第弐拾捌話 【2】 大江山の二鬼
僕は華陽の攻撃を全部弾いて、相手に全ての拳を打ち込めました。
ただ、全く手応えがなかったです。まさか、この煙を生み出す為にわざと?
「くっ、妖気……華陽の妖気は……えっ?!」
上? 天井? そんな、まさか……!!
「ふふふふ……あなたの攻撃、凄かったわ。流石ね。でも悪いけど、利用させて貰ったわ。私の脱出の為にーーね」
すると煙の中から、天井に空いた穴に尻尾をかけた華陽が、僕に向かって気持ち悪い笑みを浮かべていました。
その尻尾の先には、僕の火車輪から生み出した炎の拳が付いていました。
しまった! 華楊はかなり冷静だったんだ。相手を燃やすどころか、相手に力を貸してしまっていました。しかも消せない。つまり完全に、僕達の妖術を自分の物にしたのです。
「くっ……逃がさないですよ! 黒焔狐火!」
「きゃぁっ! お~怖い怖い……これ以上はマズいわねぇ。新たな増援も呼ばれているし、さっさと退散するわね~それじゃあね~」
そう言うと華陽は、僕の黒焔を軽々と避けた後、尻尾を使って上に上がり、再び衝撃音を鳴り響かせ、そしてそのまま姿を消してしまいました。
きっと、残った炎の拳で、ここの天井を次々と破っていっているのですね。
今から行っても追いつけない……だって。
「くっ……もう、妖気が……」
ちょっと、力を込めすぎました。
僕は足に力が入らなくなって、その場にへたり込んでしまいました。
そしてその後に、土煙が晴れていき、そこに華陽の姿がない事に気付いた皆が、驚いて近づいてきます。
『椿! 華陽はどうした?!』
「ごめんなさい。逃がしてしまいました」
黒狐さんがそう叫んだ後、僕は申し訳なさそうに言います。
だって、カナちゃんとおかしな事をしていたから逃げられた様なものであって、皆に顔向けが出来ないです。
『そうか……とにかく、お前が無事で良かった』
すると、黒狐さんがそう言いながら、僕の頭を撫でてきます。やっぱり言うと思いましたよ。黒狐さんの行動は、ある程度予測していたんだから、耳まで熱くなっている場合じゃないです。
これは、白狐さんでも同じ事をしていたと思うよ。だから、茨木童子に治癒の妖術をかけながら、僕を睨まないで下さい……白狐さん。後でさせて上げますから。
すると今度は、僕の口が小さく動きます。もしかして、カナちゃん。何か言うつもり?
「憑依って、相手の心も分かるんだ……椿ちゃん、私のお父さんは、黒狐さーーそれ以上は言わないで下さい」
まさか僕の心が読めるなんて、憑依って卑怯じゃないですか!
「う~ん。だけどこれ、諦めようと必死だね。それで白狐さんにーーだからさ……小声だとしても、それは喋らないでよ、カナちゃん」
駄目だ。カナちゃんに全部バレちゃった。だけどやっぱり、今はそれどころじゃないので……。
「レイちゃん、お願いします」
「ムキュゥ!!」
『きゃあっ!! ちょっと~もうちょっとだけ、椿ちゃんの温かい中に~』
「言い方が際どいですよ! レイちゃん、ちょっと締めといて!」
『ご、ごめん~椿ちゃん! あっ、レイちゃん? ちょっと、止めてぇ!』
全く……レイちゃんに頼んで、カナちゃんを僕の体から引きずり出した瞬間、凄い事を言い出しました。
だけど、その後に出来たら、白狐さんの方も助けて欲しいかな。白狐さん、かなりキツそうです。きっと、妖気がギリギリなんでしょう。
「酒呑童子さん、茨木童子は?」
「……おう。そっちは終わったか?」
それから僕は、急いで酒呑童子さん達の元に向かいます。だけど、僕に向かってそう言ってくる声には、全く覇気が無いです。嘘でしょう……こんな酒呑童子さんは、初めて見ました。
血塗れになった茨木童子を抱きかかえていて、自分の服まで血塗れです。
だけど、それを気にせず座わり込み、ずっとその胸に抱きかかえています。
そこに、茨木童子は力無く仰向けに寝ていて、酒呑童子さんを見つめています。
流石は、身体能力が強靭なだけあります。普通の妖怪さんなら、これはとっくに死んでいるよ。
白狐さんはそんな茨木童子に、治癒の妖術を必死にかけているけれど、白狐さんの妖気も切れそうだってば。
すると茨木童子が、そんな白狐さんの手を押し返します。だけど、力が入っていないのか、押し返せていません。
