第弐拾伍話 【2】 あなたは僕には勝てない

 酒呑童子さんの足から逃れた茨木童子は、そのままこっちを見てきます。

 僕を捕まえて、言う事を聞かないといけない状況に追い込み、反転鏡を使わせる気なんでしょうね。あわよくば、ついでに転換鏡ですか?


 だけど、そんな事はさせません。それに、酒呑童子さんが僕の前に立ち、茨木童子を睨んでいます。


「てめぇに何があったかは知らねぇがなぁ。相当な事でも無ければ、そんな考えにはならないだろう。いったい何があった?」


「そんなものは、人々のこれまでの行動を見ていれば、自ずと分かるでしょう? 長く生きていれば生きているほどにね。酒呑童子、あなたもそれは分かっているはずですよ」


 茨木童子はそう言いながら、酒呑童子さんに向かって腕を伸ばし、そして詰め寄って来ました。

 駄目です……この鬼はまだ、酒呑童子さんを説得出来ると思っている。


 だから今度は、僕が前に……と思ったら、酒呑童子さんに額を押さえられて、そのまま止められました。


「なぁにてめぇが出ようとしてやがる」


「酒呑童子さんを守る為ですよ」


「てめぇが狙わてるんだから、大人しくしとけや!」


「酔っ払いに守られたくないですよ!」


「なんだとぉ!!」


 酔っている酒呑童子さんが相手だと、どうしても喧嘩腰になっちゃうんですけど……なんで?


「酒呑童子。あなたなら分かるでしょう? 長く生きてきた中で、その妖狐みたいな者は、数多くいた。ですが……」


「最後は結局、人間の手によって悲惨な死に方をしている。んなこたぁ分かってんだよ。人間は姑息で、卑怯で、汚い事を平気で行う。だがなぁ、それが人の本能ってもんなんだよ。妖怪には無い、生物の本能つ~もんだ。そうやって人間は、厳しい自然界の中で生き抜き、繁栄をしてきたんだ。もうこれは、絶対に変わらねぇよ」


 茨木童子の言葉に対して、酒呑童子さんはそう返します。だけどその言葉には、僕もちょっとショックを受けました。


 酒呑童子さんって、そんな風に人間の事を見ていたんですか。

 人はもう、何をやっても変わらないのですか? 同じ事を繰り返すのですか?


 だけど、そうじゃないと言い切れないのも事実なんですよね。


 人はいつまで経っても、戦争を止めない。


 思想の違いでぶつかり合う。住む場所や、自分にとって有利な土地にしたくて、そこに居る人を追い出す。自分の欲を満たそうと、他人を陥れる。そしてそれに対して、一切の反省をしない。


 それでも人には、良心がある。後悔もします。


 他者との出会い1つで、人はいくらでも変わっていきます。


 だから僕は、人を信じるんです。きっと変わってくれると、そう信じています。


 それにね、僕と出会った人達は絶対に変えてみせます。それがどんな悪人でもね。

 おこがましい考えかも知れないけれど、そこまで決意して動かないと、人の考えは変えられないのです。


 そして僕は、ゆっくりと酒呑童子さんの前に出て、茨木童子を見つめます。


「てめっ……!」


 それを、また酒呑童子さんが止めてくるけれど、分け身の僕が後ろにいますからね。再び膝カックンです。


「ぐぁっ?! くそっ! またか!?」


 そのまま僕は、茨木童子の目の前に立ちます。


「茨木童子さん。僕が、妖怪にとって過ごし易い世界を作ります。人と妖怪が共存する世界をね。学校を作るのは、その足がかりです」


「ふっ……ふふ。そんなものは、夢物語なんですよ。過去に幾度と無く、妖怪達はその道を作ろうとしました。ですが、いつもいつも拒否をするのですよ。人間はね! 自分達とは違う種を、見た目が怖いと言う理由で、迫害し、殺してきたのです! だから私達は、それに反抗した。それを、まぁ……妖怪は悪者だと伝承していき、今に伝わるんですよ」


