第拾肆章 虎擲竜挐 ~強者と強者の激突~
第壱話 【1】 椿、1人旅
僕はもう、あそこには戻らないつもりで出て来ました。僕の力はそれだけ強力で、使い方を間違えたら、皆を危険に晒してしまいます。
だってそれで、白狐さんと黒狐さんは……。
妖界に移動した僕は、そんな事を考えながら、地獄と化した旧妖怪センターへと向かっています。
歩いていると色々と考えちゃうけれど、それでも良いんです。歩いていると、決意を固める事が出来るから。
だけど、燃える様な赤い夕焼けが僕を照らし、そこから見える街の風景が、僕をより一層不安にさせます。そこからは、どす黒い煙みたいなものが立ち上っていて、禍々しい景色に変貌した、妖界の京都市内の姿があったからです。
ここから旧妖怪センターまでは、まだ数時間はかかります。それなのに、もうその場所には、大量の鬼達が暴れていて、妖界にいる妖怪さん達が戦っていました。
「あんな数がいたら、押し込まれて当然ですね」
ただ、地獄浸食は思った程進んでいないですね。これは、おじいちゃん達の策のおかげかな。
茨木童子はもう、限界が近い。
それなら、この鬼達さえ何とかなれば、亰嗟を潰せるかも知れません。
亰嗟が僕の力を狙っているのなら、ここに僕が現れただけで気付きますよね。今回は、早めに気付いて下さい。これ以上被害を増やさないためにも、僕が決着をーーとそう思った瞬間、僕の後ろから聞き慣れた鳴き声が聞こえてきました。
「ムキュゥゥ!!」
「うわっ! レ、レイちゃん?!」
なんと、レイちゃんが僕の後を着いて来ていたみたいで、僕に追い着いた瞬間、僕の後頭部に飛び付いて来ました。
「ムキュゥ!! ムキュッムキュッ!」
しかも、思い切りすりついてきます。
僕が2度と、あの家には帰らないって気付いたから、必死に着いてきたのですか?
「もう……レイちゃん。君も危険な目に合わせたくないから、心を鬼にして出て来たのに……何で着いてくるんですかぁ」
もう駄目です。僕だって、別れたくは無いですよ。
でも、だけど……僕が居たら、皆が死んじゃうかも知れない。だから僕は、皆と一緒に居てはいけないんだよ。
そう決意して出て来たのに。レイちゃんのバカ。涙が勝手に溢れちゃいます。
「ムキュッ?」
「もう……そんなに可愛い顔向けないで。だけどレイちゃん。ここから先は、本当に危険なんだからね。出来たら、おじいちゃんの家に……」
「ムキュッ!」
駄目です。1つ目のクリクリした目を僕に向けたままで、しっかりと僕の体にしがみついちゃいました。
「う~しょうが無いなぁ……良いですか? 危なくなったら直ぐに逃げてね。それと、無茶は絶対に駄目!」
「ムキュ!」
元気良く返事をしたけれど、本当に分かっているのかなぁ?
どっちにしても、レイちゃんが僕から離れてくれないし、このまま行くしかないですね。
すると今度は、横の茂みの方から、真っ赤な体をした鬼が突然現れ、その手に持った金棒を強く握り締め、僕達を睨みつけてきました。
「妖怪? 死ねぇ!!」
しかも、いきなりその金棒を振り上げて、僕達を襲って来ました。
「いきなりそれはないと思います。狐火」
「ぐぇぇああああ!!」
これくらいの鬼なら、黒焔じゃなくてももう倒せます。そしてその鬼は、僕の出した巨大な狐火に包まれ、焼かれながら倒れました。
「レイちゃん。こうなったらもうしょうが無いけれど、本当に危なくなったら逃げてよね」
「ムキュッ!」
するとレイちゃんは、その背中に僕を乗せようとしてきます。
レイちゃんが連れて行くって事ですか? 僕がどこに行こうとしているのかも分かるのですか?
何だろう……レイちゃんの目が、いつもよりも少し穏やかで、雰囲気が違って見えます。
「レイ……ちゃん?」
だけどレイちゃんは、僕の様子なんて気にする事もなく、無理矢理僕を背中に乗せ、上空に飛び立ちました。
「うわっ! ちょっと、レイちゃん?!」
何だかテンションが高くないですか?!