「もう……これ以上は、良いです。稲荷の、守護妖狐であるあなたが、消滅……してしまいます」
『くっ……しかし。我々は今回の戦で、お主の命まで奪う気は無かった。それに我は、稲荷の守護神だ。どんな者でも、消えゆく命を放っておけるか! 助けられるなら助ける!』
流石は白狐さんですね。なんだか誇りに思います。僕も、あなたみたいなお稲荷さんになりたいです。
『なるほど。複雑な恋心だね~椿ちゃん~』
「ちょっとお仕置きが足りなかったですか? カナちゃん」
『いや、十分だってば……それよりも、茨木童子は?』
それは……誰が見ても、もう駄目そうです。徐々に顔色が悪くなっているよ。
「どうせ私は、あと数日で……死ぬ身だったのですよ。助ける意味など、無いでしょう?」
『しかしな、残す言葉と言うものがーー』
「白狐。もう良い。もう十分だ……ちょっと、2人だけにさせてくれ」
そう言いながら酒呑童子さんは、茨木童子を抱きかかえたまま立ち上がり、僕達から離れていきます。
ただその時、茨木童子の服がはだけ、控えめな胸が見えてしまい、そこで初めて僕は、茨木童子が女性だったんだなって、ようやく実感しました。
僕達にした事は許せないけれど、こんな結果は僕だって望んでいなかった。
もっと、罪を償って欲しかったんだけど……。
『くっ……』
「白狐さん、お疲れ様。レイちゃん、まだ大丈夫? 白狐さんをお願い」
「ムキュ!」
その僕の言葉に、レイちゃんは張り切りながら白狐さんに引っ付きます。まだ霊気を残していたんですね。やっぱりこの子には、かなりの知恵がありますね。
それと、レイちゃんが僕の体からカナちゃんを出す時、僕の体にレイちゃんも入って来たけれど、その時に微かに感じました。
僕と同じ、僕自身の神妖の妖気ーー
天照大神の力を。
レイちゃんの事は後で調べるとして、今は酒呑童子さんと茨木童子さんですね。
僕の耳の良さを舐めないで下さい。見えるか見えないかの距離まで離れていても、聞こえていますからね。
「ふふ……全く、なんてお人好しな、妖怪達なんでしょうね。そんなのでは、人間達に……それに、“アレ”にも」
「そうだな。いつか人間どもに弄ばれ、酷い目に遭うだろうな」
ちょっと、そこは同意しないで下さいよ。酒呑童子さん。
「だがよ、俺は頼光に言われたんよ。人間は存外、悪くない。信じてみよーーってな」
「ふっ、信じて何になるのですか? 人は繰り返しているでしょう?
「人間はな、俺達とは違って寿命が短い。伝え続けられないのさ。だがな……」
「それでも、必死に伝えている。でもね、所詮受け取る側次第……私と、あなたみたいに……ね」
「ちっ……」
茨木童子、もしかしてあなたは……。
「結局、いつもそう。あなたは、私の言うことを聞かない。私を無理矢理強くしようとして、無理矢理お嫁にして……本当、私の気持ちなんて、無視」
「お前、それを気にするタマか? 俺はな、お前を評価していたんだよ。だから、強くしようとした。だから嫁にした。わかんねぇか?」
「口にしなきゃ分からないね」
すっぱりと言いますね、茨木童子。だけど、その茨木童子の言葉は、僕の胸にも突き刺さります。
そうだ……口にしないと、伝わらない事もある。
カナちゃんだってそう。僕がもっと、カナちゃんに自分の気持ちを伝えておけば、あんな無茶はしなかったかも知れない。
「いい加減、頭にきてしまってね……だけど本当は、振り向いて、欲しかった……また一緒に、夢を追いたかった。昔追いかけた、夢を……妖怪が、幸せに暮らせる……世界、を」
「……馬鹿野郎」
「本当に、そう。今更遅いかもだけど、迷惑をかけてしまって、ごめんなさい」
そしてその後に、酒呑童子さんはゆっくりと、茨木童子の顔に自分の顔を近付けていきます。そのまま、唇と唇が……。
うん、これは見ないでおきましょう。そして、聞かないでおきましょう。だけどやっぱり、どうしても聞こえちゃう。自分の耳の良さが恨めしいですよ。
「愛しているわ、酒呑童子」
「俺もだ、茨木童子。また、来世でな」
「ふふ。来世は、人間が良いね……その方が、こんなにも長い時間、悩まなくて良い、から……」
「…………」
その後、茨木童子が喋る事は無くなりました。
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