番外編 其ノ伍 居なくなった椿ちゃん

 は~い! 皆の人気者、里子ちゃんです! って、そんな事やっている場合じゃないんです。


 今、家の中は大混乱です。その理由は、朝起きたら椿ちゃんが何処にも居なかったから。


『椿~!! 何処じゃあ!!』


『何処に居る! 椿!!』


 翁の家の何処にも、椿ちゃんの姿はありません。


 あぁ……昨日の夜はちゃんと、お布団で寝ていたのに。椿ちゃんの尻尾を触ったら、椿ちゃんも泣きそうになりながら、私の尻尾を触っていたのに……。


「はぁ……椿ちゃん」


「あんた何やってんのよ?」


「わぅ?!」


 いきなり後ろから美亜ちゃんに声をかけられて、慌てちゃいました。自分で自分の尻尾を触っていたの、バレてたよね? とにかく誤魔化さないと。


「あ、あの……美亜ちゃん。椿ちゃんは居た?」


「何処にもいないわよ、あのバカ……」


「そう……」


 やっぱり、翁の家から出ちゃったんでしょうね。翁も、色んな所に電話をかけまくっています。

 勿論皆、椿ちゃんとSNSのID交換をしているから、そこにメッセージを送っているんだけれど、既読が付かないのです。


「椿ちゃん……やっぱりあの旧校舎で、何かあったんだよね」


「そうじゃないと、あの子がたった1人で行動するなんて、あり得ないわ。いつもいつも受け身なあの子がね」


 旧校舎で椿ちゃんは、ある部屋に閉じ込められてしまって、皆で必死にこじ開けようとしても開かなかったんです。

 ようやく開いた時には、捕らえられていた人達と、椿ちゃんが倒れていたんです。いったい何があったのかは分からずじまい。


 椿ちゃんの目が覚めたら、それを聞こうとしていたのに、その前にいなくなっちゃったんです。

 だから私達には、椿ちゃんが何処に行ったかの検討も付かないのです。


「はぁ……椿ちゃんのバカ。せめて何か一文残しても良いじゃない」


「それで、また弄ってるわね。里子」


「わぅん?!」


 何だか癖になっちゃってる?! はぁ、もう……椿ちゃんに調ーーじゃなくて、頭の中お花畑にしている場合じゃないよ!


「それならもう、椿ちゃんの行きそうな所を片っ端から……」


「それも良いけれど。あの子が行きそうな所って、あんた分かるの?」


「え~っと……」


 そう言えば椿ちゃんって、1人で何処かに行く事が無かったね。いつもいつも、誰かが一緒にいましたね。


「姉さ~ん!! 何処に居るんすかぁ!!」


「楓ちゃん。流石に排水溝とか、冷蔵庫の中とか、そんな所には居ないと思うよ……」


 椿ちゃんを何だと思っているのかな? ネズミか、もしくはあの黒い虫のどっちかだと思っている?


「だけど、これ以上何処も探す所が無いっすよ!」


 そうなの。この家の地下に広がるセンターを含めたあの場所も、翁が徹底的に調べたんだけれど、そこにも居なかったのです。


 だから翁は、椿ちゃんが家の外に出て、何処かに行ってしまったと思い、必死に色んな妖怪さん達に連絡を取っているんです。


 椿ちゃん。気付いていなかったのかな? あなたはこんなにも、色んな妖怪さん達に愛されているの。

 居なくなったら、こんなにも心配されるの。ねぇ、分かっていなかったの?


 そんな時、翁の家に酒呑童子さんがやって来ました。


「お~う。椿は居るか~?」


 またひょうたん片手に酔っ払っています。とりあえず、私が1番玄関に近かったので、私が対応します。


「今居ないんです」


「あ~? 何処行ったんだ?」


「それが分からないから、皆必死で椿ちゃんの行方を捜しているんです!」


「なにぃ?! おい、白狐黒狐! ついに無理矢理押したーーぐほぉ!!」


「そういう冗談はいいですから」


「お、おま里子……だからって、急所は……」


 口から泡を吹いて倒れちゃいました。でも、この酔っ払いが悪いですからね。最強の悪鬼でも、金的は弱かったみたい。


「鬼丸? 鬼丸?」


「美瑠ちゃん。ツンツンしていないで、とりあえずその妖怪は置いて、椿ちゃんを探そっか」


 そう言って、美瑠ちゃんを連れて翁の所に向かおうとするけれど、後ろの酒呑童子さんが何か言ってきました。


「あ~いってぇ。というか、あのバカ……まさか」


 金的が効いていない?

