第伍話 【2】 継ぐ意思
その後、里子ちゃんが持って来てくれたご飯を食べ、妖気を回復させた僕は、元気が無かった白狐さん黒狐さんの元に向かいます。
せめて一晩は離れに居ろって言われたけれど、妖気を回復させた後、じっとしていられなくてソワソワしていたら、龍花さん達にため息をつかれてしまいました。
しかも「分かりました。愛しい者の傍の方が、落ち着いて休めますね」なんて言われました。
いや、愛しいから会いたいと言うか、僕はただ心配なだけで……でも、良いです。今は白狐さん黒狐さんです。
そして僕は、おじいちゃんの家の屋根に上がると、そこに探していた2人を見つけました。
この2人は、落ち込んだり思い詰めるような事があると、いつもここに来て、お酒をチビチビと飲んでは愚痴りあっているんです。
本当は仲良いんじゃないんですか?
『どうした? 椿よ』
『ん? もう体は良いのか?』
「うん。妖気を使いすぎただけだから、妖怪食を食べたら復活しました。で、2人は何やっているんですか?」
『見て分からんか? 月見酒だ』
曇っていて月は出ていませんよ、白狐さん。
「月、出ていませんよ?」
『良いんだ、これで』
心も曇っているからですか?
月に照らされた白狐さん黒狐さんの、あの幻想的な姿は好きだけれど、暗闇の中、暗い雰囲気で飲んでいる2人は、ちょっと……。
「もう……2人とも、元気出して下さいよ」
そう言った後、僕は2人の間に無理やり割り込んで、そこに座りました。
『すまん……椿よ。こんな情け無いのが旦那では、嫌だろう?』
座った直後、白狐さんが僕に向かってそう言ってきました。
結婚する約束はしちゃったし、旦那確定なのはこの際良いけれど、今の白狐さん黒狐さんて、半年前に暴走しちゃって、人を殺してしまった時の僕と、全く同じ考えを?
そうだとしたら、その考えは訂正させないといけません。というか、2人は僕に向かって言ったのに……なんで同じ考えになっちゃうんですか……。
「ていっ」
『ぬぉ?!』
『あたっ……!』
とりあえず2人の頭を、ハンマーにした尻尾で軽く叩いておきます。
「白狐さん黒狐さん。2人は稲荷の守り神なんでしょう? 存在しているだけで、人々の心の支えにならないんですか?」
すると白狐さん黒狐さんは、頭を掻きながら答えます。
『いや、そうなんだがの……ただもう1つ、重要な役目が我にはある』
『多分……俺にもな』
黒狐さんは自信がなさそうなんですけれど、そもそも黒狐さんも、一部の記憶が無かったんでした。
だから、自分が守り神としてどういう役目を持っていたのか、それが分からないそうなんです。気が付いたら、白狐さんの居る稲荷山に居たそうですからね。
『我はな、年に1度、ここ京都にやって来る邪気を振り払うという、とても大事な仕事があるのだ』
「へぇ~」
皆の知らない所で、そんな事をしていたんですね。だけど、待って下さい。今の白狐さんの様子だと……。
『だが、今の我の状態では、それも出来んのだ!』
やっぱりですか。それはお稲荷さんにとって、かなり一大事な事ですよね? それに、もしかしてだけど……。
「まさか、黒狐さんも?」
『そうだ。もし、妖界の方にも同じような事があるのなら、今の俺では出来ない。というより、俺の居ない間、妖界の伏見稲荷がどうなっているかすら分からん』
あっ……それもありましたね。
というか、何で僕達は今まで、そこに確認をしに行かなかったのでしょうか?
