第弐拾漆話 【2】 座敷わらしの演舞
お願いです、わら子ちゃん。その祟り神を何とか封じて下さい。
そうしないとーー
「うわっ!!」
「きゃぁっ!! ちょっと祟り神! 私への恩恵……わぁ!!」
祟りによる不幸攻撃や、わら子ちゃんの幸運の気による、敵対する者への不幸攻撃で、僕と華陽は散々な目にあっています。
恐らく華陽の方は、わら子ちゃんの幸運の気の影響を。僕達の方は、祟り神の不幸の影響を受けてしまっています。
ただどちらも、お互いの力と衝突した後なので、そこそこ中和された状態です。それなのに……。
「うぅ……ぬ、抜けない……」
「ちょっ……!? 尻尾が変に挟まって……! 何よこれ!」
僕は、何度目かの落とし穴にはまったまま、そこから何故か抜けなくなり、華陽は僕に攻撃をしようとしたら、自分の妖術が暴走をし、自らが激しく吹き飛んでいました。その後、背後の壁に激突し、その尻尾が挟まって抜けなくなっています。
『うぬ……これは……』
『迂闊に近付けない。椿を助けたいが……』
『大丈夫だよ、白狐さん黒狐さん。椿ちゃんの肩には、レイちゃんがいる。そしてレイちゃんは、霊体を触れるから、レイちゃんが私に掴まってくれたら、私がそのまま浮き上がって、椿ちゃんを引っ張り出せるよ!』
僕を心配している白狐さん黒狐さんの上から、カナちゃんがそう言ってきて、そして僕の方に飛んで来ました。
だけど、何だか嫌な予感が……。
『待ってて椿ちゃーーわぁぁ!!』
「ほらやっぱり!!」
幽霊だろうと関係無いんですね。
この幸運の気と不幸の気がせめぎ合い、入り混じった空間では、たとえ幽霊だろうと、不幸や幸運を与えるんですか……。
そして何故かカナちゃんが、僕の方に引っ張られて来ています……って、あれ? これってまさか……。
「いや、大丈夫。大丈夫……カナちゃんは幽霊だから、きっとすり抜けーーうっ?!」
すると、カナちゃんと僕がぶつかると思ったその時、カナちゃんが僕の体の中に入り込んじゃいました。
ま・さ・か。
「はれ? あれ? これって……あれ? 私、地面を触れる? えっ? えっ!」
そして僕は、ペタペタと地面を叩きながら、そう喋ります。
でも、これは正確には、僕が喋っているんじゃないんです。カナちゃんです!
カナちゃんが僕に、憑依しちゃった!?
「ちょっとカナちゃん! 僕の体から出てくれる?!」
あっ、僕も自分の体を動かせるし、普通に喋れるね。普通はこういう場合、乗っ取られた方は意識を失わないですか?
「流石椿ちゃん。憑依されても意識を失わないなんてーー言葉がややこしくなるから、カナちゃんは喋らないで!!」
全部僕が喋っているからさ、これややこしいよ。
すると白狐さん黒狐さんが、首を捻りながら僕に聞いてきます。
『椿よ……それは今、どうなっているんじゃ? 香苗が、お主の体に入っていったような……』
『もしかして、憑依したのか?』
そうだ。白狐さん黒狐さんは守り神でした。
もしかしたら、こういった憑依系の解決策を持っているかも知れません。
「あっ、大丈夫だよ、白狐さん~それよりも、助けて欲ーー僕より先に喋らないで下さい、カナちゃん!!」
危ないです。白狐さん黒狐さんをこちらに呼ぶ気だったんですか?! なにを考えているんですか!
「え~? でも。これ本当に、抜けないよ? 助けて貰わないとーーーーだから、わら子ちゃんが勝てば、あとは自力で何とか出来ます! 今は自力で何とかしようにも、不幸の気があるから、大変な失態をしてしまうかも知れないんです!」
あ~もう、ややこしいです。
全部僕が喋っているから、他人から見たら、こう聞こえちゃいます。何も知らない人が見たら、ただの危ない人です。いや、妖狐でした。
「それにしても、なんでいきなりこんな事に? 僕にとってこれは、不幸な事なんですか?ーーそして、幸運な事でもあるよね」
勝手に最後に追加しないで下さい、カナちゃん。
本当にややこしい事になっちゃったよ。僕にとっては大変な事だよ。だけど、そんなに不幸ってわけじゃないです。
という事は、これはカナちゃんにとって幸運な事になるんですか? 僕の体を思う存分に触れるから……。
多分わら子ちゃんの力で、カナちゃんの霊体が幸運の気に押されて吹き飛び、僕にぶつかり憑依した。
カナちゃんにとっては幸運な事になっているから、わら子ちゃんの幸運の気がそれに反応したのでしょうね。完全に、それが原因です。
今は良いです。最悪、レイちゃんにお願いすれば良いんです。ほら、ジッと見てるよ。
だけど今は、わら子ちゃんと祟り神の戦いが終わらないと、レイちゃんにも不幸が起きるかも知れません。
つまり結局、全員動けないのは変わらずです。
「あっ、わら子ちゃん危ない!ーー頑張って! わら子ちゃん! そいつに勝ったら、ご褒美に僕の頭なでなでをーーだから、勝手に追加しないで!ーーってのは嘘で~これは僕の本気のーーーーカナちゃ~ん!!!!」
楽しんでいませんか? それどころじゃ無いのに、楽しんでいませんか?! 僕、怒るよ!
