第参話 【2】 峰空の地雷

 大きな化け物に変貌した峰空によって、警察署が崩れ去っていく。

 建物が崩れる音は、僕の心に絶望の影を潜ませるけれど、こんな所で嘆いている訳にはいきません。


「くっ……! この、救いようの無い負なる者が!」


「落ち着いて、椿!」


「雪。これが落ち着いていられーー」


「椿様。あれを」


 朱雀さんにそう言われ、再度建物に目をやると、皆が瓦礫の中から出て来ました。


 まさか……全員無傷なんですか?!


『くそ、こんな時に我の守護があれば!』


『嘆いてもしょうが無い。今回ばかりは、座敷わらしに助けられたな』


 瓦礫から這いずり出て、他の皆を助け出しながら、白狐さんと黒狐さんがそう言っています。

 そっか! わら子ちゃんの能力でーーって、そのわら子ちゃんがぐったりしていますよ!?


「座敷様! また無理を……! 一人の運気を上げるのに、どれだけの妖気が必要か。しかも今回は、あれ程大量に。致し方なかったとはいえ、これ以上は私達が許しません!」


 朱雀さんが表情を変えずに言っているけれど、内心凄く怒っていると思います。相手と自分自身にね。

 そのせいで、自分の限界なんかも考えずに、最大出力で技を放とうとしています。


 それで効かなかったからどうするんですか?


 峰空のお腹の口は、更に巨大になって健全です。より沢山妖気を食べられるでしょうね。

 しかもあれなら、例え神術でも多少は何とかされてしまいそうです。


「落ち着いて下さい、朱雀。皆が無事ならそれで良いでしょう。自分を責めるのは、この戦いが終わってからにして下さい。先ずは、目の前の化け物を何とかしないといけません。それには、その怒りは邪魔ですよ」


「椿様……」


 僕はそう言いながら、峰空の前に立ちます。

 とにかく冷静にならないと、こいつは倒せませんね。それなら先ずは、瓦礫に居る皆がターゲットにされないように、あそこを守らないといけない。


「ふ~ん。嫌な目付きをしてくるわね」


「そりゃぁもう、あなたは人間では無いですから。虫を見る目ーーいや、こんなにデカい虫はいないので、UMAを見る目、でしょうか?」


「私を挑発しようたって、無駄よ。それに、あなたが守ろうとしているのは、そこに居る人達だけじゃ無いでしょう?」


「なっ……!!」


 峰空がそう言った瞬間、その視線を後ろに移しています。その先には、避難したはずの人達の姿がありました。

 何でそんなちょっと離れた所から見物しているんですか! そこはもう危険なんですよ! これだから人間は……!


「そこの人達!! その場所は危険ですから、急いで逃げーー」


「もう遅~い!」


 そして峰空は、腕をなぎ払う様にしながら振り抜き、一般人達を吹き飛ばそうーーとしたら、腕がその途中で止まっていて、一般人には被害が及んでいません。


 誰かが止めたのですか? いったい誰が……と思っていたら、半妖の人達が全員で、峰空の腕に向かって行き、抱き付く様にして止めていました。

 妖具を使っている人もいるけれど、殆どがその腕に抱きついています。いや、それは危険だから!


「うぉぉお!!」

「こんな躊躇無く一般人を殺そうとするなんて、頭イかれてやがる!」

「寄生されているから、イかれていて当然じゃないか!」

「どっちにしても、無関係の人間達を殺されたら後味悪い! 必死に守れ! 半妖だからって、力が少ないからって侮るな!」


「「「「束になれば、何とかなる!」」」」


 半妖の人達って、こんなに前向きでしたっけ?

 前はもっとコソコソしていて、あんまり関わろうとしなかったのに、何で? いったい何があったの?


「椿。皆、あなたに触発された」


「雪さんの言う通りです。皆、見ていたのですよ。椿さんの成長を、その想いを、その考えを。それに触発されない方がおかしいでしょう?」


 呆然とする僕の横に雪ちゃんがやって来て、牛元先輩もそう言ってきます。


 ただその間、栄空の方はというと、峰空が変貌してから動いていない。

 別の建物の屋上に上がり、こっちの様子を伺っています。

 あの栄空が何を狙っているか分からないけれど、そのおかげで今は、皆峰空に集中出来るという訳です。助太刀されたらこっちが困るのに、何で助けようとしないかは謎だね。


 それにしたって、こっちの方も十分危険です。

 僕に触発されて、こんな無茶をする様なら、僕に触発なんかされないで下さい。それで死んだら、元も子もないんですよ。


「金華浄槍!」


「椿様、手伝います! 朱雀弓、追炎矢!」


 僕は合図も無しに放ったんですよ。それに合わせて来るなんて、朱雀さんは流石です。


「あっつぅ! いった~い! もう! 何するのよ!」


 やっぱり体が大きい相手だと、全く効いていないですね。


 そして峰空は、ようやく僕達の方を向き、お腹の口を開けてきます。まさか、あの汚い技ですか?


