第玖話 【1】 白金の妖狐 椿

 怒り、憎しみ、悲しみ。その全ては、自分のせいで受けた。誰のせいでもない。


 でも、いて言うなら、あいつ等だ!!


「うわぁぁぁあ!!!!」


 僕の大切な人を。いつも一緒に居てくれた人を。僕を励ましてくれた人を。僕と一緒に戦いたいと、一生懸命頑張ってくれた人を。僕を愛してくれた人を。


 僕が大好きな人を。


「お前達が壊したんだぁ!!」


 そして、僕は飛びかかる。全ての原因を作った奴に向かって。


「ちょっと、殺したのはあんたの大切な――」


「違う!!」


 違う、違う!! 先輩でもない! そう仕向けたお前達なんだ!


「いきなり奈田姫に……いや、亜里砂様に攻撃をしてくるとは、不届――ぐぉっ?!」


「邪魔!! お前は後!!」


 いい気になって、僕のパンチ1つで吹き飛んでいるじゃないか。玄空だった奴。それなら、最初に消さないといけないのは、華陽。お前だ!


「ちょっと……私の新しい子が、そんな軽々と吹き飛ぶもんじゃないわよ! 尾槍破砕!!」


「かっ!!」


「きゃぁ?! 嘘……私の妖術が気合1つで消え……違う、妖気が?!」


「妖異顕現――白金はっきん火焔槍かえんそう!!」


「くっ……」


 その9本の尾で防ごうとしても無駄だよ。

 僕の白金の尾を炎に変え、それを更に槍にしているんだ。お前程度の力じゃ、防げないんだよ。


「ぎゃぁぁああ!!!!」


「「亜里砂様!」」


 後ろから来ますか。だけど、僕の尻尾1本で華陽は吹き飛んだんだよ? 君達で防げるものじゃないのは――


「うふふ、やってくれたわね~でも、どんな力でも私が――うっ……ちょっ、何これ。ちょっと吸っただけで、お腹が?!」


 僕の中の力を吸った? でも、ほんのちょっとだけでお腹いっぱいだなんて、小食だねぇ。


「雑魚は引っ込んでて!!」


「……うぅ……これでも私、妖怪1000体分は――あぐっ?!」


 尻尾で引っ張ったいたら、吐きながら吹き飛んだよ。汚いなぁ……。


「ちぃ、厄介ですね」 「そうですね」


 で、次は顔が2つの化け物ですか? 両手を合わせて合唱をしているけれど、何をする気? どうせ無駄だけどね。


「優しさが抜けたか……」 「だが、それがどうしました!」


『くらえ!! 空速攻敷くうそくぜしき!』


 んっ……急に上から押さえつけられています。だけど……。


「当て字……駄目。あと、気色悪い!! 来い、御剱!!」


「はっ? 効いてな――押さえつけるだけじゃないのですよ?! その内臓も、全てを押さえつけて……」


「ま、待て。その前に、刀剣が……!!」


 遅いですよ。地面にあった御剱は、とっくに僕の手の中。だからあとは。


「神刀、御剱。神斬乱れ斬り!」


「「ぐわぁぁあ!!」」


 本当は真っ二つにしたかったけれど、複数回斬りつけても駄目でしたね。流石に固いです。とにかく、そのまま地面に突っ伏していなさい。


「こ、のぉ!! 調子に乗る――へぶっ?!」


「――で、何で君は最後まで向かって来なかったの?」


 後ろから向かって来ても、そんな声を出したら気付くよ。

 だから、尻尾を相手の首に巻き付け、そのまま持ち上げます。もちろん、ちゃんと首が締まるようにね。


「がっ……ぐぅ……この化け物がぁ……」


「どっちがですか?」


「げふぅ!!」


 そのまま、頭から地面に叩きつけておきます。とにかく、先ずは目の前のこいつからなんですよ。


「ふふ、あははは。良いね~椿ちゃん。そ~んなに、妲己を取り返したい~? このべに――がっ!!」


 違う。そんなのはどうでも良いです。

 思い切り槍にした尻尾で貫いても、死なないですか。そうだよね、妖怪はこれ位じゃ死なない。


 でも、カナちゃんは違う。半妖のカナちゃんは死んじゃうんだよ!!


