第壱話 【2】 裏取り引き
それから、杉野さんと赤木会長の案内で、捜査零課のある警察署にやって来たけれど、既に大変な騒動になっています。
それでもやっぱり、極力戦闘は避けたい様で、忠告をする声が聞こえてきます。
「三間坂警部に告ぐ! 直ちに半妖どもを引き渡せ! 君は、やってはいけない事をやっている! 自覚はあるのか!」
やってはいけない事。それはいったいどちらでしょうね。妖怪の血が半分混じっているからといって、もうそれが人じゃないと断定するなんて。
全員が全員そう思っているとは思わないけれど……それでも、これだけ大量の人達が、血眼になって追い詰めている姿を見ると、人間って酷い、とそう思ってしまいます。
ちょっと前までは、僕もその人間だったんだけれど、これは分からないです。
「裏から回ろう」
杉野さんにそう言われ、僕達は路地裏からこっそりと、警察署の裏手に回り込みます。
その前に雪ちゃん。紙袋に一杯のパンフレット、それ使うの? それと。
「杉野さん、無理しないでゆっくりね。どうせ表からは見えないんでしょ?」
何で、夏美お姉ちゃんまで一緒にいるんですか? 杉野さんの補佐とはいえ、お姉ちゃんには関係無いと思うけど。
「椿。あんた、なんて顔しているのよ? 私が着いて来たら駄目なの?」
「いや……だって、お姉ちゃんは人間なんだし、表に居る人達に見つかったら、何をされるか分からないよ?」
表情でバレた? お姉ちゃん、鋭すぎます。だけどお姉ちゃんは、僕の言葉にしっかりと返してきます。
「大切な妹と好きな人を心配しているんだから、一緒に来て当然でしょ。迫害が何よ。こんなつまらない事で迫害するような人間、こっちからお断りよ」
そう言ってお姉ちゃんは、杉野さんに肩を貸しながら、裏口から中に入って行きます。
駄目です。こうなったお姉ちゃんには、何を言っても通用しません。
「それにしても、変」
「うん、お姉ちゃんは変わったよ。変は無いけど、まともにはーー」
「そっちじゃ無い。周りの人達の様子だよ」
あれ? てっきりお姉ちゃんの事かと思っちゃった。勘違いで恥ずかしい。
でも、雪ちゃんの言葉で僕も気付きました。それは、この包囲の仕方。そして、三間坂さんへの対応についてです。
そもそも、本当に逃がさない様にと包囲をするのなら、こっちの裏側まで包囲をするでしょう? それなのに、こっちには警官も自衛隊も、誰一人として居ないのです。
そして三間坂さんに対して、半妖を差し出せと言っていますが、三間坂さんもその半妖です。つまり、三間坂さんも含めて投降をしろと、そう言うのが普通じゃないかな?
そう考えた瞬間、おかしいと思った事の1つは解決しました。
辺りに薄らと、意識しないと分からない程の妖気が漂い、煙が薄く漂っていました。匂いからして、タバコの煙です。三間坂さんが、あの妖具で何かしましたね。だから、裏までは包囲されていなかったんですか。
「とにかく、三間坂さんから話を聞かないといけません。行こう、雪ちゃん」
「うん、でも待って。ちょっとだけ、これ手伝って」
「あの……本当にそれ、要るの?」
僕のファンクラブのパンフレット。凄く重そうだし、沢山入っているんだと思う。だけど、そんなに大変なら、持って来なくてもいい気がします。
「作戦に、必要」
その作戦、一気に不安になってきたんですけど。大丈夫なの? 雪ちゃんが大丈夫って言うのなら、僕は信じますよ。
そして僕達も、杉野さん達に続き、裏口から警察署内に入ります。
そこから正面に見える入り口には、椅子とか机で作ったバリケードがあり、捜査零課の人達が、その隙間から様子を伺っています。一応警棒とかも持っているね。
三間坂さんが居るのは2階らしく、杉野さんはその人達に一言かけた後、裏口から直ぐ右手にある階段に向かい、そこを上がって行きます。お姉ちゃんに助けられてだけどね。
お姉ちゃんがここまで甲斐甲斐しく世話をするなんて、よっぽどその人を好きになっちゃったんですね。この半年間で、もう誰が見ても恋人にしか見えない様になっています。
そして2階に着くと、そのまま真っ直ぐその先の部屋に向かい、扉を開けます。そこは、割と大きな部屋になっていて、この机の配置からして、会議に使う部屋みたいですね。
その正面のホワイトボードの前に、三間坂さんが機嫌の悪そうな感じで、タバコを吹かしていました。
「よう、戻ったか杉野。んで、狐の嬢ちゃんまで来たか。助かる」
そう言いながら、三間坂さんは椅子から立ち上がります。それはそうと、半妖の子達はいったい何処に……。
「皆は?」
雪ちゃんも同じ事を考えていたらしく、三間坂さんにそう聞いていました。
「あぁ、地下の部屋に避難して貰っている。しかしなぁ、今回のこの騒動。既に、裏取引が済んでいるんだ」
「どういう事ですか?」
裏取引? えっ? もしかして、もう既に何らかの手を打っていて、これは解決しそうなんですか?
