番外編 其ノ肆 里子の大一番

 夜遅く、何があったかは分からないけれど、皆の帰りを待っていた私は、その予想外の事態に、何も言葉が出なかった。


 全員、満身創痍。


 特に翁は老体で、かなりを無茶をしたらしいです。

 でも、帰りに意識を戻したようで、家に着くなり私に指示を出して来た。


「里子……すまぬ。動ける者だけでも……それと、センターと操査零課に連絡を……あやつら、何故援軍に来なかったのだ」


「あっ、はい、翁。それと、その……センターと操査零課の方から、だけど……」


 私は、皆が帰って来るまで、不安で仕方が無かったの。それは――


「センターが、亰嗟の襲撃を受けて……壊滅的被害を……」


「なんじゃと?! うぐ……! つぅ」


「い、いけません翁。興奮したら、傷が……」


 翁はかなりの重傷らしく、4つ子の人達に支えられていました。


「儂の事は良い、それより椿が心配じゃ……お前さん等、目を離すなよ」


「椿ちゃん? 椿ちゃんは無事なの?! 椿ちゃん!」


 皆が皆、お葬式の帰りの様な顔をしていたから、椿ちゃんの身に何かあったのかと思ったよ。でも、無事なんだね。

 だから私は、いつも通りお迎えする。例え負けていたとしても、生きていたなら、明日があるんだよ。


「椿ちゃ~ん!! お帰りな――」


「…………」


 だけど、それ以上は何も言えなかった。だって、椿ちゃんが抱えていたのは、布で顔を隠されていた香苗さんだった。

 胸元にも、真っ赤に染まった布が被せられている。ピクリとも動かない。まるで人形みたいに、生気を失った身体。


「嘘……香苗さん?」


 私の馬鹿、何で尻尾振っちゃってたの。椿ちゃんの様子からして、最悪の事態が起こっちゃったのよ。多分、椿ちゃんを庇ったんだと思う。

 あの子の性格。そして今の椿ちゃんの、絶望どころか生きる希望を失った様な顔。それだけ見れば、全部分かったよ。


 皆だって、そんな雰囲気だったからね。そしてもう1つ、椿ちゃんを励ますべきはずの、妖狐2人の声が聞こえない。


 白狐さんと黒狐。

 この2人も、酒呑童子の脇に抱えられ、力無く項垂れています。ピクリとも動かない所を見ると……まさか、この2人も? それと、霊狐ちゃんも座敷わらしに抱っこされていて、これも動かない。


「里子。とりあえず、先ずは寝床を用意しろ。それと……その、香苗とかいう奴の葬儀の方を……その学校の校長とやらに言えば、全部やってくれるんだよな?」


 すると今度は、酒呑童子さんが私に色々と言ってくる。

 この妖怪の言う事を聞くのは癪だけど、酒呑童子さんも何処か思い詰めた表情をしている。また、同じ失敗をしたんですね。昔も大きな失敗をしたと、翁から聞いた事があります。


「あっ、はい」


 でも今は、そんな事を考えている場合じゃないよ。ここからは、私が動かないと。


「それと、意識のある者には飯の用意をしてやってくれ。あと、この2人はもう起きない。霊狐の方もだろうな。だから、飯の準備が出来たら、お前も椿の様子を見ておけ。あのままじゃ、自殺そうだ。というか、あいつ死体持って行きやがったぞ、おい!!」


 あっ、本当だ。気が付いたら椿ちゃん、家の中に。もう!! 仏さん持って行ったら駄目だよ。


「椿ちゃん!」


 慌てて追いかけた先は、香苗さんの部屋。

 椿ちゃん、いったい何を? そこに寝かすのは良いけれど、何を話ているんだろう。


「カナちゃん……ほら、帰って来たよ。ねぇ、起きてよ。君の部屋だよ。本当は起きているんでしょ? あ、はは……また、寝たふりだよね? 起きたらキスしてあげるから」


 椿ちゃん、あなた……必死で香苗さんを起こそうとしているの?


