさい!」


「狐狼拳、煉獄環! 狐と狼の怒りの連拳!!」


 僕と華陽が同時に叫ぶと、華陽はその9本の尻尾を突き刺して来て、僕は後ろに展開した、沢山の炎の拳を一気に華陽にぶつけます。


 その後、激しい爆音と煙が舞い散り、この地獄一帯を覆っていきました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る