第弐拾漆話 【1】 座敷わらしVS祟り神

 卑怯にも、華陽に後ろから胸を貫かれた茨木童子は、血塗れで地面に倒れました。


「ふふ、感謝しなさいよね。ここの地獄は、呼び出したら最後、呼び出した者が死なない限り、消える事は無いのよ。だけど、私が殺してあげたから、ちゃんと妖界は元の姿に戻るわ。まっ、私には関係ないけどね~」


「華陽ぉ!!」


 例えそうだとしても、他にも返す方法はあったはずです。


 死ぬまでこの地獄がここにあって、世界を浸食し続けていくなんて、呼び出した方もその地獄にずっと居続けなければならないじゃないですか。それが邪魔になった時、いったいどうするんですか?


 そんな諸刃の術なら、茨木童子さんだって……やるかも知れないですね。

 寿命が近付いていて、どうせあと数日で死ぬと分かっていたら、やっちゃうかも……。


「あら、どうしたの? 怒っているんじゃないの?」


「…………」


 確かに叫んじゃったけれど、冷静に考えれば、この地獄は本当に、茨木童子が死なないと消えなかったかも知れないです。

 それなら僕達に負けたとしても、自身の目的は達成出来るですよね。僕がここで折れなくても、自らの命を使い、その反転鏡を使えば……。


 だけど、茨木童子に駆け寄り、様子を見ている酒呑童子さんを見ていると、どうしても……ね。


「黒槌土塊!」


「ん? なぁに? これ。今更こんなのでーーきゃっ!!」


 この僕の攻撃は、受け止められても良かったんです。後ろに分け身の僕がいたからね。その分け身の僕が、同じ妖術で思い切り頭を殴ったんです。


「いったいわねぇ……!! だけど、反転鏡は渡さないわよ」


「くそっ……それを使ってどうするんですか!」


 そのついでに、華陽の手にある小箱を奪いたかったけれど、駄目でしたね。

 多分そこに、反転鏡と転換鏡が入っているはずです。茨木童子から奪った物だからね。


「ふふ。あなたが知る必要は無いわ。それじゃあ、私はとっとと……あら?」


「逃がさないですよ。影の操」


 どっちにしても、華陽を逃がす気なんて無いです。誘き寄せる気ではいたからね。その為に、僕はここを攻めたのです。それこそ、飛んで火に夏の虫ですよ。


 だから僕は、影の妖術を発動し、僕の影で華陽の足を掴みました。


 華陽の影でも良かったけれど、向こうも影の妖術を使えるみたいだし、それで競り合っていたら、増援を呼ばれそうです。寄生妖魔を寄生させた妖怪とか、妖魔とかをね。


 それと、あの2人も居るんです。近くにいるのかな、湯口先輩……。


「もう~邪魔ねぇ」


 いや……そんな簡単に、僕の影から脱しないで下さい。結構しっかりと捕まえたのに。なんで、こんなにも簡単に?


「つ、椿ちゃん。あいつ……!」


「えっ? あっ!」


「きひっ……」


 あの小汚いボロボロの格好に、気持ち悪い顔付き。滅幻宗の本拠地に潜入した時にも居た、僕に最大級の祟りを与えた、祟り神だ。


「ふふ。こいつも連れて来て正解ね。さ~て、それじゃあ私の為に、全員祟っておいてね~って、まだ地獄が消えないの? しっつこいわねぇ、茨木童子~」


「ぐっ、がはっ! くっ、くく。私はそう簡単には……」


「喋んな、茨木童子」


 本当ですよ。喋る度に、大量に血を吐いているんだもん。とりあえず、まだ死なないで下さい。華陽がここから逃げられないなら……。


「まぁ、良いや。別に逃げられるしね~」


 そう言うと華陽は、天井に向けて槍みたいにした尻尾を突き刺しました。だけど、それでは壊れなかったですね。


 それなら今の内に!


「影の操!」


「きゃぁっ! ちょっと、何でよ!!」


 それはきっと、わら子ちゃんのお陰です。

 気が付いたら、わら子ちゃんは扇子を広げていて、その場で舞いを舞っていたからです。あのわらし舞いをね。だけどそれでも、僕の影の妖術は避けられちゃいました。


「きひっ! ひひっ!」


 すると、そのわら子ちゃんに向けて、祟り神が両手を広げました。

 もしかして、わら子ちゃんの舞いを、祟り神が無効化しようとしている? だけど様子からして、あんまり上手くいってはいないみたいですね。


 そしてわら子ちゃんの幸運の気で、僕達にとって幸運な事が起こるようにしてくれているんですね。


 ただ僕達から見たら、舞いを舞っているわら子ちゃんに向かって、祟り神が憎たらしい目で睨みつけながら、その両手をかざしているだけなんだけど、多分僕達では見えない気の様な何かが、この場でせめぎ合っているんでしょうね。