僕と一緒に行けるから? それとも、もっと別の事かな? とにかく、そのままレイちゃんは凄いスピードで飛んで行きます。
「ちょ、ちょっ……! レイちゃん、ちょっと! 飛ばしすぎ!」
もうあっという間に、妖界の五条通りまでやって来ましたよ。
ここが京都市の中でも、1番大きな主要道路なのです。それはもちろん、妖界の方もそうです。だからなのか、ここは凄い激戦地になっていました。
地獄の鬼達と妖怪達が、生死をかけた戦いを繰り広げるその光景は、人間達の戦争と、あんまり変わら無かったです。
鬼にやられて傷付き、倒れていく妖怪さん達。鬼だって妖怪だろうって思うでしょうね。だけど、この地獄の鬼達は違います。亡霊を裁く、本物の鬼なんです。人や他の生物が化けて成った、恨みで出来た鬼ではなく、正真正銘冥界の鬼そのものなんです。
そして妖怪センターの基準で、この地獄の鬼に関しては「妖怪ではない」と、そう定義付けたのです。
だから……。
「黒焔狐火、
ここでその鬼達を燃やし尽くしても、閻魔大王がまた復活させるのです。さっきの鬼もね。
だけど、今この地獄の鬼達を召喚し、使役しているのは、茨木童子なんです。自らの妖気を削ってね。
閻魔大王も、それは分かっているでしょうし、直ぐに復活はさせないでしょう。
とにかく、僕がレイちゃんの背中から真下に放った黒焔は、地面を這うようにして広がり、次々と地獄の鬼を燃やし尽くしていきます。
「うぉ?! おぉ……こ、これはいったい?」
「おい、あそこを見ろ! 空中に誰か居るぞ!」
「あっ、あれは!」
流石にこんな事をしたから、目立ってしまって見つかっちゃいました。
だけど、妖怪さん達が傷付いている所を見ると、どうしても助けようとしてしまいます。例えそこに、悪い妖怪さんが居たとしても、今は関係無いです。
それに、僕の事なんてーー
「「「「妖怪アイドルの、椿ちゃんだぁぁああ!!」」」」
ーー皆とっくに知ってました。
雪ちゃん、君の活動力には感服しました。もうこうなったら、その活動を止めても意味ないですよね。それなら、僕も腹を括ります。
「どうも。皆のアイドルの、椿です!」
「「「「うぉぉぉおお!!」」」」
歓声がうるさいですよ?!
僕の登場だけでこうなるんて……あれ? ちょっと待って下さい。これって今、士気がもの凄い上がっていますよね? という事は……。
「あっ、皆さん~敵はまだ居ますよ。その……頑張って下さい! 頑張ってくれたら、僕からご褒美を上げるので!」
「うぉぉお!! ご褒美来たぁ!!」
「勝てる、100%勝てるぞぉ!!」
「反撃開始じゃぁぁああ!!」
「椿ちゃんのファーストキスぅぅ!!」
「いや、キスは俺のもんだぁ!」
「椿ちゃんのファーストキスを、お前みたいなキモい妖怪に捧げさせるかぁ!」
すみません。ファーストキスはもう上げちゃっています。
それよりも、僕みたいなタイプの子って、ファーストキスはまだだろうって思われるのかな? それとも、アイドルだから? 何で勝手にそう考えるのかなぁ……。
それにご褒美だって、誰もキスとは言っていないよ。だけど、僕の応援のお陰で、戦況は一気に押し返されています。
雪ちゃん、ありがとう。僕をアイドルにしてくれて。そうじゃなかったら、多分こうはならなかったよね。
「ちっ……! 余計な事を……」
すると、丁度僕の真下で、そんな声が聞こえてきました。この声は、何回か聞いた事があります。
あの後どうしたのか気になっていたんですけど、こんな所でずっと戦っていたんですね。
「雷獣さん! 大丈夫ですか?!」
僕はそう言うと、レイちゃんに指示を出して、雷獣さんの近くに降ります。良く見たら、そこら中怪我だらけで、かなりボロボロですよ。
「何だ。1人で来たのか? あいつらはどうした」
「僕1人で来ました。それより、怪我を……」
「触るな! なんで1人で来てるんだ? あぁ?!」
雷獣さんの怪我の様子を見ようとしたら、僕の手を払われました。相変わらず頑固ですね。
「危ないからです……僕の、力が」
「ふん。さっきのか。確かに、お前自身の妖気も変わってやがるな」
「ううん。さっきのは、寄ってくる蚊を手で追い払っている感じで、殆ど妖気を込めていないよ」
「なに?!」
流石に言い過ぎたかな?
でも実際、それ程妖気は込めていません。それであの威力なんです。神妖の妖気なんて解放したら、いったいどうなるのか、もう自分でも分かりません。
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