第肆話 【1】 永久に美しいままで

 峰空を吹き飛ばし、その場に固定したのは良いけれど、まだ浄化は出来ていません。早く浄化をしないといけないけれど、その前にこいつが邪魔をしそうです。分裂した2体の栄空。

 というか、分裂ってどういう仕組みなんでしょう。とにかく、もう人間じゃないのは確かですね。


「ふん。覚醒したかと思えば、あまりにも情け無いですね」


「あなたは覚醒しないんですか?」


「あまり図に乗らないで下さい。良いですか? あなた如きが、亜里砂様の尊き願いを邪魔するなど、あってはならないのです」


 この栄空は、完全に寄生妖魔に体を使われ、人格も奥に追いやられてしまっていますね。

 それなら、浄化してその人格を引っ張り出せば、抵抗をしてくれるかも。いや、あんまりそう楽観的には考えず、先ずは寄生妖魔を浄化しないと。


 だけどその時、影で押さえていた峰空が起き上がり、僕達に向かってその腕を振り下ろそうとしてきました。


「栄空。そこ退きなさい~!!」


「なっ?! 私の影を。やれやれ、しぶといですね」


「言ってなさいよ! あんたにこの攻撃が防げるのかしらね!」


 そう言った後、峰空は振り上げた腕を、思い切り僕に向かって振り下ろした。

 だけどね、お腹の口から寄生妖魔が少し出ていますよ。多分さっきの衝撃で、また少し出ちゃったのかな? 一生懸命身体に戻ろうとしています。でも、そう簡単には逃がしません。


「金華狐狼拳!!」


「なっ?!」


 先ずは峰空の攻撃を、僕の浄化の炎付きのパンチで弾きます。それに驚いて腕を引いている所で、槍のようにした尻尾を、相手のお腹の口目掛けて突き刺します。


「金華浄槍!」


「くっ!!」


 ただ、峰空はそれを読んでいて、咄嗟に反対側の手で隠そうとするけれど、それを虎羽さんが爪の攻撃で止めてきます。

 だから、僕は攻撃を止めず、そのまま峰空のお腹の口に、槍を思い切り突き刺しました。


「ぎゃぁぁあ!!」


 だけど、やっぱり大きいです!

 これを浄化するには、僕の妖気だけじゃキツイです。そうだ、寄生妖魔。そっちを先に浄化すればーーって、峰空の巨大化した体の中を逃げ回っている?!


「くっそ。逃がしまーー」


「流石に、それ以上はさせませんよ」


 しまった! 栄空が僕の横にやって来て、手を前に突き出し、その掌を広げている。僕を吹き飛ばす気ですか?!

 そして次の瞬間、栄空の手から爆発が起こり、それが僕に向かってきました。


「くっ!!」


 吹き飛ばされた。そう思って、僕は目を閉じて衝撃に備えたけれどーーあれ? 体は何とも無いかったです。

 どういう事かと思ってゆっくり目を開けると、そこには見慣れた物が浮いていました。玄葉さんの玄武の盾です。僕を守ってくれたんだ。


「助かりました。玄葉」


「あなたにそんな話しかけられ方をされると、少しむず痒いですね。早く終わらせて、いつものあなたに戻って下さい」


「えぇ、分かりました」


 そして僕は、更に妖気を込めていき、峰空の中の寄生妖魔を追い込みます。


「い、い、や……」


「んっ?」


 そんな時、僕の上から何か声が聞こえてきました。

 上からといっても、僕より大きくなった峰空しかいないんですけどね。


「止め、なさい……私の、私の永遠の美が……!」


 そう言いながら、峰空はその両腕で、僕を握り潰そうとしてきます。

 だけど、浄化の力を峰空の中に流しているから、もうまともに力が入らないんじゃないのですか?


 僕は峰空の攻撃を、自分の影の腕だけで防ぎ、そのまま体の方も地面に固定します。

 それだけでもう、峰空は身動きが取れなくなり、振り払う事も起き上がる事も出来なくなっていました。


「がっ……!! ぐ……く、くそ!」


「そんな醜い姿が、あなたの美ですか?」


「ち、がう! これは、私の美を維持するための姿……これで、美しい人の生気と、妖怪の妖気を食べ続ければ、私の美しい容姿の方は、ずっと保たれるの!」


 そうまでして、峰空は美を求めますか。

 確か峰空も、調べて分かったんだけれど、江戸の飢饉だった頃の人間です。そんな時に、美なんて意識出来るのかな?


