第伍話 【1】 4つ子の悩み
十極地獄の鬼、厚雲を遠くに吹き飛ばした後、僕達は全力で走りました。
時々隠れたりしながら撒いていたので、あの鬼が近付いてくる様子は無く、辺りを必死に探っていました。
そんな訳で、何とか無事におじいちゃんの家に帰りつく事が出来ました。
皆へとへとだけど、目立った怪我も無くて良かったです。殆ど奇跡に近いよ……わら子ちゃんの幸運の気のお陰です。
だって、最後まで何とかしようと頑張ってくれていたので、僕達が鬼を吹き飛ばした後でも、幸運の気が広がっていて、皆をそれでカバーしてくれていたのです。だから逃げ切れたのだけど……。
「座敷様!」
「しっかりして下さい! まさか、妖気を使い過ぎたのですか?!」
おじいちゃんの家に着いた瞬間、わら子ちゃんが倒れちゃいました。
それにいち早く反応した、龍花さんと虎羽さんが支えます。表情は変わっていなくても、心配しているのが分かりますよ。
そしてわら子ちゃんは、額に汗を流していて、とても苦しそうにしています。まさか、わら子ちゃん……。
「大丈夫です……ちょっと、疲れただけ」
そんな事言っても、僕が無茶をさせたから、わら子ちゃんがそんな事に。
「わら子ちゃん……ご、ごめんなさい。そんなに無茶を……って、あれ?」
『椿!』
『しっかりしろ!』
わら子ちゃんに近づこうとしたら、僕まで倒れそうになりました。
でもやっぱり、いち早く白狐さんと黒狐さんに気付かれ、体を支えられました。2人同時に、1秒の遅れも無く……って、ちょっと真剣過ぎますよ。
『むっ? 黒狐、もう良いぞ。あとは我が運ぶ』
『いいや、俺が運ぶ。お姫様抱っこでな!』
『させるか!!』
ちょっと……2人とも、僕を取り合わないで下さい! でも動けないから、抵抗も出来ません。
それよりも、僕も妖気をかなり使っていました。お腹が空いて死にそうです。頑張り過ぎちゃったのかな? でも、わら子ちゃんの方が心配です。
『我だ!』
『俺だ!』
「ちょっと、2人ともーー」
「いい加減にして下さい!!」
あれ? 僕が2人にもみくちゃにされていると、龍花さんが2人に向かって怒鳴ってきました。
「お二人とも。少しは椿様の事を考えてくれませんか? 妖気が切れそうになっているんですよ。今すぐ給仕の係に言って、ご飯を用意して貰って下さい。せめてそれくらいはして下さいませんか? 役立たず」
あっ、龍花さん。守り神の2人にそんな事を言ったら……。
『うっ……すまぬ』
『あっ、そうだったな。悪かった』
2人が萎れている?! 白狐さん黒狐さん、どうしたんですか? そんなにショックを受けるなんて……。
「さっ、椿様はこちらへ。ちょっと失礼します」
「あっ、待って! 白狐さん黒狐さんの様子が」
龍花さん、ちょっと待って下さい。白狐さん黒狐さんの後ろ姿から、哀愁が漂っているんですよ。元気が無いんですよ!
だけど龍花さんは、問答無用で僕を持ち上げると、そのまま肩に担いで、何処かへ連れて行こうとします。
「先ずはご自分の心配をなさって下さい。私達は、ここの守護があって行けませんでしたが、あなたがこんな無茶をされるのなら、次の任務は私達も行きます」
龍花さん。怒っているのか怒っていないのか、良く分からないですよ。
だけど待って下さい。そっちは、わら子ちゃんの離れの部屋じゃ……あれ? 僕、このまま軟禁されるとか……。
「うふふ……椿ちゃん。私と一緒だね」
「一緒じゃないです。わら子ちゃんはお姫様抱っこでしょ? 僕は担がれているだけですよ」
「あっ、失礼しました」
だからって、そうしなくても良いですよ、龍花さん。僕はもう逃げないから。
「違うよ、椿ちゃん。一緒って言うのは、椿ちゃんも龍花さん達4人に、守護されているって事だよ。だから……これから覚悟しておいてね。4人は相当だから」
「……えっと。僕、やってしまいました?」
「うん」
はっきりと答えないで下さい、わら子ちゃん。
初めて会った時のような、あんなガチガチに身動きの取れなくなるものじゃ無かったとしても、4人の守護は普通じゃないんです。
「座敷様。それは褒め言葉と捉えておきますね」
「あはは……」
そしてその後、僕とわら子ちゃんは離れの部屋に運ばれ、玄葉さんと朱雀さんが敷いていたお布団に寝かされました。
「良いですか? 食事がここに運ばれてくるまで。ジッとしていて下さい!」
僕達を寝かした後、その周りを囲むようにして4人が座り、そして龍花さんがそう言ってきました。うん、相当ですね、これは。
これじゃあ、白狐さん黒狐さんも手が出せないです。回復したら、あとで様子を見に行こう。
それよりも、こんなにジッと見られたら、何だか恥ずかしいです。別に、絶対安静って訳じゃないでしょう? やっぱりやり過ぎです。
「あの、流石に恥ずかしーー」
「動かないで下さい」
首動かすのも駄目なの? ちょっとどころか、かなり異常ですよ。
「ぬぅ……でも、何で4人は、そんなにわら子ちゃんを必死に守護しようとするんですか?」
すると4人は、僕のその言葉に少しだけ反応し、何か悩んでいる様な感じになりました。やっぱり、何かあったんでしょうね。
そしてわら子ちゃんに目をやると、何か確認を取るような、そんな視線を向けています。
それに気付いたわら子ちゃんは、4人に答える様にして頷いていますね。あれ? 首、動かしても良いの?
