第弐話 【2】 第一地獄『厚雲』

 何とか巨大な鬼を倒した僕だけど、こんなにも苦戦するとは思わなかったかな。これじゃあ、十極地獄の鬼達を倒すのも、まだまだ大変かもしれません。


「妖気の減りはそうでもないけれど、やっぱり自分の力に怖がっていたら駄目ですね。制御出来るかも知れないけれど……それでも、あんなのを思い出しちゃったら」


「ムキュッ?」


「あっ、ごめんねレイちゃん。心配かけて。行こっか」


 僕がずっと立ち尽くして、広げた自分の手を眺めていたから、レイちゃんが不思議そうにしながら首を傾げ、こっちを見てきました。

 妖怪食もちゃんと持って来ているから、妖気が切れる心配は無いです。あとは、相手の実力次第、という事になります。


 そして僕は、その先へと進んで行き、遂に旧妖怪センターの入り口の前に立ちました。


 入り口も変わっちゃっていますね。上下に大きな牙が着いていて、まるで化け物の口みたいです。

 ついでに他の鬼達は、もう僕を攻撃してきません。あんなのを見せられたら、そりゃ躊躇っちゃうよね。


 そして僕は、意を決して中に入って行きます。


「うわっ、何これ……」


 空気が重いんですけど。妖気とは違う、別の気持ち悪い気が辺りに充満しちゃっています。


「レイちゃん……大丈夫?」


「ムキュッ!」


 何でレイちゃんは大丈夫なのでしょう?

 この重苦しくて気持ち悪い気に、レイちゃんは全く動じていません。それどころか、体から光を発しています。しかもそれを、僕に向けて放ってきました。


「うわっ?! って、あれ?」


 何だか急に、体が軽くなった? 気持ち悪いのも無くなりましたよ。いったいこれは……あっ、まさか。レイちゃんが?


「ムキュッ! キュゥ!」


 レイちゃん…点君は本当に、何者なんですか?


 すると、入り口から入って直ぐのこのホールに、大きな声が響きわたります。


「ぐわははは!! まさかそっちから来るとはな! 召還者に言われ、急いで戻った甲斐があったわ! 探す手間も準備も省けたというもの!」


 この声……重低音のこの声は、北野天満宮で1度相対した、十極地獄の厚雲ですか? まさかいきなり、十極地獄の鬼がいるなんて。


「どうした? 俺が入り口にいるのが、そんなに不思議か?」


 確かに、もうこの中は地獄と同じ。浸食されている妖界とは違っていて、本当の禍々しい地獄になってしまっていますからね。

 確かにどこに居てもおかしくはないけれど、まさか入って直ぐにとは思わなかったです。


「ここは階層ごとに、俺達が守っているのさ。つまりーー」


「つまり、階層ごとにいる十極地獄の鬼達と1人ずつ戦って、倒して進めという事ですね。狐狼拳!」


「ぐぉ!!」


 こんなコテコテの展開に、説明なんて要らないですよ。だから僕は、瞬時に厚雲を殴りつけ、奥へと吹き飛ばします。


 あれ? だけど、僕の攻撃の勢いが弱まっている様な……妖気が減っているーー訳では無いですね。


 何でしょう……いったい、何が起こっているの?


「くっくっ。全く、せっかちなガキだ。まだ説明は終わっていないぞ。ここは第一地獄、厚雲を再現した場所だ。そう簡単に突破はさせない」


 すると厚雲は、平然としながら立ち上がり、自分の体から大量の厚い雲を吐き出してきました。そして徐々に、それで入り口のホールを埋め尽くしていきます。


 この厚い雲。1度は見たけれど、こんな狭い所で展開されたら、あとは押しつぶされるだけじゃないですか。


「あの時の重たい雲ですか。でも、それで押しつぶそうとしても、今の僕にはーー」


「効かないか? 妖気が減り、力も抜けているはずだろう?」


「なっ……!? やっぱりこれは、あなたの力で」


「そうだ。地獄に抵抗されては困るからな。力を奪うのは、俺達十極地獄の鬼の十八番能力さ」


 そう言いながら、厚雲は金棒を取り出し、肩に担ぎます。

 マズいですよ。いくら僕でも、力を奪われた状態だと……。


「ぬぅん!!」


「ぐぅっ?!」


 金棒の攻撃ですら防ぐのが大変で、思い切り後ろに吹き飛ばされてしまいました。

 さっき肩に担いだと思ったのに、次の瞬間にはもう僕の目の前に? 速いです。これが、十極地獄の鬼……。


「はぁ、はぁ……」


 それと、何だか蒸し熱いです。湿気が物凄くて、汗が止まりません。

 まさか……この厚い雲が、熱を籠もらせているの? いや、普通は逆じゃないですか? と思って厚い雲を見たら、その雲が熱を発しているみたいにして真っ赤になっていました。もうこんなの、雲じゃないです。


「勘違いしているようだから教えてやる。地獄は突破するものでは無い。罪を罰せられる場所なのだ。逃げようとしたり、ここを突破しようとするなど、そもそもそんなおこがましいことはーーぬっ?!」


 そうですね。地獄って、そういう場所ですよね。だからって、僕は臆している場合じゃないのです。あなた達にやられる訳にはいかないのです。

 こんなバカな事をしている茨木童子を止める為にも、僕は先に進まないとダメなんです!


 そして僕は、巫女服の上着を脱いで、肌着だけになると、そのまま火車輪を展開させ、厚雲を殴りつけます。簡単に防がれたけどね。


「やれやれ。まだ分からぬか? 力が出ない状態で、俺達に敵う訳がーー」


「黒槌土壊!!」


「ぬおぉっ?!」


 あ~駄目ですか。お腹がガラ空きだったから、尻尾をハンマーに変えて、そこに思い切り打ち込んだんですけど、後退る事すらしませんでした。


「ふん。甘い。妖気も減っていると忘れーー」


黒槌焔壊こくついえんかい!!」


 厚雲の言葉は今は無視です。

 僕は休むことなく、尻尾のハンマーに黒焔を纏わせ、今度はそれで打ち込んでみます。打撃が効かないなら、炎も追加です。


「地獄の鬼に炎とはな。そんなもの、効かないと分からないか?」


黒焔火槍!!こくえんかそう


 当然、そんな事は分かっています。

 だから僕は、厚雲の体に纏わり付いた黒焔を槍に変え、そいつに向けて放ちます。しかも、至近距離です。これならば……と思ったんだけれど、体に刺さりませんでした。体が硬いです。


「ぬん!!」


「うわっ!?」


「まだ分からんか!! ここは、罰せられる地獄ぞ! 第一地獄が『厚雲』は、生前厳しい環境で生きてこなかった者達への、環境への配慮を起こった者達への罰なのだ!」


「それなら、日本人のほぼ全員がそうなりませんか!!」


「全員ではない!!」


 あっ、路上生活者は排除されるんですか……それと、後半は環境への配慮をしなかった者、エコな事をしなかった人達って事ですか。その線引きはどこなのでしょうか……?

 ただどっちにしても、かなり理不尽な地獄ですね! 要するに、文明の利器に依存した人間達への罰って事ですか?! 厳しすぎますよ。


 この十極地獄って、そんな地獄が目白押しなんじゃ……。


「は……は、はっくしゅっ!」


 そんな事を考えながら、厚雲の金棒の攻撃を避けていたけれど、今度は急に寒くなった?!

 良く見たら、上に浮かんでいるあの厚い雲が、今度は冷気を発しているみたいです。赤くないし、何だか雲の色が少し濃くなっているんですよ。


「まさか。今度は極寒ですか……?」


「ぐはははは。1つだけだと思ったか? ぬんっ!!」


「ひぇぇえ!! レイちゃん、僕の上着取って!」


 こんな事なら脱ぐんじゃなかったです! このままじゃあ、凍え死ぬよ!


 そして僕は、またひたすらに敵の攻撃を避け続けます。


「ムキュッ!」


 その直後、レイちゃんが僕の上着を持って来てくれました。それを受け取り、僕は敵の攻撃を避けながら上着を着るけれど、それでもまだ寒いです。


「うっ……うぅぅぅ。これ、尋常じゃない寒さです……寒い方が動きが鈍くなるし、本当にマズいかも……はっくしゅ!」


「ムキュゥ!」


「えっ? レイちゃん?!」


 そんな僕を見てか、レイちゃんが僕の首元に巻き付いてきました。

 すると、そこからポカポカと温かくなっていきます。もしかして、レイちゃんが僕を暖めてくれている? でも、どうやって……?


「ぬぅん!!」


「ーーって、そんな事を考えている場合じゃなかった!!」


「大人しく捕まって貰おうか」


「嫌です!」


 例えそれで、茨木童子の所に向かっても、僕の力を利用されるだけだけよ。だから僕は、戦える状態で向かわないと行けないのです。


「やむを得ん。足を折ってでも連れて行くか」


「それも、却下ですよ! 狐狼拳!!」


「ぬっ?! ぐぅぁぁああ!!」


 あれ? 若干手応えありです。

 というか、凄い形相で吹き飛んだ?! どういう事ですか? って、力が……妖気が戻ってる?!


「ムキュッ!」


 あっ、レイちゃんが巻き付いていたからだ。

 体が温まったからだと思っていたけれど、違いましたね。妖気が戻っていたんです。


 ちょっと待って。いったいいつの間に、霊気を妖気に変換していたのですか?

 霊を取り込んだ様子は無くて、最初から持っていた自分の霊気を妖気に変え、それを差し出されたような……しかも平然としていて、全く問題無さそうなのです。


 レイちゃん。君は本当にいったい、何者なの?

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