第陸話 【3】 椿が怒っている理由

 とにかく今は、自室で解呪をしている美亜ちゃんを信じましょう。でも、早く元に戻りたいです。だって……。


「椿ちゃん、可愛い~! 雪も小さい時は、こんな感じだったのよね~」


「ひ、ひさめさーーさむいです」


「ほら氷雨さん。椿ちゃんが凍えているでしょう? 次、私です」


「ろくろ首さん、首でもち上げないで。ば、ばらんすが~」


「じゃ、次私~」


「はっこつ口さけ女さんは、ほ、ほねが……!」


 女性の妖怪さん達にもみくちゃにされています。何で女性ってさ、こういう可愛い子供に弱いのでしょうか。


「ん~? 何だ? なんか騒がしーー」


「あっ……しゅてんどうじさん」


 するとその時、千鳥足の酒呑童子さんと、山姥さんが一緒に入ってきました。一緒に飲みに行っていたのでしょうか? とても仲が良いですね。


「お前……椿の子供か? なんだ、もう作りやがったのか?」


「ちが~う!!」


「おぅ?!」


 しかも、入って来た瞬間に変な事を言われました。あのちっちゃいハンマーで頭を叩いておきます。


 その後に、白狐さんと黒狐さんがちゃんと説明してくれたけれど、酒呑童子さんは酔っているから、本当にちゃんと聞き入れてくれたのかな……。


「まぁそう恥ずかしがるなよ。んで、どっちの子供よ?」


 もう駄目です、この酔っ払いは。やっぱり聞いていませんでした!


 ーー ーー ーー


 あれからしばらくして、ようやく宴会も終わり、お風呂とかにも入り、僕は寝る準備をしています。

 その間に里子ちゃんが、この体に合う寝間着を用意してくれていました。クマさんの刺繍がしてあるけれど、まぁ良いです。


 そして、今僕は1人です。白狐さんと黒狐さんのバカ。僕がまだ怒っているから、それで遠慮しちゃっていますね。

 こういう時こそ、傍に居てくれても良いのに。もう良いです。勝手にして下さい。


「体が小さくなっても、せいしんはぼくのままです。一人でねるくらいへいき……」


 天井の木目が、人の顔に見えたよ。

 あれ? 子供って、よくこういうのを見つけては、そのまま怖がってしまって、寝られなくなる事があるんだけれど、子供の体になったからって、そこまで細かく児童化したりは……。


「うっ、く……べ、べつに。そう思っちゃっているだけで、いつもここでねているけれど、べつになにもおきてませんからね。だから、気のせい気のせーー」


 木目の間から、謎の目玉が覗いているんだけど……。

 もうそれで限界に達した僕は、慌ててその部屋から飛び出して、白狐さん黒狐さんの元に向かいました。


「悪い悪い、椿ちゃん。別に覗こうとは思ってへんで~ただ、ちゃんと寝られているか心配でーーあれ? 何処行ったんや?」


 ーー ーー ーー


 あの目も気のせい、あの目も気のせい。

 そもそもこの家は、妖怪さん達の住む家。きっと妖怪さんの誰かだと思います。浮遊丸さんあたりかな?

 それでも不安になった僕は、真っ先に白狐さん黒狐さんの元に向かいます。


 どっちにしても、こんな状態じゃ1人では寝られませんからね。


「きっとまた、月見ざけでもしているはず。んっ、しょっと……」


 そして僕は、廊下の窓から屋根に上がろうとしているけれど、体が小さくなったから、上手く上がれません。手が届かないんです。


「くっ……かげのみさお!」


 このままじゃ屋根に上がれないので、影の妖術で上がろうとしたけれど、これは細いです。こんなのだと、この体さえも支えられず、あっという間に切れちゃいます。


 そうなるとやっぱり、自力で上がるしかないみたいです。


「うぬぬぅ……」


 今僕は、情けない状況になっているよ。

 それもこれも全部、肝心な時に役に立っていない、白狐さんと黒狐さんのせいなんです。

 僕にとって白狐さんと黒狐さんは、心の支えになってくれる頼もしい存在のはずだったのに。僕のヒーローだったのに!


「うぅ……うわっ!」


 しまった! やっぱり、この体で屋根に上がるのは無理でした。途中で手が滑っちゃって、落ちるーー


『椿!!』


 ーーと思った所で、狐の姿をした白狐さんが、屋根から急いで飛んで来て、その背中に僕を乗せると、そのままフワッと地面に着地しました。

 助かったけれど、ちょっと漏れそうになっちゃいました。精神が体に引っ張られるって良く言うけれど、これは引っ張られ過ぎです。僕、どうしたんだろう。


『椿よ。あんな所で何を? まさかその体で、屋根にいる我等の所に来ようとしていたのか? なんて危ない事を……』


「うっ……だって、寝られないんだもん。びゃっこさんこくこさんが、そばに居ないんだもん」


『いや、それは。お主が怒って……』


「だからって、こんな時にまでえんりょしないでほしいです!」


 この姿は、心の抑えが効かないです。だから、思った事が何でも口に出ちゃいます。言っちゃ駄目と思っていても、言ってしまいます。

 困った白狐さんは、僕を乗せたまま屋根に飛び上がると、黒狐さんの所に向かいます。


『無事だったか』


『うむ……だが、情緒不安定でな。1人で寝させるのは危険だな』


『それなら、里子か座敷わらしかのどちらかに……』


「そこでなんでそうなるんですか? こくこさんのばかあぁぁ!!」


『うっ、しかし……』


 白狐さんも黒狐さんも、どっちも大馬鹿です。何で分かってくれないんですか。何で僕が怒っているのか、分からないんですか?!


