第肆話 【1】 地獄の迷い路

 第一地獄を突破した僕は、その先に進む道を探しています。

 だってここ、階段とか無いんですよ。塔みたいになっているから、上に向かえるはずなんだけど……。


『椿ちゃん、椿ちゃん。あの、レイちゃんを巻き付かせるのは、止めてくれる?』


「そうしないと、また逃げるでしょう?」


『に、逃げないってば~』


 本当かな? いきなり消えちゃいそうなんですよね。


 それよりも、何で今回はこんなにもハッキリと、カナちゃんの姿が見えるんだろう?


「カナちゃん、何かした? 前は、ここまでハッキリと姿を見せてくれなかったじゃん」


『ん~? それは単純に、ここが地獄だからじゃないかな?』


 あっ、そっか。生前悪い事をした霊を罰するのが、地獄の役目でした。

 つまりここでは、霊体はその存在を安定させやすいのですね。だから、落ち武者の霊もハッキリと見えたんだね。


「なるほど……あ、それとカナちゃん。僕の言いたい事、分かるよね?」


『うっ、えっと……その』


「誤魔化さないで下さい。何であの時、僕の前に出たんですか? 死んでまで守って貰いたくは無かったし、こんな事になるなら、僕の方がーー」


『そうなったら、私は椿ちゃんを失った悲しみで、命を絶っていたよ』


「卑怯です、それ」


 つまり、どっちになっても自分は死んでいたって、そう言いたいのですね。

 そんなに自分の命を軽く見ているのなら、絶対に僕の子供として、カナちゃんを産んで上げる。そして今度はしっかりと、僕が教育してあげるね。


「ふ、ふふ……うふふふふ」


『つ、椿ちゃん?』


「カナちゃん。絶対に、僕の子供として生まれ変わってね。あっ、記憶もそのままにだよ」


『うっ。で、出来たら記憶は……』


「駄目です」


『はい……』


 何だか項垂れているけれど、今の状態の君では、お説教をしても意味がないし、僕を泣かせた罰なんて言っても、何も出来ないですね。

 だから、それは全部生まれ変わってからです。カナちゃんが生まれ変わってくれてから、いっぱいお仕置きと教育の方をして上げないとね。


『つ、椿ちゃんが……私のせいで椿ちゃんが』


「今更後悔しても遅いですよ。僕をこんな風に変えたのは、カナちゃんなんですよ。しかも人間と妖怪、その両方のアイドルにまでされちゃってさ。僕はカナちゃんと雪ちゃんに振り回されてばっかりですよ」


『えっ? アイドル?! もしかして、雪が?』


 目を見開いて驚かないで下さい。君の夢でしょう? カナちゃん。


「カナちゃんが夢として書き記していたでしょう? それを雪ちゃんが継いだ形になっているんです。お陰で僕のファンクラブが、いつの間にやら万単位の増え方をしていますからね……」


