第陸話 【1】 児童化の呪い

 戦いが終わったその日の夜、僕達はおじいちゃんの家で、大宴会をしています。

 あと、学校に居た半妖の人達は、おじいちゃんの家に住む事になりました。今はまだ、半妖への誤解が完全には解けていない様なので、その方が良いという事になりました。


 だから宴会の人数が、いつもより多くなっています。


「「「「「お疲れ~!!」」」」


「椿ちゃん、良くやったわね!」


「人間達の考えも、あの戦いで少しは変わった様だしな」


「はっはっはっ! めでたしめでたしってやつだ!」


 僕は全然めでたくないです。


 確かにあの戦いで、政府の方針が変わりましたからね。その方針とはーー


『全て妖怪達に任せる』


 これ、体良く全部丸投げしたんですけどね。

 国としては、厄介事は勘弁なんだけれど、そうも言っていられない状況になっていると知って、対策を取らないといけなくなったみたいです。


 混乱も起こさず、全て丸く収めるには、この方法がベストだった。

 おじいちゃんから全てを伝えられた総理大臣は、全国に向け、そう発表をしました。


 ただ、ある組織の存在だけは、例え人間でも無視は出来ない。そう、亰嗟です。


 そのメンバーの中には、人間も居るんですからね。

 お金稼ぎ感覚のバイトばかりですけど、人間側でもこれは対処しないといけなくなっていて、その組織の根絶に協力すると、そう約束してくれました。どこまで本当かは分からないですけどね。


 そして、妖魔人達のあの行動理念。

 騙されていたとは言え、あの人達は根っからの悪人じゃなかった。

 もちろんだけど、妖魔人達は僕から色んなものを奪っていきましたよ。だけど、ただ憎しみだけをぶつけていても、意味がないような気がしてきたんだ。


 それでも華陽。あいつだけは、絶対に許せないですけどね。


『椿よ。何を難しい顔をしておる。可愛い顔が台無しじゃぞ』


 そんな時、白狐さんが僕に話しかけて来るけれど、無視です。


『椿、ほれ。お前、この魚が好きだったろ? 食わせてやる』


 黒狐さんも話しかけてくるけれど、それも無視です。


 それと今僕は、2人から離れて座っています。だけど2人は、わざわざ僕の方にやって来て、こうやってご機嫌伺いです。


 守り神なんでしたら、ドッシリと構えた方が良いんじゃないんですか? 僕に嫌われたくないからって、めちゃくちゃ必死ですね。

 でもね、僕だって怒る時は怒りますよ。今回は完全に、白狐さん黒狐さんが悪いです。

 僕の頼んでいた妖怪食を、早く助けに行きたいからって理由で、全部食べちゃうなんて。


 それに、皆もそう思ってくれているらしく、白狐さん黒狐さんに助け船を出していません。普通に僕と同じように、冷めた態度を取っています。

 あと、里子ちゃんの方も萎れていました。おじいちゃんからお小言を言われたようです。


 だけどね、皆はそれくらいで、白狐さん黒狐さんに愛想を尽かす事はないです。それは僕もですよ。

 でもそれはそれ、これはこれです。ちゃんと怒る時は怒らないと駄目なんですから。


『ほれ、椿よ。これなんかーー』


『いやいや、こっちの方が旨そーー』


「白狐さん黒狐さん。ちゃんと反省して下さい」


『『はい……』』


 僕のご機嫌伺いなんかしていないで、2人の妖気を戻す方法でも考えておいて下さい。


 ーー ーー ーー


「はぁ……全くもう。白狐さん黒狐さんって、あんなに情け無かったっけ?」


 宴会の熱にやられ、熱くなった体を冷ますため、僕は中庭を見渡せる縁側にやって来て、そこに腰を降ろしています。


 半年前なんかは、もうちょっと頼り甲斐があったはずなんです。

 もしかして……僕が強くなっていて、その力関係が逆転したからなんでしょうか?


「う~ん……別に、そんな白狐さん黒狐さんも嫌いではーーはっ?! 何を考えているんですか、僕は!」


 変な考えをしてしまったので、咄嗟に頭を横に振って、その考えを消しておきます。端から見たら変な子なんですけどね。


「やっぱり旦那さんと言ったら、強くても弱くても、頼りになる人が良いんです。そうじゃない人もいるけれど、僕はやっぱり……」


 また独り言を呟いていると、僕の横に突然、木で出来ている玩具の汽車の様な物がやって来ました。

 待って下さい。こんなの、普通にホラーですから。勝手に動いているから!


「くっ!」


 何か嫌な予感がした僕は、咄嗟にその汽車から距離を取ります。

 何なんでしょう、これは。妖気はあんまり感じられない。だけど、淀んだ気を多少感じます。という事は、これは呪いか何かーーあっ、まさか!