「あなたは……絶対に、私が倒すんだから。そして、もう一度封印する!」


「きひっ……ひひひひ!」


 わら子ちゃんが燃えています。だけど、祟り神だってそう簡単にはさせまいと、必死で抵抗をしています。


 幸運の気と、祟りの邪念のぶつかり合い、それはもう……大迷惑です。


「ちょっと、祟り神! 何やってんのよあんた!!」


「よし、今がチャーーきゃわぁ!!」


 華陽は尻尾が上手く動かせないみたいで、その場から動けない様です。

 それを僕が、絶好のチャンスだと思って動いたら、いきなり足場が崩れ、落とし穴にみたいになって、そこに落ちちゃいました。


 勘弁して下さい……動けない。


「いたた……こんなの、白狐さんと黒狐さんまで。それに、酒呑童子さんも」


 とにかく、慌ててそこから這い出て、酒呑童子さんを確認します。すると……。


「ぐっ……! はぁ、はぁ……な、何故……」


「うるせぇ。せめて見取らせろ」


 茨木童子をお姫様抱っこして、華陽と祟り神から距離を取っていました。

 お姫様抱っこって……酒呑童子さん。茨木童子の事、そんなに……。


 そして良く見ると、白狐さん黒狐さんも慌てて距離を取っていました。

 もしかして、割りとドジをやらかしているのは、僕と華陽だけ?


「あらあら……お互いに間抜けねぇ。そう言えば椿ちゃん、記憶が戻ったの~?」


 すると僕の目の前に、いきなり華陽が立ち塞がりました。


「くっ……あなたにそんな風に呼ばれたくはないです!」


 これもチャンスだと思ったんだけれど、多分この体勢だと、華陽の方が攻撃が当たるのが早いです。どうしよう……。


「答えなさいよ~ちょ~っとだけ、雰囲気が違うのよねぇ」


 これはもう、答えないといけないかも知れない。

 だけど華陽は、僕の記憶を欲しがっている。それは、妲己さんの体の情報が、僕の記憶の中にあったから。


 だけど華陽は、あの時途中退場はされたけれど、あの場所にあるっていうのは、もう分かっているはずなんだよね。それなのに何で、僕の記憶を欲しがったんでしょう。


「華陽……妲己さんの体の事で、なんでそんなに、僕の記憶を探りたいんですか?」


 すると、僕の反応を見た華陽は、今までに無いようなくらい嬉しそうな笑みを浮かべました。

 とても意地悪な……それでいて、何処か妖艶さを感じさせる程の、背筋が凍る様な笑みを。


「あ~そう……今の言い方だと、妲己の体は、狭間にされた妖界の伏見稲荷、裏稲荷山にあるのは、もう間違いないわね。うふふふふ。あの天狐の事だから、もしかしたら別の所に飛ばしたり……なんて考えもあったし、確実にその時を見ていた、あんたの記憶が欲しかったんだけど。もうその反応だけで十分よ。ありがとうねぇ~」


 そんな華陽の言葉を聞いて、僕はまた、自分が致命的なミスをしたんだと気付きました。


『椿よ。お主はもう少し、駆け引きが上手くならんとな……』


「…………」


 そう言われても白狐さん……今のは仕方ないと思うんだけど。

 だって、まさか華陽が、余計な深読みをしているとは思わなかったんですから。でもそれだけ、入念に色んな可能性を考えていた所をみると……。


「その場所に行けるとしても、たっと1回だけ……ですよね? つまりーー」


「そう。これは片道切符よ。本来の、分離される前の九尾の妖狐に戻れば、あんな所の脱出、わけはないんだけれど、もし妲己の体があそこに無ければ、私はそこから出る事が出来ず、ずっと閉じ込められる事になるの。ただこれは、あなたの記憶が戻らなかったらの話ね」


 そこで、華陽も賭けに出る事にしたんですか……だけど、さっきの僕の発言で、確信を持たせてしまいました。


「ふふ。だからありがとね、椿ちゃん。もうあなたは用済みだけど……あれを何とかしないとね」


 そう言いながら華陽は、わら子ちゃんの方を見ます。


 ちょっと待って下さい。何をする気ですか? また僕の大切な人を……妖怪を、奪う気ですか?


「華陽、させないよ。それだけは……」


 僕は立ち上がりながら、華陽に向けてそう言います。


「あら怖い。でもね……」


「ぎゃふっ!!」


 えっ? 僕の頭の上に、岩が落ちてきた!?

 白狐さんの力を使っていなければ、今ので気絶していましたよ。危ないなぁ、もう!


「はぁ、はぁ……もう、いい加減に気絶して!」


「きひひひひ!!」


 痛む頭を擦りながら、僕は原因を作った2人を見ます。わら子ちゃんと祟り神の戦いは、中々終わりそうにないです。


 祟り神の近くには、天井から落ちてきた大量の岩が。わら子ちゃんの周りには、沢山の穴ぼこが出来ています。

 そうやって、自らに幸運の気を与えるわら子ちゃんに対し、祟り神は祟りを使って、それで発生する不幸の気をぶつけているんですね。


 周りの被害を考えたら、今までで1番厄介な戦いです。


「あ~やっばい。祟り神の奴、私への恩恵が頭から抜けているわね……これ、どうしよう~」


 それに、華陽ですらこう言っちゃうくらいなんです。お願いします、わら子ちゃん。なんとか勝って下さい。

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