第漆話 【1】 貴船神社の異変

 それから数週間の間、僕達は任務をこなしたり、情報収集をしたりしていました。


 だけど中々、残りの敵の尻尾は掴めません。

 こうしている間にも華陽は、茨木童子は、その魔の手を僕に忍び寄らせているかも知れないのに、僕達はそれすら掴めないなんて、もどかしくてしょうが無いです。


 そんな日々を過ごしていたある日の事。

 いつも通り、僕は朝ごはんを食べ終え、地下のセンターへと向かいます。


 するとそこで、大量の書類を抱えた和月さんと遭遇しました。向こうの顔が塞がっていたので、危うくぶつかりそうになりましたよ。


「ん? なんだ。あなたですか」


「どうも、おはようございます。で、何ですか? この資料は」


「あぁ、あなたに渡そうと整理していたけれど、量が多くてね」


 この人は今、僕専属の情報屋になったので、色々と情報を持って来てくれています。その、危ない物とかも色々とね。


「また社会の裏の人達絡みですか?」


「悪いですか? あの方達は、金をしこたま貯め込んでいます。そこから引っ張れば、センターの軍資金にもなるでしょう?」


「言っている事は分かりますけど、そんな危ないお金は使いたくないかな……まぁ、そこの判断はおじいちゃんなので、おじいちゃんに回して下さい」


「分かりました。そうだ、もう一つありました」


 そう言って、僕が立ち去ろうとした時に、和月さんが更に何か言ってきました。


「ここ最近、謎の妖気を感じる場所があるんです。ただそこは、ある事でかなり有名な場所なんで、しっかりと調べようにも、妖怪の方は誰も近づかないようです。それで、その資料は……と、確か真ん中辺りですね。勝手に取って下さい」


 確かに和月さんは、今両手が塞がっているから取れないでしょうね。でも、大丈夫なんですか?


「えっと……それ、崩れたりしない?」


「私を舐めないで下さい」


「それじゃあ、ちょっと失礼して……よっと!」


 そう言われたから、僕は真ん中辺りから紙を1枚抜きます。


「お~! 確かに崩れていないどころか、1ミリも動いていない!」


 でも、僕が抜いたのは違う資料でしたね。えっと……。


『ある者達が経営する水商売の、妖怪娘乗っ取り案』


 うん。これは僕が破リ捨てておきますね。


「ちょっと! 何をするんですか!」


「こんなのは駄目です」


「良い案だと思ったのですが……」


 何処がですか。とにかく僕は、次の1枚を抜き取るけれど、また違いました。もう面倒くさいですね。


「てい!」


「ちょっ……?!」


 僕が数枚を一気に取ったので、ちょっとバランスが崩れてしまいましたね。和月さんが慌てています。これは、意外と面白いかも知れません。


「ん~っと。あっ、これ?」


 するとその数枚の中に、ようやく和月さんの言っていたものを見つけました。


『貴船神社の禍々しい妖気』


「貴船神社……」


「京都に住んでいたら、知っていて当然の場所でしょう」


 和月さんは当たり前のように言ってくるけれど、京都に住んでいても、知らない人はいますからね。


 貴船神社は鞍馬山の近くにあって、貴船川に沿って、色々な社があります。そしてこの神社は、沢山の木々に覆われていて、凄く神秘的な場所なんです。

 鞍馬寺に近い事もあって、時々おじいちゃんに連れて行って貰っていました。その時、何か不思議な力を感じた事はあるけれど、禍々しくは無かったと思います。


「ここ最近です。禍々しい妖気を感じるようになったのは。恐らく、あとで鞍馬天狗の翁からも、任務を言われるでしょうね」


 それまでの間、これを読んでおけば良いのかな?

 すると今度は、僕の直ぐ傍に小さな煙が発生し、賀茂様の式神が現れ、僕に話しかけてきました。でもきっと、この貴船神社の事ですよね。


「椿! すまん。急いである場所に向かってーー」


「貴船神社ですよね? 今報告を貰いましたから、読んでいる所です」


「そ、そうか。しかし、急いでくれ……これは、あれの再来かも知れぬ!」


 何だかチビ賀茂様がやたらと慌てていますね。それだけ、その禍々しい妖気は危ないものなのでしょうか?

 そうだとしたら、それは妖魔人か、十極地獄の鬼かも知れませんね。となると、無闇に突っ込むわけにもいきませんよ。


「んん? えっと『この2~3日、同じ時刻にて禍々しい妖気を感じる。それは、午前1時から3時。丑の時』って、まさか……」


「その通り。その妖気の主は、どうも丑の刻参りをしている様なんじゃ」


 そんな。呪術の一種の丑の刻参りが、貴船神社で行われているなんて。でも、何でそこなのでしょうか?

 そうやって僕が首を傾げていると、チビ賀茂様が説明をしてきました。


「そもそも、丑の刻参りの元になったのは、貴船神社のある伝説からじゃ」


「えっ! そうなんですか?!」


 美亜ちゃんなら詳しそうなんだけれど、残念ながら別の任務を受けていて、楓ちゃんと雪ちゃんとで出かけちゃっています。


「うむ……まぁ、知らないのも無理ないじゃろう。元となったのは恐らく、貴船明神が降臨した『丑の年の丑の月の丑の日の丑の刻』に参詣すると、心願成就するという伝承。これが、呪術となったのでは無いかとされておる。そして、この丑の刻参りの原型は、実はもう1つあってな、それが……」


 あれ? チビ賀茂様が急に黙って、考え事を始めましたよ? そのもう1つの、丑の刻参りの元になった伝承に、何かあるんでしょうか?


「まさか……いや、ん? おぉ、そうか。本体も同じ考えをか。分かった、急いで戻る!」


 また賀茂様と交信しましたね。それ、僕達にも説明をお願いしますね。あっ、待って。そのまま去って行こうとしないで下さい!


「ちょっと、チビ賀茂様! 今の説明を……!」


「すまぬ! 急ぐ故、失礼する!」


 するとチビ賀茂様は、突然煙を立ち上らせ、そして次の瞬間には、その姿が消えていました。いや、忍者ですか? あなたは。


「うぅぅ……気になる事を。丑の刻参りに、いったい何が?」


「気になったのなら、自分から調べたら良いでしょう?」


 すると、今まで呆然と見ていた和月さんが、僕にそう言ってきました。

 そうなんですけどね。何だろう……誰も知らなさそうな気がしてしょうが無いのです。


 まず知っていそうなのは、白狐さん黒狐さんかな? 一応神社の守り神ですし、何か知っているかも。


 とにかく僕は、和月さんに会釈してお礼を言うと、急いでその先のセンターに向かいます。するとそこには、白狐さん黒狐さんも居ました。


「白狐さん黒狐さん! 丑の刻参りって知ってます?!」


『な、何じゃいきなり?! それよりも、貴船神社にーー』


「それはもう知っています! チビ賀茂様もやって来て、説明してくれました。そして貴船神社は、丑の刻参りの発祥の地だって聞きました。でもその後、チビ賀茂様は何かの伝承を思い付いたらしくて、慌てて去って行ったんです。だから、白狐さん黒狐さんなら何か知っているかと思って」


 息を切らしながら説明をした僕に、おじいちゃんが目を見開きながら言ってきました。


「まさか、宇治の橋姫伝説か……?」


「えっ? 橋、姫?」


 また良く分からない言葉が出て来ました。

 だけど、宇治って事はそっちの伝承だよね? 貴船神社とは関係が無さそうな……。


「なる程の。丑の刻参りのあの独特な格好。それは、橋姫をモデルにしておるからな。そもそもがその橋姫も、妬む相手を取り憑いて殺す為に、鬼になりたいと願い、7日間貴船神社に通ったと聞く。確かに、色々と今回の事に合致する事が多いかも知れん」


『しかし翁。まだそうと決め付ける訳には……』


「分かっとるわ、黒狐よ。じゃから、お前さん等2人と椿とで、調査に行け! 念のため美亜にも連絡を入れるが、間に合わんだろうな」


 そしておじいちゃんは、ある任務の紙を僕達に渡してきました。そもそもこれは、とっくに任務として用意されていたんでしょうね。手際が良すぎます。


「ちょっと待って下さい! レイちゃんも呼んできます」


 今回の任務は呪術系ですから、本当は美亜ちゃんが良いんだけれど……他の呪術関係の任務に行ってるから、ちょっと難しいでしょうね。


 それならば、呪術系も破る事が出来る、霊狐のレイちゃんを連れて行った方が良いかも知れません。ただし、あんまり無茶はさせられないけどね。


 そして僕は、レイちゃんを連れて来る為に、急いで自分の部屋へと向かい、任務の準備を始めました。

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