「昔の人が、そんなに美を意識するものですか? あなたの本当の目的は?」


「私には、自分の美を保つ事しか、この若さを保つ事しか頭に無いのよ! それこそが、寄生妖魔が寄生出来なかった、理解が出来なかった私の動機。美への探究心よ!」


 信じられない。まさかそんな欲望で、寄生妖魔を押さえるなんて……。

 だけど確かに、美は生きる為に必要かと言われたら、そうでは無いですね。基本的に寄生妖魔は、人の生存本能や闘争本能を糧に、その人を操っているようです。


 だから、それとは違う欲望で本能を押さえていたら、寄生妖魔はその人の体を操れないのか。

 それはある意味凄いことですね。そして、夏美お姉ちゃんの言葉で、冷静さを失った理由が分かりました。彼女の地雷は『美しくない』『醜い』でした。


「あなたは既に、人間ではないのです。美の探求なんてそんなものは、自分の醜い姿を見てから言いなさい! 愚かな負なる者!」


「なぁんですってぇぇ!! がっ……!? は……あっ、嘘……」


「捉えました」


 僕の挑発に、峰空がまた怒り出してしまい、自分の妖気を乱しました。

 そのお陰で、寄生妖魔の妖気をはっきりと捉え、ようやくそいつに浄化の力を当てる事が出来ました。


 2体の栄空は、龍花さんと玄葉さんで押さえてくれています。だから僕は、遠慮無く峰空を浄化させます!


「あっ、駄目……だめぇぇぇ!! 私の、私の美貌があぁぁぁ!!」


「良いから、大人しくしなさい!」


 そして、そのまま浄化の力を沢山流し込み、峰空の寄生妖魔を浄化していきます。


「あ、あぁ……ぁぁぁ」


 その後、うめき声を上げる峰空のお腹の口から、槍のようにした尻尾を引き抜きます。ようやく完全に、中の寄生妖魔を浄化しました。

 すると、峰空の巨大な体は見る見るうちに崩れていき、そしていつの間にかその場には、1人の老婆が倒れているだけになりました。


 まさかだけど、これが峰空の本来の姿? 元々老婆だったんですか?!

 すると、驚く僕の横に朱雀さんが近付いて来て、峰空を見てきます。


「どうやら、美や若さと言うものを、自分の寄生妖魔に蓄積し、それで維持をしていたみたいですね。それが消えたという事は」


「あぁ、なる程。反動で、一気に体が歳を取ってしまったのですか」


 だけどその体は、妖魔人のままです。

 黒い肌に赤い目、所々に白いライン。でもその姿は、もう老婆そのもので、あの峰空の姿はどこにも無いです。


「けほっ、ごほっ……あ、あぁ、私の美が……何で、こんな……庄屋の家で生まれた私が、飢饉で、村が……家も……はぁ、はぁ……私も痩せ細って、美しさが無くなって……」


 ポツポツと呟く峰空には、既に僕達の姿は見えていない様です。どこか遠い所を見ていますね。

 でもあの目、僕は知っている。多分僕も、同じ目をしているかも知れない。誰かに恋をしている目だ。


「あぁ……庄之助しょうのすけ、ごめんなさい……こんな、こんな醜い私は、きら、い……よね?」


 そう言った瞬間、老婆になった峰空の体が一気に崩れていき、そして灰になってしまいました。


 その後、その灰の中に、僕はある物を見つけました。それは木の板の様な物で、近付いて見た僕は、それが何か直ぐに分かりました。


『庄之助・峰子みねこ


 この時代の人達は、字が書けない人が多かったみたいです。それでも、2人の絆を形にしようと、必至で文字を覚え、この木の板に書き記したんですね。

 周りにも色々と書いてあるけれど、流石にこの時代の字は読めません。


「ふむ……今の時代の言葉だと『愛を永久とわに。幾千、幾万の時が流れても、私達は絶えず美しい夫婦のままに』ですかね」


「読めるんですか?」


「座敷様に教えて貰いましたので」


 僕も今度、教えて貰おうかな。


 それにしても馬鹿ですね。華陽に何を言われたか分からないけれど、こんな形で美を保っても、その愛しい人は喜ぶと思う?

 その木の板を握り締め、また僕は心が痛くなりました。


 他の方法は無かったのかな?


「椿様。しんみりしている場合じゃありません!」


「そうでしたね。まだ栄空がーーくっ。こ、れは……しまった!」


 龍花さん達はまだ戦闘中だから、早く加勢に行こうと思った瞬間、僕の中の何かが弾けそうになりました。

 これは駄目です。僕本来の神妖の力が、今にも溢れ出しそうになっています。


「くっ。うっ……はぁ、はぁ……ご、ごめんなさい朱雀さん。妖気を使いすぎちゃいました」


「椿様、金狐が解けてしまって。何をやっているんですか」


「だけど、相手があんな姿になるとは思わなくて。あれは、全力でやらないと駄目だったよ」


「はぁ……確かに。峰空があんな姿になるとは、私も予想していませんでしたからね」


 もし、栄空の方もあんな覚醒をするのだとしたら、今の僕の状態じゃ勝てませんよ。

 どうしよう……これってもしかして、凄くピンチなんじゃないのでしょうか?

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