「また美亜ちゃんですか? もう、美亜ちゃん~どこに居るんですか! 隠れていても無駄です!」


 だけど、返事がありません。そうですか。そっちがその気なら、僕だって手加減しませんよ。


 すると玩具の汽車は、僕に向かって突進して来ました。そんな単調な攻撃は、簡単に読めますよ。直ぐに後ろに飛び退き、僕は様子を伺います。


「う~ん。浄化をしたら良いんでしょうけど、汽車の方の気が弱いですね。あっという間に浄化出来ちゃう。美亜ちゃんは、何でこんな物を僕に? ねぇ、美亜ちゃん! これじゃ修行にならないよ!」


「何よ~修行? 今宴会中なんだから、そんな事するわけ無いでしょう」


「へっ? 美亜ちゃん?!」


 すると突然、僕の背後から美亜ちゃんが現れて、そんな事を言ってきました。

 えっ、修行じゃないのなら、これはいったいなんですか?


「あら? あっ、嘘! それ逃げちゃったの?! 悪霊付きの呪術道具!」


「物騒な物を所持しないで下さい!」


「そうは言っても、こうやって勝手に対象に向かって行って、呪いをかけてくれるんだから、ものすごく便利なのよ。それよりも、避けなさいよ椿!」


「へっ? うわぁぁあ!!」


 完全に美亜ちゃんのせいです。

 今の話からすると、僕が呪いの対象になっていたんじゃないのですか……?

 話しかけていないで、呪いを解いて欲しかったです。だけど、悪霊付きなんだから、美亜ちゃんでもそう簡単にはいかないのでしょうね。


 とにかく僕は、その汽車の煙突から発する煙に包まれ、視界を奪われてしまいました。それと同時に、体に違和感を感じます。何か、おかしい気がする。

 いつもの巫女さんの服が、大きくなっていっている様な……腕が裾の中に入っちゃってーーって、待って待って! スカートも下着もずり落ちてきてる。このままじゃ脱げちゃうよ! どうなっているんですか?!


「ケホケホ……椿、だいじょう……ぶ?」


 ようやく煙が散っていき、美亜ちゃんの顔が見えてきました。

 だけど、あれ? 心配しているその顔が、驚きの表情に変わったよ。それに美亜ちゃん、そんなに背が大きかったっけ? 僕と同じ位だったのに、僕が見上げちゃってます。


「椿あんた、その姿……あちゃぁ、そういう類いの悪霊か」


「へっ? 何がですか? あ、あれ?」


 えっ、声がまた高くなっています。どうなっているんですか、これは。


 美亜ちゃん、ちょっと説明して下さい!


「良い、椿。驚かないでね。どうやらその玩具に憑いていたのは、同い歳の子と一緒に遊びたかった、ある男の子の霊が憑いていたみたい。それが中々叶わず、願いは欲望に変わり、そして呪いとなったの。それは、狙った相手を児童化する呪いよ」


「へっ? えっ? ま、まさか……」


「そのまさかよ。あんたは今、10歳? いや、6~7歳位のお子様になっちゃったのよ」


 そう言うと、美亜ちゃんは手鏡を取り出し、僕に自分の姿を見せてきます。だって、そんな呪いがあるなんて信じられないんだもん。

 だけど、確かにあるんだと認めざるを得ないです。鏡に映っていたのは、小さくなってしまった僕の姿でした。


 いつもの巫女服なんて、大き過ぎてずり落ちてしまい、下着も何もかもずり落ちています。


「……あっ、嘘でしょう。み、美亜ちゃん……あの、これ戻す方法は?!」


「その悪霊を満足させるしかないわね」


 つまり、男の子の霊と一緒に遊んで、その子を満足させろって事ですか? それで、その子の霊はどこに?


「ただね。この家には、霊狐っているでしょう?」


「あっ……まさか!!」


 その瞬間、上空からレイちゃんの声が聞こえてきました。


「ムキュウ!!」


 その声に気が付いた僕が上を見上げると、男の子の霊の周りをクルクルと周り、嬉しそうにしているレイちゃんの姿がありました。


「レイちゃん!! その子、まだ成仏させたらだめぇ!!」


 でも、遅かったようです。

 その男の子は、満足そうな笑みを浮かべながら、ゆっくりと薄くなっていき、そして消えてしまいました。つまり、成仏しちゃいました。


「あ……あぁぁ。あぁぁぁ……」


「えっと……その、ごめんなさい」


 いや、美亜ちゃんは悪くないーーのでしょうか? そもそも、ちゃんと美亜ちゃんが保管をしていれば良かったんでしょうね。でももう、そんなの関係ないです。

 僕は何故か無性に悲しくなってきて、泣いてしまいそうになっちゃいます。いや、もう泣きます。


『どうした、椿!?』


『何かあったのか?!』


 するとそこに、白狐さん黒狐さんが飛んできました。さっき僕が叫んだから、それで来たのでしょう。でも、それももう遅い。僕は……。


「ふぇ……白狐さん黒狐さん。僕、ぼくぅ……」


『なっ?! 椿か?』


『なんとも。また可愛いらしい姿に……』


「それどころじゃない~! ぼく、もうもどれな~い!! うわ~ん!!」


『うぉ!? 椿、どうした?! 落ち着け!』


 僕はとにかく泣き喚く。悲しくて、惨めで、そして我慢が効かなくて、ただひたすらに泣いてしまっています。


 白狐さん黒狐さんも困り顔だけど、僕自身もどうしたら良いか分からないのですよ!

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