第玖話 【2】 終局の薄月

 ひたすらに怒りをぶちまける僕だけれど、白狐さんも黒狐さんも、それを後悔しているのか、悔しそうな顔をしながら僕に近付いて来ます。


『すまぬ。我等の力不足故に……お主の、大切な者を』


『俺達も、何故自分達がこんなにも力を出せないのかが分からん。情けない……』


「そうですか……でも、そんなの関係ないです。嘆いても現実は変わらないんですよ!!」


 それに僕は、もう僕を止められない。僕の中に渦巻くものが、ひたすらに暴れていて、一向に抑えられない。

 だから、目の前の白狐さん黒狐さんにすら、攻撃してしまいそうなんですよ。


「あっ……ぐぅ、駄目、違う。離れて……白狐さん黒狐さん」


 このままじゃ、このままじゃ本当に……。

 この力を必死に抑えようとしても、抑えられない。頭を抱えて理性を取り戻そうとしても、戻らない。足りない……憎しみが消えない。寧ろ増えている様な気がする。


「ちっ……増幅してやがる。まさか、それが本来のお前の神妖の力か?」


 酒呑童子さんが、驚きながらそう言ってくる。


「ぐぅ……そ、そう、です」


「あぁ、自分にかけやがったか。力だけじゃない、優しさを無くす為に、お前は無意識に、自分の憎悪を増幅しているんだよ」


 あ、そうか……だから増え続けているんだ。

 そして自分では、その力をどう抑えるか分からないんです。本当にこのままじゃ、僕は皆を……。


「離れ……て。もう僕は、自分が抑えられない……だ、め」


 だけど白狐さん黒狐さんは、一向に離れないです。何で? 駄目です。離れてよ!! あっ、それだったら僕から……。


「うっ?! は、離して! 白狐さん黒狐さん!」


『いいや、離さん』


『良し。良いな、白狐?』


 いったい何を言っているんですか? 何で、僕の腕を掴んで離さないんですか。こうしている間にも、僕は憎しみに任せて、2人を吹き飛ばしちゃいそうなんですよ。


 あっ、駄目……もう、もう全部消し去りたい。憎い、悲しい……心に空いた穴を埋めたい。憎しみでも何でも――


「んっ……?!」


 えっ……何? 僕、何されたの? 

 白狐さんの顔が近い……と言うか、至近距離。唇に柔らかい感触……。


「ん~~!?」


 嘘? 何で、何で今キスしてくるんですか。


「ぷぁっ……何? んぅ?!」


 次は黒狐さんですか?! 何やっているんですか! しかも、何だか熱いものが僕の中に……? これもしかして、2人の妖気?


『ふぅ……さて、我等の妖気を再度中に流した』


『これで、最初に渡した妖気と共鳴させ、俺達の最大の封印術を発動させる!』


 えっ、あっ……その為にキスを?

 そして2人は、そのまま僕の額に手を当てると、何か良く分からない言葉で、呪文の様なものを唱え始めました。


 それと同時に、僕の身体全体が熱くなり始め、僕の中の負の感情が、徐々に消えていきます。それと同時に、僕の中で暴れていたものも収まってきました。良く見たら尻尾の色も、いつも通りの狐色に。


『ふっ……良し、上手くいったようじゃな……一時的だがな』


『あぁ、俺達の妖気、その殆どを使った……しかし完全ではない』


 えっ? 殆どって……嘘、そんな強力な封印術なのですか? 待って、さっきから2人の妖気が減って……というか、感じられません。


「白狐さん!! 黒狐さん!!」


 何で……また失うの?! 僕はまた、失うの? もっと大切な者を……ずっと僕の支えになってくれた妖狐さん達を、それさえも失うの?!


「駄目、だめぇぇえ!!」


『おぉ……やっと、尾の数も色も、元の椿に戻ったな』


『あぁ……そっちの方が、やっぱり可愛いな』


 2人の身体が透けて……ちょっと、駄目。駄目です!!


「やだやだ!! 僕は……僕はこれ以上、何も失いたく無いのに!!」


『もう良い、椿……泣くな。そして、憎しみに囚われるな。お主は優しい……だからこそ、全てを受け止めてしまうのじゃ』


『俺達では力になれんかったが、きっとお前の隣で、お前の支えになってくれる奴が現れる』


「嫌だ!! 違う!! 僕は……僕は、2人じゃないと駄目なんです!!」


 必死に手を伸ばしても、僕の手は2人の身体には触れずに、そのまますり抜けた。

 もう、もう駄目なんですか? 僕はこの2人まで、失っちゃうんですか?!


