第伍話 【2】 金色の浄化

 黒羽さんが妖怪食を持って来てくれたけれど、それを僕に渡すまいと、サソリみたいになった栄空が睨み付けています。


 そんな状態だから、黒羽さんも迂闊に降りる事が出来ず、機を伺っている状態ですね。目は鋭い猛禽類みたいな目になっちゃってるけど、烏ですよね? 黒羽さんは。


 そんな時、僕の後ろから白狐さんと黒狐さんがやって来て、そのまま栄空を睨みつけました。

 何を考えているかは分かりますよ。白狐さん黒狐さんが囮になるって、そう言うんでしょうね。


『よし、椿よ。我等がおとーー』


「却下です」


『なぬ?!』


「あのね、僕は2人に消えて欲しくないんです。それとーー」


 そして僕は、出来るだけ怒りを込め、2人を睨み付けながら言います。


「お説教がまだなんで」


『うぐ……』


『白狐。詰んだな、これは……』


 2人が一番悪いんですよ。だから、そんなに落ち込まれても知りません。


 その後に僕は、そのまま2人の前に歩み出ます。そこで、ちょっとだけ良い事を思い付きました。

 僕の妖術であの玩具を作れば、黒羽さんに降りて来て貰わずに、妖怪食を取れるはずです。


「玩具生成!」


 そう言うと僕は、その手にある玩具を出現させます。

 それは持ち手が2つあって、左右から押すようにしてはさみ、その先に付いている吸盤とかゴムの様なもので、遠くの物を挟んで取る玩具です。そう、マジックハンドです!


 片手で握って掴むのもあるけれど、僕が出したのは、両手で使う物です。その方が安定するし、遠くの方を狙い易いんですよね。


「黒羽さん!」


「分かりました、椿様!」


 僕の玩具を見て、黒羽さんも意図を理解してくれたみたいで、僕の方に飛んで来ました。それと同時に、僕はマジックハンドを伸ばします。

 これも妖術で作ったので、普通のマジックハンドじゃないのですよ。これは次々と伸びていって、3階建てのビルの屋上にまで届く程の物になっています。ただ、それ以上伸びる様にしても、今度は狙いが定まりにくくなるので、これが限界なのです。


 だから、黒羽さんにはちょっとだけ降りて来て貰う必要があるけれど、当然栄空がそれを邪魔して来ます。


「朱雀弓!! 剛矢火炎ごうしかえん!」


 だけど、空を飛んでいる朱雀さんが、栄空に向けて、物凄く速い矢を打っていました。しかも、栄空の尻尾の顔目掛けて。


「「ぐぉ?!」」


 朱雀さんは、相手の後ろから矢を射抜いていたので、見事に栄空の尻尾の頭に当たり、そのまま声を上げて前に倒れ伏せました。どうやら、凄く威力の強い矢だったようです。


「どうですか? 硬い体にはダメージを与えられなくても、その顔は脆いようですね」


 すると朱雀さんが、再びもう1本矢をつがえ、そう言いました。

 そういえば、栄空からの攻撃を吸収して返した時、顔をそのハサミで塞いでいましたね。しかも尾の方の顔は、甲羅の様な物で包まれていました。


 ということは、顔が脆いというのは間違いない様です。


「ちっ。しかし、それが分かった所で」


「その対処をすれば良いだけの話です」


 そうなんだけどね。その間に僕は、妖怪食を黒羽さんから受け取りました。

 それと、栄空の弱点も分かったので、もう後は時間の問題です。


「やっぱり、いなり寿司ですか……」


 黒羽さんに届けて貰った風呂敷を開け、中身を見てそう言っちゃいました。

 僕も妖狐なんで、いなり寿司が基本になっちゃっています。別に良いですけどね、食べやすいし。


「はぐっ、はぐ。んぅ~」


 何でも良いけれど、いなり寿司を速く食べないと、栄空にそこを狙われたら大変です。

 あっ、でも……ちょっと待って。急いで口に放り込み過ぎました。飲み込めない!


「椿様、落ち着いて下さい。あぁ、ほら……喉に詰まっているじゃないですか?!」


 龍花さん、とにかく飲み物を下さい! 息が!


「ん~!! ん~!!」


『よし、我が口移しでーーうごっ!』


 今のこの状況で、良くそんな冗談が言えますね。とりあえず、白狐さんのお腹を蹴っておきます。


「お2人は何をやっているんですか。椿様。はい、ゆっくりと流し込んで下さい」


 僕は龍花さんから渡された、ペットボトルのお茶を受け取ると、ゆっくりと飲んでいきます。


「んぐっ。ん……プハァ、助かりました」


 食べ物は急いで食べたら駄目ですね。


 だけどこれで、僕の妖気も少しは回復しました。まだまだ全快では無いので、そこは気を付けないといけないけれど、金狐状態にはなれますね。

 でも、それをずっと維持していたら、数分でまた妖気が少なくなって、金狐状態を維持出来なくなります。だから、ここぞという時に使わないといけません。


「まぁ、妖気を回復した所で、この私のーー」


「そう。この攻撃は、避けられないでしょうけどね!」


 すると、起き上がった栄空がそう叫び、その体から沢山の熱を放出してきました。

 まさか……その体を使って、更に大きな爆発を起こす気ですか?!


