第肆話 【2】 厚雲の能力

 何とか白狐さん黒狐さん、そして酒呑童子さんと合流出来た僕達は、相手の鬼、十極地獄の厚雲と向き合っています。

 だけど、真正面から向き合って始めて分かりました。こいつの、異様な邪気の混じった妖気は、かなり異質です。


「しっかし、こうも早く動くとはなぁ。そこまでして椿を……いや、天の神妖の力を持つ妖怪を、獲得したい訳か」


「俺はそんな事までは知らないがな。呼び出された者に従うのみ。いや、地獄の使者として、裁きを与える役目もあるが。まぁ、それは地獄が完全に固定されてから。先ずは、従うのみだ」


 向き合っている酒呑童子さんの言葉に、鬼はそう返してくるけれど、ちょっと気になる事があります。

 完全に固定? つまり地獄はまだ、妖界のセンターがあった場所に出現しただけで、不安定という事? それなら、手の打ちようはあるのかも知れません。


「今は貴様を捕まえろ。との命令だ! 覚ーーごぅ?!」


 あっ、酒呑童子さんが『酒鬼』を飲んで、ぶん殴りました。でも、ちょっと待って下さい。今、どれだけ飲んだの?


『すまん……椿』


「えっ?」


 すると今度は、白狐さんが僕に向かってそう言ってきます。

 僕を尻尾で包んで、抱き締めたままなんだけど、その尻尾が震えているし、拳を握り締めて悔しそうにしています。


『俺達は目覚めた後、ある程度の妖術と能力は使えたが、それ以外は一切使えなくなった。つまり、神妖の妖気が無くなってしまい、以前のような戦闘が出来なくなった』


「えぇ?! でも、目覚めた後も、ちゃんと妖怪食を食べてーー」


『それでも妖気が復活しないんじゃ。霊狐に渡された妖気しか、無い。つまりそれが無くなると、我等は……』


 消えて無くなるという事ですか?

 確かに、2人の妖気は変わっていません。とても薄くて、今にも消えてしまいそうな状態です。どうなっているんですか? この2人は……。


「あっ、それじゃあ、2人だけの任務って……」


『すまん、任務では無い。何とか存在を固定しようと、霊狐が頑張ってくれていてな。定期的に、妖気を渡して貰っている。それと、ある場所で妖気を復活さる為の、修行もな。だが……』


『そんなのをお前が知ったら、余計な心配をするだろう?』


 白狐さん黒狐さんはそう言いながら、ばつの悪そうな顔をしています。


 なるほど。そう思っていたとしたら、ちょっとショックですね。2人とも、僕の事を分かっていないです。僕の事を気にして隠すなんて、そんなのはもっての外です。

 レイちゃんの身を案じてくれているのも分かるけれど、僕の為に、消えないで居てくれているんでしょ?

 レイちゃんも、僕の為にって頑張ってくれているんでしょ? それならさ、僕からは何も言う事は無いですよ。心配したり不安になったりなんて、もう僕はしませんよ。


 だから僕は、白狐さんの懐を探り、そこに隠し持っていた、妖気を含んだいなり寿司を奪うと、それを口に放り込みます。


『おぉ!? 椿! 我が楽しみに取っておいた物を!』


「むぐぐ……! ん~ゴクン」


 そんなのは知りません。ただ僕は、大切な者を守るために動くんです。

 もう心配されたり、気を遣われたりするような僕じゃないんだって、もっと見せないといけませんね。


「はぁ、はぁ……ちょっと椿。良いから、早くここから……」


「丁度良かったです。美亜ちゃん、白狐さん黒狐さんと協力して、皆を守りながら逃げて下さい。殿しんがりは、僕と酒呑童子さんでやります!」


 そして妖気を回復させた僕は、白狐さんの尻尾から離れ、屋根によじ登って来た美亜ちゃんにそう言うと、その近くに降りて、そのまま思い切り跳び上がります。

 思い切り力を入れて跳んだから、目に見えない程の速さになっていて、かなり勢いが付いていますね。だからそのまま、鬼に攻撃している酒呑童子さんの元に向かいます。


「酒呑童子さん、ちょっと退いて~!!」


「んぁ? 何だ、妖気を回復させたのか? つっても、もって数回じゃねぇか」


「そっちもですよ! その酒鬼どんだけ飲んだのですか?! お互い様です! 黒槌岩壊!!」


 その勢いで僕は、空中で前転をし、鬼の上からハンマーにした尻尾を叩きつけます。


「ぬぅっ!?」


 一応思い切り勢いを付けたのに、これでも鬼はビクともしません。

 やっぱり、白金の妖狐にならないと、あれだけ吹き飛ばす事は出来ない様です。


 だけど、酒呑童子さんは違いました。


「まぁ、ナイスだな。おらぁ!!」


「ぐが……!? ぁぁぁあ!!」


 僕の攻撃を片手で受け止めていたから、片方のお腹が無防備になっていました。そこを酒呑童子さんが思い切り殴り、相手の鬼を吹き飛ばしました。

 僕なんて、白金になって妖術を重ね、それでやっとなのに。やっぱり、酒呑童子さんは規格外です。


「うし……! 今の内に離れるか」


 そう言いながらも、酒呑童子さんはまた酒鬼を飲みます。大丈夫なんですか? そんなに飲んで。

 皆の元に向かいながらそう言うけれど、酒呑童子さんは全く気にせず、がぶがぶと飲んでいます。


「椿ちゃん、油断しないで。私の幸運の気が、あんまり効いてないから」


「分かってまーー」


「わっ! 椿ちゃん、上!」


「えっ?!」


 里子ちゃんがいきなり叫んだからびっくりしたけれど、その瞬間、僕達の上から分厚い何かが落ちてきていました。


「おっととと……っと、飲み過ぎた~」


「ギャフ?!」


 酒呑童子さん、なにするんですか!?

 よろけて僕の横っ腹に肘が直撃しましたよ。いきなりの事で、僕は横に吹き飛んでしまいました。


「げほっ、何するんですか、酒呑童子さーー」


 その直後、僕の居た場所数メートル範囲に、大きな雲みたいな綿の塊が落ちてきて、僕達のいた家を押し潰してしまいました。

 ちょっと待って下さい。今ので酒呑童子さんも巻き込まれたけれど、この家の住人も……。


「あっぶねぇなぁ……ヒック。空き家だったから良かったが、てめぇ~うぃ、人間が居たらどうし……」


「別に構わん。その者の魂を、俺達の地獄に連れて行くだけだ」


「はっ、だろうなぁ……聞くだけ無駄だったってか?」


 良かった……空き家だったんですか。それに酒呑童子さんも、奇妙な動きでさっきの塊を避けていました。いったいあれは何なんですか? 雲みたいに見えたけれど。


 それと、相手の鬼がさっきの雲の塊に乗っていて、空中に浮いています。それはちょっと卑怯ですよ。


「よ~し、椿。ちょっと耳貸せ」


 その前に、右へ左へと大丈夫ですか? 酒鬼の飲み過ぎですよ。もう後でどうなっても知りませんからね。そして、耳は貸しません。酔っぱらいは危ないです。


「酒呑童子さん、何かするんでしょ? こっちは大丈夫です。1回だけなら、何とかなります」


「……お~? んじゃあ、頼むわ。へっへっ……おじちゃん嬉しいぜ。師弟の信頼関係ってやつか?」


「気持ち悪い事言わないで下さい! この酔っ払い!」


 後ろから酒呑童子の頭目掛けて、飛び蹴りをしておきます。


『つ、椿よ。落ち着け……』


『えらくアグレッシブになったもんだなぁ……まぁ、そこも可愛いが』


「2人は美亜ちゃんと協力して、皆を守りつつ先に行って下さい」


 余計な事を言わないで。僕、怒るよ。今は緊張感を持って下さい。


「ガハハ! 本来の使い方では無いが。これもまた一興。我が地獄を覆う、厚き雲だ。さぁ、とくと味わえ!」


 すると、上空にいる鬼がそう叫び、更に次々と、分厚い雲を出現させていきます。

 さっきのように、家一軒を簡単に押し潰してしまいそうな、そんな重量感を持った雲。そんなものが、上空に何十個も現れ、僕達の頭上を覆っていきます。こんなものを、雨の様に降らせられたら、流石に避けられないですよ。


 だけど次の瞬間、酒呑童子さんが上に跳び上がり、その雲にーーいや、鬼の乗っている雲の方に向かって行きます。

 何をする気かは分からないけれど、とにかく僕も用意をしておきます。


「おらぁ!! 必殺、百○パ~ンチ~!!」


 えっと……どこかで聞いた事あるような無いような……気のせいでしょうか?

 昔、里子ちゃんと遊んだテレビゲームの中で、その技名があったような。何かのロボットの……とにかく、何だか色々といけない気がします。


 そんな事よりも、酒呑童子さんが連続でパンチを打ち込み、鬼が乗っている雲と、その周りの雲を殴り続け、全て弾けさせました。


「ぐぉぅ!! そ、そんな馬鹿な?! 地獄の雲が?!」


「へっ……地獄が何だ? 俺も鬼だぜ。なぁ……地獄の小鬼ちゃんよぉ!」


「き、さまぁ!!」


 よっぽど驚いたのかな? 自分の能力を破った事に。僕の事を忘れていますね。落下中とはいえ、こんなに近づいても気づかないなんて……。


「怒りは、周りが見えなくなりますね。邪なる者」


「なっ?!」


 もう遅いです。酒呑童子さんが雲を散らしている間に、僕は神妖の力を解放して、金色の毛質と長髪に変わり、鬼の背後に回っていました。

 流石に白金は無理だけど、これなら1回だけ全力でいけます。それで吹き飛ぶかは分からない。だけど……。


「滅する事は無理でも、せめて吹き飛びなさい! 金華浄槍きんかじょうそう!」


「ぐぉぉぉお!!」


 僕は鬼の背中に向けて、槍にした尻尾を突き刺します。

 浄化の炎も纏わせているけれど、効かないのは分かっています。それでも、多少の時間稼ぎになるなら、いくらでも使いますよ。


 すると、目の前の酒呑童子さんに集中していて油断していたのか、鬼は思い切り吹き飛んでいきました。


 これなら相手に追跡されずに、おじいちゃんの家に向かう事が出来ます!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る