第弐拾伍話 【1】 僕の夢

 お互いに5つもの『酒鬼』を飲んで、相当悪酔いしていそうな2人なんだけど……。


「おらぁ、どうした! 威力落ちてるぞ!」


「何を言いますか! 威力は上がっています!」


 これはもう戦闘じゃなくて、喧嘩しているみたいです。


「そうやってあなたは、強い力を持っているのに……何故、人間ごときに負けたのですか!」


 だけど次の瞬間、茨木童子は1番肝になりそうな部分を言ってきました。

 確かに。大江山で大暴れしていた酒呑童子さんが、なんで大人しくなったのか、それは知りたいところです。


 そうじゃないと、酒呑童子さんが僕達を寝返る可能性も、まだ無くなった訳ではないんです。

 肝心な事はぼかしている酒呑童子さんだから、もしかしたら……何て思っちゃうんです。


 だけど、今は相当酔っているから、話すかも知れません。だから僕は、それを聞き逃さないように、耳を前に向けて集中します。


「へっ……そんなのは簡単なこった。単に頼光の奴が、俺のお気に入りの酒に、毒を混ぜてやがったからだ。まぁ、それじゃあ死なねぇが、動けなくなった俺を、奴は改心させようとしてきたのさ」


 えっと……だけど色んな伝承で、酒呑童子はそこで首を切られていますよね? それはいったい……。


「なる程ね。それであいつは、作り物の首をあなたの首と言っていたのですね……少し見損ないましたよ。まさか死にたくないが故に、改心する事を受け入れたんですか?!」


 すると茨木童子は、手にした刀で酒呑童子さんの頭をたたき割ろうと、思い切り振り下ろしてきます。

 今までとは違う豪快な一振りに、酒呑童子さんは一瞬目を見開いたけれど、直ぐにその攻撃を受け止めます。もちろん、素手で……。


「ふん。そりゃどう思おうが勝手だ。だがな、俺は俺の目的の為に、死ぬわけにはいかなかったんだ。それに俺は、悪い鬼だぜぇ? 当時改心する気なんざ、全く無かったよ」


 あの……その前に、それは痛くないのですか? 酒呑童子さん、素手で刀の刃を握っているから、手から出血していますよ。


 だけどやっぱり、当時の酒呑童子さんは、凄く悪かったんですね。

 でもそれなら何で、今はこんなに大人しくしているのでしょう。いや、大人しいのかな……?


 僕から見たら、何かの機を伺っているような、そんな感じがするんだ。


「それなら……なんで牙を抜かれているのでしょうかね? 大人しいあなたなんて……」


「……あっ? 何つった、今? 俺が、牙を抜かれている?」


 すると、酒呑童子さんの妖気が一気に膨れあがり、更に気迫まで満ちていきます。

 いつもの酔っ払いの駄目っぷりが、一切消えてなくなっている!


「なっ……?! くっ!? ぐぁぁ!!」


 そして酒呑童子さんは、掴んだ刀ごと、茨木童子を地面に叩きつけました。

 嘘でしょう……これが、酒呑童子さん? 本当の本気の酒呑童子さん? 雰囲気が、全く違います。


「わっかんねぇかなぁ。周りの目が邪魔だったんだよ。改心すると言った手前てまえ、そうしておかなければならなかったんだ。よりにもよって、頼光の野郎は俺に、毎日のように説法をしてくるようになってなぁ。こりゃ改心した事にしておかなきゃぁ、マジでたま取られると思ったんだよ」


 あの……その発言が組の人みたいなんですけど……。

 それと酒呑童子さん、茨木童子の顔を踏んづけていて、力入れてます? 何だかミシミシいっていますよ。


「そんでよぉ、頼光の野郎が死んでからは、何を言われたのか、鞍馬天狗の翁が俺の前に現れ、俺を監視し始めたんだよ! やっ~とまた暴れられる、そう思った矢先さ!」


 なる程。それで、おじいちゃんの言う事を聞いていたのですか。

 だけどおじいちゃんよりも、酒呑童子さんの方が強いんじゃなかったっけ? それなのに、大人しく言う事を聞くとしたら……まさか。


「俺の酒に盛られたあの毒を持っていなけりゃ、その監視の目もぶっ潰せたがな。分かったか? 茨木童子! 俺はな、何も牙は抜かれちゃいねぇ! 逆に研ぎ澄ましていたわ!」


 そうなるとやっぱり、酒呑童子さんは敵……ですか?


