第漆話 【2】 貴船神社の牛鬼
それから、レイちゃんを連れて来た僕は、そのまま白狐さん黒狐さんと一緒に、雲操童に乗って貴船神社にやって来ました。
因みに、時刻は午前0時を過ぎています。もう眠いですよ。だけど、頑張らないと。
ここは、まるで山道みたいになっている場所なんです。というより、完全に山の中です。
近くの駅からでも、結構歩かないと駄目なんで、アスファルトで舗装されていたとしても、坂道の多い道を歩くのはキツいと思います。僕達は空から飛んで来たので楽だったけどね。
「ムゥゥ……」
そして、貴船神社の案内の看板が出ている場所から、レイちゃんが唸りだしています。
やっぱり、幽霊さんとかいるのでしょうね。辺りは木がいっぱい生い茂っていて、この季節だと緑の良い香りがするし、涼しくて良いんだけれど、背筋は何だか寒いです。こんな時間だからな?
妖気の方だけど。ちょっと変わった妖気を奥の方から感じる。もしかして、これでしょうか?
でもこれは、禍々しくは無いですよ。何でしょう……ちょっとだけ、神妖の妖気に近いものを感じます。
「ねぇ、白狐さん黒狐さん。奥の方に妖気を感じるけれど……もしかして、これですか?」
『うん? 奥の方? 裏口の方か?』
「あっ、えっと……多分」
裏口と言われても分からないけれど、この貴船神社の縦長の地形から考えて、多分そうじゃないかなと思います。
すると、白狐さん黒狐さんは慌てる事なく、寧ろ何かを思い付いたような様子です。
『そうか。あいつが居たの』
『そういや、ここの神に仕えていたな。だから、中々表には出て来ないが、それは逆に好都合だな。何か知っているかも知れない』
えっ? いったい何でしょうか?
気になるけれど、僕がそれを聞く前に、既に白狐さん黒狐さんは歩き出しています。
「ちょ、ちょっと待って下さい。何がいるの?」
『まぁ、会えば分かる』
『安心しろ。悪い奴じゃない』
いや、白狐さん黒狐さんが会おうとしているから、そりゃ悪い妖怪じゃないんでしょうけど、そんなに秘密にされると、逆に位が高い妖怪だったりするんじゃないのですか? 神に仕えているって、さっきそう言っていたしね。
だけど、白狐さん黒狐さんは足を止めないので、とにかく僕は追いかける事にしました。
ーー ーー ーー
白狐さん黒狐さんと一緒に、貴船神社を暫く歩き、その目的の場所に辿り着きました。
途中いくつもの社を通り過ぎたけどね。
川の静かな音に、長い石の階段と、その横に沢山の赤い燈籠が並んだ、とても神秘的な場所で、久々にじっくりと観察したかったのに、2人は日常的にいつも神秘的なものを見ているからなのか、足を止めなかったです。
その途中で、何だか変なものも色々と見えたけれど、気にしないでおきましょう。
そして、今僕達の居る場所は、本当に山の中と言って良いほどの、貴船神社の奥になります。
ここって本当に、奥宮の途中、裏口の門の直ぐ傍じゃないですか。こんな所にこんな物があるなんて、気付きませんでした。でも、こんな小さな祠みたいな社、知っていてもそんなに気にも止めないですよね。
すると、突然その祠に向かって、白狐さん黒狐さんが声を上げます。
『おい、
え~と、誰でしょう? もう全く僕では分かりません。
すると、その社の前に急に雷が落ち、その中から黒っぽい狩衣を着ている、青年の姿をした妖怪が出て来ました。
妖怪だって直ぐに分かったのは、頭に牛の角みたいなのが生えていたからです。それと、目は結構なつり目で、ちょっとやんちゃな感じがします。
「何だ。こんな時間に誰か来るのは珍しいと思ったら、お前達か。まぁお前達とも、随分と久しいか?」
「えっと……」
「おぉ!! なんだ、めんこい子も居るのか。そうか分かったぞ。こいつを私の嫁にーーぐぉっ?!」
『『違うわぁ!』』
白狐さん黒狐さん、僕達が呼んでおいてなんですけど、2人で両方から殴るのは流石にだよ。顔が縦に伸びちゃっています。
『全く。椿、安心しろ。こんな奴だが、ちゃんと決まりは守ーーれ無くても、筋は通す奴だ』
何だか途中で引っかかりましたね、白狐さん。その妖怪にも、何か言い伝えがあるんですね。
「何だ。私の事を知らないのか? この姿を見れば分かるか? ほれ!」
そう言うと今度は、仏国童子さんの体が煙に包まれます。そしてその中から、顔が牛の顔で、頭に鬼の角を生やし、そして体も鬼のような姿、そんな妖怪さんになってしまいました。
あっ、まさかこの妖怪は。
「あの牛鬼ですか?!」
「はっはっ!! そう、その通りだ! しかし、他の所ではこの逆であったり、蜘蛛の体であったりするが、私はこの姿なのさ」
まさかこの貴船神社にも、牛鬼伝説があったとは思わなかったです。開いた口が塞がりません。
すると今度は、黒狐さんが話始めました。
『だが椿。ここの牛鬼伝説は、他とは違う。珍しい事に、5代目後には人になっているんだ。そしてその一族には、名に≪
「それは私のせいではあるが、神は見捨てんという事だな。だからと言って、忘れる訳にはいかんが」
「えっと……牛鬼さん。いったい何があって、そんな事に?」
牛鬼が子孫を残すのも凄いですが、そこから人間になるなんて。それも半妖じゃなくて、完全な人間になっているんですよね? それって、よっぽどの事なんじゃないのですか?
