第壱話 【2】 誰よりも危険で凶悪な妖狐

 雷獣さんの怪我は、命に関わるレベルでは無かったようです。それにしても、雷獣さんはあれからずっと、ここで戦っていたんですね。


 僕達の協力が得られなかったからって、意地でも自分の戦力だけで何とかしようとするなんて、無茶が過ぎますよ。


「何で、こんな無茶をしているんですか?」


 僕はそう聞いてみるけれど、多分答えてくれないでしょうね。と思っていたら、雷獣さんが口を開き、その理由を言ってきました。


「そんなのは決まっている。俺のせいで、こんな事態を招いたも同然だからな。自分で起こした失態は、自分で何とかする。それくらいしないと、妖怪達の頭は出来ないんだよ」


 責任感を強く感じすぎていたんですね。それにしても、何で今回はこんなにも簡単に話してくれたのかな?


 すると、また僕の近くに鬼が現れ、僕の後ろから金棒を振りかざしてきます。

 でも、気配で分かりましたよ。感知する感覚も、非常に強力になっていますね。


「ぐがぁぁあ!!」


 そして僕は、自分の尻尾をその鬼に巻き付けて、そのまま締め上げていきます。

 大丈夫、まだ殺しませんよ。ちょっと聞きたい事があるので。因みに、今度は青鬼さんでしたね。


「ねぇ、ちょっと聞きたい事があるんですけど。あなた達の主って、誰ですか?」


「がっ……ぐぅ。え、閻魔大王」


「それなら、この妖界の侵略も、その閻魔大王さんが?」


「ち、がう……別の者が、閻魔大王に掛け合ったのだ……十地獄を呼び出した事で、その権限を得やがった。あの妖怪……あの鬼。茨木童子だ」


 これで納得です。いくら茨木童子とは言え、こんなに地獄の鬼を使役するなんて、不可能なんですよ。そうなると、命令をしているのはやっぱり閻魔大王になります。それじゃあ何で、こんな事にと思っていたんだけれど、茨木童子が何か交渉でもしたんでしょうね。


 茨木童子と閻魔大王の間での取り引き。多分だけど、そんなに難しい事じゃないと思う。何かを渡すとか、何かに協力するとか、そういう類のものだと思います。


 でも、それを確認するにしても、十極地獄の鬼達が立ちはだかりそうです。


「分かりました。どうもありがとうございます。あなたはちょっと、本当の地獄の方に帰っておいて下さい」


「ぐぎゃあ!!」


 僕はそう言うと、巻き付けて締め上げている尻尾を更にキツく締めて、青鬼さんの体をバラバラにしました。

 その返り血は勘弁なので、自身の玩具生成の妖術を応用し、和傘を出して防ぎました。


 玩具生成も、実は記憶が戻った事で変化しています。本来の僕の妖術は「妖具生成」でした。ただ、まだまだ使いこなせないです。これは強力過ぎるから、ちょっと扱い所が難しいですね。

 ちなみにこの和傘は、敵対する妖怪等を近付かせないようにする為、敵である相手よりも強力な妖気を放っている……ように見せかけています。


「やっぱりな。甘さが無くなったか」


 すると、それを見ていた雷獣さんが、ゆっくりと立ち上がって僕にそう言ってきます。

 だけど立ち上がった瞬間、お腹から血が噴き出しましたよ。まだ動いちゃ駄目なんじゃないのですか?


「雷獣さん。まだジッとしてないと」


 とりあえず和傘を片付け、雷獣さんに近付きます。


「ふん。ようやく妖狐らしくなったお前に、遅れを取るわけにはいかないからな」


 妖狐らしく? 今まで僕は、妖狐っぽくなかったのですか?


「お前は、何処か人間臭さが残っていたからな。まぁそれは、あの鞍馬天狗の屋敷にいる奴等全員に言えるけどな」


「……」……


 何だか皆の事をバカにされている気がして、僕はちょっと雷獣さんに腹が立ったけれど、今ここで雷獣さんと喧嘩してもしょうがないです。我慢ですよ、我慢。


「その人間臭い妖怪が、俺は嫌いだったんだよ。だが、今のお前は違う」


「だからさっき、僕に自分の本心を話したのですか? 自分も人間の姿をしているのに?」


「けっ。人間の姿をしていても、妖怪だって事を忘れちゃいけねぇんだよ。外見や文化は構わないが、心まで人間に染まっちゃあ、妖怪として終わりだろうが!! 妖怪はな、人間を怖がらせてなんぼだ! それをしないと、妖界も消えちまうだろうが! それこそあいつらのせいでな!」


 そっか……人間と共存しようとしても、ひっそりと隠れる様に過ごそうとしても、どっちも駄目なんですね。だからって、その凶暴さを見せ付けていたら、それこそ人間達が反撃に出ますよ。