 あっ、そうじゃなくて。どうやら酒呑童子さんは、椿ちゃんの居場所を知っていそうな口ぶりです。


「酒呑童子さんは、何か知っているの?」


「あ~まぁな……あいつの師匠だぞ。だがその前に、少し確認したい事がある。最後に椿と行動した奴等を集めてくれ」


 そう言った酒呑童子さんの顔は真剣そのもので、顔の赤みも取れていました。

 だから、これはただ事じゃないと思った私は、早速皆を集める為に、全員の下に走って行きました。あの旧校舎に行ったメンバーの所にね。


 ―― ―― ――


 その後、翁の家の地下にあるセンターに皆を集め、酒呑童子さんの問いかけに答えていきます。

 酒呑童子さんが真剣にやっていたので、普通じゃないと感じたんだと思う。皆、真面目に答えていたよ。


「あ~なるほどな。八坂の野郎か……」


「酒呑童子よ。お前さんは、八坂の事を?」


「いや、その正体は知らねぇし、奴がやろうとしていた事も知らなかったぜ。ただ奴が、ある脱神を匿っていたというのを、耳に挟んだ。だが……」


「うむ……あれはもう、存在していないはずなんじゃ。あの儀式をやらなくなってからは……な」


「それ以前に発生していた脱神は、妖界の伏見稲荷で起こった事件以来、その姿を見ていなかっただろう? だからよぉ、どういう事かと思ってな、ちょいとその確認をし直そうとしていた所で……」


「うむ。椿が消えたんじゃ」


 酒呑童子さんは、翁と難しい話をしていて、私には分からないです。

 脱神って、何でしょうか? 私、頭から煙出しています。それは、白狐さんと黒狐以外全員だけどね。


「ということはだ。あの野郎……十中八九、その時の記憶が戻ったんだな」


「何じゃと?!」


 えっ? 椿ちゃんの昔の記憶が? 女の子だった時の記憶が、戻ったっていうの? 

 皆それを聞いて驚いているけれど、酒呑童子さんは続けてきます。


「俺はな、八坂から力ずくで一部始終を聞き出し、裏稲荷山で何があったかは知っていたんだ……だがこんなものは、教えるもんじゃねぇと思っていた。それにだ、蘇るとも思っていなかったぜ。あいつの様子からしてな。だが、記憶の封印を解く程の刺激を受けた、となると……」


「その、脱神を見た……のじゃな」


 そして、翁がそう言った後に、今度は白狐さんと黒狐が叫んできました。


『そんなことよりも、椿は何処にいるんじゃ?!』


『それにだ。記憶が蘇ったとして、あいつは何で俺達の下から居なくなったんだ?!』


 そんな2人の言葉に、酒呑童子さんがゆっくりと口を開きます。少し言い辛そうなのは気のせい?


「はぁ……あんなぁ。愛しい者達を殺した記憶なんざ蘇ったら、そりゃ居なくなりたくもなるぜぇ」


『愛しい者達?』


「白狐、黒狐。お前等だ」


『なっ……ぬ?』


『俺達が、椿に?』


 酒呑童子さんのその言葉に、その場にいた全員が驚きました。だってあの椿ちゃんが、大好きな2人を?

 だけど、きっとあの力が暴走したからだよね? それなら、椿ちゃんに罪は無いと思うけれど、椿ちゃんはたまに、1人で全部背負い込んでしまう時があるの。今回もそれだよね、きっと。


『くそっ……!』


『椿……!』


「おい、待てや。何しに行くんだぁ?」


『何って、椿を連れ戻しにじゃ!』


「それを拒否されたらどうするぅ? 気にするな。って、そぉんなお優し~いお言葉でもかけてやるんかぁ?」


『貴様……!』


 白狐さんと黒狐が慌てて出て行こうとした所で、酒呑童子さんに止められ、そんな言葉を投げかけられています。

 でも、何となく分かる。これ、ただ迎えに行くだけじゃ駄目だって……。


「言っただろう。お前達はな、椿に甘すぎるんだよ。良い~機会だ。あいつが何を思って出て行ったのか、良ぉ~く考えてみな。誰よりも優しいのは、いったい誰なんだ?」


『椿……』


 そんな酒呑童子さんの言葉に、白狐さんと黒狐は黙ってしまいましたね。そしてその後、翁が酒呑童子さんに話しかけます。


「して、酒呑童子よ。お前さんは、椿の行く先に目星がついとるのか?」


「まぁなぁ。予測で、恐らくだけどな。記憶が蘇ったのなら、自身の神妖の力が扱える様になっているかも知れねぇ。もしそうだとしたら、俺の得た情報が正しければ、あいつ1人であの組織を潰す事くらい、可能だろうな」


「そんな! 椿ちゃんに、そんな力が?!」


 酒呑童子さんの言葉に、私はびっくりして声を上げちゃいました。だって、信じられないんだもん。あの椿ちゃんに、1つの組織を潰す程の力があるなんて……。


「酒呑童子よ……まさかじゃが、椿の向かった先というのは……」


「そうだ。今の亰嗟の本拠地。旧妖怪センター、地獄と化したあの場所だ。何考えてやがるか分からねぇが。1人で決着を着けようとしているんだろう? この俺様を差し置いてな」


 その瞬間、その場の全員が息をのみ、静まり返えってしまいました。


 椿ちゃん、いったいあなたは何を考えているの? 何でそんな事をしようとしているの?

 分からないよ……分からない。あんなに一緒に居たのに、私は椿ちゃんの事が分からない。


 だけどきっと、椿ちゃんは帰ってくるよね? 私は、それを信じていれば良いんだよね?

 ううん、違う。私も、もう待っているだけじゃダメなんだ。


 皆の心も、何か変化しているような、そんな気がするよ。

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