「うむ。神々の秘密を皆に言いふらした」
「それ1番駄目なやつ!!」
それは神様も怒るでしょう。
でも、そこから何で子孫が人間になっているの? えっと、罰として力を取られたとか?
「はっはっ! そのせいで舌を八つ裂きにされて、吉野の山に追放されたが、私はどうしても許して欲しくて、こっそりこの貴船に戻り、岩陰に隠れて謹慎したんだ」
あっ……そういえば、喋っている牛鬼さんに違和感があるなと思ったら、舌が無かったです。
「それでまぁ、130日目にして許されたが、それでも業というものは深くてな。私の子供は、牛鬼の姿で産まれたのだ。勿論その子供も、その子の子供も全員牛鬼だ。だが5代目にして、ようやく人間の姿の子供が産まれ、これを忘れてはいけないと、そこから子孫達は、舌を名に刻むようになったのさ」
なる程。要するに、軽々しく秘密なんか喋ったから酷い目にあった。その戒めの為にと、その名を名乗っているんですね。
「その後、私は天に上がったから、そいつ等が今どうしているかは知らん。物騒な奴がちょこちょこ来ているからな。本来、私がこうやって様子を見に降りるのも、危ないのだよ」
すると、牛鬼さんがいきなりそんな事を言い出したので、白狐さん黒狐さんも真剣な表情になり、牛鬼さんに迫ります。勿論、僕もだけどね。
「それはーー」
『どこで出るんじゃ!』
『教えろ!』
「ぬっ……何だ、真剣な顔で。ほら、奥宮の方。近付いているだろう?」
確かここの神様は、その奥宮に祀られているはずです。
まずい。ここの神様に何かあったら、賀茂様とか、他の神様の怒りを買っちゃうかも知れません。
流石の僕も、神様は怒らせたくありません。一生野生の狐の姿でいろとか、そんな事になってしまうかも。
『椿、何を考えとる? ほれ、禍々しい妖気が近付いていないか?』
「はっ……!? あっ、すいません。えっと……近付いているよ。これ、ちょっと濃いですね」
危ないです。変な想像をしていたけれど、バレていないですよね?
僕が一生野生の狐の姿になっても、白狐さん黒狐さんに、ペットの様に可愛がって貰っている所を想像しちゃいました。は、恥ずかしいです。
白狐さんの言葉で我に返った僕は、慌てて妖気を探ります。
すると、奥宮に向かう道に、禍々しい妖気が現れ、それがゆっくりと進んで行っていました。
だけど。
「あれ? 誰もいない……」
『どういう事じゃ?』
『しかし霊狐の奴は、一点を凝視していて、毛を逆立てているな』
そうなんです。慌てて移動して、その禍々しい妖気の場所まで来たんだけれど、妖怪も幽霊も、人間だって誰も居ませんでした。
ただ唯一レイちゃんだけが、ある一点を凝視していて、威嚇をしています。
「ムゥゥゥ!!」
ということは、レイちゃんだけは見えている? それってどんな霊なんですか?!
僕も多少は見えるけれど、こんなに妖気以外何も感じないのは久しぶりです。
あっ、レイちゃんの視線が動いている。ちょっと、奥宮に向かっちゃっているってば!
だけどレイちゃんは、その場でジッとしているだけで、いつもみたいに成仏させようとはしませんでした。それもどういう事でしょうか? 謎が深まるばかりなんですけど……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます