第弐拾陸話 【1】 策は二手三手に

 酒呑童子さんですら、あっという間に吹き飛ばす相手の技なんだけれど、それでも僕は退けないんです。


 僕の夢のため、この妖怪は止めないといけません。


鬼頭おにがしら斬舞ざんまい


 すると茨木童子は、今度は舞うようにしながら、刀を僕に向けて振ってきました。

 でもその動き、意外な動きで相手を翻弄しようとする為なんだろうけど、僕にとっては意外でも何でも無いです。


 だって僕も、舞を舞うからね。

 だからその攻撃は、避ける事が出来ます。それが速くなければね……。


「あぅ!!」


 例え動きは読めても、その速度に対応が出来ないと意味がないですね。思い切り突かれて吹き飛ばされました。


 だけど僕は、影の妖術で相手の影と自分の影を繋ぎました。つまり……。


「ぬぅ~この!!」


「なにっ?!」


 吹き飛ばされたとしても、ゴム紐で繋がっているかの様にして、縮めて元の場所に戻れます。

 それに、勢いを付けてそのまま攻撃する事だって出来るんです。


 だから僕は、そのまま体を真っ直ぐ伸ばして、相手に向かって思い切り頭突きをします。

 相手が刀で斬ってきても、それは尻尾のハンマーで対応できますよ。


「……って、うわっ?!」


「詰めが甘いですよ」


 やっぱり、僕の頭突きは避けられました……だけど。


「ぬんっ!!」


「うぐっ!!」


 僕の攻撃を避けていた茨木童子に、酒呑童子さんが殴りかかりました。

 思い切りお腹に拳を打ち込んでいたから、相手は苦しそうです。


 効いている……やっぱり茨木童子は、寿命が近付いている分、長期戦になるとキツくなってきそうですね。


「おっと……!」


 そして僕は、空中で前転して体勢を立て直すと、地面にしっかりと着地しました。


 でも次の瞬間、茨木童子が僕の後ろに居ました……速い!


「くっ……!!」


「おや、これにも反応しますか」


 なんとか避けられたけれど、なんでここに茨木童子が? 酒吞童子さんは?


「そっちこそ……さっき酒呑童子さんの攻撃で、苦しそうにしていたじゃないですか」


「そうですね。だけど、それ以上に苦しそうなのは、酒呑童子ですけどね」


「えっ……?」


 茨木童子がそう言った後、僕は酒呑童子さんの方を確認します。すると酒呑童子さんは、股間に両手を当て、腰をトントンしながらうずくまっていました。


 チートキャラでも、急所は駄目なのですね……。


「ちょっと待って。その前に、鬼って生殖器が無いんじゃ……」


「それは、地獄の鬼だけです!」


「わっ! たっ……! あっぶない……」


 酒呑童子さんの方を確認している場合じゃなかったよ。顔の向きを変えていた僕は、完全に隙だらけでした。

 茨木童子が、それを狙っていたのかは分からないけれど、チャンスとばかりに僕を攻撃してきます。なんとかギリギリで避けられたけどね。


「回避能力だけは素晴らしいですね。ですが……」


「防御力の方も、そこそこあると思うけどね」


 そう言いながら、僕は自分の腕を茨木童子に見せます。そこには、沢山の青あざが出来ていました。

 そうです。茨木童子の攻撃を避けてはいたけれど、実は相手の攻撃は、1回の攻撃で2~3撃は当ててくるんです。


 酒呑童子さんがパワーよりのチートだったら、茨木童子さんはスピードよりのチートですか。


「ほぉ……青あざのみですか。なる程、手応えはあったのですが……なっ!?」


 あっ、しまった……青あざなんて、見せるんじゃなかったよ。


『お主……! 椿の綺麗な柔肌に、傷を付けたな?』


『たとえ難敵だろうと、許しはしないぞ』


「椿ちゃんに……椿ちゃんに次々と……!」


 白狐さんに黒狐さん、それになぜかわら子ちゃんまでキレちゃっています!

 それから黒狐さんが、黒い雷を飛ばしてきました。相手がそっちに標的を移したらどうするんですか!?


『とんでもない戦闘で、最早手助けも出来んと思っていたが、これだけは……別じゃ!!』


「あ、あの……白狐さん黒狐さん、落ち着いて! これは大丈夫ですから!」


 とにかく僕は、慌てて白狐さん黒狐さんを止めます。そうじゃないと、せっかくの僕のが台無しです。


『大丈夫なわけないがだろう。こんな痛々しい跡……』


 すると、僕の近くまでやって来た黒狐さんが、僕の腕を取り、その青あざを見てきます。そして次の瞬間……。


「うひゃ……!? なんで舐めてるんですか!」


 擦り傷とかじゃないんだから、青あざを舐めても意味がないですよ、黒狐さん。僕が恥ずかしいだけです!


『ぬぅ。それなら我もーーっと、椿……お主は』


 あっ、もしかして……白狐さんは分かっちゃった?