「そう言えば……妖界の伏見稲荷で何か事件があったのなら、そこに行けば何か分かるんじゃないの? 2人の事も」
『そんなのは、情報を手にした時にとっくに行っている。そこには強力な結界と、意識阻害。それに人の記憶を虚ろにさせる、あの虚の妖具も使われていた。それで、その場所に行く事を考えさせないようにさせられていたんだ。三重の結界という訳だな』
まさに手も足も出ないんですか。
だから僕も、ついさっきまでその事が頭に無かったんですね。その場所の名前を聞いても、確認に行きたいという気持ちが湧いてこなかったんだ。
『とにかくじゃ。こんな情け無い状態では、お主を守る事すら……』
そう言いながら、白狐さん黒狐さんはお猪口のお酒を一気に飲み干します。ヤケ酒ですね、これは。
『くそ! 酒呑童子にも言い返せん。あいつの言ってる事は正論だ』
『だが、我等にもプライドはある』
「つまり、僕なんかに守られるのは、そのプライドが許さないという事ですね?」
『いや、そうでは無いぞ!』
「一緒です!」
何かが溢れ出しそうになった僕は、慌てて立ち上がり、後ろを向いて2人からちょっとだけ離れます。
「僕は、白狐さん黒狐さんを守る為だけに、修行をしているんじゃないんですよ! 2人の力になって、少しでも2人の手助けをする為に、その力になる為に、僕は頑張っているんですよ!」
そして、また泣きそうになるのを堪え、2人の方を振り返ってから、もう一回しっかりと、白狐さん黒狐さんを見ます。
それから、1番言いたかった事を叫ぶ。
「ちょっとは僕を頼ってよ! 2人が出来なくなった事も、僕が代わりにやります! だから、僕を信じてよ」
『椿……』
『お前……』
あれ? 2人が頬を赤くして、僕を見ているんだけど。どうしたんでしょうか? 何かに見とれているような……。
『月が……』
『美しい……』
「へっ? あっ……」
気が付いたら、月が雲の隙間から顔を出していて、丁度良い角度から、僕を照らしていました。
そのせいで、僕の狐色の尻尾が反射して、綺麗に輝いてしまって、まるで金色に近い様な輝き方をしていました。という事は、髪の毛もだよね。
『やはりこんな嫁、他にはおらん』
『確かにだ、白狐。どちらを選んでも、悔いが無いようにしよう』
『そうだな』
「ちよっと、2人で納得しないで下さい」
何だか恥ずかしいです。それに、さっきの話で気になる事があるんです。
「もう……それと白狐さん。その邪気払いって、いつなの?」
『あぁ……まぁ、そんなに慌てる必要は無い。基本的に年末が多いが、その年によっては、夏にくる場合もある。この前の年末は、見習い稲荷達が何とかしてくれたようだが……次はキツいそうだ』
「そうですか」
それでも、まだ慌てる必要は無いのですね。
長年生きていると、数か月もあっという間という事なんですね。
『それより椿よ。いつの間にか逞しくなってからに。どうだ? いっその事、稲荷も継ぐか?』
「んっ? そのつもりですけど?」
『なぬ?!』
白狐さん、そんなに驚かなくても良いじゃないですか。継がせる気は無かったんですか? それはそれでショックですよ。
「白狐さん。継がせる気、無かったんですか?」
『い、いや、違うぞ。継がせられたら良いなとは思っておったが、それはあまりにも、こっちの都合を押し付けすぎているからな。それを即答されるとは思わなかったんじゃ』
とりあえず、目を細めて抗議の気持ちを伝えておきます。
僕にとって、2人がどんな存在になっているのか、もう気付いているんでしょう? それなら、そんな遠慮なんてしないで欲しいです。
『ちょっと待て。継がせるのは、白狐の方の伏見稲荷か?』
『当然じゃろう? お主の所は、そもそも入れなくなってるではないか』
『うぐっ……!!』
黒狐さん、ショックを受けすぎだけど、こればっかりは僕もフォローが出来ません。
いったい、妖界の伏見稲荷山で何があって、今その中はどんな状況になっているんでしょう。
気になるけれど、入れないのならしょうが無いですよね。またいつか……って、何でこんな考えになるんでしょうか。これが虚さんの? ちょっと強力過ぎますよ。
『だが負けんぞ! 白狐!』
『何を言うか。いい加減に諦めろ! お主は色々と駄目じゃ!』
そして、2人はまた喧嘩です。でも楽しそうですね。気分転換も時には大事で、白狐さんと黒狐さんの気分転換が、この喧嘩なのだとしたら……うん、ズルいです。
というわけでーー
「僕も混ざる!! 白狐さんの馬鹿~!」
僕もそのまま、白狐さんの頭をチョップします。
『ぬぁ?! 何故じゃ椿!』
「えっ? 黒狐さんが押されているので、今回は黒狐さんの味方です」
『ふはは! やはり俺の方が良いか、椿!』
「ぎゃ~! ちょっと、黒狐さん!?」
しまった! 変な勘違いをされました。
抱きつかないで下さいよ、黒狐さん! お酒臭いし何か当たってる! って、そういえば……黒狐さんはお酒が弱かったんだ!
『椿~!!』
「わぁぁあ!! 忘れていましたぁ!」
『離れんか、黒狐~!!』
◇ ◇ ◇ ◇
「やはり……離れに隔離しておいた方が良かったでしょうか?」
「龍花さん。アレが椿ちゃんの癒しだよ。離すのは可哀想。それにしてもーーふふ、椿ちゃん楽しそう」
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