「そうですね……これはもう、椿様も他人事では無くなっています」
そう言うと、龍花さんは真剣な目付きで僕を見て、話をしてきます。
「私達が座敷様に助けられ、四神に育てられたのは、翁から聞いておりますよね?」
「あっ、はい」
「そして座敷様を、妖怪から救う事が出来るようになった。ただ……私達はとんでも無い事をしてしまっていたのです」
その真剣な表情をしているということは、ただ事では無いんですよね。
また、解決が出来ていない、凄い問題が出て来そうな、そんな気がしますよ。いつもの流れだとね。
だけど、龍花さんのその次の言葉に、僕は驚きました。
「私達を育てて下さった四神様の力は、受け継ぐ様なものでは無かったのです。四神様は、私達を気に入って下さり、その力を与えて下さった。でも実際は、その力を根こそぎ奪っていたに過ぎなかったのです!」
奪った? それって、あなた達がそう思って、その力を無理やり取ったんじゃ無いのでしょう?
「私達は、未だその力を使いこなせていない! 四神の力を、道具に頼らないと一部しか使えない! こんなの、奪ったも同然なんです」
そして珍しく、龍花さんが声を荒げています。他の3人も、凄く悔しそうです。
「龍花さん。いつも言っているけれど、それはちょっと違うよ。渡されたなら、奪ってはーー」
「いいえ! その心につけいり、奪い取ったと言われても仕方ないのです! ここ京都は今、守護されていないのです! 四神様は、私達に力を与えた後、姿を消したのですから!」
だから、悪い妖怪達とか妖魔とかが、京都で暴れまくっていたんですね。
でも、今分かりました。龍花さん達4人は、ずっとそれを罪に思っていて、せめてわら子ちゃんだけはと、必死に守っていたんですか。
真面目過ぎるし、不器用過ぎます。
四神様が何で、龍花さん達に力を与えたのか。僕でも分かりますよ。
「龍花さん、虎羽さん、玄葉さん、朱雀さん、ちょっと来て。ここに並んで?」
「はっ? いったい、何を。椿さ……まぁ?!」
「いた!」
「はぐ!」
「ちょっ!」
そして僕は、龍花さん達を横に並ばせると、順番におでこに頭突きをしていきます。
妖気は使えないし、体を動かしたら駄目なら、頭突きしかないんですよ。頭は良いよね? さっき、わら子ちゃんも動かしていたし。
でも、結構痛かったです。何の補強もしていない、素の状態でしたからね。
「いつつ……全く。その四神様は、何の為にあなた達に力を譲渡したと思っているんですか?」
「はっ?」
「あなた達に、四神を継いで欲しいからでしょう?! それを罪に思ってどうするんですか? 普通は誇るべきでしょう? 龍花さん達は、真面目過ぎますよ」
凄くしっかりした龍花さん達でも、こんなに思い詰めているなんて……しかも、何でその事を僕が説明しないといけないんですか? ここまで言わないと分からないんでしょうか?
「僕なら、白狐さん黒狐さんに稲荷を継いでくれって言われたら、凄く嬉しいですし、誇らしいです。それに、2人から力を貰っていて、そのせいなのか、2人が消えそうになっているけれど、それが何ですか? 僕は、白狐さん黒狐さんが消えても、その意志を継いで、頑張っていくつもりだよ」
僕のその言葉に、龍花さん達は目を見開き驚いています。
無表情で感情が無いと思っていた4人は、今は凄く分かりやすい感情を出しています。
「そんな……わた……私達が?」
「いや、そんな……事は」
「で、ですが……それなら色々説明が……」
「だから、あんなに修行が厳しく……」
丁度その時、里子ちゃんがご飯を持って来てくれたけれど、その里子ちゃんが驚いていました。
「そ、そんな……椿ちゃん……私じゃ無くて、わら子ちゃんを選んだの? 一緒のお布団で寝て……そ、それに、4人の後見人まで? もうそんなに認められて……」
「里子ちゃん、何か勘違いしていませんか?! 何で寝かされているかなんて、分かっているよね?!」
この子はいつもこうですよ。わざとなのも分かるけれど、少しは成長して下さい。半年前と変わらないですよ……。
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