第弐拾陸話 【2】 貫かれた勝利

 酒呑童子さんの、渾身の一撃を受けた茨木童子は、二転三転して地面を跳ね、そのまま倒れ伏したけれど……。


「……くっ! まだ、まだぁ!」


 なんと、直ぐに立ち上がろうとしていました。


 口からは血が出ているし、膝もガクガクと震わせていて、中々立てないみたいだけど、それでも立とうとするなんて……。


「だから、寝とっけての」


「ぐぁ!!」


「…………いや。踏まないで下さいよ、酒呑童子さん!」


 何をしているんですか、この妖怪は?!


 茨木童子に近付いて行ったと思ったら、思い切り頭を踏んづけて、踏みにじるようにしていますよ。


「良い機会だなぁ。俺とお前の関係性、再度確認しておこうかぁ?」


「……くっ! 誰が……ぐはっ!」


「おいおい。そんな反抗的な目で見るなよ。しばらく相手していなかったら、す~ぐに忘れやがる」


「あ、あの……しゅ、酒呑童子さん?」


 ちょっとなんだか、おかしな展開になっていませんか? あの、これは……勝負あったという事でしょうか?


「くっ、だ、誰が……お前なんか!」


「おいおい~確かに、お前を放って出て行ったのは悪かったとは思うが、俺はお前をそんな風に、ねじ曲げて育てた覚えはねぇぞ」


「……っこの、裏切り者が……!」


「だぁから。ちゃんと土台が整えば、お前を迎えに行くつもりだったんだよぉ。だがなぁ、勝手な事をして、勝手に寿命を縮めやがってぇーー」


 すると次の瞬間、酒呑童子さんはとんでもない事を言い出しました。


「……ったく。てめぇも立派な下僕なら、ちゃんとご主人様を信じて、大人しくハウスしとけ!」


「……ふぐっ!?」


 …………


 …………えっ?


 あの、今……なんて、言いました?


 ちょっと、酒呑童子さん。茨木童子をグリグリしていないで、その……ちゃんと説明を……。


「なぁ、おい。勝手に裏切られたと思い込んでぇ、勝手に組織を継続してぇ、勝手に犠牲者出しまくってよぉ……やっちゃぁいけねぇ事、やっちまったよなぁ? おかけで俺様は、散々にこき使われたぞ? おい、なぁ。どうしてくれんだぁ? あぁ?!」


「うぐっ……ぐぅ」


「こう言う時に下僕は、どう言うんだっけなぁ? なぁ、おい」


「ぐぁ……あぅ!」


「言わねぇならよぉ、今までてめぇが散々やってきた事の罰としてぇ、この頭踏み潰すぞ」


「いぎっ……!!」


 僕はいったい、何を見せられているんでしょうか?


 まさに鬼のような表情を浮かべながら、茨木童子を見下ろして笑う酒呑童子さんに、思い切り踏みつけられて耐えている茨木童子。


 そして茨木童子の方は、その……頬を赤く染めていき、耐えてはいるんだけど……ちょっとずつ、恍惚な表情にーー駄目、止めて。それだけは言わないで下さい。今までの茨木童子のイメージが!


「うっ……ぐ。も、申し訳……ありま……せん、でした。ご、ご主人様……」


 あぁ、言っちゃった……遂に我慢出来なくなったのか、茨木童子はさっきの表情のまま、それを言ってしまいました。


 もう僕は、完全に脱力しちゃってしまい、白金の毛色と尾の数を元に戻して、白狐さん黒狐さんの方に向かいます。


 あとはもう、酒呑童子さんに任せたら良いかな……なんて思っちゃいました。


 僕はいったい何の為に、あんなに本気で戦って、あんなに本気で僕の夢を語って……恥ずかしいのはいったい、どっちだったと思っているんですか。酒呑童子さんのバカ!


「白狐さん黒狐さん……僕にもお茶を下さい」


『うむ。茶は宇治茶に、高級いなり寿司もあるぞ』


『更に今回は、丹波の黒豆の煮付けもある』


「お~凄い!」


 もちろんこの黒豆も、妖怪食です。動くから、お箸で摘まむ難易度が上がっています。

 そして黒豆と言ったら、京都府丹波市の大黒豆です。最高級品で、普通よりも大きくて、煮たらふっくらしてとても甘いんです。お正月のおせちに使うと最高なんですよ。


「ちょっと3人とも!! 現実逃避しないで!」


「なんですか? わら子ちゃん」


 だってもうね、酒呑童子さんが茨木童子を踏みつけて、下僕だご主人様だって言った辺りから、2人は何かを察したみたいで、そそくさとお茶の準備をしだしたんですよ。これに乗らないと、僕も壊れちゃいそうなんです。


 だってさっき、僕は妖具生成で、縄跳びみたいな縄を出して、それで茨木童子のお尻でも叩こうかなって、そう思っちゃったもん。

 縄は当然、プラスチック性のですよ。めちゃくちゃ痛いですよ。それを恍惚な表情で受ける、茨木童子の姿が思い浮かんじゃったよ。


 だからさ、一旦冷静にならないと……その為に、お茶して心を落ち着けないと。


「んでぇ? 立派な下僕は、これからどうすんだぁ?」


「ぐっ……ふぅ。そ、それは……」


「どうするんだってんだよぉ、あぁっ?!」


「あぐぅ……!! くっ、うっ、あ、あなた達からは、手を、引きます。計画も、もう……しません」


 それでも、あの茨木童子が涙目になっている……。


 自分の温めていた計画が、脆くも崩れ去り、更には自分の本質までさらけ出されたら、もう泣かざるを得ないのかも知れません。


 ちょっと同情しちゃうよ。


「本当はなぁ、俺はこんな事をする気は無かったんだよ。てめぇの事はもう、放っておく気だった。ご主人様を信じずに、勝手な事をした奴は、もう要らねぇからな。だが御所での時、お前に寿命が近付いているのに気付き、何か手を打たねぇとな……と思ったんだよ」


「なっ……」


 まだ終わらないのでしょうか?