「カナちゃん! ちょっとふざけないで下さい!」
流石に僕が怒っているのが分かったのか、カナちゃんは黙りました。
良かったです。とにかく、この隙にわら子ちゃんへの協力をーー
「でもさ、こうやって妖術で攻撃したら……」
あっ、バカ。駄目です、カナちゃん!
僕の体を動かして、腕を上げて前に突き出さないで下さい。黒焔を出す気ですか? それは駄目です!
だから僕は、反対側の手でカナちゃんを制止します。正確には僕だけどね。自分の左腕で、自分の右腕を掴んでいるんです。
何ですか? これは。これじゃあまるで、悪霊に体を好き勝手に使われているような感じですよ。
「黒焔狐火~!ーーって、言っちゃった!!」
すると僕の右腕から、物凄い量の黒い炎が飛び出し、祟り神とわら子ちゃんに向かっていきます。
その黒い炎は、祟り神とわら子ちゃんを飲み込むどころか、僕の目の前に広がる地獄の半分を、一気に燃やし尽くしてしまいそうな程に、巨大で激しいものでした。
「へっ? 何これ!?」
だから止めたんです……。
「他者の魂が、他の妖怪の体でその妖気を使ってもさ、上手く扱える訳がないんですよ! その妖怪の妖気は、その妖怪の魂でしか使えないんだから! それに、僕の中にある力は、相当扱い辛いもので……」
だけど、カナちゃんはその途中で、僕の口を動かして、とんでもない事を言ってきました。
「でもこれは、椿ちゃんの力だよね? 椿ちゃん本来の妖気は、神妖の妖気じゃないんでしょ?」
その言葉に、僕は黙り込んでしまいました。
そうでした……あくまで、僕の本来の妖気と神妖の妖気は、全くの別物なんです。一緒に考えてしまっていました。
だけど、僕本来の妖気を使った妖術が、こんなにも強力なのが良く分からないのです。
「ねぇ、だけどこの妖気……絶対に普通じゃないよね? 神妖の妖気でも無いし。椿ちゃん……あなたの本来の妖気は、神妖の妖気以上じゃないの?」
そしてカナちゃんは、続けてそう言いました。
ちょっと待って下さい。それなら、僕本来の妖気は、神妖の妖気じゃない、もっと別の性質の妖気って事ですか?
あっ、でもその前に……。
「わら子ちゃん、避けてぇ!!」
カナちゃんが勝手に出した特大の黒焔が、わら子ちゃんと祟り神を襲い、2人を燃やし尽くそうとしています。
「きひっ?! きひひひひ!!」
「ううん。椿ちゃん、ありがとう」
わら子ちゃんのそんな言葉の後、2人は炎の中に包まれ、その姿を消しました。
「わら子ちゃ~ん!!」
そう叫びながら、僕は必死に落とし穴から出ようとします。だけど出られない。おかしいです、祟り神が燃えたのなら、もう祟りは……。
「きひひっ!!」
そんな時、祟り神の気持ち悪い笑い声が、その場に響き渡ります。
嘘でしょう? 祟り神は燃えていない……何で?
「これでーー」
「きひっ?!」
「ーーこいつの力を削れる!」
すると、黒焔の中から祟り神の姿が見えたと思ったら、燃え盛る炎がその先に進まず、その場で停滞して渦巻いていきます。その中心には、わら子ちゃんがいました。
良かった。わら子ちゃんも燃えていなかったんですね。って、なんで僕の黒焔が渦巻いているの?
因みに祟り神は、自分の祟りが効いて、わら子ちゃんだけが燃えたと勘違いし、高らかに笑っていただけでした。
だけど今は、その顔が引きつっています。自分の力が通じたんじゃないって、気づいた顔ですね。
「座敷舞い、
そして、わら子ちゃんはそう叫ぶと、渦巻く炎の中心で舞い始めました。すると次の瞬間、それに合わせて僕の黒焔も舞っていきます。
揺らめき、
大きな人が舞っている。大きな蝶が舞っている。大きな葉っぱが沢山舞っている。
次々とその形を変え、わら子ちゃんの舞いに合わせ、舞台演出をするかのようにして炎は舞い、そして気が付いたら、祟り神の体を包んでいました。
「きひっ?! ひひっ!? ひぃぃ!!!!」
もちらん、祟り神も必死に抵抗はしているけれど、僕の巨大な妖気が混ざったこの黒焔は、そう簡単には消せないですよ。
祟りで何とかしようとしていても、わら子ちゃんの舞いで、この炎にも幸運の気が混ざったのか、祟りを起こせないみたいです。
そして、次々と焼けていく祟り神は、遂にその場に膝を突きます。
「きひっ、ひ……ひぃ……あ、つい……あついよぉ、ひもじいよぉ……苦、しいよぉ……お……母、さ……」
そして、泣きながらそんな事を呟くと、祟り神は体を前に折り曲げ、徐々に縮んでいきます。
焼けてはいないみたいだけど、何だか干からびていっているような……。
その後、わら子ちゃんが最後に体を大きく広げ、扇子を使って僕の黒焔を撒き散らし、舞いを締めくくりました。
その黒焔は、小さな火の粉になってパラパラと散るように消え、締めを華麗に演出しています。
気が付いたら僕は、呆然とわら子ちゃんを眺めていました。
綺麗過ぎですよ、わら子ちゃん。
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