『凄い……! あはっ。やっぱり私の目に間違いは無かったんだ。うん、よしよし!』


 カナちゃん、ガッツポーズしないで下さい。目をキラキラさせないで下さい。

 あぁ、もう……駄目です。こんなカナちゃんを見たら、これ以上強くは言えないよ。


 まだまだ色々と言いたいことはあるんだけれど、今はこの先に進んで、茨木童子の元に行かないと。


『それよりも椿ちゃん。どこに行こうとしているの?』


「どこって。この先に進む為に、上に上がる階段をーー」


『え? 地獄って、落ちていくものでしょう? それなら、下に降りて行くんじゃないの?』


 そう言いながら、カナちゃんは下に降りる階段を指差します。


「えっ? いや、でも……ここ塔みたいになっていてーー」


『飾りでしょ?』


 飾り……そう言われたら、塔の形がまるで、ここには近づくなと言わんばかりの形をしていましたね。威圧感満載の……。


「なる程。威圧させる事も出来て、尚かつ上に続いている様に見せる。なんて効果の高い罠なんですか」


『椿ちゃんがドジなだけだと思うけどな~そういう所は変わってなーー』


「レイちゃん、締めといて」


「ムキュッ!!」


『わぁっ! ごめんごめん~! レイちゃんくすぐらないでぇ!!』


 レイちゃんは霊体に触れるからね。だから、カナちゃんに物理的な罰を与えるには、レイちゃんに頼むのが1番なんです。


 とりあえず、カナちゃんはこのまま連れて行きましょう。


 そして僕は、下に降りる階段へと向かい、その先へ進もうとするけれど……この先から、物凄い負のオーラが湧いてきていました。

 僕もちょっとだけ、足が竦んじゃいます。これ……この先には、あんまり行きたく無いですね。だけど、僕は行かないといけないんです。茨木童子を止める為に。


 そして、僕はその場でゆっくりと深呼吸をし、下へ向かう階段に足を置き、一段一段注意深く降りて行きます。


『椿ちゃん。強くなったとはいえ、やっぱりまだ緊張したりするんだね』


「力の強さと精神力は、関係無いですからね」


『わぁ、椿ちゃんったら辛辣~』


 それを恍惚な表情をして言わないで下さい。

 まるで成長した妹に感激しているような、そんな顔をしていますよ、カナちゃん。


 とにかく、そんな事を言いながら、やっと下の階に辿り着きました。

 でもここ、迷路になっていますよ。いきなり壁が目の前に現れましたからね。もちろん、突起物のある禍々しい壁です。


 ここに、次の鬼がいるのかな?


 それにしても……あの鬼達、僕でも感知が出来ないですね。一応妖気を確認しているけれど、あの鬼の妖気を感知出来なくて、居るかどうかが全く分からないや。

 人間界の方では分かったけれど、地獄であるこの場所では、妖気を捉えにくいのかも……それとも、妖怪じゃない別物として、ここに居るからかな? ここで使っている力も、妖気じゃないみたいですし。


『椿ちゃん、後ろ』


「へっ? ひょぉっ?!」


 あっ、変な叫び声が……。

 でも僕の後ろに、いきなり鬼のお面だけが浮いていたら、誰だってびっくりしますよ。


「な、何ですか? これは……」


『分からない。霊的なものでもないね。レイちゃんが唸らないし』


 本当ですね。レイちゃんもただ、ジッとお面を見ているだけですね。

 するとそのお面から、いきなり野太い声が発せられ、僕達に話しかけてきました。


「汝等。この先の地獄で裁かれる前に、この迷いみちにて決めよ。己の罪の償い方を。迷え、その方法を……」


 そう言うと、鬼のお面は消えていきました。

 罪の償い方を決める? いやいや、僕は裁かれに来たんじゃ無いですからね。


 とにかくここは、まだ次の地獄じゃないのですね。この先なんですね。

 それなら、早くこの迷路を抜けてしまいましょう。迷路なんて、右手を壁に当てて進めば、簡単に抜けられるから。


「レイちゃん、カナちゃん。行くよ!」


『椿ちゃん! そっちは来た道だよ?!』


「うそっ?!」


 あれ? 僕は真っ直ぐに進もうとしましたよ。それなのに、目の前には上に上がる階段が……。


『椿ちゃん……あの、綺麗にUターンしてたよ。どうしたの?』


「ま、迷い? えっ……もしかして。何かに迷っていたら、この迷路は難易度が増すんじゃ……」


『あ~なる程ね。という事は椿ちゃん、まだ決めていないんだ』


 僕の中の迷い、そんなの沢山あるってば!

 でも多分、ハッキリと決めていなくて、今もうやむやにして迷いまくっているのは、白狐さん黒狐さんの事。それが1番大きいです。


 どっちにするか、僕はまだ迷っているんです。それが、この迷路に影響を及ぼしていますね。

 罪を償う方法だけじゃない。この先の地獄に行くには、迷いを捨てないと駄目なんだ。


 迷いは時として、人を臆病にさせる。

 それは、罪から逃げる可能性だってある。向き合わせるんだ、ここで無理矢理……。


『椿ちゃんの罪か……やっぱり白狐さんと黒狐さんだよね? どっちにするのか決めずに、あの2人をずっと縛り付けている……なのかな?』


「えっ?」


 すると、どうしようと考えている僕の後ろから、カナちゃんがそんな事を言ってきました。


 僕の……罪? 2人を縛り付けている?

 あぁ、そうですね。2人はずっと、僕を取り合っています。自分達の記憶の事も、体の異変の事も、あんまり気にせずにね。

 それなのに僕は、ずっと迷ってしまっていて、2人の優しさに甘えて、別にこのままでも良いかな……なんて思ってしまっていましたよ!


 駄目だよ、僕。甘えたら……。


「あはは……こんな所で、こんな事になるなんて」


『本当だね、椿ちゃん。それで、どうするの?』


「決めます。今、ここで。しっかりと迷いを捨てて、白狐さん黒狐さんのどちらにするか、決めちゃいます!」


 そして僕は、ゆっくりと目を閉じて、2人の事を思い浮かべます。

 でもこれは、どっちがより好きかを決めるだけ。結婚をする事はないです。


 だって僕はもう、2人には二度と会わないつもりだから。


 2人の体を元に戻しても、会わないつもりだよ。

 この想いと思い出だけを胸にしまって、僕は1人で生きていくつもりだからね。

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