 と言うか、一度こっそりと会っていたの? う~ん、怪しいです。その時に、何か取り引きでもしたんじゃないんですか?


「なぁに驚いた顔をしている。夫として、当然の役目だろうが。元妻のお前の寿命が近付いているとなったら、考えくらい変わるぜ」


「……ぶぅぅ!!!!」


 今なんて言いました?!


 妻? えっ、誰が誰の妻? 妻ってつまり、夫婦だよね? 夫ってだれ? 酒呑童子さん? まさか茨木童子って、女性?!


 今のが1番驚きました。確かに、どっちか分からない顔をしているけれど、いつも男の格好をしていたから、てっきり男性かと……。


「けほっ、けほっ……! 酒呑童子さん、それならそうと……」


 もう……お茶を盛大に吹き出しちゃいましたよ。って、あっ……白狐さんと黒狐さんの顔にかかってーー


『ふむ、甘露じゃな』


『おぉ、椿の唾液が混ざると、お茶もここまで甘くなるか』


「うぎゃぁあ!! 何を言ってるんですか!! 舐め取らないで下さい!」


 普通何くわぬ顔で拭き取るレベルでしょ? 舐め取らないでよ。この2人は、やっぱり普通じゃないです!


『……椿ちゃん、椿ちゃ~ん』


 すると、まるでたゆたう様にしていたカナちゃんが、僕に向かって話しかけてきます。言いたい事はだいたい分かりますよ。


『私、格好付けて現れてさ、熱い展開にしてさ……椿ちゃんを盛り上げたのに。何だかそれが、凄くバカらしくなったんだけど……』


「カナちゃん。あの時は、人々の存亡をかけた戦いだって、そう思っていたからね。だから、しょうが無いです。こんな展開、誰も予想していなかったから。怪我をした皆もーーあぁ、そうです。このままで良い訳が無かったよ」


『むっ、いかん。香苗、椿から離れろ』


『えっ? な、なんで? 白狐さん』


『椿が、キレおった』


 そうです、そうなんです。僕は怒っちゃいました。

 怪我をした皆の事を思うと、どうしても許せません。


 茨木童子だけじゃない、酒呑童子さんもですよ。


 茨木童子とそういう関係だったから、のらりくらりとしていた。

 準備をしていたのも分かっているけれど、それ以上に、こんな展開になるって分かっているなら、あのお酒『寝酒』は使わないで欲しかったなぁ……。


 そのお酒があったから、こうやって圧倒出来たんでしょうけどね。

 それでも、それを帳消しにするほどの、2人の意外な関係性に、今まで倒れていった美亜ちゃん達や、龍花さん達も浮かばれません。


「酒呑童子さん、茨木童子……ちょっとそこで、正座して」


「げっ……!! 待てお前、そこまで怒る必要は……」


「良いから、正座……」


「な、何故私まで!」


「良いから……」


 抵抗するなら、影の妖術で無理矢理正座させます。


「うぉっ!! ちょっと酒呑童子、これはいったい……!」


「あ~椿を怒らせちまったな……」


 そして僕は、影の妖術で2人を引き離し、無理矢理正座をさせます。


 さて、それじゃあ。これで心置きなく、お説教をーーあっ、その前に。この地獄を元の世界に返してもらおうかな。それが、僕達の1番の目的ですからね。


「お説教の前に。茨木童子、この地獄を返してーー」


「それは、無・理・よ。可愛い可愛いつ・ば・きちゃん~」


「がっ……!?」


「「茨木童子?!」」


 それは一瞬、ほんの一瞬の出来事でした。


 戦闘が終わって、気が揺るんでいたのも悪かったです。だけど何で、こいつがこんな所に居るんですか!


 茨木童子の胸からは、1本の槍みたいな太い尻尾が突き出ていました。


 僕は瞬時に、そいつの正体が分かりましたよ。


 九本の妖艶な尻尾を靡かせた、華陽です。


 華陽が突然現れて、茨木童子を後ろから突き刺したんです。それを見て、僕と酒呑童子さんは同時に叫んじゃいました。


「うふふ。椿ちゃんの怒り、私が代わりに与えて上げたわよ~感謝しなさい~」


「華陽!! このクソ狐がぁ!!」


 こいつはいつもいつも、良い感じに纏まりかけている所を、こうやってぶち壊していきます。


 今回ばかりは、流石の酒呑童子さんも、怒りを露わにして叫んでいます。


「あら。怒っちゃ嫌よ~私はただ、これの回収に来ただけなんだから」


 そう言うと華陽は、茨木童子を突き刺した尻尾で持ち上げ、自分の元に持ってくると、その懐を探っています。


「ふふ、小さな胸ね。だからあなたは、男性って思われるのよ。あっ、あったあった。それじゃあこれ、貰っていくわね~」


「ぐぅ……この……!!」


「あら怖い。これでもまだ生きてるの? しぶといわね~ぽいっと」


「ぐあっ……!」


 その時、茨木童子がもう1本、腰に携えていた刀を抜き、華陽に斬りつけようとしたけれど、華陽はそのまま、茨木童子を放り投げてしまいました。


 華陽の尻尾から抜かれた瞬間、茨木童子の胸からは、大量の出血が……駄目だ、このままじゃあ茨木童子が!


「ふふ、これこれ。これがあれば、やっとあの場所に」


 そんな華陽の手には、反転鏡と転換鏡が握られていました。


 いったいそれで、何をするつもりなんですか?

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