第拾参話 【2】 霊亡の屋敷
その後、料理を運びながら僕は考える。何時、どのタイミングで逃げ出そうかなって。
だけど、ここは廊下が続いているだけで、何処にも逃げる場所が無かったです。
そうこうしている間に、目の前に両開きの大きな扉が現れました。そしてその扉を、卵みたいな人達が開いていきます。
すると、そこはまた広い吹き抜けのホールみたいになっていて、僕が入ったのは、五階位の高さの所からでした。ちょっと高くてビックリしちゃいましたよ。
1番下の中央には、大きなテーブルが置いてあり、そこにお酒が大量に置いてありました。つまり、あそこに料理を置くという事ですか。
あれ? でもここって、階段とかありますか? うん、見渡したけれど無いですね。この先は行き止まりで、そのまま吹き抜けの下に落ちちゃいますよ。
するとその時。
「良し。行くぞ!!」
卵みたいな人達が、いきなりその場から飛び降りました。
そうやって行くんですか?!
だけど、頭に乗せた大量の料理が、一切溢れていない。どういう原理ですか……。
このまま突っ立ていても駄目ですね。僕も大量の料理を両手で持っているから、このまま降りないと駄目なのです。
降りられるのは降りられるけれど、料理を溢さずに着地出来るかが心配です。これは流石に自信が無いですよ。
すると、卵みたいな人達がもう1番下に着地しーーていないです。着地した途端、その衝撃で卵の人が割れちゃました。中からは黄身が出てきてーーって、そのまんま卵じゃないですか、この人達!! いや、もう人じゃないです。何ですか、あれは?!
「くっ……! 我々食材の霊が、この程度で……!」
あっ、食材の霊だったのですね。
全く使われずにいて、しかも賞味期限も消費期限も来ていないのに、食べないからって捨てられた。そんな無念の思いが集まったのが、食材の霊らしいです。
そして、作った料理は無事でした。卵の霊が割れた瞬間、中の黄身が手の形になって動き出し、頭の上の料理を支えていました。普通に気持ち悪いですよ……。
すると今度は、聞き慣れた鳴き声が僕の耳に飛び込んできました。
「ムキュゥゥ!!」
「うわっ! レイちゃん?! こんな所に居たんですか?! 無事で良かった~」
なんと、上からレイちゃんが飛んで来て、僕の胸に飛び付いて来ました。
嬉しいのは分かるけれど、料理が落ちるってば……危ないです。
「わっわっわっ、わぁっ! っと……あれ?」
バランスを取ろうと必死になったら駄目でしたね。余計に焦ってしまって、そこから料理と一緒に落ちそうになってしまいました。
ただ、浮き上がる様な感覚と、フワフワの毛並みの感触がしたので、レイちゃんが僕を背中に乗せてくれたのが分かりました。助かりましたよ。料理もなんとか無事ですね。
そのまま僕は、レイちゃんの背中に乗りながら、ゆっくりと1番下の中央に降りて行きます。
「ほぉ……その霊狐、お主のか?」
ようやく1番下に降りた時、上からまた違う声が聞こえてきます。
突然だったから、驚いて上を見上げたら、その瞬間大きなお腹をしていて、髭が沢山生えた叔父さんみたいな人が、上から落ちて来ました。
「よいしょぉお!!」
「わあぁぁぁ!?」
それが着地した瞬間、凄い振動が襲って来て、また料理が落ちそうになったよ。
何でいちいち、僕の持っている料理を落とそうとして来るんですか?!
ようやく振動が収まったけれど、僕の憤りは収まりませんよ。
「ちょっと! 何ですか、今のは! この料理、大切な物なんでしょう?! 何でそんな危ない事をして、台無しにしようとーー」
「ん? そちらの持っていた料理など、ここに降りて来た瞬間に、もう無くなっておるぞ」
「えっ? 嘘? うわっ、本当だ!!」
そんな事を言われても信用出来なかった僕は、料理を降ろして中を確認しました。すると、本当に綺麗さっぱり料理が無くなっていたのです。
最初から無かったのでは無いです、しっかりと食べた形跡があります。
なる程……このホールを飛び回っている幽霊さん達に、あっさりと食べられた様です。
『ん~今日のは旨かったかな』
『そうかぁ? 相変わらずの手抜き料理ばっかで、もう飽き飽きだぜ』
『本当だよなぁ。料理屋みたいな料理持ってきてよぉ……ハンバーガーとかよこせよ!』
あの……幽霊さんがジャンクフードをご所望ですよ。満足させられていないじゃないですか。
「ムキュゥ……」
それと、レイちゃんが心無しか落ち込んでいます。大丈夫なのかな?
「レイちゃん、大丈夫?」
「ふむ。やはりそちらの霊狐じゃったか……すまんの、少し借りておった」
借りたって……なるほど。恐らくレイちゃんが消えたのは、ここに飛ばされたから何でしょうね。
でも、目の前から無言でそんな事をするのは、借りるとは言いませんね。この人も悪霊かな?
