第参話 【2】 第一地獄突破

 僕の大好きだった親友カナちゃんが、何故かここに居る。幽霊だけど、それでもちゃんと意思疎通して、喋ってーー


『ちょっと椿ちゃん?! 鼻水と涙が凄いよ!』


「だっ、だって……ぐす」


『もう。そんな所は変わっていないんだね。しかも、1人で背負い込む所も』


 それはそっくりそのまま君に返して上げたいです。僕なんかを守ろうとして、1人身を挺して。


『ほら。それよりも椿ちゃん。今は戦闘中』


「あっ、しまった……!」


 カナちゃんの登場で、完全に忘れていました。この地獄を何とかしないと、レイちゃんが死んじゃう!

 そして僕は、急いで吹き飛ばした厚雲の方を見ます。すると厚雲は、金棒を両手で握り締めていて、こっちに向かってゆっくりと歩いて来ていました。


「ぐはは……! この俺が、こんなダメージを……? 面白い、面白いぞ!」


 あっ、厚雲の口から血が?

 初めて、ハッキリとしたダメージを与えたんだ。だけどそのせいで、厚雲が完全にキれちゃった様です。厚雲の周りに、怒りのオーラが漂っているような気がするよ。


『椿ちゃん、大丈夫。その妖具を信じて』


「妖具……あっ、でもこの妖具、確か……」


『うん。八坂校長先生から貰った物。もちろん、火車輪の中から話は聞いていたよ。だけど、多分大丈夫。人間達に半妖を恐れさせる為にと、あの人が妖具を片っ端から手渡していたとしたら……その妖具は本物だし、なんの細工もされていないはずだよ。だってそれはもう、あなたの妖具なんだから』


「カナちゃん……」


 そっと火車輪に手を伸ばしてくると、カナちゃんはそう言ってきます。それを聞いて僕は、凄く勇気が湧いてきました。

 確かに、何か変な細工がしてあったら、それでとっくに僕をどうにかしているはずです。

 それが無いのなら、これはカナちゃんから譲り受けた、僕の妖具。カナちゃんの遺品って考えていたけれど、カナちゃんはそんなつもりで渡したんじゃない。これを僕の妖具として、強い妖具にして欲しかったんだ。


「うん、分かったよ。カナちゃん、ちゃんと見てて」


 そして僕は、火車輪に手を置くカナちゃんの上に、そっと手を重ねました。少し温かいのは、火車輪だよね?

 だけどこれはもう、ただの火車輪じゃないです。僕の妖気を沢山宿した、僕の妖具。


「火車輪、狐焔火きつねえんび


 僕がそう言うと、右腕に付けていた火車輪は、輪を広げて大きくなります。

 その後火車輪は、そのまま炎の輪に変化し、そしてそこから、もう1個同じ炎の輪を出現させると、並ぶようにして左側に移ります。更に、そこから同じものをもう1個。それは、まるで分裂するかのようにして、炎の輪は4つに増えました。