「簡単だ。政府としても、人間と化け物の合いの子なんて、認めたくは無い。しかし、世間で騒がれ始め、対策を取らなければならなくなった。そうしないと次は、海外の連中が手を出してくるからだ。面白い研究材料としてな」
そうか! 半妖の事は、もう何も日本だけの話じゃなくなっているんだ。
つまり、日本が半妖の存在を隠そうとすればするほど、外国のどこかがそれを掠め取ろうとして来るんですね。
それならもう、大胆にでも発表しちゃえばーーって、半妖を化け物として駆除しようとしていたら、結局その隙を海外の人達に突かれて、掠め取られるんじゃないのですか?
「んで、政府は一芝居打つことにした。俺に半妖達を隠せと、そう言ってきたんだ。そうやって何年か隠しておけば、人々の記憶から妖怪は薄れていく。そうすりゃ、その存在を認知出来なくなるだろう? 半妖だって、笑い話になるだけだ。そうなれば全て元通り、という訳だ」
なる程。だけどその前に、今外を騒いでいる人達をどうするんですか? 自衛隊が何とかしてくれるんですか?
だけどその瞬間、三間坂さんが僕に向けて、銃を突き付けてきました。
「椿……!」
それを見た雪ちゃんが焦り、三間坂さんを凍らせようとするけれど、僕は雪ちゃんの前に腕を伸ばし、それを止めます。だって、何か理由がありそうですからね。
「代わりに、1体身代わりを出せと。そいつが全ての元凶だとして、今までの罪をなすりつけりゃ、半妖達への意識も逸れる」
「それで上手くいくとは思わないですけどね」
銃を突き付けていても、三間坂さんからは殺気を感じられません。だから僕は、至って冷静にそう返しました。
「ちっ。ったく、真っ直ぐに見てきやがって。あぁ、その通りだ。俺も、そう考えている。もっと根っこの部分を解決しなくちゃならない。表面上しか見ず、そこしか解決しようとしない。政府の良くやる事さ。鉄や木も、表面削れば綺麗に見えるってな」
「中身が錆びていたり腐っていたら、意味が無いでしょう?」
「まさしくその通りだ」
そして、三間坂さんは銃を片付けると、再びタバコを吹かせ始めます。やっぱりこの人は、半妖の人達の味方なんですね。
すると今度は、三間坂さんが真剣な表情をして、僕達の方を見てきます。
「そこでだ。お前達に、地下にいる半妖の子達の、避難誘導の方を頼みたい。ここの騒動は……まぁ、俺が正体を明かして、全て俺が被っておく」
まさか。三間坂さんは、自分の正体を世間に明かしていないんですか?
いや、違いますね。捜査零課の人達の中に、半妖が居るという事。それが明かされていないんですね。だって三間坂さんの言葉に、杉野さんまで反応していますから。
「三間坂さん! それなら自分も。それに、零課に勤める他の半妖の奴等も、きっと同じ気持ちですよ!」
「止めとけ、1人で良い。零課の責任者は俺だ。なら、その責任を取るのは、俺だろう?」
「しかし……!」
「あの、話の腰折ってごめん」
雪ちゃん? あの……刑事ドラマさながらな事が起こっているのに、遠慮なく割って入りましたね。
だけど、三間坂さんが全て罪を被るなんて、そんなのは駄目だって、僕だって思います。
そして雪ちゃんには、何か策があるんですよね。
「今のこの状況。きっと椿なら、何とか出来る」
「えっ? 僕?!」
「名付けて『椿をプロデュース』大作戦!」
本当に嫌な予感しかしません。
何で僕をプロデュースする必要があるんですか? それに、僕はとっくに一部の人達のアイドルにーーあっ、雪ちゃんがやろうとしている事が分かっちゃった。
「雪ちゃん、まさか……」
「そのまさか。大丈夫、椿なら問題無い」
「これ失敗したら、それこそ表を歩けなくなりますよ?」
「あっ……」
それ、考えていなかったの? 雪ちゃん。本当に大丈夫なのかな?
でも、これが成功したら、誰も犠牲を出さずに、半妖の人達をここから避難させる事が出来ます。もしかしたら、半妖に対するイメージや考え方も、全部ひっくり返す事が出来るかもです。
それなら、賭けてみようかな。自分自身にね。
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