第拾参話 【1】 こんがり焼けました~
「よし、新入り! 次はこっちの料理だ!」
「あっ、はい!!」
僕は今、蒸し暑い厨房の中で、慌ただしく動く白くて丸い卵みたいな人達と一緒になって、沢山の料理を作っています。しかも妖怪食じゃない、普通の料理に見えます。
それにしても、この人達は人じゃないですね。でも、妖気も何も感じないから良く分かりません。
「おぉ。嬢ちゃん、切るの上手いじゃないか! 良し、こっちも頼んだぞ!」
「は~い!!」
それで、何で僕がエプロンを付けて、こんな事をしているのかって? 僕だって何だかよく分からないのです。
確かに数十分前は、あの長い廊下を歩いていたはずなのです。
それが何でこんな所に?
ーー時は少し戻ります。
ーー ーー ーー
「ん~? こっち……かな?」
良い匂いに誘われて、僕は長くて薄暗い廊下を歩いて行く。
お腹は空いているけれど、食べ物に吊られたんじゃないですからね。妖気を補充しておかないと、何があるか分からないからです。
それにしてもこの廊下、横に扉が無いです。つまり、他に部屋が無いので、ただひたすらに進むだけなのです。
そんな長い廊下を歩く事十数分。遂に突き当たりが見えてきました。
そこは突き当たりから、更に左右に廊下が伸びていて、その先も真っ暗で何も見えない。だけど、真正面には扉があります。中に入れそうです。
入るしかない。良い匂いはこの先です。そのまま僕は扉を開け、中の様子を伺います。
「うわ。何ですか、ここは……」
そこは、とても広い広い厨房になっていて、凄い熱気で溢れ返っていました。
巨大なお鍋が大量に並び、その中でグツグツと何かを煮込んでいる。いい匂いはここからですね。
巨大なフライパンでは、大きな手によって具材をひっくり返されている。と言うか、手だけしか無いんですけど、その体はどこですか?
そして、その間を縫うようにして、白くて丸い卵みたいなものが、忙しそうに右往左往しています。
「おい! 前菜はまだか!」
「まだだ! スープが煮込めてない!」
「だぁぁ!! 畜生! 本来ならとっくに、メイン料理に移っているはずだろう!」
「人手が足りないっすよ!!」
口が無いのに凄い喋っているし、よく見たら丸い体からは、小さな手足が伸びていて、それがチョコチョコと動いていました。可愛いですね……。
「おい! 新入りはどうしたんだ!!」
「妖界の料理人の中でも、腕利きの奴が来るとは言っていましたが、まだです!」
「畜生!! ん……?」
あっ、しまった。もしかしてバレた? こっちを向いーーているんだよね? あれは。顔が無いから分からないです。
「お前……何者だ?!」
「ひぇぇ!!」
やっぱりバレていました!
おかしいな……? ちゃんと隠れてつまみ食いーーあれ? 僕はいつの間にこんな事を?
こっそりと侵入してしまって、近くのお皿に乗っていたシュウマイに手が伸びて、あっさりと口の中に……あっ、このシュウマイ、エビがとても美味しい。
「おい! 勝手に食うな、こら!」
「ふぐぅ?! ご、ごめんなさい!!」
こんな事をするつもりじゃなかったのに。すると、後ろから別の卵の人が声をかけてきました。
「料理長。もしかしてこの子が、言っていた腕利きの……?」
「馬鹿野郎! んな訳あるか! だが、ここ『霊亡の屋敷』に居るという事は、そいつの関係者なんだろうな。まさか、弟子とかか?」
「自身ではなく、弟子を送りつけるとは。なんて奴だ……」
「いや、それだけ自信があるんだろうよ。弟子でも十分だ。という程に、それだけの実力を持っているんだろう。こっそりと俺達の料理の味付けを見たり、評価をしたりしているんだろうぜ」
あの、話がどんどんおかしな方向に向かっています。
それと……その卵の人、料理長だったんですか? ごめんなさい、違いが分かりません。他の卵の人と一緒です!
「まぁどっちにしろ、つまみ食いした分は働いて貰うぞ!」
やっぱりそうですよね。ごめんなさい。
でも僕は、急がないといけないのです。皆が心配ーーって、あれ? ここの出口は何処?
「逃げようとしても無駄だ。ここ霊亡の屋敷はな、目的を達するまでは、その部屋から出られない様になっている。もちろん、この厨房もな」
そんな厄介な所だったんですか?!