「ムキュゥ!!」


「へっ? レイちゃん?!」


 すると、白狐さん達が消える直前、光りを発したレイちゃんが飛び込んで来て、白狐さん黒狐さんに向け、その光を当てて来ました。


「レイちゃん、駄目!! 連れて行っちゃ――!!」


 レイちゃんは、魂を成仏させるのを仕事みたいにしている。

 だから、2人も連れて行こうとしている――と思ったら、その光が消えた後、そこには白狐さんと黒狐さんが横たわっていて、レイちゃんまで僕の膝に落ちて来ました。


「えっ……レ、レイちゃん……寝てる、の?」


 とにかく、3人とも無事? よ、良かっ――


「無茶しやがって……2人の消滅は、その霊狐が咄嗟に自分の霊気を妖気に変換させ、直接渡した事で防げたが、そいつ自身その前でだいぶ力を使ったようだな。ほぼ全ての霊気を、妖気に変えて渡したようだ。しかしだ、白狐達も復活出来る程の妖気を、受け取れてはいない」


「えっ? つまり……?」


 今のを見て、後ろで真剣な表情をする酒呑童子さんに、僕は確認をする。嫌な予感がするんです。まさかだけど……。


「つまりこいつ等は、最悪2度と目を覚まさないかもな」


「…………」


 それって、死んでいるのと一緒じゃん……。

 何で、何でなんですか?! 何で皆して、僕を助けようとするんですか?! 自分の命を犠牲にしてまで……何で。


「香苗……香苗、起きて。椿、戻った。また弄ろうよ、ほら起きて」


「雪ちゃん……」


 気が付いたら、横たわるカナちゃんの周りには、雪ちゃんと美亜ちゃん、そしてわら子ちゃんと楓ちゃんが居ました。

 雪ちゃんなんて、カナちゃんの手を握って涙を流して……ごめん、僕のせいで……。


「カナちゃん……白狐さん、黒狐さん。僕は、僕は無力だ……」


「嘆く前に、ここから脱出する事を考えろ!」


「えっ……あ……」


 悲しんでいる暇も無いんですか? 酒呑童子さんが睨んだ先には、最悪の敵が立っていました。


「ふぅ……ふぅ。やってくれるわね……」


「ちぃ……この我が。まだ力が安定せぬか」


「あ~もう、いったいなぁ。なんで僕達が、こんなダメージを……」


「うぅ……気持ち悪い。吐きそう……うぇぇぇ」


「吐くな」 「吐くな」


 華陽、玄空、閃空、峰空、栄空が、それぞれ僕達を睨み付けていて、こっちに向かってそう言ってきます。だけど、全員満身創痍です。僕、それだけ力を込めてやったっけ……。


 そして……もう1人。


「先輩……」


「…………」


 せめて、湯口先輩と妲己さんだけでも、ここで奪い返す。元に戻すのは、その後で――えっ?


「酒呑童子さん……?」


 意気込む僕の前に、酒呑童子さんが腕を伸ばし、それを止めてきました。


「落ち着け。俺は『酒鬼』の反動で、全身が痛ぇ。てめぇも、妖気の使い過ぎでフラフラだろうが」


「ぐっ……でも、今なら……」


「諦めろ。妲己の吸い込まれたひょうたんは、華陽の尻尾の中だ。そして、先輩とやらはもう駄目だ」


 酒呑童子さんがそう言うと、華陽はそのまま僕達を睨みつけて来る。

 だけど、今の状態では妲己さんを奪われるかも知れないと、そう思ったのか、相手はそのまま後ろを振り向き、立ち去ろうとしています。


「これ以上やると、妲己を奪われる可能性もあるわね……それと、流石にこれ以上時間をかけちゃうと、彼女が溶けちゃう。ここは、退散するしかないわね」


 そして、4人もそれが分かったのか、華陽のあとに続こうとしています。


 駄目、せめて最悪の事態だけは――妲己さんだけは。


「最悪の事態は、お前も攫われる事だ。今相手が撤退してくれるなら、それに超した事は無い。周りを見ろ! 冷静になりやがれ!! お前に命を託した奴等は、何て言ったんだ!」


「う……ぐぅ」


「弱いなら、強くなれ。リベンジはそれからだろうが。それと、何もかも手遅れじゃねぇんだ」


 そう……そうなんだけど。だけど……相手は、また不吉な笑みを浮かべて、僕達を見ているんです。何か次の手を考えているかも知れないんですよ。


「あはぁ……果たして、そのリベンジがあるかしらねぇ」


「言ってろ。奴の、妲己の神妖の力を抑えられるならな……」


「ふん……」


 2人が何かやり取りをしていても、僕の頭には入ってこない。


「くっ……!」


 酒呑童子さんの言った通り、僕の身体はもう、殆ど動かないです。


「それじゃあね~今度こそ、あなたの記憶を頂くわね~」


 華陽はそう言うと、9本の尻尾を一斉に天井に向け、大きな穴を空けると、他の4人と先輩をしっぽに巻き付かせ、そのまま持ち上げると、その穴から飛び去って行った。


 ◇ ◇ ◇


「っ……く、くそ。くそぉぉおお!!」


 情けない、僕は弱い。何も守れなかった。

 僕の願いなんて、ほんのちっぽけなこの願いすら、僕は叶えられないのか!!


 天井を見上げると、真っ暗な空には大きな丸い月が、霞のような雲から姿を現し、僕達の居る場所を照らす。

 いつの間にか夜になっていて、それだけ長い時間戦っていた事が分かったけれど、今の僕は、悲しみに押しつぶされそうになっていた。


 湯口先輩、妲己さん。白狐さん黒狐さん、レイちゃん。そして――カナちゃん。


 失ったものが多すぎる。


「うっ……ぐっ……うわぁぁぁあん!!」


 僕はただ、泣き叫ぶ。それしか出来なかったから。

 僕はカナちゃんに、何もしてあげられなかった。彼女の望む事を何一つ、叶えてあげられていなかった。


 こんな事なら……こんな事になるなら。もっと君を受け入れておけば良かった!! 付き合って上げれば良かった!!


 僕は身も心も、弱すぎる!

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