「びゃっこさん。人がたになって、そのままあぐらかいて」


『ぬっ?』


 そして僕は、白狐さんにそう言います。すると白狐さんは、僕の言う通りに人型になってくれて、そのままあぐらをかいてくれました。言うとおりにし過ぎですよ。そんなに僕は怖いですか?


「よいしょ」


 僕はそのまま、白狐さんのあぐらの上に座ります。どうせ子供の姿なんだし、重くないでしょ。


『つ、椿?』


「あのね、びゃっこさんこくこさん。何でぼくがおこっているのか、分かります?」


『それは……当然、俺達がお前の為に用意されたいなり寿司を、食べてしまったからで……』


「それもですけど、もういっこあるの」


 そう言うけれど、2人とも首を傾げました。やっぱり、分かっていませんでしたね。


「2人が、かっこわるいからです」


 すると、その僕の言葉でようやく気付いたらしく、白狐さん黒狐さんは急に真剣な顔になりました。


「ぼくにとって2人は、かっこいいようこたちなんです。女性のすがたでも、男性のすがたでもです。でも、最近の2人はそうじゃない。それならぼくは、何のためにがんばっていたの? そう考えると、すごくイライラしちゃったんです」


『ぬっ……』


『そうだな。悪かった』


 2人は耳も尻尾も垂れ下げ、物凄く反省しているけれど、このままだとまた勘違いされちゃいそうです。だから、ちゃんと付け加えます。


「だけど、無茶するのとはちがうからね。2人は今、妖気がなかなかふえないのでしょ? それで無茶して、ぼくのためにかっこつけようとかはしないでね」


『そうだな……』


『この状態でも出来る事をし、椿のサポートをせねばな。そして一刻も早く、元の力を取り戻さなければ』


 ようやく2人の目に、活力が戻ってきました。

 確かに今のままでは、白狐さん黒狐さんも出来る事が限られています。だから、2人がなんで妖気が回復し辛くなっているのか、その原因を突きとめないといけません。


 そうじゃないと、これからの戦いは更に激しさを増しそうで、白狐さんと黒狐さんの力が無いと、厳しそうなんです。

 本当に白狐さんと黒狐さんを守りながら戦う事になるし、それは流石に僕も大変です。それに、白狐さん黒狐さんにとっても屈辱ですよね。


「うん。早く力をもどしてくださいね。びゃっこさん、こくこさん」


『ふっ、そうだな。じゃがな』


『あぁ、そうだな。その前に椿を戻さないと、このままでは3人揃って、この家の妖怪達に守られる事になるな』


 あっ、忘れていました。先ず僕が元に戻らないといけません。そうしないと、今の状態は白狐さん黒狐さん以下なんですよ。


「う~わらわないでください!」


 それでも、白狐さん黒狐さんも焦っている様子は無いですし、きっと大丈夫なはずーーって、あれ? 何だか体がムズムズします。


『ん? 椿よ。お主、体が!』


「えっ? あっ……わわっ!! ふ、ふくが!」


 気が付いたら、僕の体が突然大きくなっていって、子供サイズの寝間着が、キツくなっていっています。というか、胸とかお尻がはみ出してくる!


『おぉ、これはこれで何とも。刺激的な……』


『白狐、代われ! その状態の椿を抱っこするのは俺だ! 子供から成長していく愛しい者の体など、2度と触れんぞ!』


『黙れ! これは、いつも我が優しく接しているからこその、天からの恵みなのだ!』


「ぎゃぁあ!! そこはいつも通りにならないで下さい! というか苦しいですし、服で体が締め付けられて痛いし、早く離して下さい!」


 それよりも、どうして急に元に戻ったの? 何が戻るきっかけだったんですか? あっ、まさか……。


「椿~!! 何処よ?! 解呪が分かったわ! と言うかこの呪術道具、子供霊を使っていたから、そんなに効果が持続しないものだったのよ! 多分、時間が来たら解けーー」


「あっ、美亜ちゃん! ちょっと助けて~!!」


 僕の声がしたから、それで庭に出て来たんでしょうね。美亜ちゃんはそう叫んだ後に、天井を見上げています。だから、僕は必死で助けを求めるけれど。


「あら、お約束。な~んだ、大丈夫そうね。心配した私が馬鹿だったわ! それじゃ、ごゆっくり~」


「わ~! 待って下さい美亜ちゃん!」


 今度は美亜ちゃんが怒っちゃいました。


 それよりもいい加減、抱き締めるのを止めて下さい。こんな際どい格好だから、恥ずかし過ぎるんです。

 それでも白狐さん黒狐さんは、そのまま僕を寝室へと連れて行き、無理やり着替えまでさせられてしまいました。あとはもう、お決まりです……。


 ご機嫌になって良かったけれど、僕が怒った理由、ちゃんと忘れないで下さいね。

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