そして「霊亡の屋敷」が、ここの屋敷の名前何ですね。という事は……ここはやっぱり、あの旧校舎の中では無いです。
そうなると、急いでこの事を皆に伝えて、ここから脱出しないといけません。そしてその為には……。
「ほら、エプロンだ。さぁ、見せて貰おうか。お前の実力をな!」
ここで料理を作りまくらないと駄目みたいです。
ーー ーー ーー
ーーそして現在に至ります。
「いよぉっし! 前菜と副菜もOKだ! メインに入るぞ!」
「「「「おぉう!!」」」」
やっとですか……おじいちゃんの家で作る料理の量とは、比べ物にならないです。
前菜にスープや小鉢に、とにかく全てに時間がかかりました。
前菜もただのサラダじゃなくて、いちいち塩水に漬けないと駄目なんです。しかもこの塩水、普通の塩水じゃなくて、汚いものを根こそぎ綺麗にしていったんです。
そしてスープの方も、灰汁をひたすら取りまくっていたけれど、その度にスープの透明度が増していっていました。何ですか、ここの料理は。
「あの……ここの料理って、いったい何ですか?」
「ん? そんな事も知らんのか!? この料理は、汚れた霊を満足させる為のものだ。だから、料理自体に汚れがあったら駄目なんだよ!」
えっと……屋敷の名前からして、薄々は感じていました。という事は、レイちゃんがいきなり消えたのって、沢山の未成仏霊を見つけたから? いや、そんな感じじゃなかったですね。
とにかくそういう料理だったから、作るのに手間がかかり、物凄い時間がかかるんですね。
僕はこんな事をしている場合じゃないのに。つまみ食いをしたばっかりに……僕の馬鹿。
それでも、出来るだけこの料理を早く終わらせる為にと、僕は一生懸命に働いています。
「よ~し。良いぞ! 魚は焼き加減に気を付けろ! 焦げたら終わりだぞ!」
焦げてしまったら、そこはもう汚れた事になるんですね。
それは難しいなぁ……だって、お魚さんですよ? 旬のお魚を使っているのは良いけれど、皮があるから直ぐ焦げるってば。これは、時間との勝負ですね。
「脂が出て来て、しばらく待ってーーうん、今!」
あっ、こんがりと綺麗に焼けて、焦げてもいない。とても美味しそうな感じに焼けましたよ。
すると、それを見ていた卵の人が、驚きの声を上げました。
「なっ!? い、一発でじゃと?!」
これは料理長ですね。喋り方とかで。
「わ、儂でも、最初の2回は焦げるというのに……そこで、今日の脂の乗り具合、火の加減を見るというのに……こ、こやつは、それを一発で……」
えっ? 嘘でしょう? いやいや、待って下さい。徐々に僕の評価が上がっている気がしますよ。
「むっ……良し。焼きは任せた! 次々と焼いていってくれ」
「しかし料理長! 焼きは1番難しくて、料理長レベルじゃなければ……」
「いや……こいつはもう、儂等以上だ。邪魔をしたら駄目だ」
とりあえず、焼いていったら良いんですよね。
僕は一刻も早く、この厨房から出たいのです。それこそ、色んな意味で。この屋敷の伝説に、僕の名を残す訳にはいかないのです!
だから1匹ずつじゃなく、2~3匹を一気に焼いていきます。
「よっ! ほっ! それっ!!」
「んなっ!? で、伝説の2枚焼き……いや、3枚焼きじゃとぉ?!」
駄目です。何をやっても驚かれちゃう!!
もう名を残してしまうのはしょうが無いとして、早く終わらせます!
それから僕は、焼くのを中心にし、魚以外もひたすら焼き続けました。そして、想定していたよりも早くに、予定していた料理が全て出来上がりました。
これでようやく解放されると思ったのだけれど、扉はまだ現れません。
「何をやっているんじゃ『伝説の焼き職人』。料理を運び入れるまでが仕事じゃろう」
そんな称号は要らないです。
それよりもです。料理人だったら、料理を作ったら終わりでしょう? 持って行くのは、また別の人なんじゃ……。
「何せ悪霊だらけ。テーブルに持って行くのもまた、至難の業だ。これも、体力のある料理人にしか出来ん仕事じゃ」
そんなのはもう、料理人じゃないです。
うぅ……僕はまだ、ここから解放されないのですね。つまみ食いしてしまった自分に、この匂いにつられてしまった自分に、少し後悔しています。
ごめん、皆。助けて下さい。
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