第拾話 【2】 決意した椿

 翌朝。僕は布団から起き出し、窓から差し込む朝日をたっぷりとその身に受け、ある決意をした。


 悲しみはまだ拭い去れない。胸にぽっかりと、大きな穴が空いたみたいです。

 それでも、布団の横に置いてある火車輪から発する熱が、カナちゃんが、僕の背中を押しているみたいで……もう進まなきゃって、そんな考えが頭の中に湧いてきます。


「んっ……とにかく、ご飯を食べなきゃいけないです。お腹減ってたら、気分が沈んだままになるよね」


 そして僕は、制服から動き易いラフな服装に着替えると、そのまま部屋を出て、1階へーーと思ったら、部屋の前に何か沢山置いてありました。


「これ……保存の出来るお菓子?」


 皆が僕を心配して、ここに置いてくれたのかな? でもね……。


「これだと、僕まで死んだみたいじゃないですか……」


 置き方というものがありますよ。隅っこに集めないで欲しかったな……。

 それだけ、皆に心配をかけちゃったって事なんだけどね。あとでお礼を言っておかないと。


「さて、ご飯ご飯。流石にお腹が減り過ぎて倒れそうだよ」


 そのまま僕は1階へと降り、皆が居るであろう大広間に向かう。

 だけど、どうやって入って行こうかな……これだけ心配させたんだもん、皆飛びついてくるだろうな。そしたら、ご飯どころじゃないや。


 あっ、そうだ。いつも通りに入って行って、いつも通りに食べておきましょう。

 そんな事をしなくても、ちゃんと食べさせて貰えるだろうけどね。食べ終わってから、皆に心配かけた事を謝りましょう。


 そう決めた僕は、大広間に着くとソッと襖を開け、中の様子を確認する。

 すると、おじいちゃんはいつも通り上座に座り、暗い表情をしていて、皆もどことなく暗かったです。おじいちゃんは包帯だらけだし、とても心配なんだけど、とにかく無事で良かったです。


 でも、どうやら両手が使え無いみたいで、黒江さんに食べさせて貰っていますね。


「そうか……センターは、暫く機能しないか」


「はい。予想以上のダメージに、復旧が手間取っているようです。センターの職員にスパイがいたらしく、中から次々と爆破されてしまったそうです。重要な場所や、保管庫は無事でしたが、いつもの作業場は酷い有り様のようです」


「またか。奴等得意のスパイ……か。とにかく、このタイミングで亰嗟がセンターを襲ったとなると、滅幻宗と手を組んでいたのは、ほぼ間違いないな」


 黒江さんの報告に、おじいちゃんがそう答えているけれど、驚いたのは僕の方です。


 まさか、妖怪センターが……? えっ? いつ襲撃されたの? 僕達が滅幻宗の総本山で、必死に戦っていた時ですか? 嘘でしょう……。

 その話が気になった僕は、ゆっくりと大広間に入って行き、いつも座っている僕の席に向かいました。


 そこには、ちゃんとご飯が用意されていました。

 里子ちゃん。まさか、毎回こうやって用意してくれていたの? ごめんなさい。今日はちゃんと食べますね。


「いただきます」


 本当に、大広間の空気が重いや。そのせいなのか、皆僕に気付いていない。

 いつも白狐さんのいる場所……空いているその場所の隣に座る夏美お姉ちゃんですら、僕に気付いていないです。


 まぁ、別に良いです。それなら勝手に食べておきますね。


「はぐはぐ……んん……」


 相変わらず里子ちゃんは、とても美味しいご飯を作ってくれます。

 何だか、僕の朝ごはんだけが豪勢な気がするけれど、丁度良いです。お腹が空いていたので。


「ふぅ……センターの方は良いが。学校の様子はどうじゃ? 美亜」


「あ~皆暗くてやってらんないわよ」


「椿も居ないし。余計暗い」


 うわぁ……それは困ったな、どうしよう。今日くらいは登校して、心配させた事を謝ろうかな。

 だけどカレンダーを見たら、今日は日曜日でしたね。曜日の感覚すら無くなっていましたよ。


 でも、皆には悪いけれど、僕はもう決めたんです。

 それより、酒呑童子さんがここに居ないです。また何処かに行っているの? お願いがあったのに。


「はむんぐっ……ん~なふみお姉ちゃん。お醤油ほっへ」


「はい……」


「んっ……」


 あれ? これでも気付かない?! えっ、ちょっとショックですよ。それだけ、皆もショックを受けているんでしょうか……。


 う、うん、別に良いです。今は、この豚汁さんと格闘するのに必死ですから。具が沢山だから、ちょっとでも油断すると、辺りに飛び散ります。


「んぐんぐっ……ふぅ」


 それで、さっき醤油をかけたサンマさんを、っと。やっぱり秋はこれですよね。


「ふむ……そうか。して、虎羽よ。白狐と黒狐は?」


「はい。まだ目を覚ましません。やはり、あのまま……」


 白狐さんと黒狐さんの事で、お箸が止まってしまいました。やっぱり、まだ目が覚めていないんですね。


「むぅ……だが、それはあまり椿には言うなよ」


 気遣ってくれてありがとう、おじいちゃん。でも、先に自分の怪我を治して欲しいですね。


「大丈夫です。もしかしたら、あのまま廃人になるかも知れません」


「むぅ……それは失礼ですよ。虎羽さん」


「しかし、あれ程の落ち込みよう。そう考えてもおかしくは無いです」


 あ、あれ? 受け答えしても、それでも気付かない。ぼ、僕の存在はいったい……。


「虎羽、流石に言い過ぎだ。椿様はそこまで弱くはない。きっと大丈夫」


 すると、龍花さんが僕のフォローをしてくれました。

 ありがとう、龍花さん。きっと立ち直りますから。でも今は、ご飯を食べさせて下さい。


「龍花さん、ありがとう」


「いえいえ」


 それと、今気付いたけれど、わら子ちゃんも大広間に居ました。

 座敷わらしとは思えない程に、凄く暗いオーラを出していて、全く気付かなかったです。

 しかも、ちょっとやつれてる? 目の前のご飯も、あんまり減っていないですね。


「わら子ちゃん、ご飯食べないの?」


「うん、ごめんなさい。食欲無くて……」


 どうやらわら子ちゃんも、僕と同じ様にして、かなりのショックを受けている様です。

 無理もないかも知れません。自分の力が通じなくて、そのアイデンティティーが崩壊しちゃったから……。


「いけません、座敷様。しっかり食べて貰わないと。玄葉」


「分かっています、朱雀。失礼します、座敷様」


「むぐぐぐ……」


 あ~わら子ちゃんが……玄葉さんの盾で、無理やりご飯を食べさせられています。盾をお皿の様にして、その上に料理を乗せ、そのままわら子ちゃんの口をこじ開けて、一気に流し込んでるよ。


「あぁぁ……そんな無理やりにしなくても」


「いいえ、とにかく食べて貰わないと、このまま消滅してしまいます。だから今日という今日は、椿様にもーー」


「それは勘弁して下さい」


 多分、吐いちゃうと思う。今はお腹減っているから、食べますけどね。


「あのぉ……さっきから皆、誰と喋っているっすか?」


 ん? 楓ちゃんの言葉で、皆のお箸を動かす手が止まったような……やっと気付いたのかな? よし、咄嗟に逃げられる様にしておこう。


 でもその前に……。


「里子ちゃん、おかわり」


「はいはい、椿ちゃん……椿ちゃん?」


「…………」


「…………」


 あっ、皆の視線がこっちに集まってる。


「「「「椿?!」」」」 「「「ーーちゃん!!」」」


「あっ……えと、おはようございま……すわぁっ!!」


 やっぱり、皆一斉に抱き付いて来ました。

 だけど、身構えていたから大丈ーーと思ったら、ろくろ首さんに巻き付かれて、上に飛び上がれ無かったよぉ!!

 そして「椿ちゃん」「椿ちゃん」うるさいです! 殆どの女性の妖怪さん達が飛びついて来ていますよ。


「むぎゅぅ!!」


 そして、このままじゃ僕死んじゃう!! 思いの外早く、カナちゃんに会いに行けそう。

 あぁ……でも、カナちゃんの呆れる顔が目に浮かぶ。カナちゃんに心配かけない為にも、こんな事で負けてたまるかです。


「う~! 皆、落ち着いて……下、さい!!」


「「「きゃぁ!!」」」


 白狐さんの力を解放して、皆のホールドから脱出出来ました。

 もう……僕が部屋から出ただけで、こんな騒ぎになるなんて……まだあんまり立ち直れていないんだから、少しは加減して欲しいです。

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