第捌話 【1】 宇治の橋姫伝説

 それから2日ーーそして3日と、何事も無く過ぎてしまい、見張っている僕達の前を、禍々しい妖気が通り過ぎるだけでした。

 レイちゃんが威嚇をするけれど、何もしないから僕達も何も出来ません。


 そして遂に、禍々しい妖気が出現してから、今日で7日目になってしまいました。

 それまでの間、僕達は深夜にずっと見張りをしていたので、もう眠気なんかなくなりましたよ。


 最初の日は緊張していたので、あんまり眠くなかったけれど、次の日はうっかりと寝ちゃいましたからね。でもそれも、もう慣れちゃいました。


『さて、今日で7日目。賀茂様の言う限りでは、ここの神に影響は出ていないらしい。しかし、何か隠しているみたいなのだ』


 それ、怪しいですね。と言っても相手は神様ですし、探りなんか入れられません。

 牛鬼さんなら何か知っているかもと思ったけれど、そういう秘密の暴露はもうしないと、そう決めていましたね。


「う~ん。だけど、7日経っても何も無いとなると、益々分からないですよ。こんな禍々しい妖気を放ちながら、何もしないなんておかしいです」


『確かにの。いったい何が目的なのやら』


『待て、お前等。今日は何か違うぞ』


 すると、奥宮の方を見ていた黒狐さんが、突然そう言ってきました。

 だから僕も、再度その妖気を確認すると、確かにいつもは今ぐらいの時間に妖気が消えていたけれど、今日は消えませんね。


 まさか、遂に何かをやるつもりなんじゃ……。


『椿よ、用意を……』


「分かっています」


 一瞬にしてその場に緊張が走り、白狐さん黒狐さんも息を飲んで様子を伺っています。2人はそんなにしっかりとは、相手の妖気を感じられないみたいですからね。スマホでチェックしても、測定不能と出ました。

 だから、相手が動くのを待つしか無かったんだけれど、ここの神様に手を出すようなら、今すぐにでも浄化した方が良いかも知れません。


 そう思った僕が、神妖の妖気を解放しようとした瞬間、禍々しい妖気がいつもより早い速度で、その場を離れていきます。


「えっ? あれ?!」


 そのあまりの事に、僕は驚いてしまいました。

 それにつられ、白狐さん黒狐さんも驚いているけれど……ごめんなさい、これは何かあったわけじゃないんです。


『椿よ、何かあったのか?!』


『ここの神に何かーー』


「いや、あの。禍々しい妖気が、この場から離れていきました。それで、あの……貴船神社から遠ざかっています」


『何じゃ、そんな事ーーって、いかん! 追うぞ!』


 しまった、忘れていました! このまま街で暴れられたら大変じゃないですか!


「は、はい! 雲操童さんを呼んでください!」


 そこからはもう、ドタバタしちゃいました。


 ーー ーー ーー


 結局、再びその禍々しい妖気を見つけたのは、京都市内にやって来てからでした。

 レイちゃんの方は、ようやく動き出した相手に対して、何だかソワソワしちゃっています。単純に、相手が動くまで様子を見ていたのかな?


 そしてここは、大和大路通りと言われている所で、三条通りから続く、細い路地みたいな場所です。

 こんな所に、何か用があるんでしょうか? 時間も時間なので、人はまばらです。


『椿よ、警戒は怠るな。今妖気はどこだ?』


「えっと……あっ、あそこの角から出て来ますね」


 雲操童さんに乗って、上空からその妖気を捉え、相手より先回りをした僕達は、今度こそその妖気の正体を探ろうと、角に隠れて様子を伺っています。


『よし、白狐。もし姿が見えたら、俺の妖術で足止めをする、その隙に捕まえろ』


『あぁ、分かったぞ』


 凄く久しぶりに、白狐さん黒狐さんがやる気満々になっています。この前、僕があんな事を言っちゃったからでしょうね。


 すると次の瞬間、感知をしていた禍々しい妖気が、遂に僕達の見ている場所に近付き、この大和大路に現れました。そしてそのまま、南に向かって移動しーー


『きぃぇぇぇぇえええええ!!!!』


 心臓が止まるかと思いました。


 いきなり物凄い形相をした、上半身裸の女性が通り過ぎました。というか、肌が真っ赤でしたよ。何あれ?


