第拾弐話 【2】 黒い大蛇の正体

 下は霧がかかっているみたいになっていて、ハッキリとは見えないのに、屋敷の屋根は薄らと見える。

 つまりここは、そんなに高い位置じゃないのかも知れないです。確証がないから危ないですけどね。


「シャァァア!!」


「くっ! レイちゃん、今度は上!」


「ムキュ!!」


 そして黒い大蛇は、次に僕達を絞め殺そうとして来て、身体を伸ばして巻き付こうとしてくる。

 斜め方向から向かって来たけれど、上に逃げれば何とか回避できます。


「黒焔狐火!!」


 それを避けたところで、僕が黒炎を放っだけれど、ちょっと熱がっただけで、その体に着火しませんでした。鱗は燃えないようになっていますか……。


「う~ん……それにしても、この大蛇はいったい何なのですか?」


『椿……! それはもしかしたら、白蛇の堕ちた姿かも知れん!』


 皆は落ちないようにと必死になっていて、その中から白狐さんが僕に向かって話し掛けてくるけれど、尻尾で入り口の取っ手を掴み、今にも落ちそうなのを耐えています。

 しかも、自分が支えになり、皆を下に落ちないようにしてくれているなんて。頑張り過ぎですよ、白狐さん。


 そして、白狐さんの言葉で何となくは分かりました。


 白蛇は、神の使いとか神様の化身とか色々と言われていています。

 でもそうしていく内に、周りの雰囲気から、自分は特別だと思い込み、本当に神格化する白蛇がいるのです。


 それが邪に堕ちたと言う事は、この白蛇が居た地域の人々の信仰心が、薄れてしまったという事なのです。

 たったそれだけだと言っても、神様は信仰されなければ、力が弱くなっていく一方なのです。

 逆に信仰さえされていれば、邪神だろうと何だろうと、物凄い力を得てしまうのです。


「それなら、浄化するだけじゃ駄目ですね。レイちゃん。出来るだけこの蛇から、距離を取れないですか?」


「ムゥ……ムキュッ!」


 何だかちょっと唸っていましたね。

 もしかしたら、距離を取るのがちょっと厳しいのかも知れません。それなら、僕も手助けをしないといけません。


 すると、また大蛇が僕達に巻き付こうと、身体を伸ばして迫って来ています。

 ただ、流石にそれは1回避けたからか、レイちゃんも避け方を理解していました。僕が指示しなくても、直ぐに大蛇から離れ、その動きを避けましたよ。


「レイちゃん、ナイス! って、わぁっ!?」


 だけどそれを避けた瞬間、大蛇の舌から黒い液体が飛び出してきました。これ、受けたら駄目なやつ。臭いとか凄い臭くて、ちょっと湯気が出ていますよ。

 それが僕達が着地しようとした屋根に落ちると、その部分だけ溶けて崩れました。


「レイちゃん。あの黒い液体は、絶対に避けて下さい!」


「キュッ、ムキュゥ!!」


 レイちゃんもさっきのは見ていたらしく、非常に慌てているけれど、大蛇の動きさえしっかりと見ていれば、何とかなるレベルです。

 とにかく、回避の方はレイちゃんに任せて、僕は扇子を取り出します。そう、アレをやるんです。


 神格化したものなら、これで鎮まるはずですから。


「よし……! あっ、レイちゃん。あの屋敷の屋根に向かえますか?」


 でも、レイちゃんの上では踊れないです。

 それを忘れていた僕は、早速レイちゃんに指示を出して、踊るには申し分ない広さがある、屋敷の屋根を指差すけれどーー


「キシャァァア!!」


 黒い大蛇がそれをさせてくれないですね。


 あの屋敷に、何かあるのでしょうか?

 このままだと、あの屋根の上には降りられないですね。何とか距離を取らないと。


『くっ……美亜。お前の呪術で何とか……』


「それがね……ここだと呪いがかけられないのよ! 変な結界が張ってあるのか分からないけれど、とにかく負の気を張り巡らせる事が出来ないの!」


『何じゃと?!』


「白狐さん黒狐さん、落ち着いて下さい。ここはかなり神聖な場所になっています。それなら、私の力の方が有利に働きます。これで椿ちゃんを助けるね」


 何だか美亜ちゃんが叫んでいたと思ったら、わら子ちゃんの落ち着いた声が聞こえてきました。もしかして、僕を助ける気ですか?

 その前に、君達の方がそこから落ちてーーって、いつの間にかわら子ちゃんが、黒狐さんの肩に乗ってる。そのまま腕だけで、扇子をヒラヒラと動かし、ついでに上半身だけで簡単な舞いも舞っています。


「キシャア!!」


「うわっ! あぶっーーあれ?」


 わら子ちゃんの舞いを見ている場合じゃ無かったけれど、襲って来ようとしていた大蛇が、急に苦しみだし、口から何かを必死に吐き出そうとしています。


「シィ……シャ……」


 そしてその後、蛇の出すあの音が聞こえてきます。いったいどうしたんだろう?

 あっ、でも、舌の先にある穴。あそこから、黒い液体がポタポタと垂れている。もしかして、上手く吐き出せていない?


 わら子ちゃんが僕の運気を上げてくれて、こんな幸運な事が起こったっていうの?

 よく見ると、液体の出るところが詰まっているじゃないですか。


 だけど、毒蛇なら牙から毒を出すよね?


「ムキュ?」


「レイちゃん。今の内に、あそこの屋根に降りて下さい」


 そこはもう、あんまり気にしない様にしましょう。神格化したから、その能力が変わった。そうしておきましょう。


 そして僕は、再びレイちゃんに指示を出して、霧の中の屋根に向かうけれど、まだ大蛇さんは諦めません。また僕達を絞め殺そうとして、こっちに向かって来ています。


「神風の禊!」


「キ……シャァァッ!!」


 だけど、力無く突進してくる程度なら、僕の浄化の風で押し戻せます。

 そして、僕が大蛇を吹き飛ばした後、レイちゃんは無事に屋根の上に到着し、そのまま僕は屋根に飛び降ります。


「よっ、と」


 僕はそこで、大きな失敗をしてしまいました。


「えっ?! うわあぁぁぁ!!!!」


 降りた所の屋根が古くなっていて、飛び降りた瞬間にその部分だけが抜けてしまい、僕はそのまま屋敷の中に落ちてしまいました。


 今回のわら子ちゃんの舞いは、とても簡易的なものだから、ある程度離れたら効果が無くなっちゃうんですよね。忘れていましたよ……。


 いったい何をやっているんですか、僕は!

 皆を助けないといけないのに、勝手に屋敷の中に落ちちゃったら駄目じゃないですか!


 何とかして戻らないとーーって思ったのだけれど、この中、結構広いです!


「あわわわわ!!」


 しかも、真ん中が吹き抜けになっていて、その周りには壁に沿って階段が続いていて、それが螺旋を描く様にして続いているんです。

 しかも、階段だけじゃなくて廊下もありました。階段と廊下で、この中の階を作っているような感じです。


 更にその先にも、奥へと向かう通路があるようで、そこから何かが見ている気配もします。

 って、呑気にそんな観察をしている場合じゃ無いんです! 僕はずっと落ちているけれど、そろそろ長い落下の感覚で、こっちの意識が飛びそうなんです。

 だって、こんな高い所から落ちた事なんてないのです。慣れていないと、意識が飛んでしまうんですよ。


「ムキュゥウ!!」


「あっ、レイちゃん! 助かった~!」


「ムキュゥゥーームウ?」


「えっ? レイちゃん?! どこ行ったの?!」


 レイちゃんが突然目の前で消えた!! ちょっと、いったいどうなっているんですか?!

 マズいです。このままだと僕は、地面に衝突してーーあっ、想像したら駄目でした。


「くっ、とにかく何処かにーー神風の禊!」


 僕は必死になって、浄化の風を横に向けて撃ちます。これで何とか飛んでくれたら、壁に沿って螺旋になって繋がっている、廊下と階段の所に着地出来ます。


「あぅ!! いっ……たぁ」


 そんな僕の考え通り、何とか階段の所に移動が出来たけれど、そのまま階段にぶつかってしまって、衝撃で1回転して壁に激突してしまいました。落下の勢いが凄く付いていたようです。背中が痛いです。


「つぅ……うわ、天井が見えない」


 その後、背中を擦りながら起きた僕は、そのまま上を見上げるけれど、僕が落ちて来た場所は、もう見えなくなっていました。


 これ……あの虚さんが居た所と同じ? いや、そんなのじゃないですね。空間を虚ろにはしていない。ちゃんと存在している感じです。


 でもここ、あの旧校舎だよね? 何でこんな場所になっているのですか?

 まるで旧校舎の中だけ、別の空間に繋がっているみたいです。


「困りました。ここ、脱出出来るのかな? とにかく、急いでレイちゃんを見つけて、皆を助けに行かないとーーって、僕がここに落ちた瞬間、皆飛び降りていそうですけどね」


 その光景がハッキリと目に浮かびますよ。


 それでも、僕は僕で何とかここから脱出しないといけません。

 そして、ゆっくりと立ち上がって階段を登り、壁側にある長い通路を見つめます。


 これ……いったい何処に繋がっているの? それに、こっちに行っても良いのかな?


 上に上がって行った方が良い気がするけれど、何だか良い匂いがしてくるのです。

 ちょっとお腹も空いてきたので、確認だけでもして来ようかな?


 いやいや。もしかしたら、美味しいものが食べられるかも知れないなんて、そんな事は思っていませんからね! ここは一応敵地ですから、油断はしていませんよ!

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