 だから僕は、慌てて人差し指を口に当て、白狐さんに黙っておくようにと伝えます。


 内緒ですよ、白狐さん。


『離れよ、黒狐』


『うぉっ! 何をする、椿の柔肌を元に戻そうとーー』


『戦闘中じゃ、邪魔をするな。それと、座敷わらしよ。出来るだけ、椿の運気を上げてくれ』


「えっ……あっ、はい!」


 すると、僕のそのジェスチャーの後、白狐さんはいつもの白狐さんに戻り、テキパキと皆を動かします。


 助かりました。これで後は、タイミングだけです。


 だけど、僕達がこうやっている間に、茨木童子は妖気を溜めていました。全く攻撃をしてこないから、なにか変だなとは思いましたよ……。


 両手で握り締めた刀から、そこに集めた妖気が目に見える程に濃くなっていて、そして刀身を包むようにして広がり、第二の刃になっていました。


 だけど、溜めていたのはあなただけじゃないんですよ。


「鬼頭、極・天・斬!」


 僕は白狐さん黒狐さんが離れた事を確認すると、御剱を構え直し、妖気を流して刀身を光らせ、それで茨木童子の攻撃を受け止めました。


 その直後、酒吞童子さんに合図を出します。


「今です! 酒吞童子さん!!」


 すると、酒呑童子さんが茨木童子の頭上に現れ、そのまま落下してきました。どれだけ高く飛び上がっていたんですか……。


「なっ!? そんな……!! 酒呑童子が、2人?!」


 そうです。うずくまっている酒呑童子さんも、まだ居ますよ。


 と言うか、あれは僕だけどね。


 そして、酒呑童子さんに変化していた分け身の僕は、その術を解き、本来の姿を現して種明かしです。ついでに、舌も出しておどけておきましょう。


分身わけみに……へ、変化……だと?!」


「まぁ、そう言うこった。んじゃ、寝とけや。茨木童子!!」


 そんな驚いている茨木童子に向かって、酒呑童子さんが、光り輝く拳を振り下ろしました。


 そう。溜めていたのは、酒呑童子さんもなんですよ。


 いつこんな事をしたかというと、僕が酒呑童子さんの前に出た時です。膝カックンした分け身の僕が、作戦を伝えていたんです。

 あんな風に、茨木童子の説得を試みている間にも、僕はそれが失敗した時の事も考え、動いていました。


 急所を攻撃された時は、分け身の僕は痛かったのか、うずくまっちゃいましたね。

 女の子でも、痛いものは痛いんです。その時、焦ってあんな事を言っちゃったけれど、結果オーライでしたね。


「させません!!」


 だけど、酒呑童子さんの攻撃が当たりそうになった時、茨木童子はそう叫び、その攻撃をおでこで受け止めました。しかも、それを弾き返した?!


 酒呑童子さんの溜めていた攻撃は、恐らく地を割る程のはず。

 それなのに、迷いも無くそれを額で受け止めるなんて、やっぱり油断なんて出来ません。


「なっ……!? くそったれが!」


「どうしました? 一瞬額に妖気を集めただけですよ。もしかして、腕が鈍りましたか?」


 だけど、大丈夫です。これも、僕の作戦の内です。

 茨木童子相手には、幾重いくえにも策を重ね、しっかりと用意しておかないといけない。ここに来る時に、そう思っていたからね。


「さぁ……あとはこの隙に、あなたを戦闘不能にするだけです。この程度では、死なないでしょう? 覚悟しなさい!」


「うっ……?! くっ!! 刃がもっと、巨大に……もっ、駄目……あぐっ!?」


 そして僕は、茨木童子の巨大化した妖気の刃を前に、一気に押し込まれてしまい、そのまま斬りつけられました。


「ふぅ……! さて、酒呑童子。これ以上は邪魔をーーえっ?」


「白金の神槌しんつい!」


 残念。完全に油断していたね。


 実は、上から降って来た酒呑童子さんも、変化していた僕なんです。


 茨木童子が、その酒呑童子を仕留めたと思った瞬間に、その術を解き、元の僕の姿に戻っていました。

 それにこれ、実は3本の尾を分けていて、それを分身に使っていたのです。

 その3本の尾を1つに纏め、それで大きなハンマーを作ると、隙だらけの茨木童子の顎を、思い切り水平に打ち付けました。


「ぐぁぁっ!! な、何故あなたが、そ、こに……!!」


「残念! こっちが本体ですよ!」


「そんな……!? 分け身を、2体も……!!」


 茨木童子が超スピードで動いている間に、色々と仕込めましたよ。

 だってこの鬼は、超スピードで動いている時、たった1人しかターゲットを狙えなかったからね。


 あんなに超スピードで動けるなら、僕と酒呑童子さんをあっという間に縛り付けて、動きを封じれば良いのに、それをしなかったんです。

 それはつまり、超スピードで動いている間は、1人しか相手に出来ないという事なんです。速すぎて、見るのが大変って感じだね。


 それと、その肝心の酒呑童子さんは何処かと言うとーー


「よぉ。完全にしてやられたな、茨木童子」


 茨木童子さんの後ろです。


 当然、その拳は光っています。

 つまり、もう1体の分け身の僕は、酒呑童子さんに変化しながら、溜めていた攻撃を使ったフリをしたんです。


「は……はははは……まさか、二手も三手も策を用意していたのか……甘く、見ていましたよ」


「これでも、俺の優秀な弟子だからな。つ~わけで、寝とけ!! 秘拳! 鬼拳おにこぶし!!」


「……ぐ、がっ!!!!」


 そして酒呑童子さんは、その光る拳で茨木童子を殴り、地面に叩きつけました。

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