 だけど僕は、半年間も一緒にいたのです。そこで、少しずつ分かったんです。酒呑童子さんの事を。


「ふふ……なる程。それなら尚更、私に敵対している意味が分からないですね!」


「言っただろう。これは尻ぬぐいだってな。お前がやろうとしている事は、俺が今やろうとしている事の邪魔になるんだよ。それが、過去の俺がやった過ちなら、ちゃんと潰しておかねぇとなぁ」


「それはいったい、何ーー」


「それは、僕がやろうとしている事……だよね? 酒呑童子さん」


 そして僕は、分け身の妖術を使って、酒呑童子さんの傍にもう1人の僕を立たせます。


「本体が来いや」


「うっ……」


 すいません、怖いんですよ。


 いや……だけど、僕ももう、この2人と同等のレベルで戦えるんだ。それに、僕のやろうとしている事は、茨木童子にも理解して欲しい。あわよくば、それで止まって欲しいんです。


 だから僕は、言う通りに分け身を消して、僕自身で歩き出します。


『椿よ、危険じゃ。本性を現した酒呑童子を前に……』


「白狐さん、大丈夫です。酒呑童子さんはもう、伝承通りの酒呑童子とは違いますよ」


 本性を出した酒呑童子さんを前に、本気で心配してくる白狐さん黒狐さんだけど、大丈夫です。大丈夫なはずです。


 だって、半年間の修行の間に、僕は酒呑童子さんに言った事があるんです。自分の夢を。


 それを聞いた酒呑童子さんは、なんと僕に笑顔を向けてくれたのです。酒呑童子さんの笑顔なんて初めてで、凄くビックリしましたよ。


 そして僕は、酒呑童子さんに踏みつけられている茨木童子の前に来ると、警戒しながら話をします。


「茨木童子さん、聞いて下さい。僕の夢を。決して、茨木童子さんにとっても悪い事じゃないはずです」


「なにを……」


 茨木童子は、酒呑童子さんに踏まれながらも、僕を睨みつけています。

 そこから脱しようとはしているんだけど、今の所上手くいっていないですね。それなら、今の内です。


「僕は、学校を作りたいんです。人間と一緒に、妖怪も半妖も楽しく通う、何のしがらみもない楽しい学校を」


「…………」


『…………』


『…………』


 あの…茨木童子はともかくとして、白狐さん黒狐さんも黙らないで下さい。それはそれで、物凄く恥ずかしいです。僕ってバカみたい!


 だけどその後、白狐さん黒狐さんは、物凄く優しい笑顔を僕に向けてきました。


『何とも、椿らしい良い夢じゃな』


『それなら俺達も、全力で協力しなければな』


 迷いもなくそんな事を言われたら、更に赤面するってば。


 とにかくこれは、あの八坂さんがやろうとしていた事なんたるです。

 あの人は、僕を騙すためにそう言ったけれど、僕は割と本気で、こういうのって良いなと思っていたのです。そして実際に、そうしようと動いていたのです。


 だから今でも、僕はそれを実現するために動いているんです。


「ふっ……くっ、くくくく。何とも生温く、甘い夢ですね。そんなものは不可能だと、誰もが思うでしょうが!」


「だから、まだ夢なんです。絶対に叶う事なんて、それは夢じゃないよね? 叶わないかも知れない。でも、叶ったら素敵だよね。それが、夢なんだよ。だから、どれだけ笑われても良いんです。自分が諦めなければ、夢はいつか叶うものになるんです。そうしたらそれは、もう夢じゃなくて野望になります! 夢を野望に! それが僕の、幼い頃からのモットーなんです!」


「屁理屈を……」


 屁理屈でも何でも、夢を野望に変え、野望を叶えたものが夢を叶えるんです。

 野望に変える前に、それを軌道修正しても良い。夢はいくらでも変えられる。いくらでも増やせる。


 だから僕は、何を言われても折れないよ。


「まぁ、そんな訳でな。いっちょこの馬鹿弟子の夢でも叶えてやろうと思ってな」


「誰が馬鹿弟子ですか?」


「馬鹿は馬鹿だろう? そんな誰もが思い付きそうで、誰もが直ぐに諦めるような夢を、一生懸命叶えようとするのは、馬鹿のする事だろう?」


「ぬぐっ……」


 そう言いながら、酒呑童子さんは僕の頭を撫でてきました。だけど、茨木童子を踏んづけたままですよ?


「そんな訳でな。半年間の修行中に、俺はこいつに味方をする事にしたんだよ。んでな、茨木童子よ。お前がやろうとしている事は、椿が叶えようとしている夢の、邪魔になっているんだよ。だから俺は、お前を止めるのさ」


 ほら、やっぱり酒呑童子さんは僕の味方でした。


 さぁ、後は茨木童子を説得するだけ……と思ったんだけれど、茨木童子が肩を震わせ、その妖気を上げていきます。


 えっ、ちょっと……こんな妖気を隠し持っていたなんて。とても、あと数日の寿命とは思えないです。


「ふざけないで下さい。そんな……そんな現実味の無い事を叶えようなんて、不可能なんですよ! 人間を甘く見ないで欲しいですね。奴等の汚さを、その底意地の悪さを。甘く見ていませんか?!」


 そう言いながら茨木童子は、両手で地面を掴み、勢いを付けながら腕で体を持ち上げ、酒呑童子さんの足をはね除けました。

 酒呑童子さんはちょっとバランスを崩したけれど、想定内だったようで、直ぐに体勢を立て直しました。


 やっぱり茨木童子への説得は、そう簡単にはいかないみたいです。

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