 だって僕は、妖怪よりも幽霊よりも何よりも、人間の方が1番怖いって、そう思っているからね。

 あんな風に、妖怪を利用しようとする人達を見ちゃったら尚更ね。


「だから、俺は歓迎しているのさ、今のお前をな。あいつらはあれでも戦力になるから、連れて来てくれたら盾に出来たんだがな。それでもまぁ、1人で来たということは、あいつらと決別してきたという事だろう? つまりお前はーーぐぉ?!」


 それでもやっぱり、一発殴っておきます。言い過ぎなんですよ。


「雷獣さん、違いますよ。僕は皆と決別はしていません。だけどもう、戻る気も無いです。だって……」


 そして僕は、雷獣さんに背を向けて真正面を見ます。雷獣さんの味方をしている妖怪さんが、地獄の鬼達と激闘しているその場所を。その後に、雷獣さんに向かってこう言います。


「誰よりも凶暴で凶悪な妖怪は、危険な妖狐なのはーー僕なんですから」


 そして、僕は尻尾を靡かせ、手を前にかざして叫びます。


「死にたくない妖怪さんは、その場で伏せて下さい!! 黒焔狐火、業火狐神ごうかこしん!!」


 その瞬間、僕の中から大量の妖気が溢れてくる。今までとは比べ物にならないほどの、大量の妖気が。

 多分記憶と一緒に、僕自身の妖気も封じられていたみたいです。それでも、本来の半分程だと思う。残りは、お父さんとお母さんが持っていったから。そうしないと、僕自身の妖気が僅かに残っているだけでも、僕の神妖の妖気が蘇るかも知れないから。


 そして、僕の記憶が蘇った今、全力で妖術を発動すると、白金の毛色に変わってしまいます。それでも、白狐さん黒狐さんから貰った力はあるから、それを使っているけどね。恐らく全力じゃなければ、尻尾は黒くなったり白くなったりすると思います。

 だけど、その妖気は僕自身のだから、白狐さん黒狐さんの力も跳ね上がり、とんでもない威力になっていいますね。


 僕の手から沢山の黒い炎が飛び出し、それが巨大な狐の姿になっていきます。そして動いている者、立っている者に狙いを付けて、次々と襲いかかっていきます。


 他の妖怪さんには僕が叫んだから、皆伏せていてくれていました。

 本当は、あんな大きな妖気を放っていたから、皆怖がって伏せたんだけどね。結果オーライです。


 そして、五条通りにいた地獄の鬼達は、一瞬で全滅しました。


「なぁ……バ、バカな!! 俺達が1ヶ月近く戦っても、全く押し返せなかったのに……それを押し返すどころか、この辺り一帯の鬼を全滅させるなんて……」


 流石にこれには、雷獣さんもびっくりしていますね。ちょっとだけ気分が良いです。


「へぇ、これくらいで苦戦していたんですね」


「ぬぐっ……! きさ、ま……!」


 これはちょっとしたお返しです。今まで僕達に対して、大きな態度をとっていたからね。

 そして、雷獣さんが言い返せない所をみると、完全に負けを認めちゃっているよね。


「ということなんで、僕はこれから、今の亰嗟の本拠地、旧妖怪センターに行って来ます。だからって、増援は要らないですよ。僕1人で、カタを付けますから」


 それに対しても、雷獣さんは何も言ってきません。

 何を考えているか分からない顔をしているけれど、別に良いです。この後雷獣さんがどうしようと、僕には関係ありません。


「レイちゃん!!」


「ムキュゥ!」


「それじゃあ、旧妖怪センターまで頼むね。1番邪気の濃い所だよ」


「ムキュッ!」


 そして僕は、上空に避難していたレイちゃんを呼んで、その背中に飛び乗ると、レイちゃんに向かってそう指示をします。

 レイちゃんは了解して、上空へと高く飛び上がり、そのまま旧妖怪センターへと向かっていきます。


 皆下から、僕達を呆然とした感じで見上げていますね。でも良かった、誰1人殺さなくて……。


 だけどやっぱり、僕はもう他の妖怪さん達と一緒には戦えない。あんな巨大な力、もし加減を間違えればと思うと、ゾッとします。

 今は毛色も戻っているけれど、繋ぎもなくあの状態になれるようになっているから、いつ暴走してもおかしくないのです。


 怖い。僕は、自分が怖いです。

 だからって、戦いで手を抜くことはしません。どうせ暴走するのなら、十極地獄と茨木童子の前で暴走してやりますよ。


 ーー ーー ーー


「雷獣さん……追って加勢しなくても?」


「いや、良い。それよりもここで待ち、どうせ追って来るだろうあいつらに、事情を説明しないとな」


「分かりました。雷獣さん」


「ふん。俺は貸しも借りも作る気は無い。これで貸し借りは無しだ。全く……誰よりも凶悪だと? 誰よりも悲しい顔をしながら言うな……」

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