「そうですか……」


 妖怪の成り立ちは分かりました。

 それでも僕は、止まらないですよ。あなたの言う通りにする気なんて、全く無いですよ。


「……どうしても、駄目なんですね」


「えぇ、駄目ですね。ですからーー」


 すると茨木童子は、妖気を一気に手に集めていき、それを刀に纏わせていきます。


 だけど、見えているよ。その攻撃は。


「あなたは妖怪達の為に死に、私達の理想の世界の礎になっておきなさい!!」


 そして茨木童子は、刀を強く握り締め、僕のお腹目掛けて突き刺してきました。

 だけど僕は、一切慌てる事なく、その攻撃をハンマーみたいにした尻尾で受け止めます。そのまま押し返しているけどね。


「ぬっ……?! くっ!」


「僕、分かりました。あなたじゃあ、僕には勝てないですよ。もしかしたら、十極地獄の鬼達の方が強いんじゃないですか?」


「黙りなさい。なんの理屈があって、そんなーー」


「信念が、ないからです」


「なっ……?!」


 そう。この妖怪さんは、酒呑童子さんの描いた夢を、そのねじ曲がった性格の元で、歪めて叶えようとしている。

 ただそれだけであって、本当にそうしたいのかが分からないんです。多分本人さえも、分かっていないと思います。


 恐らく、酒呑童子さんが去って行ったショックとその反動で、こんな事をしているんだと思います。そう考えると、何だか可愛いですよね。


「茨木童子さんって、酒呑童子さんの事が大好きなんですね」


「ーーーーんなっ?! なっ、なななな!! そ、そんな事は……!」


 あれ? 顔を真っ赤にしちゃいましたよ。


 それに、その茨木童子の反応を見た酒呑童子さんも、口をポカーンと開けてしまっていて、その場に立ち尽くしています。


 そう言えば、この茨木童子の性別って、まだどっちなのか分からなかったんです。

 容姿はスラッと細くて、顔は中性的な顔立ちで、もし男性なら美青年。女性なら、美女レベルですよ。


 だけど、酒呑童子さんのこの反応からして、男性……なのかな? 

 いや、どっちでも良いです。顔を真っ赤にしていた茨木童子が刀を引き、僕から距離を取ったので、まだ戦う気満々のようです。


「はぁ、はぁ……な、なんて事を……!! えぇい! とにかく。あなたは大人しく、捕まっーーはっ?!」


「あっ、残念。捕まらなかったですか」


 実はこっそりと、影の妖術を発動していて、茨木童子の影を操っていたけれど、見破られちゃいました。

 ちょっと茨木童子の影を動かした瞬間、そっちをキッと睨み付けて、その刀で自分の影を切ったんです。するとその後に、僕は茨木童子の影を動かせなくなりました。


 もしかして、僕の妖術を斬った? また厄介な妖具か何かですか……。


「当たり前です。私は茨木童子。酒呑童子に次いで、最強と言われていた鬼ですよ。そう簡単にはいきません」


 すると次の瞬間、目の前の茨木童子の姿が消えました。これは、高速で移動しているんですか……でも、それも見えています。


 あれ? 僕ってば、こんなに目が良かったっけ? あっ、今僕の前を、右から左に横切りましたね。この時に斬りつければ良いのに。


 そして今度は、僕の後ろに回り込み、攻撃をしたふりをして、また前に回って来ました。

 僕がこの動きにも対処出来る程に、その動きが見えているかも知れないという事を前提にして、慎重に動いていますね。


 だけど、僕が何の反応も見せないから、遂に茨木童子は僕に向かって、攻撃をしてきました。


「おや? まさか、これが見えていないのですか? やれやれ。ただの取り越し苦ーーぐわぁっ!!」


「あれ? 酒呑童子さん」


「ったく、思わぬ展開にフリーズしちまったわ」


 茨木童子の姿が見えたと思ったら、また消えちゃって、何事かと思っていたら、酒呑童子さんが茨木童子をぶん殴って、勢いよく吹き飛ばしていただけでした。


「もう。見えていたのに」


 ハンマーのようにした尻尾で頭から叩いて、相手を気絶させようと思ったのに。


「ふん。そのてめぇの攻撃で、奴が気絶すると思うか?」


「え? あっ……!!」


「ぬん!!」


「ぐぅ!! くっ、そ!」


 一瞬、吹き飛ばされた先から、茨木童子の姿がまた見えたけれど、また消えてしまって、そして僕の前に現れていました。だけど次の瞬間には、また消えていました。


 それは、酒呑童子さんが再度ぶん殴ったからです。


 だけど今度は、背後から茨木童子の声が聞こえてきました。

 いやいや、アッパーで後ろに吹き飛ばしてどうするんですか? 酒呑童子さん。


「か~ら~の~ふんっ!!」


「ぐっ……あっ!! つぅぅ……相変わらずな……」


 そう思っていたら、酒呑童子さんがそのまま裏拳を放ちました。

 その瞬間、物凄く凝縮された空気の塊が飛んでいき、後ろにいた茨木童子を更に吹き飛ばしました。


 やっぱり、チート過ぎます。


 これって、僕は手を出すなと言う事なんでしょうか? そうはいかないんだけどなぁ……。

 僕が仕掛けた戦いなんだから、やっぱり僕も貢献しないと、何の為に戦いを挑んだのか分からないですよ。


「ふっ!!」


「おっ……?!」


 えっ? 今度は酒呑童子さんが消えた? いや、何かが飛んで来たから、相手に吹き飛ばされた?!

 茨木童子は移動せずに、その場でただ刀を振り抜いただけなんだけど……やっぱり、この人もチート過ぎます。


 だって、あれだけの攻撃を受けているのに、全くの無傷だし、そもそも寿命が近いと言うのに、息1つ切らしていません。

 でも僕だって、負けるわけにはいかないんです。ぼうっと突っ立っている訳にもいかないんだよ。


 そして僕は、御剱を強く握り締め、後ろにいる茨木童子の方を向き、睨み付けたまま対峙します。

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