「くっ、新しく出来た子……そいつを止めなさいよ!!」


「んっ?」


 あぁ、湯口先輩。振り向いたら険しい表情をしていました。どうしました? 殴れないの? やっぱりまだ、先輩の自我が残っているみたいですね。


「くっ……う、な、何故……何故だ。殴れ、無い。殺、せない」


 でも、あなたがカナちゃんを殺した。


 違う。先輩は悪くない。僕のせいだ……でも、今は邪魔です。


「ふっ!」


「ぐぉ!!」


 えっ……なっ、何で? 尻尾で叩いて吹き飛ばしただけで、頭が……先輩、戻す。違う、僕の大切を殺した……違う。何で、何でこんなに心がざわつくんですか……。


「う、ぐぅ……」


「あはっ、大チャーンス」


 華陽、こんな程度でチャンスだなんて、読みが甘いよ。焦っているのですか? 残念だけれど、君だけは消し去る。それだけは、揺るぎないです。

 それに、こんな同じ妖術で――と思っていたら、毛を針の様にして飛ばして来ました。これも見た事ある……確か爆発するよね。


「うっ!!」


「あははは!! それそれそれ!!」


 次々と僕の顔と身体に当てて、爆発させて来ないで下さい。効いていないけれど、流石にうっとうしいんですよ。


「妖異顕現、白金の浄焔獄じょうえんごく!!」


「えっ? きゃぁあ?!」


 さて、そのまま本当の僕の神妖の力で、消し去ってあげます。この『増幅』の力でね。


 さぁ、膨らみ巨大になれ。


「あぁぁぁ……何これ、何これぇ!! ちょっと、私が何で!!」


「きひっ」


「――っ?!」


 炎が消えた? くそ、あの祟り神ですか? あれも目障りだ。というか、あいつが居たからこんな不幸が……。


 あいつも……あいつも、僕の大切を壊した者だ!!


「きひっ? きひひひ……」


 あっ、消えた? くそ……あれは厄介ですね。

 それで、僕がそっちを見ている間に、後ろから攻撃してくるんですね、華陽。


「こんのぉぉお!! なっ?!」


「いい加減に、諦めて下さいよ。華陽さん。そして、僕に消されて下さい!!」


「ぐぁっ?! また?! あぁぁあ!!」


 そのまま僕は、尻尾で華陽を締め上げ、再びさっきの炎を放ち、今度こそ灰にしようとしたけれど……。


「いっ?!」


 誰かが、思い切り僕の頭をぶん殴りました。

 いったい誰ですか――と思って顔を戻すと、お酒の臭いが漂って来ました。


 あいつですか……いつものらりくらりとして、肝心な時に力にならない。だからカナちゃんが……。


「酒呑童子さん。何しているんですか……邪魔ばかりして」


 そこには、いつも通りにしている酒呑童子の姿がありました。


「そりゃこっちの台詞だ、くそガキ。ったく『繋ぎ』吹っ飛ばして、いきなり覚醒かよ。それだけキレたのは分かるが、そいつは妖気の無い奴にはキツいんだよ」


 何を言っているんですか? 僕はこれだけ妖気に溢れているんです。それに、キツくも無い。


「何を訳の分からない事を……」


「お前じゃねぇ、あいつ等だ」


 そう言って指差したのは、雪ちゃん達。

 なんとわら子ちゃん以外は全員、その場に倒れて苦しそうにしていたのです。


 何で……? 誰だ、誰なんだ。また、僕の大切な人を? 大切な者達を……壊すのか? 誰が……。


「落ち着けくそガキ!! てめぇの妖気のせいなんだよ!!」


「うるさい……うるさい、うるさいうるさい!!」


 そんな訳無い、そんな訳は無いんだ!! 僕が……僕の力が、守りたい人を傷つけける訳が無いんだ!!


「あはっ……ありがとう、酒呑童子。持つべき者は、悪しき心を持つ友達ね~」


「なっ?!」


 どこまで腐っているんだ、華陽。

 そう言って槍にした尻尾で、酒呑童子と一緒に僕を貫こうとしている。


 汚い奴、汚い奴、そんな奴は……!!


「てめぇもなぁ。もう黙れ」


「はっ? えっ? わ、私の槍を素手で……振り向かずに、片手で?」


 嘘……酒呑童子はさっき、妖魔人になった玄空にさえ、あっさり吹き飛ばされたんだよ?

 それを生みだした華陽の攻撃なんだよ。そんな簡単に受け止められるなんて……。


「正直、こいつは飲みたく無かったんだがな。数十分しか持たねぇし、その後の反動がなぁ……それでさっきから先手取られて、簡単にやられちまってよぉ。すまねぇ。だからまぁ、仕方ねぇよな」


 良く見たら、ひょうたんの色がいつもより赤いような……。

 しかも『酒鬼さけおに』って書いてある。まさか……飲むお酒の種類で力が変わるとか?


「こっから、圧倒しちまってもよぉ! ぬぅん!!」


「ぎゃわっ?!」


 あぁ、やっぱりそうでした……裏拳で、華陽を簡単に吹き飛ばしてしまった。

 というか、何で邪魔をして来るんですか? そいつは、僕がやらないといけないのに。


 だから僕は、吹き飛ばされた華陽を消そうと思って、そっちに近付きます。


「おいこら、目を覚ませって言っているだろう! くそガキ!」


「あぅ?!」


 えっ……最悪です。まさか、ビンタされた? 女の子の頬をビンタするなんて、何て事をするんですか。


「酒呑童子さん……邪魔をするなら、あなたも消すよ!!」


「お~やってみろや。だがその前に、あいつ等が止めそうだがな」


『椿よ! 止まらぬか!』


『椿!! 落ち着け!!』


 白狐さん黒狐さん。何やっていたの? 今更起きても、もう遅いですよ。

 それに、あなた達にはもう期待しません。僕が……僕だけが強ければ、もう何も失わない。


 僕だけが強ければ、カナちゃんを失う事は無かったんだよ。


「もう遅いんです!! 落ち着けって言うなら、止まれって言うなら、カナちゃんを生き返らせてみせてよ!! 守り神なんでしょう!?」


 2人は何も悪くないのに、何もかもぶつけてしまった。

 だけど、僕は止まらない。止まれない。悲しみが消えない。怒りが消えない。


 自分自身への怒りが、消え無いんです。 

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