『これ椿よ。何故か懐かしく思うが、流石に何も見えん』


 あっ、すいません。無言で白狐さんの顔面にしがみついちゃいました。

 だって流石に、あれはビックリしましたよ。怖かったんじゃないですよ、ビックリしたんですよ。


「うっ……あれ? て、手が……ふ、震えて。は、離れない……」


 すいません、やっぱり怖かったです。


『あれは、やはり橋姫じゃないのか?』


 すると黒狐さんが、冷静にさっきのを見て言ってきました。橋姫って事は、おじいちゃんが言っていたやつですか?


『むっ。そうなると、行き先はあそこか?』


『どうやらその様だな。よし、また先回りするぞ』


 その前にですね。このまま移動をするんですか? 僕、白狐さんの顔にしがみついたままなんですけど?


「ち、ちょっと待って下さい。僕、ここから降りたいし。それと、その橋姫って?」


『むっ? そうか、椿は知らんか。橋姫と言うのは、全国の橋の守り神となっているが、ここ京都にある宇治の橋姫は、少し違っているんだ』


 宇治の橋姫伝説は、他とは少し違うということですか。


 それと白狐さん。僕を顔から剥がすのは良いけれど、ついでに抱き締めないでくれますか?

 それと、尻尾も触らないで。あっ、そのまま移動しないで! 何だか恥ずかしいってば!


『これで合点がいったな。宇治の橋姫は、妬む相手を取り憑いて殺す為に、生きながら鬼にしてくれと、貴船神社に7日間籠もり、願いをしたそうだ。それを見て、哀れに思った貴船大神が、本当に鬼になりたければ、その姿を変えて、宇治川に21日間浸かれと、そう言ったそうだ。今の状況と、ほぼ合致しているな』


 黒狐さんの話を聞いて驚きました。

 神様は、何でそこで哀れに思うのかな? でも、多分そこには、男女間のドロドロしたものがあったのでしょうね。怖いですね……。


 それと、神社に籠もるという事をしていたから、僕には見えなかったのでしょうね。隠密性の高い霊です。今は違うけどね。


「あっ、それでさっきの格好だったんですね。だけど、待って下さい。それじゃあこの後は、宇治川に21日間も浸かるんですか?!」


 さっきの格好のまま、21日間って。かなり大変なんですけど……。


 因みにさっきの格好は、髪を5つに分け、それを5本の角みたいにしていて、顔には朱をさしていました。朱と言うのは、彩色に使われる物ですね。

 体には丹を塗って、全身を赤くしていました。丹は鉛丹えんたんです。一応顔料として使えるけれど、鉛なんで中毒に気を付けて下さいってやつです。それを全身に塗りたくるなんて、気がどうかしています。


 しかも鉄輪かなわ、つまり鉄の輪に三本脚が付いた台を、逆さにして頭に載せ、更にその3本の脚には、松明をくくりつけて燃やしていました。

 更に口にも、両端を燃やした松明を咥え、計5つの火を灯していました。


 これ、普通の人が見たらショック死しますよ。正に鬼です。僕が怖がってしまうのも、無理はないと思います。


 そしてあの格好、何かに似ていると思ったら、丑の刻参りのあの格好に似ていました。

 偶々かも知れないけれど、もしかしてこれを元にしたんでしょうか?


 だけど不思議なのが、伝承があるという事は、もうとっくにこの人は鬼になっているはずです。

 それなのに何で、また昔やった事をやっているんでしょうか?


『う~む……これはおかしいぞ。確か橋姫は、源綱みなもとのつなに退治されているはずだぞ』


「えっ?! その人って……」


『あぁ、酒呑童子を退治した奴だ』


 黒狐さんの言葉に、僕は絶句しました。

 京都の鬼は、この人に全部コンプリートされているんじゃないのでしょうか?


『黒狐よ。今はそれよりも、現状を分析せねばならんだろう。その倒された奴が、何故今こうやって再度現れ、昔と同じ事をやっとるのか、それを探らねば。このままでは、被害者が出てしまうぞ!』


『はっ、そうか!? 橋姫は確か、男性女性を問わずに、殺しまくるんだった!』


「えぇ!!」


 それってめちゃくちゃ危険な妖怪じゃないですか!

 それだったら、早く宇治川に行って、橋姫の行為を止めないと行けません!


 そして僕達は、再び雲操童さんに乗り、宇治川へと飛んで行きます。 

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