「なんだそれは? この熱気の中、更に暑くするとはな」


 確かにその通りなんだけど、どういう訳か、僕の周りはそんなに暑くないのです。レイちゃんも、何とか体を起こしているからね。


「レイちゃん。もう直ぐ終わるからね。もうちょっとだけ我慢しててね」


「ムキュ……」


「ぬっ? いったいどうなっている? 何故熱気が……」


 疑問に感じている厚雲のその言葉に、カナちゃんが返します。


『ふふ。この椿ちゃんの火車輪は、周りの熱気を吸収して、それを糧にしているみたいだね。つまり熱気なんて、ただこの火車輪に力を与えるだけだよ』


「なるほどな。それなら熱気ではなく、凍える程の冷気で……」


『何も熱気がないと駄目って訳じゃ無いよ。基本的には、椿ちゃんの妖気で展開しているんだからね』


「ぬっ……!」


 そうですね。それに凍えさせようとしても、この火車輪の熱があるから、僕は凍えません。


「小細工はもう、僕には通用しないよ」


「ぐはは。あぁ、その様だな。それならば、やはりこれで……!!」


 そう言うと厚雲は、金棒の先を腰にあてがい、両手でしっかりと握り締めながら、再びこちらにゆっくりとやって来ます。


 居合いみたいな感じで、両手で振り抜く気ですか。凄い勢いになると思うけれど、何も僕は、バカ正直に真っ正面から突っ込む気は無いですよ。


 僕の方は、周りに展開している炎の輪を、自分の両肩の所まで持って来ていて、その輪の中心から、レーザーみたいな熱線を、相手に向けて放ちました。


「ぬっ?!」


 その速度は速いけれど、真っ直ぐ向かうだけなので、厚雲には簡単に避けられました。でも、まだ2つありますからね。次々と撃ちますよ。


熱線狐火ねっせんきつねび!!」


「ぐはははは! 例えどれだけ放とうと、真っ直ぐとしか撃てないこんな攻撃。いとも容易く交わせるぞ!」


 そうでしょうね。間髪を入れずに撃っているけれど、全部最小限の動きだけで避けられていて、結局僕に向かって、徐々に近付いて来ていますからね。

 でも、これで仕留めるつもりではないので、問題は無いです。


 そして遂に厚雲は、金棒を僕に当てられる距離に来ると、それを思い切り振り払ってきました。その瞬間地面が抉れ、僕の背後の壁がへこみました。どれだけの衝撃ですか……。

 だけど、厚雲の攻撃も単調だから、注意して見ていれば避けられます。だから僕は、今厚雲の背後にいます。


「何?!」


 自分でもちょっとびっくりです。せいぜい避けるくらいならと思っていたのに、飛んでもなく早く動けたから、ついでに背後に回っておきました。

 白狐さんの力を解放して、軽く地面を蹴っただけなのに、凄いスピードで動けましたよ。これも、妖気が増えたから何でしょうか?

 ううん、違う。実際に僕は、半分でもここまでの妖気を備えていたのです。それが使えるようになった。それだけなんです。


「ぐはは!! だからといって、この俺の金棒からは逃げられんぞ!」


 そう言うと厚雲は、また金棒を両手で強く握り締め、今度は僕に向かって振り抜いて来ました。しかも、目にも止まらぬ凄いスピードです。


「おっと!」


 それを僕は、また地面を強く蹴って回避です。

 さっきもだけど、たったこれだけで、凄く高く跳び上がれるのです。そしてまた、厚雲の背後に着地ーー


「ぬん!!」


「ぐっ……!」


 ーーをした瞬間、厚雲の腕が僕の脇腹にめり込みました。

 どうやら、上に跳んで回避するのを読まれていて、着地した瞬間を狙い、腕を振ってきたのです。


 でも、それでも……僕はもう。


「これくらいでは……!! 吹き飛びはしません!!」


「ぬっ?!」


 そして僕は、その攻撃を踏ん張って耐え、相手の太い腕を左手で掴みます。

 白狐さんの防御の能力も、結構上がっていました。おかげで、ちょっと吐きそうになるくらいで済みましたよ。


「ちぃっ……!!」


「残念ですね。あなたのこっちは右腕です。確か、こっちは利き手ですよね? しかも、この体勢。後ろにいる僕を右腕で攻撃したから、左手で攻撃が出来ても、対処が遅れるよね?」


 そう言うと僕は、展開していた4枚の炎の輪を、右腕に通して集めていきます。

 いつもの様に、腕の後ろからブーストして、威力を上げた拳を打つ為に。だけどね、今回は4枚なんです。単純に、その威力は4倍です。


「くそっ!!」


 それに気付いた厚雲が、左手に持った金棒を、僕に向かって打ち付けようとしてくるけれど、流石に僕の方が早かったです。


「だから、対処が遅れるって言ったよね。狐狼拳、煉獄環れんごくかん!!」


「ぐあおぉぉぉっ!!!!」


 厚雲の金棒が届く前に、僕の拳が相手の顔面に当たります。だけど厚雲は、それを踏ん張って耐えています。

 それでも僕は、これで厚雲を吹き飛ばそうと、自分の足に、腰に、腕に、そして全身に、思い切り力を込めて拳を押し込みます。


「わぁぁぁあああ!!」


「かっ……ぁ! ぐぅぅ……! くっ、ぐ、ぐはは……ま、まだ第一地獄でしかないのに、この俺に、こんなにも苦戦をしては……次がキツそうだな!! ぐはは! ぐわははははぁ!! あぐぁあっっ!?!?」


 僕の拳を受けながらも、それでも高笑いをするなんて……なんて頑丈な体を……。

 だけどやっと、僕は拳を振り抜く事が出来て、厚雲を地面に叩きつけました。


「はぁ、はぁ……ふ、吹き飛ばすはずが……なんて重さなんですか……こいつ」


 だけど、厚雲は地面に突っ伏したまま、床にめり込んでいて、ピクリとも動きません。


 これ、倒したの?


「う~疲れた……あっ、熱気もなくなっていく」


 それを確認した後、物凄く疲れてしまった僕は、その場に座り込み、そのまま上を見上げて確認をします。

 間違いない。あの厚い雲が、全て無くなっている。ちゃんと倒したんだ、あの厚雲を。つい最近まで、皆で逃げる事しか出来なかった、あの厚雲を。僕1人で倒した……!


『うわぁ。椿ちゃん、凄く強くなっている。あっ、それじゃあ私は、陰からーー』


「レイちゃん。カナちゃん連れて来て」


「ムキュ!」


『あっ! ちょっとレイちゃん……! 止めて、離して!』


 逃げないで下さい、カナちゃん。

 君には色々と、話を聞きたいんです。それはもう、色々とですよ。それこそ、僕のアイドル化計画とかね……。

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