「ねぇ、ほら……起きて。もう、まだ寝たふりするの? あれ、恥ずかしいんだからね……」


 どうしたら……何て声をかけてあげたら良いの? こんなの、こんなの辛すぎる。

 私だって、あの香苗さんが死んだなんて信じられないよ。あの、活発で元気な香苗さんが……。


 さっきまで……ほんの数時間前まで「絶対、椿ちゃんと一緒に帰って来るから、おいしいご飯を用意しててね! 里子ちゃん!」って、そう言っていたじゃん。


 私、あなたの分まで用意したのよ。ちゃんと……ちゃんと食べてくれなきゃ駄目じゃない。


「きゅ……きゅ~ん」


「えっ……椿ちゃん?」


 何だか、切ない犬の鳴き声みたいなのが聞こえたと思ったら、椿ちゃんが必死に鳴いていました。


「きゅ~ん……もう、は、恥ずかしいんだから、早く起きてよ」


 椿ちゃん、それ恥ずかしがっているの? ごめん、泣いている様にしか見えないよ。その鳴き声も、悲しんで泣いている感じだよ。


「あのバカ……どんだけやっても、無駄なのは分かっているでしょう」


 気が付くと私の後ろには、美亜さんと楓さんが居ました。

 そう言えば、雪さんも戻った瞬間、自分の部屋に籠もっちゃっていました。わら子ちゃんも、フラフラしながら離れの部屋に行ってしまいました。


 そっちには、母親の氷雨さんや4つ子の人達が行ったから、何とか大丈夫だとは思うけれど……椿ちゃんは、支えてくれていた人達すら、今は何も言ってくれないもんね。こっちの方が、1番危ないね。


 それなら、私が……私達が、何とかしないと。


「あの、椿ちゃん。お腹空いてない? 何か食べないと……」


「ほら……カナちゃん、カナちゃんってば……まだ足りないの?」


 あら……私、完全に無視されちゃいました。やんわり言っていたら駄目なの?


「椿、あんた。ちょっと来なさい」


 あっ、美亜さん。椿ちゃんの尻尾掴んで、無理やり引き離そう――としても駄目でしたね。椿ちゃん、しっかりとしがみついているよ。


「ちょっ……嘘でしょう? あ~もう、あんた私が両親を失った時、何て言ったか覚えてる? ほら、私の胸貸してあげるから、存分に泣きなさいよ!」


「カナちゃん……雪ちゃんも待ってるから……早く起きてよ」


「あら、嘘でしょう? 私も無視するの? ちょっとそれは、流石に私でもキツいんだけど……」


 椿ちゃん、重症です。でも、仕方ないかも知れない。それだけ、2人は仲が良かったから。

 そして意外にも、香苗さんは他の妖怪さん達とも仲が良く、皆と良く遊んだり、話相手になってくれたり、そして私の給仕の手伝いなんかも、よくしてくれていたの。


 そんな良い子が、何でこんな事に。


 この家全体が暗い気持ちで沈んでしまうのも、しょうが無いです。


 でもだからこそ、この家を守ってきた私がしっかりしなきゃ!

 見習いだけど、狛犬らしく、これ以上の厄は私が追い払うんだ!!


「さ~て、そうと決まったら! 美亜さん、椿ちゃんの様子を見てて下さいね。皆のお食事を用意します!」


「里子……あんた、強いわね」


「違いますよ。体を動かしていないと、悪い事ばかり考えちゃうの。だから私は、とにかく皆のお世話をします!! 私の戦いは、これからなんです!」


「そう……分かったわ、頼んだわよ」


 里子、一生に1度の大勝負!! 絶対に、椿ちゃんを立ち直らせてみせる!!

 さぁ、先ずは皆のお食事!! そして、椿ちゃんを何とか説得して、私が支えになって上げないと!


 今の椿ちゃんは、大切な者を失った時に良くある『拒否』の状態。信じられ無い、受け入れたく無い。そういう気持ちでいっぱいだから、その時に何を言っても無理。


 恐いのは、それを認めた時なのよね。自分も後を追おうとするし、そこから鬱病になる事だってあるの。

 私もだけど、皆が支えになってあげるしか無い。長い……本当に長い戦いになる。


 だけど、私が先頭に立って、椿ちゃんを――


「きゃわっ?!」


 あぁ! 意気込んでいたら、ちょっとした段差に躓いちゃった!!


「ちょっと、里子さん。こんな時こそ、静かに出来ないの?」


「ご、ごめんなさい。氷雨さん……」


 氷雨さんが、雪ちゃんの部屋から飛んで来ちゃいました。うぅ、こんな時まで私ってば……。


 ―― ―― ――


「あの子、大丈夫かしら? すっごい音したわよ?」


「姉さん……姉さんってば……うぅ、駄目っす。自分達の言葉、耳に入って無いみたいっす」


「参ったわね……椿も妖気を減らしているし、このまま何も食べずにいると、椿も消滅するわよ」


「えぇ?! 駄目っすそれは!!」


「寧ろ、それがこの子の狙いかもね……いっそ、このまま一緒に。何てね」


「姉さん、姉さん!! ほら、中途半端変化! ツッコんで下さいっす!」


「必死ね……あのね、大切な人の死は、そう簡単には拭い去れないの。こうなったら、椿が立ち直ってくれるのを信じるしか無いわね」

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