第拾話 【1】 燃える火車輪

 いったいあれから、何日経ったのだろう。


 3日? 4日? ううん、分からないです。


 カナちゃんは一向に起きなくて、貫かれたカナちゃんの姿も重なり、僕はようやく、カナちゃんの死を受け入れた……。


 だけど、次に僕を襲って来たのは強い喪失感。


 どれだけ願っても、もうあの声は聞こえて来ない。あの笑顔は見られない。それだけで、そう思うだけで、僕はおかしくなりそうになる。

 なんでカナちゃんが犠牲にならなければならなかったのか。そんな事ばかり考える。


 どこかで止められなかったのか。家で待っていてくれれば、こんな事にはならなかったのに。

 ちゃんと僕が守ってあげられたら良かったのに。自惚れずに、警戒しながら戦っていれば。最初から、逃げる事だけ考えていれば。

 いくらでもいくらでも、あの時こうしていればという後悔も、同時に沢山襲って来る。


 カナちゃん……カナちゃん。僕の大切な大切な人。ずっとずっと、僕を元気付けてくれたのに。


 あの後、動かなくなったカナちゃんを、僕はもう見たく無くて、部屋に置いたまま自室に閉じ籠もり、布団に潜り込んでいます。


 恐らくその間に、皆が葬儀をしてくれたと思う。


 校長先生が、クラスの皆に説明したと思う。


 でも、その全てを僕は見たくなかった。カナちゃんの死と関連するものを、僕は見たくなかった。


「あのぉ……椿ちゃん。流石にそろそろご飯食べないと、消滅しちゃうよ?」


 里子ちゃん。そんな申し訳無い感じで言って来なくても。

 だけど、それは無視しますし、それどころじゃないんです。別に消滅したらしたで、それでも良いんです。


 あっ、そうしたらカナちゃんに会える? そうか、そうだね。そうしよう。


「いらない。別に、消滅しても良いです……」


「なっ……ちょっと、椿ちゃん!」


 それに、カナちゃんだけじゃない。白狐さん黒狐さんにレイちゃんまで、あのまま目を覚まさないかも知れないんです。

 僕の心の支えを沢山失えば、その心の1つや2つが壊れたって、おかしくないでしょう。


 僕の本来の神妖の力が、とんでもなく危険なのは分かったけれど、だからって……だからって、あんな方法しか無かったんですか? 残された方の身にもなってよ。


「うっ……ぐっ……」


「椿ちゃん……」


 すると、またもう1人、別の声が聞こえて来ました。もう良いです。放っといてよ。


「はぁ……まだ駄目なわけ? ったく、しょうが無いわね~」


 んっ? 僕の尻尾に、変な感触が。


「ほらほら、悶えなさい。いい加減起きてご飯食べないと、ずっと続けるわよ~」


 あぁ……美亜ちゃんが、僕の尻尾を弄っているんですか? でも、今は何も感じません。


「…………」


「あっ……え? 嘘。里子、ごめん。バトンタッチ」


「はえ? ちょっとぉ!」


 あ~うるさいなぁ、もう。僕はそれどころじゃないのに……何で放っといてくれないのかなぁ。


「はぁ、もう……確かに、私の時とは比べものにならないかも知れないわね。でもね、私の支えになってくれている人が、こんな風になっていたら、何とかしようって思うでしょうが! だから、いい加減に起きなさい。というか、何か食べなさいよ! 私はあんたにも、消えて欲しくは無いのよ!」


「そうだよ椿ちゃん! 私だって、椿ちゃんに死んで欲しくないし、皆だってそうだよ!」


 そんな事は分かっていますよ。でもね、でもそれ以上に、もう耐えられ無い。カナちゃんが居ない生活なんて……。


「姉さ~ん! 起きるっすよ~! 自分に修行付けて下さいっす!」


「楓、流石にそれは早い」


 今度は、楓ちゃんと雪ちゃんですか。

 しかも、楓ちゃんがまた僕の上に……でも、雪ちゃんが直ぐに降ろしてくれました。本当にこの子は……。


「椿、悲しいのは分かる。だけど、いつまでも沈んでいても、香苗は、浮かばれないよ。何の為に、香苗は椿を守ったの? 椿に、生きて欲しいからでしょ? 幸せになって、欲しいからでしょ?」


「くっ……う。分かってる、分かっていますよ! でも……でも、カナちゃん自身が居ないと、僕は幸せになんかなれないんです! そんな事も考えずに、僕を……僕なんかを!」


「うん。それは、分かる。ちょっとは自分の事を考えろって、ビンタしたい。お墓に」


 それはバチが当たるので駄目です。


「とにかく、私もまだ、立ち直ってなんかいない。だけど、香苗の願いを考えたら、いつまでも泣いてなんかいられない」


「そうよ。今度は私が支えになるから。ほら、起きなさいよ!」


 うん……頭では分かっています。

 だけどね……駄目なんです。色んな事が重なって、奪われて。自分の力の無さに、情けなさに押し潰されそうなんです。


「なんだぁ? まだ寝てんのか~クソガキ」


 すると今度は、今1番会いたくない妖怪の声が聞こえて来ました。


 酒呑童子さん、何しに来たの?

 正直に言うと、あなたがもっと早く来てくれれば、もっと早くあの『酒鬼』とかいうお酒を使ってくれていれば、カナちゃんは死ななかったかも知れないんですよ。


 僕が怒る前に、早くどっか行って欲しい。


「あ~その、何だ。すまんな。あの酒をもっと早く使っときゃ良かったが、ありゃ反動が凄くてな。痛みどころか、暫く動けなくなるんだわ。相手が切り札を隠していた以上、早く使うわけにもいかなかったんだよ。それと、使った量にも比例するが、あの時は半分以上飲んでいてな、俺も丸4日寝込んじまったわ。つ~訳で、今日で5日目だ。てめぇはいつまで寝てんだ?」


 いきなりの酒呑童子さんの謝罪でビックリしたけれど、もっとビックリしたのはーー


「おら、いい加減起きろぉ!!」


 ーー僕の尻尾を掴んで、そのまま持ち上げた事。でも、動じないよ。それどころじゃないって言ってるでしょ? 下着が見えようが何だろうが、僕はもう消えたいんです。


「てめぇ……あの時の服装のままかよ。制服のままとか、臭ぇなおい」


「離して……」


 流石に尻尾を掴んだまま、僕をぶら下げないでくれますか?

 皆慌てて、酒呑童子さんを止めようとしていますよ。美瑠ちゃんも、部屋の入り口の陰から心配そうに見ているし。

 それもそうですよね。こんな乱暴なやり方は見た事が無いし、逆効果だし……。


「ちっ……! まぁ良い。俺はとりあえず、てめぇに渡すもんがあったから来たまでだ。ほらよ」


 そのまま離すなんて……顔から床に激突したからね。

 でも良いです。布団に潜り直してーーと思ったら、僕の目の前に酒呑童子さんが来て、何かを落として来ました。輪っかの様な物、凄い熱を放っていて……ってーー


「これ、カナちゃんの……火車輪?」


「てめぇ忘れて行きそうだったからな、俺が拾っておいたんだよ。で? あいつから最後、何か言われなかったか?」


「最後?」


 その瞬間、僕の頭の中に、忘れていた言葉が蘇った。


『これを使って、生きて』


「あっ……カナちゃん。まさか、これを僕に託し……あつっ!」


 何これ? 何でこんなに熱いの? 手に持とうとしたら、火傷しそうな程に熱かったよ。


「ふん、その火車輪。普通の火車輪じゃなくなっているな。それだけ自分の妖気を、魂を、その全てをそれに注入したんだろう」


「えっ……これ、に? 全てを?」


 あの時、そんな事をしていたのですか? 死の間際にまで、僕の心配を? 本当に……本当になんてバカ何ですか、カナちゃん……。


「あ、あぁ……バカ、カナちゃんのバカぁ……!」


 そして僕は、再び火車輪を手に持った。

 それは確かに、火傷する程に熱いけれど、でも決して、火傷はしない。まるで僕を傷つけ無いようにする為に……。


 そして、自分の魂の欠片もこの火車輪に注いだのか、僕の頭の中に、カナちゃんの声が響いて来る。


『椿ちゃん、もう泣かないで。私はいつでも、ここに居るから。ずっと一緒に居るから。さっ、立ち上がって。そして、いつもの椿ちゃんで居て。私は、今までもこれからも、ずっとずっと傍で、椿ちゃんの幸せを願っているよ』


「あ、あぁぁ……カナちゃん……カナちゃん、ごめんなさい……そして、ありがとう。こんな……こんな僕を守ってくれて……そして、こんな僕でも、ずっと傍に居てくれて……僕は、僕は……」


 あ、あれ? 涙で前が見えない。泣きたい、大声で。でも、もう泣き過ぎて咽が痛い。それでも、涙は勝手に出て来るんですね。


 ごめんなさい、カナちゃん。あと1回……あと1回だけ、泣いても良いかな。


「あぁぁ……うわああぁぁ!!」


 気が付けば、真っ赤な夕焼けが部屋の中を照らしていたけれど、そのせいかな? 火車輪から炎が。そしてそれが、カナちゃんの姿になって、僕の頭を……。


 気のせい? これは気のせいなの?

 ねぇ、本当にカナちゃんに、頭を撫でられている気分なんだけど。カナちゃん、君はそこに居るの?


 気を遣ってくれたのか、皆は僕の部屋から出てくれたけど、それまで結構好き勝手やってくれましたよね。とりあえず、皆にもお礼を言わないと。


 そしてーー


 そこからちゃんと見ててね、カナちゃん。


 僕は、いつも通りの僕じゃ駄目なんだって、やっと分かりましたから。変わらないと。


 女の子だからとか、男の子だからとかじゃない。僕は僕として、妖狐椿として。変わらないといけないんだ。 

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