「あなた達は1度吹き飛んでおきなさい! 妖気砲ようきほう!」


「術式吸収!」


「あっ!」


 これだけ大きい術なら、吸収した方が早いです。それに、僕が吸収した瞬間に叫んだという事は、完全に僕のこの力を忘れていた様ですね。


「強化解放!」


「くっ……!」


「それで、また飲むんですか? いや、私が強化したので、そう簡単には飲めないですよね。それで? その後はどうするんですか?」


「あ~もう! 苦っしいわねぇ! こうよ!」


 僕が返した自分の攻撃を、再度口に含んだ峰空は、また同じ様にして吐き出し、僕に飛ばしてきます。

 だけど、それも吸収します。そして強化して返す。それをまた峰空は、口に含むしかないみたいです。


 多分これを避けたら、その後の衝撃で体勢が崩れ、自分に隙が出来てしまうかも知れない。そうなると、僕の全力の攻撃で潰されるかも知れない。

 だから、自分の攻撃を跳ね返されている今、強化されて飲み込む事の出来ない峰空は、それを口に含み直すしかなかったんです。そうしないと、飲み込んだ瞬間に暴発するかも知れないからね。


 でもこれ、ひょっとしたらこのまま……。


「げほっ、げほっ……! この、ガキぃ!」


「術式吸収、強化解放」


「くそぉ!!」


 もう4回目かな? そろそろキツくなっているみたいですね。

 すると今度は、一般の人達から囁き声が聞こえてきました。


「何でだ。何で化け物同士で戦っているんだ?」


「あぁ……本当だな。しかも、人間を助けている。化け物同士で人間を怖がらせて、そのまま殺せば良いのに」


 その人達の、ちょっと偏見の激しい言葉に、僕の耳が反応しちゃったけれど、その後に後ろから響いてきた夏美お姉ちゃんの声に、更に驚いてしまいました。


「ちょっとあんた達!! いったい何を見ているのよ!」


 声の高さに大きさ、その前に聞こえた瓦礫の音、お姉ちゃんは仁王立ちして叫んでいますね。

 そして僕は、6回目となる峰空の攻撃を、再度相手に返しています。この力にも限界はあるから、そろそろ決めたいですね。


「その目は節穴なの?! 人間だって、人間同士で殺し合っているでしょうが! 他の生き物を、人間のエゴで助けているでしょうが! ここに居る半妖も妖怪も、中身は人間と何一つ変わらないわよ! よく見なさいよ!! そこのボス感漂う奴の方が、本物の化け物っぽいでしょうが! 人でも無い、妖怪でも無い、覚醒した妖魔? 邪気の増幅? 何その中二病、モンスターかっての!」


 あっ、ちょっと。夏美お姉ちゃん、挑発はもう効かなーー


「しかも、同じ女だったっけ? 信じられないわね。美しさを捨てて、化け物になるなんて」


「き、さまぁ!!」


 えっ? 効いている?! 何でですか!?

 僕が挑発しても駄目だったのに、何で夏美お姉ちゃんの挑発は効いたのですか? どれですか? いったいどれが、峰空の地雷だったんですか?


 でも僕は、七回目の峰空の攻撃を吸収し、それを放った直後だった。


「嘘でしょう……」


「えっ? あっ……ぎいゃぁぁあああ!!!!」


 夏美お姉ちゃんの言葉に反応し、そっちを向いたからか、僕の反撃に対応が出来ず、遂に峰空は、自らの攻撃を受けてしまいました。

 僕が強化して返していたから、それは物凄い爆発を起こし、流石の峰空も、背中から地面に倒れ込みました。


 そこで僕は、一瞬でも峰空の動きを封じる為にと、影の妖術を発動し、峰空の影を操り、その体を地面に固定しました。


 さて、これであとはーー


「あなただけ、という事になりますね」


 僕がそう言った瞬間、峰空と僕の間に、2体の栄空が降りて来ました。

 流石に、このまま峰空を浄化させるわけにはいかないようですね。だって、これ以上の戦力ダウンは、華陽にとっても良くないでしょうからね。


 だからここで、峰空と栄空の2体を浄化させてしまえば、華陽にかなりの精神的ダメージを与えられるはずです!

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