「しかし、この悪霊の多さはたまったもんじゃ無い。まとめ役のこの私ですら、手を焼く程とはな。毎日毎日増えていって、最早きりが無い」
するとその人は、大きなため息をついて、中央のテーブルに目をやります。そこにはもう、お酒だけじゃ無く、他の料理の方も沢山並べられていた。
「こら、お前さん! 早く料理を並べんか!」
うわっ、しまった。僕は今、ここの料理人のお手伝いとして、屋敷に入ってしまっていたんだった。今、この人と話ている場合じゃなかったです。
すると、目の前の太った人が目を見開き、そして卵の霊達に話しかけます。
「これこれ。この綺麗な耳と尻尾が見えんのか? この子になんて事をさせる」
そう言いながらその人は、自分の懐から1枚の紙を取り出します。だけど、それは見た事がある。
既に嫌な予感がするから、もう早くこの場を後にしたいです。
「妖狐アイドルの椿ちゃんだぞ!! アイドルに料理なんて、何をさせているんだ!」
やっぱり、僕のファンクラブのパンフレットでした!! しかも最新版じゃないですか。という事は、この人は……。
「しかし良くぞ来た。あなたの事は、鞍馬天狗の方から聞いておる」
「幽霊じゃなくて、妖怪さんでしたか……あの、僕のおじいちゃんとは、どういう関係なのですか?」
「む? まぁ、私が部下みたいなものだな。それで、ここ妖界の霊亡の屋敷に、何か用なのか?」
「えっ? ここって妖界?! でも僕達は、人間界の伏見区にある学校の旧校舎から、ここへ入ったのですけど……」
もう既に、旧校舎の中でも無かったです。
いったいどういう事なのでしょうか? あの校舎の入り口が、妖界に繋がっていたのですか? だけど、そんな感じは一切無かったですよ。
それならいったい、どうやってここと繋いだのでしょう?
「むっ? おかしな事を……ここは平安神宮の地下に当たる場所だ。そもそも、伏見からとはだいぶ離れているぞ」
益々分からなくなってきました。更に長距離飛ばされた? 何で?
すると突然、悪霊さんの蔓延るこのホールに、割烹着を着た女性が慌ただしく入ってきました。
「た、大変です! この場所の空間が、別の場所と繋がっています! 外に、巨大な黒大蛇が居ます!」
その女性が入って来た瞬間、悪霊さんが一斉に睨んでいるけれど、大丈夫なのかな……。
「何だと?! いったい何が起こっている!?」
あっ、そうでした。皆は無事なのでしょうか?
外を確認しているのなら、そこに白狐さん達も居たはずです。
「あの! その上の方に、他に誰か居ませんでしたか?!」
「えっ? いえ……誰も」
「そんな……」
まさか、僕を心配して皆飛び降りたんじゃ……。
そしてここが、色んな妖界の場所に繋がってしまっていたとしたら、僕は皆と離れ離れになってしまった事になります。
僕がもっと、しっかりと危機感を持って動いていたら、こんな事にはならなかったのに。
屋根が脆くなっていて、穴が空くかも知れないと、そう考えながら行動していれば……いや、難しいですね。
「ムキュ……」
「んっ……レイちゃん、ありがとう。そうですね、落ち込んでいる場合じゃないです」
レイちゃんが僕のほっぺを舐めてくれました。元気付けてくれているのかな? ありがとう、レイちゃん。
「あっ、それと! 侵入者です! この屋敷に、大量の妖怪や半妖が!」
ん? ちょっと待って下さい。それってもしかして……。
「何と!? よし、連れて来い!」
「はい!」
嫌な予感がするんだけど……。
そして、1番下にあるこの場所にあった扉から、縄で縛られた妖怪さん達や半妖さん達が入って来ます。
『おぉ!! 椿よ、無事じゃったか!』
『椿! 良かったぞ。無事だったのか!』
「何だ。無事だったのね」
「きゃぅ~ん!! 椿ちゃ~ん!!」
「姉さ~ん! 良かったっす~!」
「椿、良かった。無事で……」
「あぁ、椿ちゃんごめんなさい。あなたにばかりやらせてしまって……」
「座敷様、あなたが謝らなくても良いです。これは、椿様に全てやらせてしまった、私達のミスです」
鞍馬天狗のおじいちゃんの家の、妖怪さん達がね。
全員集合、皆怪我1つ無いです。良かった……離れ離れにはなっていなかったのですね。
そして話を聞くと、やっぱり皆あそこから飛び降りていて、この屋敷に入って来たみたいなのです。あそこから地面までも、意外と低かったようです。
大蛇の方も、屋敷の屋根から落ちた僕を探していて、皆には気付かなかったんだ。
「何だ、お前さんの知り合いか? って、何を倒れとる?」
違うんです、脱力しているだけです。安心したのもあるけどね。
でもやっぱりね……皆を心配していた気持ちと、ちょっとしんみりとしちゃったこの気持ちを返して下さい!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます