第壱話 【3】 椿をプロデュース大作戦

 雪ちゃんの作戦は分かりました。上手くいくかは、やってみないと分からないですけどね。

 だけど、やらないと。そうしないと、三間坂さんが犠牲になろうとします。そうなるくらいなら、僕に出来ることは全部やりますよ。例えそれが、死ぬほど恥ずかしくてもね。


「あっ、そういえば雪ちゃん。服はこれで良いの? いつもの巫女服だけど」


「問題ない。寧ろ、それじゃないと駄目」


 そうですか。僕はいったい、どんなイメージを付けられているのでしょうか。

 そして雪ちゃんは、大量のパンフレットが入った紙袋を持ち、この部屋の窓に向かいます。本当に大丈夫なのかな? 僕なんかで。


「雪ちゃん、ちょっとだけ不安なんですけど。僕を知らない人も居たらどうーー」


「ファンクラブ会員数2000万人の人気者が、何言っているの?」


 倍に増えていました。

 多分、雪ちゃんの頑張りのおかげですね。それでも、あとで説教はしておこうかな。


「なっ!? ファンクラブなんかあるのか?! おい、聞いていないぞ!」


「ちょっと杉野さん、少しは落ち着いて! まだ体がーー!」


 あぁ、杉野さんに聞かれちゃいました。しかも、雪ちゃんが満面の笑みで、杉野さんにパンフレットを渡しています。ややこしくなるから止めて下さい。


 とにかく、僕は所定の位置に付く為に、さっきいた部屋から出て、右に曲がった所にあった、警察署の屋上への階段に向かっていきます。

 そこが1番目立つから。恥ずかしいし緊張するけれど、それでもやらないと。


「椿、あんたいつの間に……」


「僕の意思じゃないけどね。はは……」


 何故か着いて来た夏美お姉ちゃんに、後ろからそう言われちゃいました。そうですよね。昔の僕と比べたら、こんなのはあり得ないよね。

 お姉ちゃんは、昔の僕を知っているから不安なんでしょう。心配そうな顔で見ています。


「大丈夫です、夏美お姉ちゃん。僕は昔とは違います。恥ずかしいけれど、やってみます」


「そ。じゃあ、出来る限りのフォローはするわ」


 そう言って、夏美お姉ちゃんが僕の後に続いて、屋上への階段を上っていきます。


「ご主人。俺も……!」


 だけどその前に、お姉ちゃんは杉野さんを宥めておいてくれますか? 何だか無茶していますよ。


「も~杉野さんったら……」


 お姉ちゃんが女の子らしくて、少し違和感を感じるけれど、恋する乙女は変わるんですよね。僕みたいに。


 そして、屋上の階段を上がりきり、屋上に続く扉をゆっくりと開くと、僕は外の様子を伺います。すると、外から沢山の人の怒鳴り声が響いてきました。一瞬耳が痛くなって、伏せてしまいましたよ。


「うぅ……しかも、メガホンで呼びかけまでしているよ。近所迷惑にならないのかな?」


 だいたい言っている事は同じだけどね。皆一様に「安心して暮らせる街を!」とか「危険な半妖は出て行け!」とかね。推測と仮定でしか無いのに、ここまで言えるなんて、ちょっと凄いですね。

 でも確かに、亰嗟の人達を放っておいたら、人間界が滅びるし、皆安全な人達だって言っても、そんなのは嘘になってしまいます。


 だから、ちょっと無理やりにでも、納得をして貰うしか無いです。


 そして次の瞬間、外で騒ぐ人達に向かって、下の階の窓から雪ちゃんが叫びます。

 クールで口数の少ない雪ちゃんが、半妖の為にと必死で叫んでいます。


「外で文句を言う人達! 文句を言う前に、これを見て! この子の話を聞いて!」


 そう言いながら、雪ちゃんは2階からパンフレットをばらまきます。それ、最新のやつですか? 皆一斉に拾っていますよ。


「何?! あの椿ちゃんが来ている?!」

「えっ、嘘! どこどこ!」

「最新号?! ということは、あの子がファンクラブの会長、雪ちゃん? おい、椿ちゃんはどこだ!!」

「椿ちゃんって誰?」

「知らないのか? 今人気急上昇中の、妖狐アイドルの椿ちゃんだ! コスプレらしいが、中々姿を見せないから、本物の妖狐なんじゃないかって、まことしやかに囁かれているんだぞ!」

「嘘でしょう?!」


 もう皆大騒ぎです。確かに僕は、大勢の人達の前には出て来ていないし、アイドル活動っぽい事もしていません。

 ただ単に、カナちゃんの跡を継いだ雪ちゃんが、とんでもない宣伝をしていただけですからね。というか僕ってば、コスプレ扱いになっているんですね。


 だからこうやって、アイドルみたいにするのは、実は初めてなんです。変にならないか不安だけれど、流石にこれ以上皆を待たせるわけにはいかないから、僕は意を決して前に出ます。その瞬間、大量の人混みが僕の目に飛び込んで来ました。


 こんなに集まっているなんて。しかも、僕の姿に気付いて、全員視線を屋上に向けています。

 あっ、どうしよう……緊張しちゃう。皆が見ている。そう思うだけで、色々と考えていた言葉が全部吹き飛んでしまって、頭が真っ白になっていくよ。とりあえず、挨拶をしないと! 今度は皆が、不思議そうな顔をしていますからね。


「あっ……えと。こ、こんにちは……僕、椿です」


 後ろでお姉ちゃんがずっこける音がしました。


 しょうがないんですよ。思った以上に緊張しちゃってさ。これ以上言葉が出て来なかったんです!


「何やってるのよ椿! もっとアイドルらしく、可愛いくキャピキャピしてみなさいよ!」


「むむ、無理! 無理ですよ!」


 そんなの出来っこないよ! 世のアイドルの人達って凄いですね。改めて感心します。


「椿。普段通りで良いから、あなたの訴えをぶつけて!」


 そして、下から雪ちゃんもそう言ってきます。

 普段通り……そっか、普段通りにですね。とりあえず深呼吸して、ちょっと落ち着いて、僕の伝えたい事を言わないと。


「あっ、ごめんなさい。えっと、皆さーー」


「「「うぉぉお!! 椿ちゃん~!!」」」

「「「恥ずかしがってる所なんか萌えぇぇえ!!!!」」」


「嘘、何あの子。あの子を見ていたら、何だか胸がドキドキしてくる。嘘……駄目、女の子同士よ」

「アイドルなんて興味無いのに、俺までドキドキしてきて。まさか……これは恋?」


 その前に、皆がうるさかったです。

 折角喋ろうとしたのにーーと思ったけれど、自分の尻尾で魅了しちゃっていました! これ、どうやったら魅了させない様に出来るの?! 練習しないといけなかったよ。


「皆! ちょっと……落ち着いて下さい!」


 必死にそう言うけれど、皆の歓喜の声は止まないです。


 それでも、冷静に質問をする人は居ました。


「そうだ。椿ちゃんが何で、そんな所に? まさか椿ちゃんも?」


 その誰かの言葉で、皆一斉に静まり返ります。そして1人、また1人と、僕への疑問を口にします。


「そうだよ。半妖を匿っている警察署に居るなんて、そんなの普通の人間じゃ」


「まさか、椿ちゃんも半妖?」


 その言葉に、僕の心臓は跳ね上がりました。もしここで、僕も半妖だと嘘をついてしまえば、そのまま迫害されるかも知れません。

 何とか口車に乗せようにも、半妖の人達をここまで迫害していたら、この時は何とかなったとしても、結局世論を覆す事は出来ないです。それは、とても時間がかかるよ。


 だから、僕が言うのはこうです。


「僕は半妖じゃないよ。正真正銘の、妖狐です」


 そう言ってから僕は、自分の尻尾に黒い炎を纏わせ、自分の影も操って見せます。

 それを見た三間坂さんも杉野さんも、心底驚いちゃっています。それもそうですよね。まさか半妖どころか、妖怪だって言っちゃうんだもんね。


 だけど、三間坂さんだって同じ事をしようとしたでしょ? だからそれを、僕が代わりにやるんです。

 半妖の人達を守れるのなら、僕はこの身だって捧げるよ。死ぬ気は無いですけどね。


 そんな僕の妖術を見た人達は、目を丸くして驚いています。だって、そんな非現実な事をいきなり言われて、しかも目の前で変な現象まで起こされていたら、思考停止するのも無理ないです。


「皆、驚くのは無理ないです。だけど、半妖の存在は認めたんでしょう? 妖怪と人との合いの子ってさ。それなら当然、その妖怪も居るって事」


 僕のその言葉に、ざわついていた人達が静かになります。だけど、その静寂を破るかのようにして、誰かが声を上げました。


「そうか……お前も化け物だから、化け物を擁護しに来たってわけだ!」


 その声に、皆驚いています。正直、困惑している人の方が多いですね。そりゃ、第三者の意見に流され、ここで抗議をしていた人達です。イレギュラーな事が立て続けに起これば、どうすれば良いか分からなくなる。


 そんな中で声を張り上げる人が居るとしたら、それはきっと、人々を誘導してきた人です。

 それをする事で、自分が人心を動かし、自分が誘導をしているんだと、優越感から悦に浸る人達でしょうね。


 だけど真実は、それを容易く打ち砕き、その人達に敗北の屈辱を与えるんです。


 僕がこうやって堂々と出て来たんです。やって来るよね、妖魔人達が。しかも、2体。

 これはいったい誰でしょう? 妖気がまだ遠いから、しっかりと判別が出来ないし、まだ時間もかかりそうですね。だけど、皆にはもう準備をしておいて貰います。


「皆。いくらでも僕の事を、化け物だと言っても良いですよ。半妖の人達を、化け物だと言っても良いです。だけど、あなた達に危害を加えるかどうかは、その目で見て、その耳で聞いた事で判断をして下さい! 三間坂さん杉野さん! 一般人をここなら避難させて下さい! ここに、本当の化け物が来ます!」


「何?! しかし……」


 そうでした。僕達に耳を貸す人なんて、ここには居ませんでした。だからってこのままだと、妖魔人達が着いた瞬間に、直ぐ死者が出そうです。それだけは避けないと。


「それなら三間坂さん。僕が化け物の相手をするから、半妖の人達と一緒に、一般人の誘導をお願いします! ここから少し移動させるだけでも良いです! 雪ちゃんも、それを手伝って下さい!」


「分かった……! でも、椿は?」


「大丈夫です。白狐さん黒狐さんに増援を頼みました」


 妖魔人の妖気を感じた瞬間、おじいちゃんの家でお留守番をしている2人に、勾玉で連絡をしました。2人は慌てていたので、多分一緒にやって来そうですね。


 そうこうしている内に、ようやく近付いて来る妖魔人が誰か分かりました。


 この妖気、峰空と栄空ですね。

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