「くっ、朱雀さん! 皆を!」


「落ち着いて下さい、椿様! 私は1人しか運べないですよ!」


 そうでした! でも、急がないと。皆が爆発に巻き込まれて死んじゃいます。何か……何か方法は無いのですか?!


「椿様、だから落ち着いて下さい。何も戦っているのは、私達だけじゃないのですよ」


 虎羽さんがそう言うと、ある方向を指差します。

 その方向は、半妖の人達が居る方向ではなく、一般の人達が居る方向でした。


 何でそっちを指差したのか、不思議に思って僕がそっちを向くと、突然栄空に向かって、水が飛んで来ました。

 もう、飛んで来たと表現した方が良いですね。だって一般の人達が、近くの消火栓を使い、栄空に向かって長いホースで水をかけていたんですから。


「うぉぉお!! このまま見ているだけで殺されてたまるか!」

「人間舐めんなぁ!!」

「放熱しているなら、その身体を冷やしてやる!!」


「ちょっ、何をやっているんですか?! そんな事をしても、栄空にはーー」


「ぬ、ぐぅ……くそ!」


「放熱が……爆発が出来ない!!」


「ーーって、効いていました!!」


 あれ? ちょっと。まさか栄空って、放熱して温度を上げ、可燃性のガスか何かで、あれだけの爆発を起こしていたのでしょうか? それならーー


「動水の儀!」


 丁度ホースで水を放ってくれていたので、この妖術が使えます。

 僕はそのまま、ホースから放たれる水の一部を操り、その場所から抜き取るようにして動かすと、その形を槍の様にしていきます。


 これで栄空を刺すんだけど、でもその前に。


「雪ちゃん、お願い!!」


「えっ? あっ……! 分かった!」


 僕のファンクラブの会長なら、僕の意図くらい一瞬で理解して下さい。ちょっと間がありましたよ、今。

 だけど雪ちゃんは、僕の見ている方を見てから、ようやく意図を理解してくれました。そして、雪ちゃんは両手をかざして、そのまま水の槍を凍らしていきます。


 これで突き刺せば、放熱も防げて一石二鳥です。

 当然、栄空だってタダで受ける気はないようで、必死にそこから逃げようとしています。


 ホースの水から一生懸命逃げているその姿は、サソリなだけあってか、地面を這いつくばっていて、足を一生懸命動かしていました。結構情けないですね。


「くそ、くそ! 何故人間どもが、その化け物の味方をする!」


「いいか!! その化け物は、お前達人間を駆逐していくつもりなのだぞ。天災や災害等でな!」


 逃げながら言ったところで、今の栄空の姿の方が、化け物なのですよ。


「ほいっ!」


 そして僕の方は、雪ちゃんに凍らせて貰った槍を投げ、栄空の四肢に数本程突き刺しました。これで動きが止まりましたね。最後に、尾の顔にも……!


「ぐわぁぁあ!!」


 沢山の脚に氷の槍を突き刺され、その動きを固定され、尾までも地面に固定され、栄空は完全に身動きが取れなくなりました。これ、標本みたいですね。


「く、くそ……! お前達、分かっているのか! 私はお前達の代わりに、そこの化け物退治をしているんだ! この姿もその為だ! いつもいつも人に頼るお前等が、生意気にも私に攻撃をするのか!」


「黙って下さい、負なる者。あなたの方が化け物そのものですよ。そんな者の声など、平穏を望む人間達に、届くとでも思いますか?」


 僕は金狐の状態になり、尾を槍みたいな形にすると、栄空にゆっくりと近付いて行き、そう言い放ちます。

 自分の力が、まさか人間に止められるとは思わなかったのでしょうね。ショックで取り乱しています。そうなると、もう終わりなんですよ。


「さぁ、滅しなさい。金華浄槍!」


「ひっ! 止めーー! ぎぃゃぁぁあ!!!!」


 そのまま容赦なく、僕は栄空の顔を尻尾の槍で貫きます。もうこうなると、この人は元には戻れない。その妖気から、完全に寄生妖魔と一体化していますからね。


 だから、もう……その人諸共、浄化するしかないんです。そして僕は、尻尾から金色の炎を放ち、栄空の身体を燃やしていきます。


 そうまでして華陽に。いや、妖怪達が飢饉の原因を作ったと言われても、自分達が踊らされていると分かっていても、そんな考えに至る程までに、その時の状況は凄惨だったんですね。そして、人をこんなにも簡単に、闇へと陥れるんですね。

 何か原因が欲しかった。その恨みを晴らしたかった。だから、華陽の言う通りに動いていた。


 何が悪なのか、何が善なのか。まだ僕には分からない。


 だけどそれでも、自分の恨みを晴らそうと動いていては、駄目なんですよ。

 浄化しながら燃えていく栄空を見て、僕はそんな事を考えていました。

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